#37 ピンクイービル
「ほんと、笑いを堪えるのに大変だったよ。息が出来なくなって窒息寸前で、雄一君に危うく殺されるところだよ。」
「ララ。不謹慎すぎるわよ。私はどうなることかと肝を冷やしたわ。雄一は聖剣を折る。ララは隠しているとはいえ笑ってる。ムーンは何故かドヤ顔キメてる。こっちはちょっとしたパニックよ。まぁ、全てほっぽって森へ入ったからあの後どうなったか知らないけど。」
「ふふふ。ごめんごめん。でも、何となくあの剣折れるような予感はしていたけどね。でもアース王があんまり凄い剣だって言うから「大丈夫かな」って思いかけてたの。でもその矢先に折れちゃったから可笑しくって。」
「私もちょっとそうなるんじゃないかって予感がしてたわ。雄一様が迷宮で手にした、一度も振ってないロングソードを一振りで折られてしまった姿を見てたから。あの折れた剣だって相当の名刀の筈だったから。」
三種の神器の一つ「蒼穹の剣」を「岩」相手に一振りで叩き折ってしまった雄一。この件についてティアとララとムーンの三人は和気あいあいと盛り上がっている。
「確かに名刀よ。蟲毒の儀で用意された武具はどれも一流品を備えていたんだから。」
「雄一があの魔法障壁をロングソードで斬りつけた時、叩き折れたのも剣の強度とか障壁の強度とか関係なかったのね。」
「そうみたいだね。私の剣も最終的には魔法障壁に叩き折られたから、まさかとは思ったけど。伝説の聖剣を岩相手に一発で叩き折るってところを目の当たりにすると雄一君自身に問題があったんだね。」
雄一たち迷いの森攻略御一行は「こっくりちゃん」改め「スコープくん」を頼りに森を一直線に進行中である。
鬱蒼と茂る森のあちこちには様々な鉱石が見える。どれもが貴重な資源なのだろうが当然今は無視だ。
無事に探索を終え、帰ることが最優先課題だ。幸い森の探索はスコープ君の活躍もあり順調そのものだ。
雄一による三種の神器の一つ。「蒼穹の剣」破壊事件発生により、現場を逃げる犯罪者ように冒険がスタートしたのだったのだが、その後も事件の話に華が咲く。
「雄一様はわざと蒼穹の剣を叩き折られたのですか?」
「えー?そんなわけないよー。ぼくは思いきり振っただけだよ。」
「そうでしょうね。折ろうと思って折れる物でもないでしょうし。・・或いは伝説の宝剣も長い年月を経て劣化していたのかもしれませんな。」
「うん。きっとそうだよ。そう言われるとあの剣、元から錆びていた気がしてきたよ。」
「はっはっはっ!間違えてもそれをアース王には申さない方が良いですよ。さすがにそれを言われるとアース王も涙を零されるでしょうから。」
雄一とバゴクリスは随分打ち解けている感じで話を弾ませている。バラダー将軍だけが一人ぼっちだ。
スコープ君Aをティア、ララ、ムーンが担当し、スコープ君Bを雄一、バゴクリスが担当し、スコープ君Cを将軍バラダーが担当している。
最初バディはAティア、ララ。B雄一、ムーン。Cバゴクリス、バラダーの案が出たがバラダーが言うことを聞かなかった。一人で十分だと譲らなかったのだ。随分揉めたがティアをこのパーティの総大将と認めることを条件にバラダーの「単独」が許可された。
運命共同体の作業となることはバラダーも承知しており丁寧かつ慎重に作業は行っていた。
「ふん!わしの手で仇を打つことが最も重要なんだ。誰とも馴れ合いはせんぞ。奴らは案内人だ。所詮ナビゲーターだ。単なる方向指示器だ。」
「・・それにしても、なかなか面白い方法を考えるな。「すこーぷくん」と言う名は気に入らんが。この方法をもっと早くに知って、この道具をクルガに渡しておれば結果は違っておったろうに。・・・いや、3000名と言う兵力を圧倒的と慢心した時点で採用などしておらんかったか。」
一人殺気立ちぶつぶつ呟きながら黙々と作業をこなすバラダー。
女子3人組、雄一とバゴクリスと作業上すれ違う度に聞こえる話声を背中に受け流し、一歩でも長く、一秒でも早く先へと進もうとしていた。
「そろそろ休憩しませんかー。」
