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脳筋だもん  作者: 妖狐♂
42/169

#41 夜食タイム

 メガロス王国バラダー・フルリオ将軍と森の番人イエラキ・ワルドの激闘はもうかれこれ2時間も続く。

 二人とも相手を殺すつもりで一撃に力を込めて叩き込む。生ぬるい攻撃など一度たりとも無い。気が付けば二人とも血塗ちまみれだ。それでもどちらも倒れない。

 相変わらずイエラキの方が手数でまさっていたが、バラダーもイエラキの土俵に上がったまま、その猛攻に対し負けず劣らず手を返す。

 お互い、相手からの一撃を歯を食いしばり耐え抜き、同じだけ歯を食いしばって渾身の一撃を放つ。只々それの繰り返しを2時間も続けている。

 まるで野獣同士の喧嘩のように、両者共に相手を殺す気で闘っているが、何でもありの卑怯な技は一切見受けられない。相手を圧倒的に打ち負かすと言う自信と慢心がお互いにあったためだ。それは紛れもなく意地。「プライド」であった。2時間と言う長い激闘の中、プライドを二人はぶつけ合っていたのだ。


 この長い2時間の激闘を繰り広げる間には、当然雄一にお叱り(ど突き)を受けて失神していたデカトロルたちも意識を取り戻した。一匹また一匹と起き上がり、不安そうにまごまごしていた。

 そんな起き上がったデカトロルたちを雄一が手招きして一緒に観戦しようと誘う。最初は不安そうに怯えた目をしていたデカトロルだったが、雄一の敵意など微塵も感じられない目に操られるように従い、雄一の両隣に整列するように三角座りをした。

 トロルたちは最初こそ大人しく座って観戦していただけだったがバラダーとイエラキのぶつかり合いに興奮していき、遂には雄一たちと声を合わせて掛け声を掛け始めた。


 「イエラキ様ー!イービルー!ナイスファイトー!」


 「信じられん。あの人間とは思えん程大きなイービル。イエラキ様の攻撃をあんなに耐えているぞ。」


 「あははー。髭さん凄いよねー。不死身なんだって。」


 デカイービルたちの話に雄一が混ざり始める。トロルは雄一が親しげに声を掛けてくるものだから少し慌てたけれど、まるで昔からの友達であるように流暢に会話を続けた。


「うむ、お前はとても強い。自分が何をされて倒れてしまったのか分からない程鮮やかな一撃だった。なるほど、あの「髭さん」なる者が不死身の男で、お前と同格ならイエラキ様と互角の戦いをしても頷ける。」


「あははー。」


 雄一とトロルの弾む会話を切っ掛けにムーンも間に入ってくる。


「あははーではございません雄一様。いいですかモンスターの皆さん。」


「むむ、我らはモンスターではない。誇り高き森の番人トロルだ!我らはその中でも特に選りすぐられた精鋭なのだぞ?・・一撃で倒されてしまったが・・。」


 デカイービルたちは自分たちを「トロル」だと言った。イービルとは「悪者」という意で、森を荒らすトロル側からすれば人間はイービル(悪者)だったのだ。

 悪者退治をしに来たつもりが、雄一に早々に気絶させられたことに少なからず傷心しているトロルがしょんぼりと落ち込んだ様子になる。


 「あー。ソコ、落ち込まない!雄一様の一撃を受けて死ななかったことが既にほまれなのです。」

 「いいですか。誇り高き森の番人トロルさん。雄一様はあの髭男「バラダー」を一撃で倒すほどの漢なのです。」


 「「「ええ~っ!!?」」」


 雄一の隣に割り込み、口を挟んだムーンがトロルたちを驚かせる。

 バラダーの度重なる愚行を前にして、その滑稽さに気付いてからは上品に努めようと思っていたムーンだったが、予想以上のトロルの反応を見て得意げになり更に続ける。


 「ね?だから雄一様に気絶させられて生き残るあなた方、イコール、髭男と同等、或いは以上と言うことが言えます。」


 「おおっ!そうかっ!」


 トロルたちに失われていた自信がみなぎり、目の輝きが戻る。尚もムーンの饒舌じょうぜつは止まらない。


 「イエラキと呼ばれている、あなた方のリーダーが一見苦戦を強いられているように見えますが、当然それは違います。実を言いますと、あのバラダーと言う髭は、不死身と呼ばれるほど無駄に体力があると言うカラクリがあるのです。」

