#36 蒼穹の剣
まだ日も昇らない早朝。雄一がムーンに手伝ってもらいながら購入した冒険者の服を身に着ける。一通り格好の取れた雄一は薄いランドセルのようなカバンに薄紙に包まれたレンガのような物を2個詰め込み背中に背負った。シゲルが雄一のランドセルの上に飛び乗る。
「雄一様。それはなんですか?」
「えへへ。ナイショ。ぼくの勉強の成果だから。」
雄一はそれから、王族御用達の最高級衣服専門店スクピドトポスで受け取った紙袋を開ける。
紙袋から出てきたのは赤茶けた色をしたハチマキ。
雄一のボロボロのパジャマはピトポスの職人によって「ハチマキ」として生まれ変わったのだった。血と汗と泥を吸い、随分薄汚れた感じではあるが、風格のあるハチマキと感じるのは、職人技によるものか・・。
そのハチマキを雄一はおでこに当て、後ろ手に結ぶ。
「雄一様。そのハチマキはもしかして。」
「うん。もう着られなくなったあのパジャマだよ。」
「やっぱりそうですか。とても凛々しく似合ってますよ。」
「えへへ。ありがとう。ムーンもよく似合っているね。カッコいい」
「わぁ!ありがとうございます!」
雄一に褒められ頬に手を当て照れているムーン。可愛らしい装飾の施された小さめのショルダーに、これまた小さ目のたすき掛けの胸当て。両腰短めのスカートにはジャマダハルとパタ(籠手に短剣が着いたような武器)を組み合わせたような素早く着脱できる近接用武器を下げている。スカートからすらりと伸びる足は黒いタイツに覆われ、膝近くまであるロングブーツを履いている。全体的にボディラインのハッキリした動きやすそうな装備である。
そこへティアがやってきた。
「そろそろ準備はできたかしら?「迷いの森」の前で出立式が予定されているからそろそろ出発するわよ。雄一。あなた靴紐くらい自分で結べるようにしとかないとダメじゃない。情けないわよ。」
「はーい。」
「はぁ~。まったくこんなんじゃ先が思いやられるわ。ララは何をもたついているのかしら。出立式にはアース王も列席されるそうなのに。このままじゃ遅刻しちゃうじゃない。」
ティアは、雄一の部屋へ部屋に入るなりぶつぶつ文句を言っている。
枢機卿であるティアは魔導士らしいローブ姿。フードは大きく白と黒を基調とした色合いの地味な装備だ。
魔法陣や呪文が紋織と呼ばれる生地の柄表現で施されている。これはメガロス王国魔術師の伝統衣装らしい。
手にはミスリルでできた魔法の杖を持っている。杖の先端は球状に膨れ、群青色の宝石が輝いている。
そこへ漸く着替え終わったララも合流した。
「ふうっ。ちょっと装備が細かい上に、多くて大変だったわ。あら。雄一君。素敵なハチマキね。」
「わーい。ムーンにもララ姉ちゃんにも褒められた。ララ姉ちゃんは可愛い装備に変わったんだね。カッコいい」
「ふふっ。ありがと。」
ララは以前のガチガチの騎士と言う印象は無く。随分軽装備でスレンダーだ。
髪はポニーテールに纏め上げ、黒を基調としたインナーに、彫刻が施された白銀のショルダー、胸合て、ガントレット、レガースを身に着けている。
全体的に小振りで、ちんまりとまとまっている。腰のあたりまで伸びるマントとスカートがなびく。小さなスカートに比べやや大き目なベルトにはレイピアが下がっている。全体的にバランスの取れたセンス溢れる装備。まるで貴族の騎士であるかのような気品に満ちている。
ティアはララとムーンの装備を見ると、自分の装備と見比べる。
「・・・。なんか、決まってるわね、あなた達。」
「え?そう?普通だよ?」
「えへん。わたしは雄一様に褒めてもらいま・し・た。」
