#68 バラダーの死
ケッツァコアトル謁見翌日の朝食時、雄一が皆に声を掛ける。
「今日の朝早くに、バラダーさんが、ぼくの所に来てコレを渡してきたの。」
雄一は手に持っていたバカでかい封筒に入った文書一通を皆に見せる。文書はメガロス王国国王アース王に宛てた遺言書、辞世の嘆願書だった。文の最後にはバラダー・フルリオのサインと血判が押してある。
ティアが雄一から文書を受け取ると、皆に読み聞かせるように一読する。
『メガロス王国国王アース・ナチュール様へ。』
『我バラダー・フルリオ、不覚にも「迷いの森」深部にて致命傷を受けてしまい、死期を悟るに至りました。』
『残念無念でありますが、国への帰還は叶いそうもありません。つきましては、我の後任を推薦しておきます。』
『我が後任にはティア・ディスケイニ枢機卿の召喚獣「竜人アトラス」を推薦します。』
『我は死の間際、信仰している偉大なる絶対神「ムウ様」からアトラスをアース王の右腕に起用するよう天啓を受けました。我の最後の望み聞いていただけることを切に願います。』
『尚、我の全ての資産、財産等、権利の一切は神谷雄一に贈与します。』
『メガロス王国万歳。アース王万歳。』
『メガロス王国軍将軍バラダー・フルリオ』
ティアが読み終えると小さく溜息を着く。
「なにこれ雄一。死期を悟ったって、どう言うこと?」
「えっとね。バラダーさん昨日イエラキさんの娘さんと結婚したから、メガロス王国には帰らないんだって。」
雄一は空になったバカでかい封筒を風船のように膨らませ遊びながら答える。ティアはどうにも要領を得ない。
「えっ?なにそれ。」
「なんで失神してた、あんなおっさんが結婚できるのよ。話がまるで見えないわ。」
「うーん。そこはよく分かんないけどね、幸せそうだったよ。」
「それで、森での戦いの時、ムウさんの言っていた通り、「森の中で壮絶な戦死をした」「仲間の皆から厳かに埋葬してもらった」ってことにしたいんだって。」
ティアが神妙な面持ちになる。
「死んだことにしてこの国に残る?アトラスを後任にする?」
「これじゃあ、結果的にはムウがMKSを通して伝えてきた通りの展開ね。」
「どうやらムウはこうなることを知っていて、バラダーを「故人」扱いしていたのね。」
ティアの発言を受け、手の込んだ誘導だとララは感心した様子で呟く。
「でも変だよね。髭さんとバラダーさんは別人なのにね。」
「ちょーっとごめん。雄一君、その問題は話が異次元に行っちゃうからまた今度にして。」
雄一ワールドに引き込まれるのを恐れて即座にティアが雄一の話しを止める。もう二度とは来ない「また今度」を使って。
皆の話は雄一への財産贈与へ変わっていった。
「でも、全財産を雄一様に贈与するってのは随分思い切ったわね。イダニコでは紙幣制度そのものが無いからってことだからだろうけど。」
「それもあるでしょうね。でも、バラダーには身寄りの方が一人もいないから、死亡したとなれば、メガロス王国の物になることは目に見えてる。」
「どれ程の財産かは知らないけど、国に取られるくらいならって考えたのかもね。」
「ふふっ。あれ程、雄一君に憎まれ口叩いていたのにね。」
「雄一君と関わって、仲間と再会できて、結婚できて、感謝の気持ちが芽生えたのかしら。それとも、何かして欲しいことでもあったのかしら。」
「ねぇ?雄一君、他にバラダーは何か言ってなかった?」
ララの問い掛けに雄一が答える。雄一は相変わらず封筒に夢中だ。
「うん。そう言えば、ぼくに、飼ってたブルードラゴンをくれるって言ってた。名前は「プルゥート」だって。今から会うのが楽しみだよ。」
「バラダーのブルードラゴン!!?」
ティアが驚いて大声で反応する。
「何かあるの?ティアちゃん。」
「え?いや、バラダーのブルードラゴンと言えば世界でも有名なんだ。」
「全身青色だけど、属性は水ではなく火。一説には余りに高温の炎から出でたため青白い色になったのだとか。」
