#4 雄一VS剣士リザードマン
オークキング、ターブVS脳筋、神谷雄一。
変則ジャイアントスイングにより雄一の勝利。
弾丸の様に吹き飛ばされ、壁にねじ込まれてしまったターブは、ばらばらと礫を零しながら、這い出してきた。
地面へ叩きつけられるように落ちると「ぐしゃり」という音がした。
どうやら、既に全身の骨が砕け、その骨は肺を含めたあらゆる内臓を破壊しているようだ。力なく、「ひゅー、ひゅー」と息も絶え絶えだ。
雄一は、ターブに駆け寄り、体を、ゆさゆさ揺すりながら声を掛ける。
「ぶーたさん!! どうしたの!? こんな大怪我して!」
グラン、グラン。
「ブヒヒヒヒ、ブヒ‥‥‥ブ~ぅ」(参りました、もう‥‥‥やめて)
そんなターブに、リザードマンが傍に寄り、声をかける。
「今、楽にしてやる」
ドシュッ!
リザードマンは、ターブの首を刎ねた。雄一以外の誰もがそれを、武士の情け「介錯」であると悟った。
無茶苦茶にした、張本人が、ターブに哀悼の目を向け手を合わせている。
「ん? 何をしている少年よ」
「だって、死んじゃったから」
「ターブの死を気に病んでいるのか」
「何も気にすることは無い。生きる、とは、戦う、ことだ」
「互いに命を懸けて戦い、お前が生き残った。ただ、それだけのことだ」
「そうだね。でも、お祈りしなくちゃ」
ターブへの追悼が終わると、リザードマンが話しかける。
「吾輩は、そなたを強者と認める。名はあるか?」
「はい。ぼくは神谷雄一です」
「そうか。雄一と言うのか。神谷、雄一。うむ、良い名だ」
「えへへ、ありがとう。あなたは、だあれ?」
「うむ、我が名は、レッザーッル・ルチュルトラ・ラガルトラガレラ・ラガラヘッタ14世である」
どこぞの早口言葉のような名前。
取り敢えず、多かった「ラ行」だけが、雄一の、頭の中を駆け巡る。
「少し長い名ゆえ、ラガラと呼ばせている」
「ラガラ‥‥‥だね。覚えやすくていいね」
ゆるりと、リザードマンが左腰のドラゴソードを抜き取る。
「さて雄一。生きる以上、戦いは不可避である」
「次は、吾輩と一対一の勝負を、受けてもらう」
「生きる以上は、戦うの? 夢の世界でも?」
「んん? 夢?」
「そうだ。夢であろうと、生きる以上は、戦うのだ」
雄一は、少し悲しそうな目をして、下唇を出しうつむく。
「わかったよ。でも、一つだけいいかなぁ」
雄一は、ラガラに向かうと、腰を曲げ、頭を下げる。
『ふっ、命乞いか? その手には乗らんぞ、雄一』
「ラガラさんの串焼き。取って食べちゃって、ごめんなさい。」
『なに、謝罪だと? いや、これこそが、油断を誘う作戦か。』
ラガラは、真意を見抜こうと雄一の目を見る。
『うっ! 何だ、この眼は』
『こ、ここは、何処だっ。この、目の前にある、巨大な二つのトンネルは、何なのだ!』
ラガラは、慌てて、雄一から目を外す。
『まさか、彼が、伝説の大進化への?』
ラガラは、少し首を振り、複雑な笑みを零した。
「ゆ、雄一。串焼き‥‥‥旨かったか?」
「うん、とっても! ほっぺが落ちそうなくらいだったよ」
「それから、元気も出た。あとね、あとね、ありがとうございました。」
『なんて子どもらしい、真っすぐな言葉だ』
眩しいほどに、純粋な礼と詫びを受けるラガラ。
ラガラは、いつの間にか、また雄一の目を見つめていた。ラガラの頭がぽーっとする。
『何だ? この感覚は』
『そう、眼だ。吾輩は、あの眼の中にいるのだ』
『ああ、何処までも、広い、何処までも深い、巨大な眼』
『戦ってはいけない。吾輩は、あの眼差しを、何処かで見ている。そんな気がする。』
「否!」
ラガラは、ブルブルと邪念を振り払うが如き首を大きく横に振る。
「しっかりしろ! 竜剣士ラガラ!」
自ら頬を叩き、気合を入れ直す。
「さっきから、どうしたの、ラガラさん。叫んだり、自分を叩いたり」
「いずれにせよ、戦う他、道は無いのだ!」
ラガラは、強烈な焔を眼に宿すと、身を屈め、剣の構えを取る。
「いざ! 尋常に、勝負!!」
ラガラは、一直線に雄一に駆け出した。スピードのみを重視したラガラの剣は、雄一の腕を捉えた。
パシュン!