 「見た目は、確かに一撃ずつの応酬で互角に感じます。しかし、よく見て下さい。髭の体幹たいかんを。イエラキの一撃を喰らった瞬間少しズレているのが分かります。体力の増減を加味すればこの勝負、終始イエラキが圧倒しているのです。」


 ムーンにしては全体的に言葉遣いは丁寧な方だが、バラダーへ対する扱いは明らかに悪意を感じる。


 「うーむ。本来自軍を過大評価し褒めたくなるところなのに、自軍の劣る点を認めるのは簡単ではない。我らは自軍の長所ばかりに目が行って、どうしても贔屓目に見てしまう。それをこうも冷静に鋭く切るとは恐れ入る。」


 「確かにそうだ。自軍の弱点と能力特製を平然と晒すところなど、器の違いすら感じる。お前たちは強いだけじゃなく、分析力が素晴らしい。我ら森の番人第一部隊の精鋭10人が手も足も出なかったのも今になれば納得だ。」


 ムーンの言葉に盛り上がるトロルたちの様子を見て、また、自分の言葉を高く評価され、いい気分になったムーンは調子に乗って秘匿性の高い情報までどんどん話す。と同時に上品さがどんどん失われていく。


 「ここだけの話だけど、あの髭は風属性の魔法を使うのよ。もしあなたたちが闘うことがあれば、極端に多い体力と、風魔法。この二つを気を付ければいいわ。」

 「でもまぁ、あの髭は、自分が世界で一番強いと勘違いしている大バカ者で、その上、短気だから、相手にしないってことが一番かな。関わるとろくなことがないし私たちもすっごく迷惑しているの。」

 「この森を探索するための「スコープくん」って言う道具を使い物にならないようにしたのよ?ソコ抜けのバカでしょ。その他にも・・・」


 話はどんどん大袈裟になり、尾ひれが付き始めた。雄一にKOされた時の話はその醜態を事細かく詳細が語られた上に失神と同時に失禁したと言う嘘まで盛られてしまい、「おもらしバラダー」とされてしまった。


 「ムーン。それはあんまりだよー。髭さんが強いのは本当だよー。」


 雄一の言葉は右から左へと抜けていく。正当なバラダーへの評価の言葉は単なる雄一の優しさ(フォロー)のように捉えられた。

 わいわいと会話が盛り上がる中、とても甘く香ばしい匂いが鼻へ入ってきた。


 「はーい。みんなー?少しだけどお夜食用意したわよー。」


 「わーい。やったー」


 ティアとバゴクリスがラスクのような物を持ってきた。薄く伸ばした3~4粒のキャラメルをパンの上に乗せて、軽く火で焼いたものだった。

 そのキャラメルトーストを見てトロルたちも「ごくり」と喉を鳴らす。


 「森の番人さんたちの分も用意しました。よかったらどうぞ。」


 「え!?いいのか!?ありがとう。」


 深夜の森が大盛り上がりのパーティームードに包まれる。ラスクはきちんと一人一枚ずつ配られた。雄一が「いただきます」の音頭をとる。


 「ねぇ、ねぇ、みんなで「いただきます」しようよ。ぼくのい「ただきます」の言葉についてきてね。はい手を合わせて・・・いただきます!」


 「「「「「いただきます」」」」」


 「「「「「うっまーい!」」」」」


 バラダーとイエラキの激闘そっちのけで夜食を楽しむ。特に大きなダメージを負っていたトロルたちはその回復効果に目を見張り興奮して大騒ぎしている。


 「なんて美味しいんだ。サクサクとろりと口の中に甘さと香ばしさが広がる。・・ん?ちょっと待て・・何だこれは?消耗した力がみなぎあふれかえるようだ。」


 「こ、これはまさかフルポーション?・・いや、違う。何だこれは?体の芯から回復している!?」


 トロルたちは雄一キャラメルの絶大な回復効果に唸る。


 「あれ?何だろう。この心が満たされていく感じは・・・。」


 「おい、どうしたんだ?お前・・。泣いてるのか?あ、あれ、オレの目からも、涙が・・。あたたかい・・。心が優しさで包まれていく・・。これは・・お、おかあちゃん・・?」


