#32 生き銭死に銭
「こんにちは」
「おや、おぼっちゃん。いらっしゃい」
「おいしそうな、におい。ここは何屋さんですか?」
「最高級フルーツを使った、スゥィーツのお店だよ? ケーキにパフェにクレープに、牡丹餅、お汁粉、ゼリーに羊羹。氷水だってあるんだよ?」
「じゃあ、これで買えるだけください」
「はっはっは。お小遣いで買えるような商品はうちにはな……なっ?!」
「はい、百万メタラ。ここで食べて行ってもいい?」
「ひゃ……百万……メタラ?」
◇◇◇◇◆◆◆◆
どうしよう。雄一くんが一体どこへ行ったのか、まるで見当がつかないわ。
遠くまでは行ってないと思うけど、広い街だし一軒一軒探していてはキリがない。
どどどどどどど……。
ん? あの土埃は一体……。
コッチに近づいてきてるみたいだけど……。
「ラァ~ラアアアアァァァ!!」
「ムーンちゃん!」
良かった。丁度いい所でムーンちゃんが来たわ。うふふ、犬型になって鬼の形相ね。
「私をほっぽって、よくも勝手に雄一様を連れ出したな! くたばれララ! アオ~ン」
「スロウ」
ぶ、う、ん。
「お、の、れ、ラ、ラ……動、き、を、封、じ、た、な?」
「ごめんね、ムーンちゃん、聞いて? 私、雄一君とはぐれちゃって……」
「影分身!!」
びゅん!
「うわっ、あぶなっ」
「ちいいっ!」
あれ? 私の魔法解けちゃった? いや、これはムーンちゃんの特殊能力ね。
身体能力を異常に上げて、とんでもないスピードを出してるんだ。
「ガルルッ。リンチにしてやる……」
ドコドコドコドコドコ!
凄いわ、ムーンちゃん。速度低下状態なのに、速すぎてまるで四人いるように見える。繰り出される一撃一撃も、とっても重そうで、破壊力ありそう……。
「ぐぬぬぬぬっ……。だっ、はあーっ。ちっきしょー! なんだこのバリアは……ぁ……」
「うふふ。アダマンシールド」
「ア、ダ、マ、ン?」
「最強硬度を誇る防御魔法よ? それより、影分身は限界みたいね」
「あ、お、ん……」
「掛けた魔法は解くわね。それから、抜け駆けしたことを謝るわ。私が悪かったです。深く反省してます。許して、ね? ムーンちゃん」
「きゅ~ん」
頭を下げて、ちゃんと謝れば、ムーンちゃんはすぐに許してくれた。
そして、これでようやく、雄一君が見つけられる。
彼女の嗅覚が、私を彼の元へ連れて行ってくれるだろう。
◇◇◇◇◆◆◆◆
ムーンちゃんについて行った先のお店から、雄一くんが出てきた。
手に花束のようなクレープを、三つも持って、ご機嫌な様子だ。なにはともあれ、無事でよかった。
「あ~。ララ姉ちゃんにムーン」
「雄一君てば、どうしてこんなところに」
「ごめんなさい。お店にかっこいいトンボがいたんだよ。それで、追いかけてたら、いつの間にかココにいたの」
トンボ……。うふふ、これじゃ行動の予想なんて無理ね。
「でもね? お陰でおいしいお菓子のお店、見つけたよ。ほら、このクレープはみんなへのお土産だよ?」
「わおん。なんとお優しい。ますます惚れてしまいましたわ。雄一様」
どん!
その時、雄一君が、ぱっつんぱっつんのシャツを着て、筋肉を剥き出すスキンヘッドのお兄さんに突き飛ばされちゃった。
「あっ……」
ぼとり。
あ~あ、雄一君の持っていたクレープが地面に落ちちゃった。
なに? このガラの悪そうな三人は……。
「よ~よ~、ねえちゃんたち。かわいいねぇ~」
「俺たちと少し遊んでかない?」
ぐしゃり。
あ、クレープを革ジャンメタリックの鼻ピアスが踏んじゃった。明らかに、わざとだったよね。
「あ、あ……」
雄一君、潰れたクレープを、必死にかき集めてる。何とか元に戻そうとしてるのね。
でも、触れば触るほど崩れちゃってるわ。かわいそうに……雄一君……ん? 雄一君?
「ガルル……キサマら、よくも雄一様からのお志を……」
「ちょっと待ってムーンちゃん。雄一君の様子がおかしい」
ぞわり……ぞわぞわ。
「食べ物を……粗末にするやつは……許さない……」
なに? これ。雄一君の全身から凄まじいオーラが……。これは魔力じゃない。妖気……、そう、これはまるで、得体のしれない妖気だわ。いずれにしても、このままじゃマズイ。
「ムーンちゃん、GO!」
「OK! ララちゃん」
バキ! ベキ! ボコ!
よし! ゴキブリ共の顔面は崩壊した。これで個人的な気分は晴れたわ。あとは私が、雄一君の手の届かない安全地帯へ……吹っ飛ばす。
「やああっ……あれ? さっきのお兄ちゃんたちは?」
「わおん。さっきの不届き者なら、鼻の穴を二倍に増やして……」
「今は、楽しく空中散歩してるわ。うふふ」
ふう、どうにか雄一君が殺人を犯さずに済んだわね。
◇◇◇◇◆◆◆◆
元居たお店に戻り、私とムーンちゃんは見た目重視の装備を買い揃えた。
でも、雄一君は、僅かばかりのジャリ銭しか持っていなかった。
「えっ? スゥイーツに全部使って、三百メタラしか残ってないって?」
「あはは~。うん」
「お見事ですわんわん」
「でも、困ったわね。私たちも、そんなにお金、残ってないし」
仕方がないので庶民の味方ファッションセンターに、お店を変える。
私とムーンちゃんとでお金を出し合い、動きやすそうな半袖、短パンと、運動靴を揃えてあげた。
雄一君自身は、残った三百メタラで、ビー玉を買い求めていた。
……彼には少し、金銭教育が必要ね。