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脳筋だもん  作者: 妖狐♂
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#3 剣士リザードマン

 虫歯ゴブリンを、泣き声「デス・スクリーム」で退けた雄一の周りには大量のスライムがいた。


 このスライムたち、世界最弱モンスターに、変わりはないのだが、実は倒せない。この世界で唯一の無変質の物質モンスターだ。

 代わりに、ほとんど力を持たない、成長もしない。所謂、人畜無害。空気より空気。


 ちなみに、飲み込んでも、元のスライムとして、いずれ便と一緒に排泄される。コンニャクのようなダイエット効果は、確認されていない。

 火で炙って、蒸発させても、水蒸気が冷やされ、また水に戻る様に、いつの間にか、元に戻る。

 要するに、スライムとは、不死身の最強最弱モンスターなのである。



 

 ゴブリンに、棍棒ゴルフスイングでぶっ飛ばされたスライムが、雄一の頭にできた、コブの上に乗っている。

 ど突かれた患部が、ひんやりして気持ちいい。


「さて、ぼくそろそろ先へ進むよ」

「スライムさん。今度の夏休みの自由研究は、きっと、スライムづくりにするからねー」


 スライムたちは、身を震わせたり、左右に揺れたりしている。

 雄一は、手を振りながらスライムの住む草原を後にした。

 

「これは、一体、どう言うこと? この子だけ、どうしてハッピーランドのお花畑、みたいな環境なの?」


 現在、ここでは強制転移者、六百人よる、バトルロイヤルが行われている。しかし、未だ雄一の前に、誰一人として、現れなかった。

 水晶玉越しに、雄一の様子から目が離せない紅。憐れみを持っていた目が、引き攣り始めた。


「あ、いいにおいがするよ」


 そんな雄一は、洞窟内に漂う、香ばしい匂いに誘われていた。


「あ、あ、お肉の焼ける、いいにおい、くんくん、すぅ~」


 すると、曲がり角に、ゆらりゆらりと、焔に揺れる影。

 そっと、壁越しに様子を伺うと、リザードマンが座っている。


「竜みたいな、カッコいい人が、お肉、焼いてる。じゅるるっ」


 リザードマンの装備は、薄汚れてこそいるが、鎧はドラゴンメイル。左の腰にドラゴンソードを帯刀していた。素人目にも超一級の装備と分かる。


 ほとんど、竜に近い風貌のリザードマンは、串焼きを食べている。

 雄一は、この世界に召喚されてからまだ何も食事をしていない。その上動き回っていたのだから当然腹が減っている。


 ぐうう~っ。


 雄一の、腹の音は、残念なほど大きく、広い洞窟に、無情に響き渡る。


「誰だ!!」


 リザードマンは、身構える。

 長剣ドラゴンソードが、焚火と松明の灯を浴びて、妖艶な光を放った。


 しかし、その目に映ったのは、小さな子どもの姿。

 リザードマンは、不適な笑みを浮かべ、顎を上げながら、警戒の構えを解いた。しかし、その目は獲物を見る目。

 それに対し雄一は、串焼きの行方ばかりに気が向いている。


『串焼き、もうないのかな。あれ? リザードマンが、左手に、もう一本持っているぞ』


 雄一は、首を左右に動かして、リザードマンの左手に釘付けになる。


「ゲゲゲ、この肉の匂いに誘われてきたか」


 リザードマンは、一瞬で雄一の間合いに入り、右手に握られたドラゴンソードを大きく振りかぶる。


 どん!


 ドラゴンソードが、雄一の首を捉えようとした直前、何かが雄一にぶつかり、雄一を救う。


「なにぃっ! 躱された!?」


 雄一にぶつかったのは、スライムだった。


「ありゃ、スライムさん? どうしたの?」


 スライムは、体を伸ばしたり、縮めたり、プルプル振るっている。


「戻ってきてほしいの?」


「次こそ、死ね」


 スライムとのコンタクトの最中、リザードマンは、容赦なく雄一向けて横薙ぎに長剣を振る。


 ぶん!


