#42 夜明け
森に激しい打撃音が響く。バラダーとイエラキは渾身の拳を交互に繰り出す。完全回復を果たした両者はまた長い打ち合いを続けているのだ。最終ラウンドに突入して彼是3時間以上が経過している。
一見第3ラウンドとやっていることは何も変わらないが内容は随分違う。イエラキの打撃でバラダーが体勢を崩しても追撃を加えない。わざわざバラダーの一撃を待つ。逆にイエラキがバラダーの渾身の一撃を受け体幹が崩れればバラダーも待つ。
こんなことをひたすら繰り返している。しかも、攻撃をその身に刻む度、二人とも微笑を浮かべ、どことなく嬉しそうだった。ここだけ見れば二人は超ドM同士の変態と言うことになってしまうが、当然そうではない。拳を交わす中で親友とも思える絆が芽生えていたのだ。それが何とも気持ちが良かったのだ・・・と言うことはやはり二人はド変態だ。
変態二人はその果てに、拳の他に言葉まで交互に交わし合い始めた。
ボッコォ
「どう言う風の吹き回しだ?第3ラウンドまでと随分違うじゃねぇか!?」
ボコォォ
「我は誇り高き森の番人イエラキ。お主が我と同じ土俵に立ったように、我も同じ土俵に立ち、格の違いを見せてやる。」
バッコォ
「へっ、小僧に何を言われたか知らねぇが、後で負けた言い訳にすんじゃねぇぞ。」
バコォォ
「・・・。まさにそうだ。あの少年は一体何者だ!」
イエラキの言葉に一瞬バラダーは動きを止め、雄一の方に目を向ける。イエラキもそれに合わせ雄一を見る。すると信じられない光景が映る。
雄一はトロルのもっふもふの膝をソファの様にして気持ち良さそうに眠っていた。
「あのバカ・・・。」
「ぐはは・・。もはや笑うしかないな。」
3時間以上前、雄一は夜食の後、眠気に誘われうつらうつらしていた。
緊張感もまるでなく、一体のトロルに体を預け眠りに落ちてしまう。これで慌てたのはトロルだった。可笑しな流れで打ち解けたものの仮にも交戦中の敵を前に、敵の肩を借りて眠りだしたものだから。
雄一にもたれられたトロルは体のやり場に困り体を石のように強張らせていた。
そんな緊張しているトロルの肩にティアが優しく手を置いて微笑みかけ、軽く頷く。
トロルはティアにゆっくり頷き返すと、そっと雄一を膝に乗せてやり、長い爪が顔に当たらないようそっと頭を撫でてみる。
ティアの目がより一層優しくなり、トロルの目も微笑んだ。
最高級ベッドに包まれたお陰で雄一は快適な睡眠が約束され、現在進行形で爆睡中だ。
ズッドン
「あの小僧だけはハッキリ言って意味が分からん!」
ズドォン
「何故トロルが人に懐いておるのだ!彼らを日々森の番人としての誇りある戦士として鍛えているのに。・・・あの少年の魔法か何かか?」
ベッキィ
「そんなこと知るか。わしも顔を合わせて日も浅いしな。ただ、わしはあの小僧が嫌いだ!いくら教えてもわしの名を覚えよらん。今では髭さん呼ばわりだ。」
ベキィィ
「ぐはは。我はちゃんと名前で呼ばれたぞ。そう言えば「おもらしバラダー」と聞こえてきたが、本当なのか?」
ドッコォ
「ふん!どうせあの犬畜生がトロルたちに口から出まかせを吹き込んだのだろう。だが、どうでもいいことだ。まぁ、わしが強いかどうかはイエラキ、貴様自身が決めればよい。」
ドコォォ
「・・・ふっ。お主は強いよ。我がこれまで出会ってきた誰よりもタフガイだ。」
「その愚直で真っ直ぐな度胸が気に入った。我の愛娘に相応しい漢と思えるほどにな。ぐはははは。」
ゴッボォ
「ふっ。えらく高い評価だな。だったら雄一・・。あの少年と闘うことはやめといたほうがいいぞ。わしが奴の一撃で気を失ったのは本当だからな。・・おもらしはしとらんが。がはははは。」
ゴボォォ
「・・あの少年。雄一と言うのか。我は彼の殺気を浴びた時、身動き一つとれず恐怖した。まさに「死」を覚悟せざるを得なかった。正直ちびりそうだったよ。ぐははっ」
バッキィ。
「がははっ。ああ見えて、あの小僧は「蟲毒の儀の覇者」よ。ムウ様の預言では世界の救世主となる兵だ。」