謙遜気味なララと胸を張るムーンの言葉に片目を引き攣らせている。雄一の部屋にある姿見で自分の伝統あるダサい全身を今更ながら確認すると、顔を青くして苦虫を噛み潰したような顔になった。
「ティア様もよく似合ってるよ。とってもつよそ・・」
「着替えてくる!!」
雄一が空気を読んで褒めようとするや否やティアは怒鳴るようにそう言うと部屋を出ていった。ティアの衣装準備により更に大幅な遅延が発生し、結局出立式に遅刻することになる。
メガロス王国と迷いの森の境界付近で〇△〼を組み合わせたメガロス王国国旗がはためく。出立式の式場は3日前から縁起を意識した場所などを選び準備されていた。
その式場で怒号が響く。ティアの遅刻に腹を立てた将軍バラダーが攻め立てている。相変わらず立派なもじゃ髭が胸のあたりまで伸びている。両顎から途中で別れている髭はまるで装備の一部のように見えた。
「わしは予定の2時間も前から入っておるのだぞ!?お前らが遅れたせいでわしはここで3時間も待ち惚けだ!!」
「はい。申し訳ございませんでした。」
「と言うかその恰好はなんだ!!破廉恥な格好をしおって、そんな恰好で「迷いの森」へ入ると言うのか?枢機卿である立場もあるのだ。こういう時は伝統に沿った装備・衣装を選ぶべきであろう。・・・背中から覗くのはなんだ?羽か?」
「うぐっ。返す言葉もございません。」
ティアは迷い迷った結果、天使のような装備(衣装)を選んだ。羽を模したマントがぴこぴこと揺れている。純白のフリルの多いゴスロリ天使衣装。
年齢的には年相応だし、キュートな姿で良く似合っている。がしかし、やはり枢機卿と言う立場の人間としてはかなり痛い恰好だった。
『私としたことが、つい意地になってしまった。』
虚ろな目で俯いてバラダーの叱責を甘んじて受け続ける。
「他の連中も何かとぬるい装備だ。肝心の小僧に至ってはどう見てもただの服ではないか。「迷いの森攻略」でまともな格好で森へ入るのはわしとバゴクリスぐらいなもんだな。まったく先が思いやられるわい。」
将軍バラダーの言葉に引っ掛かるティアは顔を上げ、目を見開く。
「は?えっ。あのバラダー将軍も「迷いの森」へ入られるのですか?」
「なんじゃあ。わしも同行すると聞いておらんのか?まぁ、加勢半分監視半分と言ったところだがな。」
「ですが、「不死身」の異名を持つバラダー将軍とは言え、軍のトップが城を空けられ、謎多き危険な冒険に出られるのは問題があるかと思いますが?」
「がっはっはっ!3000の兵士を葬るピンクイービルを相手にするのだ。中途半端な兵士など同行の意味が無かろう?」
「わし以外適任者などおらん。と言うか、どの口がそのようなことを言うておるのか。お主こそ、枢機卿の立場があって、ちゃっかり参加しておるではないか。弱いくせに。」
「くっ。確かにおしゃる通りで・・・。」
髭もじゃ巨漢の将軍、バラダー・フルリオ。小さな片田舎の農家出身で戦慄を覚えるほど悲惨な幼少期を過ごしたが、軍入隊後、これまでの鬱憤を晴らすかのように出世し、軍のトップとなる。
幼少の頃から「悪鬼」「呪子」「魔人」「憎物」と様々な通り名を重ねてきた。
入隊当初もバラダーを愚弄するあだ名が続いたが、出世の度に増える異名は彼を称えるものへと変わる。そして今では称賛の意味を込めて「不死身の将軍」で通っている。その実力はメガロス王国最強の武人と称されている。
雄一たちと同行を希望したのは彼自身であった。要望書類を出そうとしたとき各方面から強い反対があったが一切耳を貸さずに押し切り通した。それに対しアース王が一切反対することなく承認の印を押したことで雄一たちとの同行が承認された。
