#35 寓意
「左様。生ごみ置き場から発見されたビーフ・イン・バーグ。彼もまた、不慮の事故であろう」
「バカなっ。ニッコウ・ゲッコウに続いて。バーグも未遂に終わったとでも言うのか? マッド殿」
「まぁまぁ、ナダル殿落ち着いて。報告では、ケンタウロスの肉は、直ちに瞬間冷凍されたそうだ。そして、彼の発見時、所持していた魔導カイロは完全に壊れていた……と」
「左様。彼は一時氷漬けとなり、その時に受けた脳へのダメージで……」
「今では闇の世界から足を洗い、特別養護施設の職員目指して資格の勉強を始めた……ってか!? 有り得るかっ! そのようなこと!」
「まぁまぁ、ナダル殿。それよりもマッド殿。改心したバーグ君だが……。資格を取得するのは通学ですか? 通信ですか?」
「うむ、そのことだがガボク殿。彼は感心なことに、特養現場で働きながら、通信でとると……」
「どお~でもええわっ!」
皮相浅薄にも程がある。プロの殺し屋が、一度ならず二度続けて、事故に遭うなど不自然だ。
しかし、博引傍証しようにも、踏み込むこともできぬ上、相手の動きが未だ無いとなると、手も足も出ん。
「失礼します。インレットブノ大聖堂、ティア・ディスケイニ枢機卿様からアース王宛の親展文書が届きました」
「なんだと! ナダル殿、これはまさか……」
「うむ。一連の工作に対し、アース王に救いを求める嘆願書であろう。早速開封せよ」
◇◇◇◇◆◆◆◆
雄一が作った「おむすび」って料理。あんなもん固くて食えるか。
それなのに、今朝から部下たちの間で、妙な噂が立っている。
ある者は腰痛が治り、ある者は肩こりが消えた。またある者は便秘が治り、魚の目が取れた。
中には、ブサイクが少し直った、と言う者もいたが、それはさすがに勘違いだろう……。
しかし、ほんの些細なことだけど、確かに部下全員、何かしらの悩みが解消していた。
そうして部下たちは、揃っておむすびのことを、鬼むすびと言った。「これは全て、鬼むすびのお陰だ」と。
ばかばかしい……まぁ、鰯の頭も信心から、ね。
そんな雄一は、また図書室で勉強している。賢くなってるとは思えないけど、また訳の分からない料理を作られるよりはマシだわね……。
「ティアちゃん、迷いの森に一緒に来るってホント?」
「ええ本当よ。まぁ、同行許可がアース王から降りれば、の話だけどね」
「でも、どうして?」
「ほらあれだよ。あなたたちを召喚した張本人。枢機卿としての責任ってやつよね」
「私が聞いたのは、建前じゃなくて本心の方」
「うっ……」
こういう時のララって本当に苦手。心を見透かすのなら、勝手にすればいいじゃない。なんでいちいち確認取るのよ。ホント意地が悪いんだから。
いいわ。毅然とした態度でハッキリ言ってやろうじゃない。
「ふんっ、今の私が危険なのは――」
あれ? ちっとも声が張れない……。
「ど……何処にいても同じだ! ……し」
「同じだし?」
「……生きるも、死ぬも……」
「生きるも、死ぬも?」
「……みんなと……一緒が、いい……から」
うううっ、どんどん小声になる~っ。自信を持って決めたことを、カッコよく言い放つつもりだったのに……こんな弱音みたいな……。ぅぅぅ~っ、しかも情けない、もじょもじょ言葉になった~。
「そう……。わかったわ。ティアちゃん……」
でも、そんな私に、ララは薄っすら微笑んで、頷いてくれた。
私の顔、赤くなってないかなぁ……そればかりが気になる――。
◇◇◇◇◆◆◆◆
ディスケイニ枢機卿からの手紙は、やはり嘆願書だった。しかし、その内容は予想外のものだった。
「ばかな……。迷いの森へ同行したいと言う内容以外、何も記されていないぞ」
「いいや、そんな筈はない。あぶり出し等、秘密の暗号がどこかにあるに違いない」
あの臆病者の枢機卿が、自らを死地へ向けるなど有り得ぬ。
一体、どう言うことだ。一体、何が起きていると言うのか。
我々への無反応も含め、枢機卿の思惑が、全く読めん!
「待って! 待ってくださいまし、バラダー将軍!」
「ん? 騒々しい。今度は何だ!」
ドンドン! がちゃり。
誰かと思えば、バラダー・フルリオ将軍と、財務長官のリング・ベンサルか。
この忙しい時に、一体何をしに……。
「ナダル殿。わしを脳筋に同行させろ!」
「なんだと?」
「迷いの森平定に、わしも加わると言っているんだ。さぁ、アース王が納得する同行理由を考えろ! ナダル殿」
「いやっ! やめてバラダー様! いいえ。メガロス軍のトップであるあなた様が、正体不明の森に入ることなど、危険が大きすぎて許されません」
「黙れリング。俺は不死身だ。ガキどもが死んでも、俺だけは死なん」
「死なずとも、森から帰ってこられなければ同じです。どうかおやめください」
「ダメだ! 俺はこう言う機会が来るのを、ずっと待っていたのだ。この機を逃せば、二度と森へは入れぬ」
展開に追いつけない。枢機卿が同行したい。将軍も同行したい。何だ? 流行っているのか、この森は。そんなに魅力があるのか? 死の森なのに。
「お願いです! おやめください! 私のためにも!」
「お前のため……? 何を言ってる? リング」
「ええいっ! 二人とも、この場をこれ以上掻き回すのは、やめろ!」
とりあえず息のかかっているバラダー将軍を残し、部外者のリングには退室してもらう。
やれやれ、考えが捻じれに捻じれてしまったが、さて、どうしたものか……んん? まてよ。枢機卿と将軍が行動を共にする……。
ふむ、そうか。そうなるとバラダー将軍ほどの適任者もいないわけだな……。
「バラダー将軍」
「なんだ。わしを説得しようとしても無駄だぞ」
「フレンドリーファイアとは、悲劇なもんですなぁ」
「ああん? 戦場は、敵味方が入り乱れるのだ。状況によっては仕方あるまい」
「ぐふふ、その通りその通り。ゆえに悲劇。味方殺しは不問とせねば、兵士も十分な力が出せませんからな」
「ナダル殿。キサマ先程から、何が言いたいのだ」
「いや、なに。ディスケイニ枢機卿も脳筋神谷と同行したいと申しておりましてな……」
「……まさかナダル……」
「ぐひひ……。将軍の刃が、誤って枢機卿に届く……なんて事故も、有り得なくはない……」
覚悟しておけ枢機卿。私が放つ最後の矢は、不死身の将軍、バラダー・フルリオだ。ぐふふふふ、ぐひひひひ……。