「「「さんせーい。」」」
総大将ティアの呼び掛けにバラダー以外が答える。バラダーは憮然とした表情を見せるが単独を許されている条件故、渋々従う。
スコープ君ABCの距離を詰めて全員が集合する。主な食事は干し肉とパンだった。雄一特製の「おにぎり」も提案されたが即刻却下された。
「食事は6日分用意したけど、雄一の食事量を考えると実質2日分くらいしかないから途中獲物がいたら積極的に狩をしてね。特にララと雄一には期待をしているわ。」
「「はーい」」
「その貴重な食事を取るのが早すぎないか?ディスケイニ枢機卿」
明らかに不機嫌な表情でその苛立ちを言葉にするバラダー。
「謎に満ちた変化するこの森で、未知のモンスターを相手にするには可能な限り体力はフルの状態を維持しておきたいの。」
「安全かつ最短で効率的な行動をとるつもり。休むことも戦略的に重要な作業なの。その代わり効率は下がるだろけど夜もララの光魔法で進むつもりだから。」
「ふんっ!そうか。夜も行動するなら文句は無い。」
憮然とした表情のままバラダーは干し肉を頬張った。
「髭のおじちゃんお肉美味しいね。」
雄一は人懐っこくバラダーに話しかける。
「むっ。言った筈だぞ。わしはバラダーだ。将軍だぞ!?「蟲毒の儀」覇者とは言え今の時点で役職の無いおぬしより遥かに高い地位におるのだ。上下関係を弁えて、敬意を払え。」
雄一の声掛けを明らかに鬱陶しそうにするバラダー。上下関係の厳しい軍での生活が長い為、対等に接してくる雄一に叱咤する。
「ラバダー・・ラダバー・・ランバダ・・ラーバラー・・・だめだ。バラバラダ。」
「小僧・・わざと言ってるだろ。」
「うーん。なんでだろ。おじちゃんの名前だけどうしても覚えられないんだよ。」
「別に名を呼ばなくとも敬意を払う方法はある。「将軍様」とでも呼べ!」
バラダーは雄一が「極め脳筋」だったことを思い出し、半ばあきらめ気味に言う。
「ひょっとして名前を呼べないような認識阻害魔法をぼくに掛けて・・」
「掛けとらんわ!!てか掛ける意味が分からんわ!もういい!!話し掛けてくるな!!」
その後、2~3時間おきに休憩と昼寝を挟みながら森の探索を続ける。薄暗い森は更に薄暗くなり闇を濃くして行き始めた。日没の時間が来たのである。皆は夕食を兼ねた休憩をとる。
早朝から森へ入り夕方まで、ララがアバウトながらポイントの回数ではじき出した計算によると、およそ6キロ程度進んだ計算になった。高低差、起伏を考えれば実質4km程だろうか。それでも道なき道を進むのだから非常に順調であると言えた。
食事休憩も終わり、まだ夜の帳が落ちる前に出発しようとしたその時、微かに不気味な声が聞こえた。
「イービル・・イービル」
ほんの小さな囁きに即座に反応したのは将軍バラダーだった。バラダーは腰に下げたブロードソードを抜き取ると腰を落とし構えを取る。
「なに?なにかあったの?バラダー将軍!?」
「黙れ!!ディスケイニ。獲物を逃す。」
皆に緊張が走る。一瞬静寂が辺りを包んだかに思えた次の瞬間、藪がカサリと揺れるや否や赤色の砲弾がバラダー目掛けて飛んできた。
「どおぉぉりゃあああ!!」
砲弾を体を捻って躱すとバラダーは砲弾の飛んできた方向へ大きく跳躍しブロードソードを藪に向かって振り抜いた。
大きな手応えがバラダーの両腕に伝わり、獲物の返り血がブロードソードとバラダーを染める。巨体がドタリと倒れ、藪から出てきた。
だが、それはオークだった。バラダーの表情が曇る。その刹那バラダーは自分の鳩尾に強力な衝撃が走るのを覚えた。次の瞬間バラダーの巨体が宙へ浮いた。雄一たちの元へと吹き飛ばされる。
「ぐっ!!」
空中で何とか体制を整え着地するバラダー。
「やりおる・・・。オークを盾に使うとは・・。」
皆が迎撃態勢を取る中、バラダーが右腕を横に広げ振り向きざま睨みを利かす。
「手出し無用。こいつはわしの獲物だ。」
「ちょっと、流石にそんな身勝手は許可できません。」
「ふん。お前らにとって元々わしの同行は予定外のことだろ。黙って防御にのみ専念していろ。」
