#55 嫉妬
雄一はケッツァコアトルとキス(契約の契り)をした。
頬を染めてケッツァコアトルが雄一に尋ねる。
「どうじゃった。妾との契約の契りは。」
「?・・。うーんと。えっとね。桃色の花びらの香りがした。」
「ゆ、雄一様・・。妾との契りを桃の香りと言うてくれるのか。」
「・・?」
自分のキスを「花の香り」と例えられ、嬉しさで胸が爆発しそうになる。雄一の呼び方も様付けに変わった。
嬉しさと恥ずかしさで耳まで赤くして、雄一から顔を背け両手でほっぺを押さえ、走ってどこかへ行ってしまった。
そんな雄一とケッツァコアトルのキス(契約の契り)の5分程前―――
「ふわぁ。気持ちよかったぁ~。」
昼寝から覚めたティアは自室を出る。ティアは極度の疲労の中にあったが、バラダーとイエラキの死闘に全く興味が抱けず、昨晩は雄一同様熟睡していた。
最も、あからさまに眠れないので、認識阻害魔法であたかも観戦しているかのようにカムフラージュして。
そんな訳でティアは食後30分程度の適度な昼寝を済ませ目を覚ましたのだ。
「まだ皆疲れて寝てるわよね。一人じゃ暇だし散歩でもしよー。」
んーっと両手を組んで伸びをしつつ廊下を歩き、外に出る。美しく豊かな庭園を羨ましそうに眺めながら、咲き誇る花々や鳥のさえずりを楽しみつつ散歩をする。
花壇の色とりどりの花々に見とれていると、突然花壇から一人の妖精らしき羽根つき少女が現れた。それに続いて雄一が引っ張り上げられた。
「あれ?雄一だ。あんなところで女の子と何してんだ?」
ティアは訝しそうな表情で遠目の二人を凝視する。
「な、両手を握り合って何やら話してるぞ。ちみっこい者同士が何をませてやがる!」
自分の年齢、容姿は棚に上げてジト目で睨みつけるティアは次の瞬間頭が真っ白になる。花弁舞い散る中、女の子が雄一にキスをしたのだ。
ティアは目を見開き瞳孔が大きく開いた。無意識、激しく痛む胸にぎゅっと手を当てる。新品で糊の利いた服に放射状のシワが入る。
ティアは城内の廊下を走っていた。息が切れるほど全力で走って漸く、あの場にいることに堪えかね逃げ出したことに気付く。
我に返ると全身の力が抜ける。真一文字に閉じていた唇が震え、への字に変わる。
『なにあれ。だれあれ。なんで?なにがどうなってあんなことになったの?』
躰が鉛の様に重くなるのを感じる。顔色も優れない。小さく感じる胸の痛みが等間隔で脈を打つように襲ってくる。
ティアを襲う「其れ」は言わずもがな「嫉妬」だった。しかし初恋も知らない彼女は自分の気持ちに気付かない。
雄一へ抱いていた淡い想いが突如牙を剥き、嫉妬の炎となって遠慮なくその小さな胸を焼き焦がす。
涙が頬を伝う。
「いやだ・・・。怖い・・・。息が・・できない・・。苦しい・・・。たすけて・・。ゆういち・・。」
誰もいない廊下で座り込むティア。雄一へ助けを求め強く瞼を閉じても少女と雄一のキスシーンが頭から湧いて離れない。
大粒の涙が瞼で押し出されるだけだった。
「・・・そうだ・・ララ・・。ララに相談しよう。」
そう呟くや否やティアは袖で涙を拭い立ち上がるとララの部屋へ向かって走り出した。
ララの部屋の前に着くと様子がおかしい。ララの部屋のドアからどす黒い禍々(まがまが)しいオーラが漏れ出している。
「これは毒!?やられた!!これは罠だ!!雄一もララもケッツァコアトルの罠に掛かったんだ。さっきの少女は・・刺客だ!!」
