#5 歪な主従関係
リザードマン、もとい、竜剣士ラガラが、串焼きを焼いている。
いずれも手際よく、オークキングの肉を捌き、焚火で次々に焼いていく。
味付けは、シンプルに塩だけだが、これが実に旨い。雄一は、焼き上がる度に串焼きを手に取り、頬張った。
ラガラは、何とか雄一を主にして、ゴブリン・オーク連合軍を解散させた。
雄一と親睦を深めるため、串焼きパーティを始めた。
だが、親睦どころではない。ひたすら食べまくる雄一に、ラガラは大忙し。
一本分の串焼きを口に入れた状態で、ひたすら焼き続けた。
そう、雄一の持つ脳筋細胞は、脳細胞と同様、暴食細胞である。
三十キロの豚肉が、雄一の胃袋へと消えた。
「ごちそうさまでした。ブータさん」
「この者は、ターブと言う名だったようですが……」
「ターブさん、ありがとうございました。ラガラさん、ご馳走さまでした」
「ありがたきお言葉。恐悦至極にございます。雄一様」
ラガラが、ようやく親睦が深められると思った矢先、二人にスライムが近づいてきた。また何か言いたそうに体を揺すりだした。
ラガラは、あからさま鬱陶しそうな顔をした。
「おい、ヘドロが如き生き物。向こうへ行っていろ」
「しっ、ラガラさん。ちょっと、待ってて?」
「ぐっ」
雄一は、スライムのふるえ、に、コクコク頷いている。
「雄一様は、スライムの言っていることが分かるのですか?」
「う~ん。また、変なのが、ここを荒しに来ないか、心配だって感じかな」
「ヘドロモンスターは、ともかくとして、確かに、ここは、特別な環境のようです」
「特別?」
「はい。インレットブノ大神殿は、人工迷宮のようですが、発掘と建設の繰り返しで、とてつもなく広いのです」
「そして、場所によっては、環境が様々なのです。植物が生い茂る環境や、滝や、川、湖など」
「へえ~、川や、湖。あ、でも、確かに、向こうに、プールとかあったよ」
「プール? いえ、そのような物は知りませんでしたが……」
「長い間、大神殿を探索してきましたが、このような、不思議な植物と、光が集まる場所は、見たことがありません」
「流れるプールで、溺れそうになった。あはは~」
ラガラは、そんな雄一を無視して、両腕を組み、考察し始めた。難しそうな顔をして、ブツブツ呟き始める。
「ここの土地と空気は、極めて浄化されている。まるで、ここが、聖域であるかのようだ」
「元々、支配者であるゴブリンが、家畜のオークに従っていたことも、異常な現象だが、何か関係があるのか」
「この神殿は、人間たちが管理してきたが、どれも、これも、彼らの仕業か?」
「いや、或いは、別の、何か……」
突然、雄一が叫ぶ。
「うん、よし。わかった! 決めたよラガラさん!」
「はっ、雄一様。いかがいたしましたか」
「ラガラさんが、ココの、守護者になってあげて」
「えっ!? では、雄一君もこの場に残ると?」
「ううん。ぼくは、先を進むよ」
ラガラは焦る。主従関係を結んで、すぐに捨て置かれては、たまったもんじゃない。
「それは困ります、雄一様」
「ムウ様の黒印による詔を受けて百五十年。一族の念願が、ようやく叶いましたのに」
「必ず、役に立ちます。どうか、このラガラを、雄一様の傍に、置いてやって下さい」
「また、むつかしいことを言う」
「あのね、目の前でスライムさんが困っているでしょ? ラガラさんは、とても強いからそれを守るの。ね、簡単な話でしょ?」
ラガラは、雄一のアホさ加減を、先程、嫌と言う程感じたばかりだ。ヘタすると押し通されてしまう。
