#59 正体不明の邪神
ララから「ばばあ」と言われたような気がしたケッツァコアトルは若干顔を引き攣らせながらも笑顔をキープして答える。そう、全力でキープする。
「それで・・?なにかの?ララ・イクソス。」
精一杯普通に応えようとしたが、口の震えだけは押さえられなかった。ララはそんなケッツァコアトルの様子を、気にも留めていない。
「発言の機会をありがとうございます。イダニコ国女王ケッツァコアトル様。私には想像もつかない「4000年」と言う途方もない悠久の時間を過ごされた過去に触れる内容でもよろしいでしょうか。」
ララの発言を受けてケッツァコアトルの引き攣った笑顔が更に歪む。雄一の前で年齢に触れる内容を厭忌したからだ。それでも歯を食いしばりながら作り笑顔をキープする。
「むぅぅっ。何でも聞かれよ。」
「はっ。恐悦至極にございます。今より「200年前」に現れた「厄災」について、ご存知のことをお教えいただきたく存じます。」
遜った言い方だったが、「4000年」と「200年前」の部分を強調しているように聞こえる。あの空耳はコレのことだったのかと感じるほどに。
『ララめ・・雄一様との接吻の件を未だ根に持っておるな?ふん。こんな子供だましの挑発に妾が乗ると思うなよ。大人の女とはどう言うことか教えてやるわ!』
ケッツァコアトルは自らを落ち着かせるように暫く頭を上げてから、静かにその目をララへと向けた。世界を見通す千里眼が真っ直ぐララの瞳を射抜く。ララの胸がドキリと一つ鳴り、身動きがとれなくなってしまう。
経験の浅い少女の自由を瞬時に奪うこの凄まじい眼力。4000年を生きたからこそできる妖怪ばばあの真骨頂であった。
気圧された様子のララに満足し、ケッツァコアトルはララの質問に答える。
「・・メガロス王国インレットブノ大神殿にて執り行われた蟲毒の儀から現れた「初代救世主」と、世界を滅ぼさんとする「厄災」がこの世界へ現れたのはほぼ同時期のことじゃ。」
「しかし、「厄災」が放つ非常に強力な認識阻害能力で、「厄災」の周囲数キロm四方はおどろおどろしい闇に包まれていた。」
「厄災が現れし場所は大陸の最南端アンスロボスハシウドと言う国からじゃと思うが、正直な話、よく分からんかった。」
「つまり、ケッツァコアトル様の千里眼をもってしても見えなかった・・と。」
ティアの返し言葉に少し眉を下げて悔しそうに下唇を突き出すケッツァコアトル。
「そうじゃな。アンスロボスハシウドから舐めるように北上を続け、マブロ・フイスイ、イリニペリアダ、オクトスオープと、幾多の国を縦断し、メガロス王国へと侵攻した。その時、タイミングよく出てきた初代救世主と交戦となり、ガラクスィアス・ブリッジの地で一様の決着が着いたと言うことは分かっておるがのぉ。具体的な姿形、能力は分からず終いじゃ。」
「そうでしたか・・。いいえ。大変貴重なご意見を賜りました。ありがとうございます。」
妖怪ばばあの強烈な眼光を浴びて冷や汗を掻いていたララが、それでもなんとか丁寧に頭を下げる。
「いや、まて、まだ伝えたいことがある。」
ララの言葉を遮る様にケッツァコアトルが言葉を続ける。
「妾は「厄災」が世界に残した爪痕はしかと見た。」
「奴は「厄災」と言うよりも「天変地異」に近い強大で凶悪な力を持っておる。国を呑み込み樹海を呑み込んだ奴の通った跡には草すら残らぬ荒れ地が広大な道の様に残ったのじゃ。」
雄一以外、皆に緊張が走る。雄一は退屈そうな感じでシゲルを捏ねながら「ぼーっ」としている。
「妾が思うにアレは一種の神じゃ。人などでどうこうできる相手ではないエネルギーの塊。あの邪悪な漆黒の闇は見るも悍ましく、吐き気をもよおしたほどの嫌悪感に襲われた。」
「アレは例えるなら呪われた神・・そう邪神じゃ、邪神と言う感覚が一番近い。」
邪神と言う言葉に雄一以外はゾクリと背筋を震わせる。雄一はシゲルを両手で勢いよく回転させ空中に浮遊させて遊んでいる。シゲルの体はフリスビーか円盤の様に広がっていく。