盛大に勘違いをしているが本気でそう思っているティアは、一瞬雄一を助けに行こうかと迷うが、目の前のララを見捨てられず大声で吼える。
「ララァー!!大丈夫!!?今、ドアを破るからね!!」
ティア渾身の攻撃魔法が放たれると、爆音と爆炎がドアを粉々に破壊する。するとララの室内に十分に籠っていた濃密などす黒いオーラが部屋から一気に噴き出した。
ティアはその黒い瘴気を口に入れないよう注意して、浄化魔法を放ちながら部屋へ突入する。
「ララ?ララ?ララ?」
ララの名を叫びながら部屋を見渡すとララは項垂れ加減で、まるで「亡霊」のように窓際に立っていた。
「ラ・・ラ?」
禍々しいオーラはララから放たれていた。ララのブロンドの美しい髪ですら闇に覆われゆらゆらと蠢いている。怖い。
するとそのララの首だけがゆっくりとティアへ向く。
怖い。超怖い。ティアは恐怖の余り後ずさる。
「ティア・・ちゃん・・?あの女は・・・ダレ?」
「え・・、え・・、あの女・・って?」
ララの目は一切の瞬きを忘れたように開き、死んだ魚のような目をしていた。口元をほんの僅かずつ動かしてゆっくり話す。
「花壇の・・・中で・・・雄一君の傍にいた、女。ふっ・・ふふふっ・・ティアちゃんも・・・見て、いたでしょう?・・・あれ・・・だぁれ?。」
ララが笑っている。完全に瞳孔を開いたまま、笑いながら話し掛けてくる。とてもこの世のものとは思えないほどララが怖い。
だが、ララもまた雄一と謎の少女のキスをしていた現場をこの部屋から見ていたことに気付いたティアは恐怖心を打ち払い自分の憶測を叫ぶ。
「それよ!ララ!私もあの女が誰だか分からないけど、ケッツァコアトルの刺客なんじゃないかと思う。」
「そうよ!!きっとそう!雄一を誘惑して生気を奪ったとか、洗脳したとか、操ってるとか・・」
ティアの言葉に我を取り戻したかのように「ハッ」とするララ。開いていた瞳孔に力強い焔が宿る。
「ティアちゃん?・・ティアちゃん!冴えてるわ!ティアちゃん!!きっとそれよ!!」
「・・・私ったら怒りで我を忘れていたわ。そうと分かれば今すぐ雄一君を助けに行きましょう。雄一君の唇を奪った、あの魔性の女をギッタギタに引き裂いてやるわ。」
かくして勘違い二人組は部屋を飛び出し、雄一の元へと力強く走っていった。
雄一はシゲルを頭に載せ相変わらず花壇の花々に囲まれながら虫たちと戯れていた。うつ伏せに寝っ転びながら、今はバッタに夢中だ。するとティアとララの叫び声が聞こえてくる。
「いたー!雄一さっきとおんなじトコにいたー!倒れてるー!!」
「やっぱり刺客にやられたのね!雄一君!!今すぐに助けるわ!!フルヒーール!!」
雄一の体が無意味に光に包まれる。キョトンとしている雄一はティアとララに方々(かたかた)ずつ手を掴まれ引っ張り起される。
「大丈夫!?雄一君!!」
「雄一!?話はできる?この指何本に見える!?」
ララは雄一の体をぺたぺた触って異常がないか調べている。ティアは指を3本立ててちゃんと数えられ、頭に異常がないか調べている。雄一は首を傾げて答える。
「どうしたの?何かあったの?ララ姉ちゃん。ティア様。」
「何かあったのはあんたでしょうが!!ほら、自分の名前をフルネームで言ってみて。」
「雄一君、どこか痛いところは無い?気分が悪いとか無い?無理してない?ごめんね。守ってあげられなくてホントごめんね。」
雄一は反対側に首を傾げて、今度は笑顔で答える。