バラダーにはかつて育ての親とも呼べる上司がいた。バラダーが一兵卒の時から世話になった5つ年上の先輩騎士クルガ。当時少佐だったクルガはバラダーの才能をいち早く見抜き手塩にかけた。
自分の持てる知識と技術を叩き込み、公私関係なく常にバラダーを支え続けた。
クルガは中将となった頃に起きた「ブルードラゴン事件」で、バラダーが目覚ましい活躍を見せ、頭角を現し、瞬く間にクルガを追い越し、遂には最高位である将軍の地位に上り詰めたのだが、クルガはバラダーを誰よりも喜び祝福した。
5年前。バラダーはそんなクルガ中将を「迷いの森攻略部隊」の総大将、総責任者に任命した。
決して依怙贔屓をしたつもりは無かった。判断力、責任の強さ、人望、統率能力、組織をまとめるのに彼以上の人材はいないと心底思っていた。
そしてあの日、兵士3000名の命を預かるクルガは先頭に立ち森へと入っていった。その後ろ姿がクルガ中将の最後の姿としてバラダーの目に焼き付いている。
『クルガ。必ずわしが、わし自身の手で仇を打ってやるぞ。』
バラダー将軍のぎょろ目が鋭く光る。ティアはその目が自分を非難している目だと勘違いし、また俯いた。バラダーは雄一もギョロリと睨み、声を掛ける。
「先日の黒龍アトラス戦。見事であった。わしはメガロス王国軍将軍のバラダー・フルリオだ。」
「神谷雄一です。おじちゃん。その髭スゴイね。カッコいい!ちょっと触ってもいい?」
「ほう。このわしに臆することのない態度。流石と言っておこう。」
「だが、わしはメガロス王国軍の最高位である将軍だ。言葉遣いには気を付けろ。あまり気は長い方ではない。」
「それから、この髭はわしのプライドそのものでなぁ。褒めてもらえて悪い気はせんが触らせるわけにはいかん。」
「それじゃぁ仕方ないよね。とても残念だけど諦めるよー。」
バラダーの軽い脅しめいた言葉に気付いてすらいないように笑顔で返す雄一。
「ふん!相変わらず掴みどころのない変わった小僧だ。」
「あのぅ・・式の準備もできております。そろそろ出立式を始めてもよろしいでしょうか。」
側近兵士がバラダー将軍におずおずと言葉を掛けるとバラダーは頷くことなく決められた自分の立ち位置へと向かった。ティアはほっと息をつくと雄一たちを連れて皆を所定の位置へ案内し並ばせる。
壇上にて代わる代わる一通りの激励の言葉がメガロス王国の要人達から贈られたあと、アース王が最後に壇上へと上がった。後光を感じさせる程の威光を放つ。それは、王の覇気、風格を存分に感じさせる。皆は自然、背に棒が当てられて様に姿勢が引き締まる。
「メガロス王国国王アースである。此度の「迷いの森攻略」は神谷雄一。そなたが「救世主」の位階を得る試験であると共に我が国の悲願でもある。」
「そなたがこの前人未到である森の謎を解くと共に世界の救世主として認められることを切に願う。」
アース王の言葉に眉間にしわを寄せるムーン。しかし、事前にティアとララから立場上の挨拶だから我慢するように言われていたため黙っている。それでも冒頭から要人達の身勝手な挨拶は不愉快で露骨に表情に現れていた。
アース王はそんなムーンの態度も意に介さない様子で挨拶を続ける。
「神谷雄一。そなたが解読したムウ様の預言書。その一節にムウ様がそなたを蒼穹の翼、蒼穹の剣と評していた箇所があった。我が王家にも「蒼穹の剣」と言う名の伝説の剣が代々引き継がれている。」
「一振りすれば鉄を切り、二振りすれば山を切り、果ては天をも切り裂くと語り継がれておる。世界最高にして最強の宝剣である。」
