#61 迷いの森平定作戦の真相
戦死したと思っていたメガロス兵と再会したバラダーはその嬉しさと驚きの余り、泡を吹いて卒倒してしまい、城内にある医療室へと運ばれた。
「くくくくっ。良い余興となった。バラダーも早く意識を取り戻して、そのまま旧友たちと積もる話が出来ればよいのじゃが。」
「メガロス王国に戻ってきた兵士達の証言と随分と印象が違うわね。」
ララの呟きにケッツァコアトルがニヤリと笑って答える。
「くっくっく。確かに奴らは「取り逃がした者たち」じゃな。あ奴らはトロルの姿を見るや否や逃げ出し、散々森をさ迷った挙句、運良く森から脱出できた者たち。」
「所謂へたれじゃな。自分たちの体裁を整えるため嘘をついたのじゃろう。」
「しかし、まぁ、逃げた奴らを嘘つき呼ばわりするのは少々、語弊があるかの。実際戦闘行為はあった訳だし。犠牲者も少なからず出た。」
「出方が出方なら侵略者を容赦するつもりなど毛頭なかったからのお。実際、妾は当初、一人残らず殲滅させるつもりじゃった。「国」からの侵攻とあっては尚更のぉ・・。」
冷酷な目つきを浮かべて楽し気に5年前の掃討戦を振り返るケッツァコアトルにティアは少し身震いする。どうやらクルガ達メガロス兵は薄氷の運命を潜り抜け、生かされたようだ。
「ケッツァコアトル様。では、何故侵略者であるメガロス兵をお許し下さったのですか?」
「くくく、それは、クルガじゃよ。開戦直後、あ奴は、イエラキと直接交戦していながら、我が森の番人たちの総戦力を正確に分析していた。そして、瞬く間に圧倒的な戦力差に気付き、即断即決で降伏してきたのじゃ。」
「戦争行動に移って10分程度で全面降伏して戦争を終わらせよった。極めて優秀か、それとも不死身のイエラキを前に我が身可愛さに臆病風を吹かせただけか・・。」
「いずれにせよ興味を抱いた妾は真相を暴いてやろうとイエラキに兵士の身の振りは妾が判断する故、逆らわぬ者はイダニコ国へ連れてくるよう念話で伝えた。」
クルガの早急な判断により、甚大な被害を避けられたようだが、相変わらずケッツァコアトルの目は冷酷な眼差しのままだ。ティアはその目が怖くて、またぶるりと身震いする。
「この時点では、メガロス兵は全員処刑される可能性が十分残されていた訳ですね?そして、返答次第ではメガロス王国への報復行動も辞さなかったと・・。」
「くっくくっく・・。」
ララの問い掛けにYESともNOとも言わず、ただ不敵な笑みを零すケッツァコアトル。国を護るとは如何なることか。侵略行為に対しどのように対処するかは、支配者として、為政者としての手腕が問われる。当然、理想や綺麗ごとを押し付けるだけの政では国は成り立たない。
妖精の国と聞こえは良いが、頭までお花畑のハッピーランドとは違うのだ。
ケッツァコアトルの氷の様に冷たい眼差しから、ティアもそのことに気付いていた。だからこそ震えが止まらない。5年前の迷いの森への出兵は一歩間違えればイダニコ国による真の頭がハッピーランド・メガロス王国への報復行動があったと言うことに嫌でも気づかされる。
「クルガの奴は、自分の部下を僅か10分でイダニコの捕虜にしておいて、妾の前で何を言うかと思ったら、後ろ手に縛られた手を気にせず地面に這い蹲って、森の侵略行為に関わる、ありとあらゆる様々な「嘘」を我に並べ立てた。」
「くくく。千里眼で全てお見通しのこの妾を相手に、無謀にも嘘に塗れた事の経緯を説明し始めたのじゃ。」
「全責任を全て己一人に被せる為の嘘をな。くっくっく。」
「ええっ!?」