「魔法も使えん脳筋小僧だが、不思議な力を持っておる。文字通りこの世の者ではない化け物だ。仮にお前がちびっていてもわしは笑わんよ。そんな小僧からすれば、わしらの命を掛けた闘いも、子ども同士の小競り合い位にしか思ってもないのかもな。」
「がはは、こうなると流石に「仇討ち敵討ち」と騒いでいたことが、我ながらばかばかしく思えてくるわっ。」
バキィィ
「ムウだと・・・。お前たちはこの森、我が国を侵略しようとする不届き者だとばかり思っていたが、違っていたのか。・・・そうか。そう言うことか・・・。」
イエラキの手が止まる。それに合わせ、バラダーも手を止めた。明らかにイエラキの表情がおかしい。神妙な表情でぶつぶつと呟いている。
「いやいや、自分たちのしていることは、侵略行為の何物でもないが、そう言うこととは、どう言うことだ。」
「・・まさか、ここでムウの名が出るとはな。そして雄一が世界の救世主となる「蟲毒の儀」覇者。これは我ら森の番人の出る幕ではなかったのだな・・。これはMKS案件だ。」
「MKS案件?」
「ミリタリー・キラー・ソルジャー・・。通称MKS・・。」
すると突然イエラキが慌てた様子でバラダーに話しかける。非常に早口だ。
「バラダー。悪いことは言わん。雄一と言う少年を「一人を残して」このまま引き返せ。これより先に進めば確実にMKSが発動する。いや、最早手遅れかもしれんが・・。急げ!!」
「ちょっと待て、どうした急に。分からぬことが多すぎる。順序立てて話してくれ。」
時間との勝負なのに説明を求められ、イエラキは顔を顰めつつも、なるべく早口のままバラダーに説明していく。
「我らの国にはMKSと言う魔導戦闘兵器がある。2000年前からある代物だ。」
「MKSは主であるケッツァコアトル様の操り人形。その破壊力は尋常ではなく「破壊神」の異名を持つ。我が国でMKSを抑えられるのは主以外には我の師匠ラーク様だけだ。」
「魔導戦闘兵器?破壊神?わしらで言う魔導兵器のことか?」
「お主らの持つ魔導兵器などMKSに比べればどれもこれも豆鉄砲のおもちゃに過ぎん。MKSは最高硬度を誇るアマダンタイト製の自律型戦闘兵器だ。」
「間違うなよ、あれは魔導兵器ではない、戦闘兵器なのだ。我の力など虫けらが如き強力な魔術・体術を操り、一切の攻撃を受け付けない我が国、最強の守護神。」
「その戦闘兵器MKSを我が国にもたらしたのは他ならぬムウ。そのムウから蟲毒の儀の覇者が森に現れた時、MKSを発動するよう主ケッツァコアトル様に助言をしているのだ。」
「まさか!雄一を見出し、この世界へ連れてきたのは他ならぬムウ様だぞ。そのようなことをする筈がない!」
イエラキは、睨みつけるような形相で、両腕でバラダーの両肩を掴み、激しく首を振る。
「理由等詳細は知らされておらん。だが、MKSの仕事は闘うこと以外にない。そして、この森の出来事は千里眼を持つ主ケッツァコアトル様には随時伝わっている筈だ。お主の口から「ムウ」と「蟲毒の儀」の発言があったあの瞬間からMKSの準備が始まり、整い次第即時発動されるだろう。MKSが雄一の前に現れるのは時間の問題だ。帰り道を案内してやる。雄一を残しお前らは撤退しろ!」
夜明け前、一日の中で最も暗さを感じると言われる時間帯。イエラキの急転直下、衝撃的な言葉にバラダーは困惑していた。しかし、イエラキの必死に訴える目と姿勢から、本気でバラダーの身を案じて言っていることが伝わる。
「MKSからは逃げられない。ターゲットの雄一は救えないが他の連中は間に合う!送ってやるからこの場から去ろう。一刻も早く!さぁ!」
「聞き捨てならないことを言うじゃないハゲラキ。ムウの雄一様への試練はわたしの試練よ!」
バラダーとイエラキに怒り顔のムーンが話し掛ける。ムーンは怒りに任せてイエラキをハゲラキと罵ったが、髪の毛ふっさふさのイエラキは気にするそぶりも見せない。
この騒ぎでも眠り続ける雄一とソファ役をしているトロル以外の全員がバラダーとイエラキの元に集まる。