バラダーはそう言い放つと再び構えを取り直す。ティアはバラダーに図星を突かれララ、雄一、ムーンに囲まれた安全な場所へ引っ込む。危険を察知したシゲルは相変わらずいつの間にか姿を隠していた。
バラダーの目が鋭く見開いた。
「そこだ!!疾風刃!!」
振り抜かれた剣の切っ先から強烈な竜巻が放たれバキバキと藪を切り裂く。すると藪からピンク色の塊がバラダー目掛けて飛び掛かってきた。
ピンクの塊は体長約140㎝。胴長短足で獅子のたてがみの生えたゴリラのような顔をしている。指には30㎝程ある長い爪を自在に伸縮させ、それをバラダーに向け叩きつける。が、バラダーの剣に薙ぎ払われる。
「イービル・・イーービルゥ・・」
「キサマがピンクイービルか。」
「覚悟するんだな。貴様には最低五回は死んでもらう。」
バラダーはそう言うと巨体をダイナミックに動かし縦に回転斬りを放つ。ピンクイービルは爪で受け止めようとしたが、バラダーの圧倒的な破壊力を前に爪は粉砕され右腕を切り落とされた。
「将軍と言う肩書は伊達じゃないわね。」
「でかい割に動きも早いし、魔法も強力だった。ムーンといい勝負するんじゃない?」
「ティア?それは私に対する挑戦と捉えてもいいのね?」
「冗談よ。あ、それよりピンクイービルが逃げ出したわよ。」
右腕を失い防戦一方のピンクイービルは怯えるように逃走を図る。しかし、当然バラダーはそれを許さない。ピンクイービルの背中を捉え、袈裟斬りに剣を振るった。
「!!」
しかし、バラダーの剣は赤い砲弾により弾かれた。その隙にピンクイービルは藪の奥深くへ姿を消した。次の瞬間、お返しとばかりに複数の赤い砲弾が次々とバラダーを襲う。
「シールドブロック」
盾のような防御魔法で砲弾を防ぎきるバラダー。するとピンクイービルの逃げ去った藪の奥から5匹のピンクイービルと体長2mを越える大型のルビーの様に赤く燃える目をしたピンクイービルが姿を現した。
小さいピンクイービルが口を大きく開け赤い砲弾を吐き出し、巨体のピンクイービルがバラダー目掛けて突っ込む。バラダーは砲弾などに目もくれず巨体のピンクイービルをしっかりと補足し上段に剣を構える。と、砲弾の軌道が下へと変わる。
赤い砲弾はバラダーの足元で爆ぜる。煙塵でバラダーの視界からピンクイービルが消えた。
バラダーの表情が歪む。煙幕に紛れた巨体のピンクイービルがバラダーの右斜め後ろから強靭な爪を振り抜いた。
バラダーの丸太程ある太い右肩から腕にかけて四本の溝が刻まれる。分厚い装備を通り越し溝から血が噴き出した。心配してみんなが叫ぶ。
「「「バラダー将軍!!」」」
「髭のおっちゃーん!!」
「うるせぇ!黙ってろ!!」
「手ぇ出すなよ!!コイツら全部わしの獲物だ!!」
ピンクイービルたちの猛攻は続く。デカイービルが近接攻撃を続ける。チビイービルが援護射撃を放つ。バラダーの全身に次々と溝が刻まれていく。
「そうか・・。キサマか・・・。キサマがクルガを殺ったのか・・・。」
防御魔法を駆使し防戦一方だったバラダーがシールドを解いた。無防備なバラダーにデカイービルは両腕を上げ、体を反らし振り下ろし両爪でクロスに引き裂こうとした。
デカイービルの大技に対しバラダーも大技で返す。
「風神剣!」
ギュルギュルと重たい空気が流れるような音が響く。
デカイービルの両手首が落ちた。更に腹のあたりが一文字に裂け血が噴き出した。
「ほう。通らなかったか。胴を斬り離してやるつもりだったが、なかなか頑丈だな。」
デカイービルの致命傷を確認したチビイービルたちが今度はデカイービルの前に砲弾を撃ち込み煙幕を張る。バラダーの前方一面に砂塵が吹き上がり視界が完全に失われる。
「逃がすかこのっ!デスストーム!!」
バラダーが剣をかざすと巨大な竜巻が現れバラダー前方を蹂躙していく。バキバキと音をたて森の草木がへし折られ天へと吹き上げられていく。
暴風の後には草木と共にピンクイービルの群れも消えていた。
静寂と闇が辺りを包んだ。