思わず椅子から身を乗り出し、声を上げたティアだったが、すぐさま両手で口を押えて何事もなかったかのように座り直す。その様子を見てケッツァコアトルの目が少しだけ細くなり、頬が緩む。
「自らが全ての泥を被り、自らの命と引き換えに部下の兵士たちとメガロス王国を救おうと必死でついている嘘じゃとすぐに分かった。クルガと言う男、少しはケジメの取り方を知っておると思い、妾もクルガの首でこの件の幕引きを図ってやろうと思うた。」
「しかし、妾は読心術のエキスパートであるウィンディーネのウィン・アクエリアスを傍に置いていたのだが、クルガの真意に触れ、その漢気にほだされたウィンは、妾の心で下した判断に気付いていながら、身の程を弁えず、勝手にクルガの弁護を買って出始めた。」
「くわっはっはっ。今思い出しても笑えるわ。妾の真ん前で、ウィンとクルガの二人は違う違わない、嘘つき嘘じゃないの言い争い始めよった。完全に妾のことをほっぽって。出会ってすぐにまるで痴話喧嘩を始める二人を前に、妾は口を開けて見ている他なかったわ。」
「クルガはウィンの今の行動が妾への背信行為であることに気付いており、今後のウィン立場にまで気遣っていたようで、反抗的で冷たい態度をとっていたのじゃが、それをウィンが読心してしまったものだから、ウィンの乙女心は完全にてっぺんまでイッてしまった。」
「突然クルガに抱き着きキスをしたウィンは妾に向き直ると、クルガと自分の気持ちをごちゃまぜにした真相を語った。はっきり言って、この時のウィンの言葉は整理がつかず滅茶苦茶で意味不明の弁護じゃった。」
少し興奮気味に口を動かすケッツァコアトル。
「ふふふっ。でも、なんだか心が温かくなる光景が目に浮かびます。」
ララの頷きに、ケッツァコアトルは更に目を緩ませて微笑する。
「まさに、その通りじゃ。4000年生きてきたが、あれ程激しい愛の誕生の瞬間を目の当たりにしたのは初めてじゃった。見ているこっちが恥ずかしくなったわ。」
「結局、妾はクルガとウィンの二人の愛に乱心してしまい、メガロス兵全員を一般市民として受け入れると言う異例の判決を下してしまったのじゃ。」
ケッツァコアトルは満面の笑みを零した。まるで全てが許され、メガロス兵にとってもイダニコにとっても八方上手くいったかのような心象を与えてくれる。そんな笑顔だ。
しかし、ティアは現実がそんな簡単なものではないことに気付いていた。2500人の兵士には素行の悪い者も多くいる。様々な負担と苦労がイダニコ国に、ケッツァコアトルにあったに違いない。それなのにケッツァコアトルはティアたちにその恩を微塵も着せてこなかった。ティアはその懐の深さに只々頭を下げる他なかった。
「ケッツァコアトル様の寛大さに感謝の思いが尽きません。」
ティアの対応にケッツァコアトルが不機嫌そうに口を尖らせる。
「あ~、そなたはまだ妾に心開いてくれぬか。いい加減、そう堅苦しい言葉を使うでない。これからまだ話さねばならぬことが山積していると言うのに堅苦しくてかなわんわ。フェアな立場を取らねばもう話さん!」
「お主らもまだまだ聞きたいことがあるだろう?た・と・え・ば・妾の知るムウのこととか・・。」
ケッツァコアトルは仲良しになる為の更なる大きなエサをちらつかせたつもりだったのだが、「ムウ」の言葉にあからさまティアは怪訝な表情になる。
「えっ?ムウ?いや、あの人のことはもうお腹一杯と言うか。当分関わりたくないと言うか・・要するに、間に合ってます。」
「ええっ!?ウソ!!」
ケッツァコアトルにとって予想外の展開ではあったが、結果的には「ムウ」はティアたちとケッツァコアトルの距離を縮めるのに大いに役立つことになる。「ムウ株」をさらに大暴落させることにより・・。