「私の生まれる前の話だから詳しくは知らないけど、確か、バラダーがメガロス王国で頭角を現す切っ掛けになったドラゴンの筈だわ。」
「私も聞いたことがある。メガロス王国のブルードラゴンの話。」
「煉獄の火球と呼ばれる火を吐けば鉄塊をも蒸発させ、千里(約400km)を僅か1時間足らずで飛ぶ俊竜だとか。」
「ブルードラゴンが手に入れば雄一様の行動範囲が一気に広がるわ。」
「ね!雄一様!?あれ?」
「うわ~。たすけてくれぇ~。」
雄一は頭にデカい封筒を被り、両手を突き出してふらつかせている。
「・・雄一。あんた何やってんの?」
呆れ顔でティアが呟き雄一の頭から封筒を引っこ抜く。
「あははー。封筒を被ると前がみえなくなるんだねぇ。」
「当たり前でしょバカ!」
雄一の相変わらずのマイペース振りにティアは頭を抱えて苦悶の表情を浮かべてツッコミを入れる。
「ふふっ。そうね雄一君。どうして目を塞がれると見えなくなるんだろうね。次のお勉強のテーマだね。ふふふっ。」
ララだけが雄一の「不思議に感じたこと」を評価して励ました。雄一は笑顔で大きく一つ頷くと、満足したのか封筒をぺいっと捨てて朝食を食べにテーブルへと向かった。
「ほんと、朝から疲れるわ。・・ま、私も昨日用事を済ませたし、どうあれ、朝食が済んだら今日メガロス王国に帰国することをケッツァコアトルに話してくるわ。」
「ティアは昨日一日、何処で一体何をしてたの?心配したじゃない。」
昨日、謁見終了後からティアは城から出ていった。ララは心配ないと言ったが、ムーンは随分心配していたのだ。
結局ティアが戻ってきたのは深夜遅くだった。
「ごめん、ムーン。実は元メガロス王国軍の兵士たちに会ってたのよ。」
「ケッツァコアトルから希望者は帰還を許して貰えたし、帰還希望がなくても、メガロスに残された親族や友人に伝えたいことがあれば、手紙を届けると伝えて、書いてもらったりしてたのよ。」
「帰還希望者は約400名ってとこだったわ。」
「あと、使者兼森の案内役のイエラキがメガロスとイダニコを往復するってことで、メガロスからの移住希望者も今回に限り特例で認められることになったの。」
「帰国したら兵士の御家族に連絡したり、準備したり手紙を渡したりで大忙しね。」
「ティアちゃん大儀だったわね。手紙の手配、私も喜んで手伝うわ。」
「メガロス王国の遺族とされている方々の喜ぶ姿が目に浮かぶもの。」
「私も手伝うわよ。スピードだけならララちゃんにも負けないもの。」
「うふふ、ありがとう。ララ、ムーン。」
遺族の中には、ティアの報告で死亡が確定する世帯親族もある。この5年の間に離散した家庭もある。全ての人が全てに朗報とはならない。辛い場面もあるだろう。
だが、やはり多くの者にとっては大きな喜びと救いになる。そして何より遺族それぞれの今後の人生に大きく関わる重要な仕事だ。
少し当てにしていたバラダーが戦死したと言うことになれば尚更ティアの肩に重責がのしかかる。
それでもティアは自分が出来得る仕事を遂行する覚悟だった。その心意気を汲みララとムーンが賛同する。
和やかな雰囲気で朝食を摂っていると、ケッツァコアトルの側近が慌ただしく入室した。余程急いで来たのだろう。息を切らせつつ早口に話し始める。
「もっ・・申し上げます。はぁ、はぁ。たった今、ケッツァコアトル様が、無事、女の子を、はぁはぁ、出産されました!」
一人を除いて皆ひっくり返りそうになる。
「あのあまっこ!幾つイベントを用意すれば気が済むのよ!」
「まぁ、契約の契りから半日程度で胎動を感じたらしいから、今更だけど。」
「それにしても二日目で出産とは予想外だったわね。」
「兎に角、皆で行ってみましょう。ほら、雄一様!このパンを齧りながらで構いませんから行きますよ。」
「もぐもぐ。ふわーい。」
側近の案内に従い駆け足で、ケッツァコアトルの元へ向かう。イダニコ国は雄一たちをそうそう簡単に返したりはしない。