「初代救世主が厄災に戦いを挑み、決戦の地は未だ草木も生えぬこの世の地獄と化した。初代救世主も姿を消した。それでも、相打ちに持ち込めたのは不幸中の幸いと言ってよい。」
「言い辛いがこれだけは言うておく。正直、今の雄一様と妾の知る「厄災」との間には天と地ほどの差がある。」
「いや・・。復活を果たした「厄災」がかつてと同じ力を持っていたとしたら、「初代救世主」以外、誰にも打ち滅ぼすことなどできぬであろう。」
雄一以外、皆は「ごくり」と生唾を呑み込む。雄一は薄くなったシゲルをピザの生地の様に人差し指でくるくると回し、右へ左へフライングさせている。
「初代救世主のことは詳しく分からないの?」
ティアの言葉にケッツァコアトルは静かに首を横に振る。
「厄災が広大な闇をメガロス王国のインレットブノ大神殿を覆っている最中、初代救世主が出てきたのじゃ。残念ながら顔も姿形も分からず仕舞いじゃった。」
「救世主の実力に関しても、妾が見たのは残された爪痕だけ。じゃが、邪神を道連れにするほどの力があったことはティアも知っておろう?」
「ガラクスィアス・ブリッジにある最終決戦場所は幾つもの巨大な縦穴が生まれ、今でも溶岩を噴き出す不安定な土地となっている。」
「蟲毒の儀で多くの能力を手に入れた初代救世主もまたこの世の者ならざる神に近い存在だったのかもしれぬ。」
ガラクスィアス・ブリッジはメガロス王国の西方に位置する広大な国土を要する大国。
初代救世主と厄災との激闘により、120万k㎡を超す国土面積の内、そのおよそ3分の1である40万k㎡が草木も生えぬ焦土と化した。
この時の激闘の爪痕は200年以上経過した今も、当時のそのままの姿を残していた。
「・・確かにそうね。ガラクスィアス・ブリッジにある決戦の地を訪れた時は我が目を疑ったわ。何処までも広がる地平の大地のあちらこちらから、ぐつぐつと溶岩が生まれては、黒く変色し腐敗して死んでいく。まさにこの世で地獄を見たって言う印象を強く受けたことを覚えているわ。」
「ガラクスィアス・ブリッジはそれを観光の目玉にして商売しているけど。」
ムウの世界に平和が戻った後、早々にガラクスィアス・ブリッジの決戦場は、歴史的に重要な土地であることから世界遺産に登録された。その上、この世とは思えない壮大な景観が望めるとあって、人々は「神話の世界」をガラクスィアス・ブリッジに求めた。
厄災によって回復不可能な程、甚大な被害を受けたガラクスィアス・ブリッジは、図らずも「聖地」を授かる結果となり、世界一の人気の観光地へと成長したのだった。
皮肉なことに、広いだけだった貧乏国家は、その恩恵により、過去類を見ない高水準の経済成長率を見せ、メガロス王国に次ぐ経済大国へと成長したのだった。
「妾の知り得る「厄災」はその程度のことじゃ。妾の千里眼による見聞など表面的な情報に過ぎぬ。実際に自分の目と足でガラクスィアス・ブリッジを調べてみれば、新しいことが見つかるかもしれんの。」
「どうじゃろう。まだこの件で聞きたいことはあるか?」
ケッツァコアトルの締めの言葉を聞いて、ララもティアも一応ムーンも、更にこの場ではモブのバラダーとバゴクリスも互いに頷き合い、ケッツァコアトルに謝意を伝える。
すると、ケッツァコアトルも目を緩ませて微笑みを見せるとバラダーに目を合わせる。バラダーもその視線に気づき、ギョッとして背筋を伸ばした。
「さて、それでは次の件じゃな・・。」
「妾からメガロス王国へ見せたいプレゼントがある。まぁ、とりわけバラダー・フルリオにじゃがな。くっくっくっ・・。」
「なっ・・わしへの・・プレゼント?」
他の皆もバラダー名指しのプレゼントと聞いて目を丸くする。
雄一はぺらぺらになったシゲルをこねこね丸めて団子状に戻して「ぼーっ」としていた。
次なる手遊びネタを考えるのに必死なのだ。