#51 弔辞
みんなの思う「ムウ株」が大暴落している。ララに対する扱いも酷いが、とにかく品がない。ムウを絶対神と崇めているバラダーでさえ、土下座姿勢を崩さないもののムウに対する理想像は崩れ去り、死んだ魚の目のように微睡んでいる。
同時にバラダーは信じたくない真実に辿り着いていた。それは雄一の訳した稚拙な予言の書の内容が、嘘偽りなく、まるまる全てムウの言葉であったと言う真実へ。
信仰への喪失感からバラダーは茫然自失をしていたが、失うのはそれだけではなかった。
バラダーは、ムウの次に出た言葉に驚愕の表情へ変わる。
「光陰矢の如し。先生ごっこも御仕舞、・・。名残惜しいけれどそろそろ時間だ。最後に一つだけメガロス王国の今後の体制で進言をしようと思う。」
「しかし・・んんん。はぁ。辛い・・。バカ話で誤魔化していたが、やはりこの件をいくら後回しにしても憂いは拭い切れないな。・・・おっと、涙が・・・。」
「皆も私同様、心に影を落としていることだろう。今回、誠に遺憾ながら激しい戦闘行動の末、「髭さん」ことバラダー将軍を失った訳だが―――。」
ムウが突然バラダーの「死」について話し始める。
「でぇっ!?おい!わしは生きておるぞ!!ムウ様の未来視ではわしは死んだことになっておるのか!?」
バラダーは慌てて頭を上げ大声で生存をアピールする。これまで、散々会話形式で対応していたムウだったが、一切反応を見せずバラダーの声にかぶせるようにバラダー(故)へ贈る言葉を続ける。
「実に惜しい漢を失い痛恨の極みである。」
「MKSを放った私にも責任があるが、こうなってしまった以上、自分ではどうすることもできない。済まないが、後で丁重にこの地に埋葬してやって欲しい。」
「誠に勇敢であった彼に追悼の意を捧げるものである。みんなも彼の雄姿を忘れないでやってほしい。敬虔なムウ信者だった彼を私は決して忘れることは無いだろう。」
「ここで殉教した彼の為に約一分間の黙祷―――。」
MKSがカタカタと音を出しながら、胸に手を当て小さく頭を垂れる。それに合わせて皆も頭を垂れる。
「おいおーい!するなするなっ!勝手に黙祷するな!!お前らもやめろ!!と言うか、わしだけしていた土下座姿も見てもらえていなかったと言うことか!?ふざけんな!何が敬虔な信者だ!!バカにしやがって!」
「こうなりゃ神も仏もあるものか!何処が偉大な預言者だ!何が偉大な神だ!!てめえは唯の下品な糞野郎だ!ムウー!くそくらえー!!聞こえてるかムームー野郎!見えているか!!この〇〇ピー野郎!!」
「って!おいっ!てめぇら何時までやってんだ!さっさと頭を上げろぉ!!」
バラダーの言っていることは、全く同感で決して間違えていないが、流石にムウの世界において、本人(MKS)を前に声に出して叫ぶのは不適切だと皆が思う。それでもやはりバラダーの声だけは届かないのか黙祷が済んだ後もムウの調子は一切変わることなく話が続いた。
「さて、殉教したメガロス王国軍将軍バラダーの後任はティアの召喚獣である竜人アトラスが適任だと思う。」
「ティアの元から離れることになるが彼がメガロス王国軍のトップになれば、彼自身、大いに躍進し、必ずアース王の大きな力になってくれるだろう。」
ムウの言葉にティアの表情が訝し気に変わる。
「私との契約を破棄させ、アトラスをメガロス王国の将軍にしろと?できるの?そんなこと。」
ムウのデリカシーの欠片も無い言葉を聞いていよいよバラダーが暴れだす。
「勝手に殉教させるなぁ!わしが現役の将軍じゃあ!もー我慢できん!!腹いせにこのクマのぬいぐるみをぶっ潰してくれる!!」
「メッセージ・デンタツシュウリョウ・コレニヨリスベテノ・ニンムヲタッセイシマシタ・エーアイモードニ・イコウシマシタ」
荒れ狂うバラダーをみんなで強制的に宥める中、MKSはすっくと立ち上がり、歌を歌いながらさっさと森の奥へと消えていく。
気の収まらないバラダーは一頻り天に向かってムウへ悪態をついていた。
バラダーがようやく落ち着いたのを見計らいイエラキが提案を出す。
「MKSは国へ戻ったようだ。お主らはこれからどうする?帰りたいのなら道案内をしてやるが。」
ハッキリ言って最早迷いの森にこれ以上の用などなかった。なのでイエラキの申し入れは有り難かったが雄一がイエラキに尋ねる。
「ぼくイエラキさんの国が見てみたいんだけど、いいかなぁ。」
「うむ。主ケッツァコアトル様の返答次第だが、お主は、知将ラーク様以外でMKSを退くほどの傑人だ。きっと、拒否などされまい。喜んで案内しよう。」
一寸の考える間もなく即答するイエラキ。考えるも何も少し嬉しそうな表情を浮かべている。
「わーい。ありがとうイエラキさん。あ、でもちょっとだけ待ってて。」
イエラキから快諾を貰った雄一は森の一角に穴を掘り始める。素手で一堀一堀、丁寧に掘り進めている。そこへ、ララが両手で大事そうに抱えた「バラダーの髭」を雄一差し出す。
「雄一君?あなたはひょっとしてこれを?」
「・・ララ姉ちゃん。・・・うん。ありがとう。」
雄一は苦悶の表情を浮かべつつララの差し出したバラダーの髭をそっと受け取る。
「惜しい「人」を亡くしたわね。」
「うん、うん。ぼくね。もっと優しくしてあげれば良かった。もっともっとお話ししたかった。たくさんありがとうって言いたかった。でも、もう遅いんだね・・。何もかも遅すぎるんだよね・・。」
雄一の澄み切った目からは涙が後から後から止めどなく零れる。
血にまみれ、無残な姿となったバラダーの髭は、雄一に丁寧に彫られた円筒形の穴へと納められた。
「ぼく・・。もう、泣かないって決めたのに・・。我慢してるのに・・。なのに涙が止まらないんだよ・・。だめだね・・。」
雄一の涙が落ち続け、掘り出した土を濡らしていく。ララは慈愛に満ちた優しい眼差しでその土を一掬い手に取り髭さんの亡骸に被せる。
「・・・。それはあなたが雄一君だから。そして、そこは、なんにも変わらなくていいのよ。雄一君。」
合掌する二人の傍に神妙な表情を浮かべるティアとムーン、バゴクリスが寄ってきた。
「私たちも最期のお別れをさせてもらってもいいかしら。」
雄一が静かに頷くと皆、手を合わせ、代わる代わる土を被せていく。最後に「髭さんの墓」と記された墓標(ララ謹製)が建てられた。
参列者の中には生前交友の浅かったシゲルの姿さえも見られた。こうして厳かに丁重に粛々(しゅくしゅく)と髭さんは葬斂された。
その様子を見ていたバラダーの額に浮かぶ血管がぶちぶちと音を立てて切れる。
「なろぉーってめぇら!わしは生きておるし、その髭は断じてわしではなあぁぁい!!寄ってたかってわしで遊びやがって!いい加減にしろぉー!!」
せっかく落ち着きを取り戻していた筈のバラダーの怒号が森に響いた。お陰で、また出発が遅れた。