式場が動揺でざわつきだす。「蒼穹の剣」とはかつて「厄災」が世界を襲った際、正当な蟲毒の儀の覇者である初代救世主が振るった伝説の剣である。
「厄災」との闘いの果て「厄災」「救世主」共に姿はなくなり、残されたのは宝玉のみ。それ即ち黒玉と白玉。
蒼穹の剣はその傍の大地に突き刺さっていた。
人々はこれらを「三種の神器」とした。その内の二種である「白玉」と「蒼穹の剣」がメガロス王国で祀られ代々引き継がれていたのだ。
まさかと、周囲の喉が鳴る。
「ムウ様がそなたを「蒼穹の剣」と呼ぶのなら、そなたこそ蒼穹の剣を振るうに相応しいと言えよう。」
「そなたに我が王家の宝刀「蒼穹の剣」を授ける。」
アース王がそう言うと見るからに高級な赤い布に包まれた箱が雄一の前に運ばれた。
ざわつきが止まらない。「蒼穹の剣」を与えると言うことは事実上アース王が雄一を救世主であると認めることを意味するからだ。
三種の神器の一つである「蒼穹の剣」は元々王家の物。アース王個人所蔵の品。誰から文句を言われる筋合いはない。それでも雄一への「蒼穹の剣授与」は大きな意味を持つ。アース王なりの臣下を出し抜き、自分の真意を雄一たちへ伝えるサプライズ授与であった。
『どうかなティア・ディスケイニ枢機卿。ララ・イクソス。そしてムーン・カオス。これで我の決断と思いを信じてもらえるかな?』
ムウの世界で暮らすムーンにとっても「蒼穹の剣」の持つ意味は十分理解している。ムーンの眉間の皺は溶け、口角を上に上げるとアース王にウインクを飛ばし親指をぐっと立てた。アース王もそれに応え口角を上げ、ゆっくりと頷く。
赤い布が取り払われると、これまた豪華な装飾が施された箱が現れた。
雄一がキョロキョロ戸惑っているとティアが小さく声を掛ける。
「「謹んで」と言った後、箱を開けて剣を取りなさい。」
「あ、えっと・・。つつしんで。」
そう言って雄一は箱を開け、中の剣を取り出した。鞘は後から作られたと思われる豪華絢爛な造りをしていた。
雄一には身の丈に合わない余りにも大きな剣だった。
雄一はその大きな「蒼穹の剣」を両手に抱えてぺこりとお辞儀した。
「うむ。少しばかり大きいようだが、なかなかそなたに似合うておるぞ。どれ、そこの岩でも試し斬りしてみてはどうかな?」
アース王は目を細めて雄一に声を掛ける。近くにあった幅2m高さ1.5m程の岩。雄一も軽く頷き岩の前に立つと、ぎこちなく剣を抜いた。
「最高硬度を誇る希少金属アダマンタイトに強力な魔力と霊力を封じ込めた霊刀でもあると聞き及んでおる。」
「魔力を持たぬそなたにとっては頼もしい相棒になってくれるだろう。」
「へぇー。レイトウってなんか、カッコいいね。凄く冷えそう。」
「よーし、じゃあ本気で斬ってみるね。」
雄一が両手で持った蒼穹の剣を天に向け、電光石火!一気に岩に向け振り下ろされた。
ポキーン
甲高い金属音と共に一撃で真っ二つに・・「蒼穹の剣」は叩き折れた。
岩に刀傷はナシ。かすり傷一つナシ。「岩」の圧倒的勝利だった。
皆の顎は外れんばかりに口を開け、目は飛び出し、零れ落ちそうなほどだ。
ララが両膝を落とし、うつ伏せになり両手で口を押え、真っ赤な顔をしてプルプルと震えている。笑いを堪えきれず、それでも堪えようと必死に耐えている。
雄一はちょっと照れたような表情で、真っ青な顔をしたアース王に顔を向ける。
「えへ。折れちゃった。」
「我が家宝が・・国の宝が・・伝説が・・うーーーん・・」
アース王は壇上の上で泡を吹き、そのまま白目を向いて卒倒した。