「撤退を望まないのなら無理にとは言わん。ただお前たちを誇り高き戦士と認め、無駄死にさせたくないだけだ。言っておくがMKSと対峙すれば骨すら残らんぞ。」
「あれから逃げることは恥ではない。誰も咎めはしない。MKSは「死神」そのものだからだ!今ならその危機を回避できる!」
イエラキの言葉にしばし森に沈黙が走る。
「イエラキ殿。我らの身を案じ、救う為の心の籠った言葉と提案を心底から感謝する。」
バラダーが沈黙を破りイエラキに頭を下げた。頭を下げたままバラダーは言葉を続ける。
「だが、絶体絶命の危機を前にした「仲間」を見捨てて撤退するわけにはいかん。ましてや小僧はまだ10歳になったばかりの少年だ。」
「彼が例え覇者であろうと化け物であろうと関係ない。わしが彼の足りにならなくとも傍にいてやりたい。わしの名も覚えぬ憎たらしい小僧だが、わしはわしなりに最後まであの子を守る。」
ティアたちが目を丸くする。
バラダーは仇を討つためだけにその身を死地へ向けた。それ以外目的などなかった。しかし、そんな復讐心もイエラキとの激闘の中で相互理解を果たし、夜露と共に消えた。
そんな今、安全に森から国へと帰還できるイエラキの提案は願ってもない僥倖。渡りに船の筈である。
それを、バラダーは精一杯の礼を尽くして頭を垂れて断った。
バラダー自身、自分で言っていて信じられなかった。それでもそれが本心から出た言葉であることを確信している。
彼は自覚していた。この時既に自らを纏っていた「将軍バラダー」と言う鎧など粉々に砕け散っていることを。雄一を守ると決めたのはただ一人の漢「バラダー・フルリオ」であると言うことを。
「ありがとう。バラダー将軍」
ティアが目を潤わせ呟く。
「ふふ。頼りにしているわ。バラダーさん。」
ララが微笑む。
「それでこそメガロス王国最強の武人です。見直しましたバラダー将軍!!」
バゴクリスが興奮気味に言う。
「おもらしぃ・・。」
ムーンが泣きそうな顔で弱々しく鼻声で言う。
「ムーン。てめぇには後で話がある。」
バラダーがそう言ってムーンを睨みつけるとムーンは慌てた様子でティアの後ろへ隠れる。思いきりはみ出しているが、盾にされたティアが「えっ!?あたしぃ?」と焦っている。
イエラキがバラダーの前へ一歩出る。
「震えたぞ、バラダー。漢に惚れるとはこのことだな。そんな漢気を見せられて我も黙ってはいられない。MKS相手には微力ではあるが、我も加勢するぞ。」
「!!」
「なっ!?イエラキ・・・??」
「聞けぃ!我が森の番人達!この者たちが敵意を持たぬことは最早明白。我はここで踏み止まり時間を稼ぐ。そなた達は急ぎ国へ戻り、主ケッツァコアトル様にこの旨を報告し攻撃中止の説得を試みよ!」
「「「「「ははっ」」」」」
イエラキ命令が下り、小気味よい返事が返ってきたかと思うと同時に9体のトロルたちは森へと消えた。1体は雄一のソファとして残っていたがイエラキも小さく頷き捨て置いた。
「随分上手な言い訳で部下をこの場から逃がしてやったな。」
「ぐはは。お見通しか。」
「ふっ。俺も使う手だからな。全くバカな奴だ。お前まで死ぬことは無かろうに。」
「ほお。不死身と豪語したお前は死ぬ気なのか?こう見えて我はMKSと何度も闘っているのだぞ。」
「まぁ、手も足も出ず、その度に生死をさ迷う経験をしているがな。そんな我もお前同様の二つ名を持っている。「不死身のイエラキ」だ。ぐはははは。」
「がはは。成程。では何か策があるのだな?」
「ぐはは。それは無い。MKSは任務遂行の邪魔をする奴は容赦なく攻撃してくるからな。せいぜい時間稼ぎくらいが限度だ。なぁにこの鍛え抜かれた肉体があればなんとかなるさ。ぐわっはっはっはっは!」
「がはは。成程、そいつぁ愉快だ。共に「肉壁」と言う訳か。不死身の肉体を持つわしの最も得意とする役割だ!!がぁーっはっはっはっはっ!」
結局のところ、二人は同等程度の脳筋だったと言う訳だ。ぐはは、がははと、二人は何が面白いのか大声で笑いだす。だが、間もなく、まさに笑えない状況へ追い込まれていくのであった。夜明けとともに。