 「きっとあれだ!「いただきます」だ。あれは彼の回復系魔法の呪文だったんだ。」


 命の削り合いのような闘いの最中であったが、この騒ぎの異常性にイエラキが気付く。


 『よく見ればバカ騒ぎをしているのはみなうちの連中ではないか。誇り高き森の番人が恥を晒しおって。』

 『それにしてもこの男、いつになったら倒れるんだ。コヤツまさか本当に不死身なのではなかろうな。』


 イエラキはそう思うと少し焦りが生まれる。第3ラウンドと称してから3時間経過しようとしている。イエラキもこの長期戦で流石にダメージと疲労が溜まっていた。

 いくらクリーンヒットを与えても倒れそうで倒れないバラダーの姿が得体の知れない不気味な存在に思えてきた。


 「さっさとくたばれ!!」


 ドバキッ


 イエラキはこれまでの拳と蹴りの応酬から一変、バラダーの顎に膝蹴りを見舞う。

 バラダーの顎が跳ね上がり、巨体を大きく仰け反らせ2~3歩後ずさる。このまま大の字で倒れるかと思われたが、足を踏ん張るとすぐさま体制を元に戻し、その場に踏みとどまる。

 バラダーは気合を入れて前を向くと、目の前には突然現れた雄一が立っていた。


 「うが?なんだ小僧。わしのことなら心配は要らんぞ。不死身のわしにこれしきのこと何ともない。」


 バラダーの言葉に小さく首を横に振り雄一はバラダーの手にラスクを持たせた。


 「はい。髭さんの分のお夜食だよ。」


 「こんなもん要らん。今わしは大事な勝負の真っ最中―・・・」


 バラダーは受けっとったラスクを返そうと手を伸ばしたが既に雄一の姿はなく、顔を上げれば雄一はイエラキにラスクを手渡ししている。


 「はい。イエラキさんの分のお夜食。どうぞ。」


 「っておい!小僧!なに敵に塩を送っとるんだ!!」


 バラダーの突っ込みを無視してイエラキにもラスクを渡す雄一。

 イエラキの鼻に甘く香ばしい香りが遠慮なしに侵入してくる。それが刺激となり唾液が口に溢れ出す。溢れ出る唾液は胃袋を刺激し、腹が「ぐううう~」と大きく鳴った。


 『なんだ!?この食い物は。心を操る魔法が込められているのか!?がっ、我慢できない・・!!』


 イエラキは雄一へ疑心を込めた目を向けつつも少しラスクをかじる・・・。


 「んっぅま!!」


 イエラキは一口で残りのラスクを頬張る。じっくり味わうように上を向き、ゆっくりと咀嚼する。イエラキのその様子を見てバラダーも渋々ながらラスクを口に入れる。雄一は屈託のない笑顔のままイエラキを見ている。


 『何と言う優しい甘み、何という優しい香り。うまい・・。これ程うまいのなら呪いの一つや二つかぶっても文句はない・・・ん?なんだ?やはり呪いが掛けられていたか!?こっ・・これは・・・癒される。心と体がぁ・・癒されていくうぅ。』