 しかし、今度も空振り。


「んがっちゅ!? また躱されただと!?」


 再び躱されたことに、一寸呆けていたリザードマンは、左手に持っていたはずの串焼きが無くなっていることに気付く。


「なっ、いつの間に!? ま、まてっ、小僧」


◇◇◇◇◆◆◆◆◇◇◇◇◆◆◆◆


 串焼きを頬張りながら、元来た道を戻った雄一とスライム。

 そこには、複数のゴブリンと、二足歩行するブタの群れ。

 哀れスライムたちは、ゴブリンとブタの群れに、叩きのめされていた。

 棍棒でぶたれ、蹴られ、踏みつぶされ、それでもただ逃げ惑うしかないスライムたちの姿は実に哀れであった。


 群れの中に、一匹、やたらでかい、ブタがいた。

 二足で立っているものの、その姿は完全にブタ。

 巨大な、ピッチフォークのような武器を持ってはいるが、やっぱりブタだ。


「う~ん、どこから、どう見ても、あれはブタさん、だよね? ゴブリンの、家畜か何かかな?」


 雄一がでっかいブタを観察していると、そのブタが雄一に気が付く。


「ブヒブヒ。ブーブー、ブヒブヒ」


「あ、豚鼻。やっぱり、ブタさんだ」


 ゴブリンの一匹が、でかいブタの傍に駆け寄り、跪く。


「オークキング・ターブさま! アイツです。ターブさま、の、タベモノ‥‥‥とるの、ジャマした」


 見た目はブタだが、オークキング。体長2m程体重500kgはあるだろう巨漢で、腰布のみを巻いている。

 オークキングは怒り狂ったように雄一に襲い掛かり、ピッチフォークで突きだした。


「うわっうわっ! ちょっと待ってブータさん? ブータさんってば!」


 雄一の魔法を知っている虫歯ゴブリンが、震えながら言葉を発する。(雄一の咆哮を受け気絶していたゴブリン)


「オークキングさま! コイツ、つよい。オデたちこわい」


 その言葉に、他のオークキングが雄たけびを上げ、警戒態勢を敷く。


「ぶひっぶひっぶひーーー!!」


「んごっ」


「んごっ」


 ブタ語が飛び交う。何を言っているのかサッパリだが、訳は分かった。

 雄一を、取り囲むように、ゴブリンとオークがサークル状に陣形をとる。

 そうして、オークキングが荒い鼻息を鳴らし、雄一の前に対峙した。

 一騎討ちの状況である。


「ぶっひっひっひっ」


 オークキングが、歪んだ笑みを浮かべフォークを振り回す。

 雄一が、じりじりと後退すると、後ろに控えたオークが、雄一を突いた。


 ぷすり。


「いたーい! おしりを突かれたぁ!」


 飛び上がりながら、横へ逃れるが、次々にゴブリンやオークが、ちくちくと攻撃してくる。全然、一騎打ちではなかった。

 たちまち雄一は傷だらけになった。その時だった。


「グゲゲゲゲ!」


 大きな笑い声が響いた。雄一を追いかけていたリザードマンだ。そこにいる全てのモンスター達が唖然とする。


「ダンジョン内にこんな場所があったとは知らなかった」

「ゲゲゲゲゲゲ! 笑いが止まらんぞ! ガキを追いかけ行き着いた先が、家畜の宝庫とは、最高だ!」


「アレは‥‥‥けんし、リザードマン。なんで、コンナ、ところに?」


「グゲゲ、そいつは吾輩の獲物であるが、よもや横取りをしようと言う気ではあるまいな。家畜どもよ。」


 目を泳がせ、冷や汗を垂らすオークキング。


「ぶひ、ぶひぶひ。ぶぅーぅ」


 力なく項垂れるオークキングを、リザードマンが見下して話す。


「ふぅむ。ターブと申す者、貴様らも吾輩の獲物ではあるが、貴様がもし上手にそのガキを調理できれば今回だけは見逃してやってもよいぞ。」


 不敵に笑うリザードマン。リザードマンの提案に、「これ好機を得たり」と目に力を宿すオークキング。首をゴキゴキ鳴らすと、再び雄一に鋭い眼光を向けた。


『どう見てもただのガキに見えるが、容姿で相手の力量を判断するのは危うい。』


 リザードマンは、群れである、オークを一度にこの数を相手にするのは下策と考えた。

 まずは、得体のしれない雄一に、オークキングをぶつけ、様子を見るのが良策と判断したのだ。

 奢らず、とは言え自分の優位性を利用する。力のみならず知恵と判断力を兼ね備えた強者である。


『さて、あのガキ。先程の力は偶然か、実力か。それとも‥‥‥』


 そこまで考えた後、ふっと笑い、首を軽く横に振り、腕を組みながら狩りの行方を静観し始める。

 