『冗談ではない。何が悲しくて、こんな掴みどころのない連中の相手をしなきゃならんのだ』
『ここは、なんとしても、断らねば』
ラガラは、思い浮かんだだけの情熱を言葉にして、雄一の説得する。
しかし、語れば語るほど、雄一の口は、ポカンと開いて、理解が遠ざかっていく。
「どっ、どうですか。吾輩の気持ち、伝わっておりますか!? 雄一様!」
「スライム・ヨワイ。ラガラ・ツヨイ。ラガラ・マモル。ワカル?」
「ダメだー! 待ったっく伝わっていないー!」
頭を抱えるラガラ。雄一は、そんなラガラの肩へ、手を乗せた。
「伝わってるよ? ラガラさん」
「ゆ、雄一様」
「誰だって、はじめまして、の、人とは、緊張するよ」
「でも、大丈夫。ラガラさんなら、きっと、スライムさんたちと、仲良くできるから」
「ちっが~っ」
「そうではなくて、私が守るべき方は貴方で、スライムを守る為に、主従関係を結んだ訳ではないのです」
「雄一様! 何卒、なっにっとっぞ! 御、再、考、下さいぃ!!」
ラガラの必死の訴えに、一匹のスライムが、ぴょんぴょん飛び跳ねながら、雄一の肩に、ぽよんと乗った。
雄一に、何かを伝えているようだ。
「この、スライムさんが、ラガラさんの代わりに、付いて来るって言ってる……気がする」
「ちょっ、バカ! スライムバカ! 話をこじらせるようなことを言うな! 殺すぞ!」
ラガラの抵抗に、雄一が手で遮る。
「少し、待って。ラガラさん」
「ゆ、雄一様」
それから雄一は、自分の眉間に人差し指を置き、何やら考え始める。
その表情は、真剣そのものだ。
「う~ん。困ったなぁ。どうしよっかなぁ」
『おおっ。迷っておられる』
『そうだ。弱小スライムが従者など、意味が無いわ! 身の程を知れ、このゴミ!」
ラガラは、ほっと胸を撫で下ろした。しかし、その時だった。
「うん。よし! 君の名前は、シゲルさんだよ」
「よし! じゃなーい!! 名前を付けるのに、悩んでいただけか!」
「てかシゲルって何だよ! どこから来たんだよ、その名前!」
ラガラの膝が砕けた。這いつくばり、頭を抱えるラガラ。
そんな様子を、気に留める様子も無く、雄一は、旅支度を始める。
支度と言っても、籠に、豚肉(調理済み)を詰めているだけだが――。
そして、訪れる別れの時。
「じゃあ、シゲルさんと一緒に、ぼくは行くよ。みんな元気でね」
「ラガラさん、皆のこと、よろしくお願いします」
「ま、待ってください」
「ラガラさん。別れは辛いけど、また、きっと会えるよ?」
雄一の、いちいちズレた言葉を無視して、ラガラは、雄一の行く手を阻む。
「どうしたの? ラガラさん。とうせんぼなんかして」
「雄一様。この地を守ると言う御役目を謹んでお請け致します」
「うん。よろしくお願いします」
「そこ、どいてくれる?」
「しかし、行かれる前に、どうか、もう一度だけ、私と手合わせ願えませぬか」
どうしても納得のいかないラガラは、最後の賭けに出た。
「吾輩が、勝ったら、力づくでも着いて行きます」
「あはは~、さすが、ぼくの王様だね」
「ふっ、そうです。吾輩は、あなたの王です。そして、あなたは、吾輩の主です」
剣を抜く、ラガラ。籠を置く、雄一。
二人とも、構えを取る。
二人とも、笑顔で頷く。
「いざ! 参る!!」
「はい!」
――五分後。スライムたちに囲まれて、大の字に倒れている、ラガラの姿があった。
自慢のドラゴンメイルは、歪に歪んでいる。
「はぁはぁ、間違いない。雄一様、以外に、主などいない」
「我は、彼に従う」
「雄一様が、望むのであれば、糞でもスライムでも、何でも守ってやる!」