#45 ティアの見た雄一の過去
雄一がケッツァコアトルから解き放たれた自律型戦闘兵器MKSを「倍返し攻撃」で一方的にボコボコにしている最中、雄一の強さの秘密を「ムウから与えられた寵愛(力)」と勘違いしているバラダーに対し、ティアが見知り得る雄一の「真実」を話そうと強烈な迫力で睨んでいる。
ティア・ディスケイニは雄一の過去を誰よりもよく知っている。彼女は蟲毒の儀の最中に自分の持つ魔眼能力「過去視」で雄一の過去を直に見ていたからだ。
だが、それだけではない。ティアは、その後も幾度となく彼の過去を覗いていた。決して雄一個人に興味があっての行動ではない。あくまでも主な動機はムウの預言書の未解読部分の解明にあった。要は仕事だ。
ティアは雄一から「ナイショ」にされた内容を知るために、日本語の解読を雄一の過去から紐解こうとしたのだ。
仕事熱心なティアは、雄一は当然のこと、ララとムーンにも悟られないように、注意深く、暇さえあれば雄一の過去を探り続けた。
枢機卿としての強い使命感に燃える彼女は度重ねて見た雄一の過去のお陰で、日本語は主に平仮名、カタカナ、漢字で成り立ち、場合によってローマ字や英語が織り交ぜられて使われていることを捉える。
しかし、それは同時に、雄一と言う個人をより深く知ることに外ならない。
ティアは改めて過酷な雄一の病床を目の当たりにする。雄一と共に病気と一所懸命に闘う両親の想いに触れる。
そしてそこで、改めて雄一の強さに気付かされる。年下の小さな男の子が一瞬の命の炎を激しく燃やす姿にティアの心は奪われる。それこそ、仕事への強い使命感など簡単に焼き払われてしまうほどに。
「まずは過去視の能力を使って見た彼の過去を話そう。」
ティアは皆の前で静かに、それでも力強く口を開いた。
「彼は蟲毒の儀召喚前までALS若年性筋萎縮性側索硬化症と言う難病を患っていた。意識だけはハッキリとしているが、体中の筋肉が働かなくなり、果ては肺機能を失い死に至る恐ろしい病気だ。」
「彼は6歳でこの病気を発症し、以降病気が進行する中で徐々に肢体の自由を失っていった。大好きだった運動もできなくなり、学校へも通えなくなり、友達との関りも無くなっていった。」
「召喚直前には彼の症状は末期の状態で、歩けもせず、腕だって薄っぺらな本一冊が持てるかどうか。殆ど寝たきりの状態だった。」
「進行する症状を自覚し、明日をも知れぬ「死」の不安と恐怖の中で現実を生きることは彼の心中、如何ほどであったか、察するに余りある。」
「でも彼は違った。完治する治療法が確立されていない、絶望しかない無慈悲で残酷な現実の日々の中で彼はいつも明るく笑顔で過ごしていたんだ。」
「自暴自棄にならず、誰も、何も恨まず。笑っていたんだ。まだ十にも満たたない幼い少年がだ!」
一息にティアが雄一の病状について語る。目は見開き、顔を赤くしている。初めて知る具体的な雄一の過去に誰もが愕然としていた。事前にタクフィーラからのあらましを聞いていたララは既に途中から涙を抑えることができない。
「ーっ。」
余りに壮絶な雄一の過去を聞き、バラダーとイエラキが息を詰まらせる。過去視で直接雄一の病床にあった姿を見てきたティアの脳裏に再びその光景が浮かび、堪えきれずに目から涙が溢れ出る。次から次へととめどなく。
それでもティアは凛とした態度で話しを続けた。
「蟲毒の儀で召喚者が望むままに与えられる能力。彼が願ったのはただ「元気になりたい」と言う想いだけ。」
「願いや想いをそれのみにすることの難しさが分かるか。だが、彼は純粋にそれをやってのけた。そのお陰で奇跡が起きた。誰よりも光り輝ける可能性を秘めた力を得た。」
「それが「極め脳筋」だ。恐らく全身のあらゆる細胞全てが脳筋細胞に変化したことで病気を克服したのだと思う。」
「この世界で病気を克服した彼は最初まともに歩くことすらおぼつかなかった。インレットブノ大迷宮で召喚された600人に及ぶ猛者達の中で最もひ弱な存在だった。」
「彼はムウの加護と言うべき配慮を受けながら物凄い速さで規格外かつ常識外れの強さに成長した。」
「だがこの加護と言うべき配慮と言うのは全て雄一用に用意された試練だ。今、目の前にいるMKSと何ら変わらない命懸けの試練。これがムウからの寵愛と言うのなら雄一はムウから溺愛されていると言っていい。」
「そして、勘違いしているようだから言っておく。雄一の本当の強さは脳筋スキルなんかじゃない。」
「本当に強いのは彼の心。彼の心は病床に伏せていた時も今も何も変わらない。彼は日に日に進行する闘病生活の中である時「死」と言うものを受け入れた。」
「その上で尚も希望を抱いていた。無論、彼だって不安と恐怖に押しつぶされそうになり涙を流すことだってあった。でも、いつだって彼は人生を楽しんでいた。楽しもうとしていたんだ。そして何より家族との笑顔で過ごせる時間を大切にしていたんだ。」
「彼は目に見えて残り少ない時間を単なる快楽や惰性で使ったりしなかった。間近な死を見つめながらも尚、本を読み勉強をしていた。彼が見ていた未来はいつだって一瞬先の未来。その一瞬先の未来のために、その瞬間、瞬間を懸命に生きていたんだ。」
「今だってそれは変わらない。一瞬先の未来の為に今できることを一生懸命している。」
「雄一は決して諦めない。身を焦がそうと骨が砕けようと気を失うような激痛を強靭な不屈の精神力で耐え抜き、脳筋細胞のポテンシャルを引き出して克服しているのだ。」
「雄一の強さの秘密は神谷雄一と言う魂そのものなのだ!ステータスカード如きで決して測れる強さではない!」
「ぅっ・・わたし・・くぅ。・・か、彼以上に・・強い心を持った・・者を・・。私は知らない!」
込み上げてきたものが限界点に達しつつ、ティアは言い終わるとララに胸を借り、子どもの様にわんわんと泣き出した。ララもティアの肩を抱きつつ顔をくしゃくしゃにして泣いている。
いつの間にか気絶したままのバゴクリスを背負ったムーンが合流していた。ムーンは口を大きく開け、天を見上げ滝の様に涙を流している。
バラダーとイエラキは顔を真っ赤にして何とか溢れ出る感情と涙を堪えていた。が、バラダーは「おうっ」と声を漏らすと堰を切ったように声を上げて泣き始めた。
バラダーは何とか流れる涙を止め、塞ぐ口から洩れる声を上げまいとするが、もはや勢いづいた溢れ出る感情は盛大に漏れ出し続けていた。それに釣られイエラキも限界を迎え両手で口を必死で抑えるも嗚咽が漏れだす。
迷いの森に雄一のMKSを圧倒する打撃音と皆の鳴き声が響く。