 リザードマンから、チャンスを貰ったオークキングは、部下に、新たな指示を出した。


「ぶひぶひぶー。ぶひっひっぶぅぶぶ」


 相変わらず何を言っているのか分からないが、オーク・ゴブリンの連合軍は、実に速やかに新たな陣形をとった。

 V字陣形である。V字の内先が雄一で逃げ場を塞ぎ、V字中央にオークキング。

 見事なV作戦である。丁寧にV字の先側には練度高めの者たちが充実している。


 オークやゴブリンたちも、歴戦を潜り抜けた、実績を持つ立派な戦闘種族である。知恵を持ち、組織として協力し合うことで、大きな力を得ることを知っている。


 自分と相手の立場を考え、知恵と策を繰り出すリザードマン、ゴブリン、オーク。

 その中にあり、唯、一人、何っにも考えていない雄一は、平然とした表情で、突かれたおしりを撫でている。

 ただ、じっと、オークキングの一挙手一投足を、見ているのだった。


 オークキングに、油断の気配は微塵もない。雄一の動きを捉え全力でピッチフォークを雄一に向け突き放った。


「ぶう~ひいぃっ!!」


 刹那雄一の体は無情にも串刺しとなった。かのように見えた。


 真横から見れば確かに雄一の胴はフォークに貫かれている。しかし、よく見れば、単にフォークの歯と歯の間に挟まっただけだった。


「ふうっ、体が小さくて、助かっちゃった」


 雄一は、フォークが、体に刺さる瞬間、体を横に向け躱した。雄一の華奢で小さな体故になせる技だったのだが、躱した際の動きが捉えられたのはリザードマンだけであった。

 

「それにして、このフォーク、少し、あぶないねぇ」


「ぶうっ!!」

 

 ピッチフォークを、慌てて引こうとするオークキングだったが、フォークが微動だにしない。

 よく見ると、雄一が逆手にフォークの歯を、握っていた。巨漢、怪力のオークキングの額に、汗が滲む。


「ぶうぅぅい!!」


 顔を真っ赤にし、全身の血管が浮き出るほどに、力を込めるが、押そうとも引こうとも微動だにしない。

 この様子にリザードマンも驚愕し、ごくりと生唾を呑む。


「ばかな。力勝負で、オークキングを圧倒しているだと?」

「そもそも、力だけではない。フォークの避け方に、一切の無駄が無かった」

「あのガキ、オークキングでどうこうなる、相手ではないぞ」


 リザードマンが微かに震えている。


「ぶたさん。こんな危ないもの振り回しちゃだめだよ。おてて離して~」


 雄一は、フォークを掴んだまま、時計回りに回転し始めた。


 ぶんぶんぶん‥‥‥。


「ぶおおっ!?」


 オークキングの抵抗空しく、その巨体は宙へと浮かぶ。

 雄一を中心に半径約4m程の円が描かれ、ブタの団扇で、暴風が巻き起こる。


 ギュオオオオオ!


「ア、アブナイ! ミンナ、ニゲロ! デス・ストーム、ダァ!」


 オーク・ゴブリンは、慌てふためきながら、岩場の影へと、八方に散る。


「尖ったものを振り回すのは、めっ、だよ。」


 雄一の目に少し力が入った。回転速度を更に引き上げたのだ。


 ギュルルルルル……。


 低い重低音が、辺りに響く。


 その唸りの中心。オークキングは、ひたすら後悔の中にあった。


『何故、自分は、今、こんな目に遭っているのか』

『とっとと手を離せばよかった』

『そもそも、ここに来なければ』

『そもそも……?』


 ふと、自分たちが、まだ、家畜だった頃のことを思い出す。


『……。認めよう。負けを……』


 ブータから、後悔の念が消えた。

 

 同時に、フォークの柄から手が離れた。


「ぶぅーひいぃぃぃぃっ!!」


 ターブの、瞼に溜まっていた一粒の涙を残して、その巨体が、メジャーリーガー四番の、ホームランが如き放物線を描く。いや、弾丸ライナーの間違いか。


 ドガ―ン!


 まるで爆発でも起きたかのように、巨体を壁にめり込ませる。


「ん? あれぇ~。ぶーたさん? 一体、どこに、いったのかなぁ?」


 雄一の呟きに、全員が、戦慄を覚えた。


「こっ、こいつは、猫の皮を被った、怪物だ」

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