「あっ、いたい!」
袖から鮮血が飛び、苦痛に顔を歪める雄一。
『うっ!?』
雄一の叫び声が、ラガラの心に刺さる。
パシュン!
「いたい!」
『うっ!?』
ラガラは、雄一の悲痛が、自分の胸に刻まれていくのを感じた。
『彼を傷つける度に、我が、心が砕ける』
『やはり、彼が、伝説か!?』
ドシュウ!
鮮血が、徐々に広がる。
「うああっ」
『ぬおおっ。これでは、こっちの、心が持たぬぞ』
『雄一よ、頼む! 我が伝説であってくれ!!』
ラガラは、祈るような気持ちでドラゴンソードを振り続け、雄一を血だるまにしていく。
パジャマが、いくつもの口を作ったように、パクパク開けて、血を噴いている。
パシュン! パシュン!
「いたい! いたい! いたいよぉ」
『信じられん。腕を振るう度に、手応えが薄くなる』
『もう少しだ、がんばれ! 雄一! 君が、伝説の主なら、できるはずだ』
ブン!
遂にラガラの剣が、空を切る。
目を見開き、ラガラの動きが止まる。その口は大きく開き、笑っていた。
その隙に、雄一は一寸の間合いをとると、大きく息を吐いた。
「ふぅっ。やっとよけられたぁ。いっぱい切られちゃって、パジャマがボロボロになっちゃったよ」
「こんなになったら、おかあちゃんに怒られちゃうね」
「あっ。大丈夫だ。夢だったんだ。あははー」
切られた体より、パジャマを気にしている雄一。
ラガラは、雄一の眼前で片膝を着く。
「あれ? どうしたの、ラガラさん」
「参りました雄一様!」
「刃を向けた無礼を承知でお頼み申し上げます」
「どうか、我ら一族の、主となって下さい!」
「降参してくれるの? えへへ、よかったぁー。夢でも、痛いの嫌だもんね」
「あれ、そう言えば、夢で痛いだなんて、変だねえ」
「今より、およそ百五十年前のことです」
「我が一族は、地殻変動で現れた、ムウの黒印、に導かれ、運命の主、を求めこのインレットブノ大神殿へ入りました」
「目的は、ただ一つ。我らを、大進化へと導く、主に出会うこと」
「先程の勝負にて、雄一様こそが、運命の主と、確信いたしました」
ラガラが語り始めたので、雄一は、ボロボロのパジャマをできる範囲で整えた。
話を聞いている気配は、無い。
止血に使ったパジャマは草むらに放り、雄一は随分とスッキリした姿になった。もう殆ど、半袖、半ズボン状態だ。
雄一がラガラの眼前へと立った。
その気配を察し、ラガラは雄一を見上げた。
『おおおっ! なんと神々しい。黒曜石を思わせる、艶のある髪と目』
『既に、王の風格をその身に宿し、凛々しい表情の中に、憂いを忍ばせておられる』
『間違いない。この方こそ、運命の主だ』
この時、ラガラには、雄一が、威厳に満ちた巨人に映った。
「えっと、ごめんなさい。よく分かんないんだけど。主ってなに?」
『んん? ソコ?』
其処が理解できていないなら、その後の話なんて、まるで分かっていないんじゃないか、と、不安になりつつも、ラガラは答える。
「雄一様。あなた様が、我が一族の、王になると言うことです。」
「あ、分かった! 映画で見たことがある」
「じゃあ、ぼくは、あなたに忠誠を誓えば、いいんだね」
「いえ、逆です。私があなたに忠誠を誓うのです」
「ダメだよ。百五十歳のラガラさんが、王になるべきだよ」
「い、いえ。私が百五十歳ではなく、先祖が百五十年前に神殿へと導かれたのです」
「私は、32歳でありまして……。失礼ですが、私の話を、聞いてましたか?」
「聞いてたよ? ラガラさんが、王様で、ぼくが、主で……えっと、大進化ってなに?」
ラガラの、小さなもやもやが、どんどん大きくなる。
『えーっと? まさか‥‥‥この子は、バカなのか?』
すると、キリッとした目つきで、雄一が、ラガラを諭すように声を掛けてきた。
「でもね、ラガラさん。主とか、そんなこと、どうでもいいんだよ?」
ラガラは、ホッとする。
「主は、ぼく! あなたは、ぼくの王様ラガラさん。決定!」
『コノ子、意味が分かりません!』
『ムウ様! 彼が伝説の主で、本当に、良いのでしょうか?』
ラガラの抱いていた「運命の主像」が、音を立てて砕けた。