 凄まじく強力な呪い(回復食品)を受け、恍惚こうこつの表情を浮かべながらイエラキの体力が全回復した。バラダーもまた同様に全回復したようだ。

 まるで信じられないようにイエラキは肩や首を回し、体の調子を確かめながら雄一に話しかける。


 「何という回復力だ。」

 「なるほどうちのバカ共が騒いでいたのも頷ける。だが少年よ、礼は言わぬぞ。貴様が勝手にした行いだ。この後どのようなことがあっても責任は自身にあると知れ!」


 イエラキはラスクを腹に納め終えると意図的に殺気を込めた目を雄一に向ける。雄一はその殺気をそよ風の様に受け流し、満面の笑みで応える。


 「いいよ、お礼だなんて。みんなお夜食を楽しく食べているのに仲間外れはいけないと思っただけだから。」


 「仲間外れ・・?ふん!訳の分からぬことを。」


 「だけど・・・。」


 話しが噛み合っていないような感じだが、満面の笑みをしていた雄一の表情が変わる。笑顔は笑顔だが、尋常ならざる殺気をイエラキに向けたのだ。

 突然放たれた雄一の放つ殺気を正面から浴びたイエラキの背筋が凍る。


 「だけど・・さっきの膝蹴りはダメだよ・・。」


 「ぐがっ・・あ・・貴様・・その殺気は!・・かはっ。」


 イエラキはすくみ上がる。まるで金縛りにあったように。

 産まれて初めて経験する感覚。意識は敏感に研ぎ澄まされるように感じるのに身動きが取れない。むしろ研ぎ澄まされ過ぎる意識。全身の神経が剥き出したかのようになる。肌に触れる空気が痛い。

 全身の汗腺から汗がにじみ出るのを感じる。息が止まる。まばたききすらできなくなった瞳が雄一から目が離せない。溢れ出る恐怖心を抑えきれない。

 イエラキの中の時間が完全に止まる。


 「イエラキさんは誇り高き森の番人のリーダーなんでしょ?みんなが見てるんだよ?」

 「勝つことだけが目的?勝った後のことはどうでもいいの?」


 雄一はそれだけ言うとくるりと踵を返す。途端にイエラキの金縛りは解け、糸の切れた操り人形のようにその場で崩れ、片膝を着く。肩で息をするほどの倦怠感に襲われる。

 イエラキの中で止まった時間を取り戻すかのように滲んでいた汗がせきを切ったように「どっ」と吹き出した。



 「ま、まて!貴様は一体・・。」


 皆の元へ歩き始めた雄一に声を掛ける。雄一はイエラキに背を向けたまま呟く。


 「カッコ、つけてね。イエラキさん。」


 イエラキは分からないことだらけなのに言葉が返せなかった。

 ちっぽけな少年になぜあの凄味が出せるのか。

 自分は何故怯ひるんだのか。

 敵を敵とも、味方を味方とも捉えていないような発言と行動。その全てが理解の範疇を大きく外れる。


 『奴の力も、行動もまるで読めん。この世のモノとはとても思えん・・化け物か・・?』


 だが、分かったこと、いや、分かっていたこともあった。

 バラダーへの膝蹴りは明らかに自分の気の焦りから放ったものであることはよくわかっている。

 イエラキはあの膝蹴りがバラダーとの間で出来た暗黙のルールに反する行為だったことを雄一が指摘したのだと悟る。


 実際イエラキは感じていた。暗黙のルールを反故した瞬間、心の底にはほんの小さな棘がチクリと刺さったことを。

 いや、バラダーとの暗黙のルールが問題などではない。誇り高き森の番人としての自覚の問題なのだ。あの場での膝蹴りは、自らが描く理想の誇り対する背信行為そのものだった。

 そして、その行為はちょっとした「違和感」として本人とその部下達に伝播する。

 勝負に勝っても負けても、その小さな違和感は時間と共に大きなシコリとなって残っていっただろう。


 『まさか。あの少年は、森の番人の「誇り」を守る為に完全回復薬キャラメルトーストで勝負のリセットしたと言うのか。』

 『いや、まさか・・。しかし、いずれにしても、あの少年と我の間には天と地ほどの力の差がある・・。』


 「全くあの小僧、勝負を振り出しに戻しやがって。奴の考えていることはよくわからん・・。おいイエラキ。そろそろ第4ラウンド始めねぇか?」


 立ち竦んでいるイエラキに、バラダーが声を掛ける。

 イエラキは目をつむり、ふっと息を吐くとゆっくりと目を開けた。イエラキは、まるで雄一が持つ何処までも透き通った視線をバラダーに向けると、ゆっくり右拳みぎこぶしをバラダーに向ける。


 「第4ラウンドではない。次が最終ラウンドだ。」


 「ふっ。望むところだ。」


 イエラキの突き出した拳に応えバラダーがコツンと拳を合わせる。深夜を過ぎた頃、最終ラウンドの火蓋が切って落とされた。


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