「ぼくは神谷雄一。ティア様がさっき見せてた指の数は3本。ララ姉ちゃん。ぼくは平気だよ。ありがとう。」
雄一の元気な様子を確認し取り敢えず安心した二人は少し息を吐くが、安堵の表情はすぐさま変わり、強い目つきで本題を切り出す。二人とも笑顔だが目が笑っていない。
「雄一、さっきここにいた女の子は誰?」
「ケッツァコアトルちゃんのこと?」
「ケッ!ケッツァコアトル!?違うでしょ!どう見てもあんたより年下の幼女だったもん。」
「ねー。びっくりだよね。ぼくも4000歳には見えないねって言ったら、ちょっと怒られたよ。ティア様も見たんだね。」
「犯人」が国の頭首ケッツァコアトルであると言う重要証言を得る二人。ここでララが更に本題へと踏み込んだ。
「妖精だから姿形はずっと変わっていなかったのかもね。ねぇ。雄一君。ケッツァコアトルとこんなところで何をしていたの?」
「えへへ。ぼくがここで虫さんのお話しを聞いていたら、ケッツァコアトルちゃんも一緒に聞いてみるって言うから二人で虫さんたちのお話しを聞いていたの。すごく楽しかったけど、ケッツァコアトルちゃんには聞こえなかったみたい。」
「雄一は虫の声が聞こえるの?」
「ティアちゃん雄一君のペースに乗れば、話が大きく脱線するからその質問は我慢して。」
「雄一君。それでケッツァコアトルとどうしたの?」
ララは笑顔(目は笑っていない)でティアの脱線トークを遮断し「キス」の言葉が雄一の口から出てくるのを待つ。
「えーっとねぇ。ケッツァコアトルちゃん、虫の声なんか聞こえないって。楽しくないって突然怒り出したの。」
「なによそれ。ただのヒステリー女じゃない。私はそんなことで怒ったりしないわ。」
「しっ!ティアちゃん。それからケッツァコアトルは雄一に対してどうしてきたの?」
再びララは、やや引き攣りながらも、にこやかに話を軌道修正しNGワードが出るのを今か今かと待つ。
「それから。今度は急に泣き出した。」
「支離滅裂かよ!怒って泣いて、情緒不安定女かよ!!その点私なんかは・・・。」
「ティアちゃん!?いい加減、ちょっと黙れ!」
「雄一君!?その後、二人で何かしてたよね?一体何をしてたのかな?」
ティアを一喝し、雄一に対しても、もはやしびれを切らし遂に誘導尋問に突入する完全引き攣り顔のララ。
「ララ姉ちゃん・・・。ちょっと怖い・・・。」
ララのプレッシャーを感じ取った雄一が少し怯えた表情を見せる。
『しまったぁ!!あと一歩のところで焦ってしまった!私としたことがぁ!何で?何でこんなに心乱れてるの?私のバカぁー。』
ララは頭を抱えてその場で塞ぎ込む。その様子を見たティアが覚悟を決め、単刀直入に聞く。
「私ね。雄一とケッツァコアトルがキスするところを見ちゃったの。どうして、あんなことをしたの?」
「ティアちゃん・・・。」
ティアの真っ直ぐな質問にララもまた立ち上がる。
「雄一君・・・。私も昼寝から起きて窓から外の景色を眺めていたら、二人がキスするところ見てしまったの。」
雄一は少し首を傾げた後、にっこり笑って答える。
「ああ、あれは、よく分かんないけど「契約の契り」だって言ってたよ。そのあと、どうだった?って聞かれたから、桃の花びらの香りがしたって言ったの。」
「そしたら、なんでかなぁ。顔を真っ赤にして走ってった。」
「契約の契り=キス」ミッションコンプリート。「重罪を犯した罪人」の判決を下すのに必要な情報は全て揃った。
「はい、死刑!ケッツァコアトル!!ぶっ殺す!!」