#31 日光月光
大聖堂の庭にある茂みの中。地面からひそひそ声が聞こえる。
「秘密の地下トンネルも完成し~ぃっ、親衛隊黒龍アトラスは瀕死状た~いっ。今宵以上の好機はな~いっ。これよりディスケイニ枢機卿~のぉっ、暗殺を決行する~ぅっ」
「イエッサ~ァッ! ニッコウ兄さ~んんっ」
「いくぞ~ぉっ。ゲッコ~オッ」
もこもこもっこり……。
土中から二人の忍者が現れた。
「目論見どお~りでさ~ね~ぇっ! ニッコウ兄さ~んっ」
「ぃよ~し。ターゲッツの部屋は、コッチだぜぇ~ぇっ」
闇夜を背負って移動を開始する忍者、ニッコウ・ゲッコウ兄弟。彼らは、ナダルから雇われた刺客であった。
彼らは大聖堂へ、時には清掃員として、時には庭師として潜入を繰り返し、ティア暗殺計画を練っていた。
「うっ、マズい~よっ? 勝手口の扉に鍵が掛けられてる~ょっ?」
「あせるなぁ~あっ。今、こんな鍵、俺のキーピックで~えっ……」
カチャカチャこちょこちょ……がちゃり。
「今夜は月が出てないね。羽化するには丁度いいね……」
「ぎっく~ぅっ」
開錠と共に、突如聞こえた子供の声に、二人は開けられるだけ目を大きく開き、周囲の闇に注意を向ける。
「ニッコウ兄さ~んっ。今の声は~ぁっ……」
『しっ、テレパシーで話せゲッコウ~ォッ。ガキだ~ぁっ……闇に紛れてガキがい~るっ』
『ガ~キッ? 一体どこに~ぃっ……』
『寅の方角うぅっ……俺たちの出てきた茂みの近く~でぇっ、しゃがみ込んで~るっ……』
『い~たぁっ。こんな夜中に~ぃ……草むらで、しょうべん~か?』
目撃者は速やかに排除しなければならない。二人は毒針を逆手に携え、闇をマントに少年に忍び寄る。
ところで少年は一体何をしているのか。少年の視線の先に目を凝らすと、そこには蛹の殻にぶら下がる、一匹のモンシロチョウがいた。
「羽を揃えた蝶は、芋虫だった頃の自分を、覚えてるものかなぁ……」
『死ねーっ!!』
二人同時に毒針を振り下ろす。
その直後、突然に深い闇が幾重にも覆い、その全てを呑み込んだ。まるでこの夜、何事も起きてなかったかのように。
そんな静寂の中、蝶だけが、真新しい鱗粉を散らして夜空へと消えた――。
◇◇◇◇◆◆◆◆◇◇◇◇◆◆◆◆
「おはよーございます。ぼく、おなかがすきました。」
「わんわんわおん。只今朝食をお持ちします、雄一様」
ぴゅ~っ。
「おはよ、雄一君。起きてても、大丈夫なの?」
「うん。すっかり良くなったよ。あれ、ティア様はまだなんだね」
「ティアちゃん、昨夜いろいろあったの。とても怖がるから、私とムーンちゃんで挟んで寝たんだけど、寝付けたのは明け方だったみたい」
「ふ~ん、そうなんだ~」
あら、あれは泥かしら。雄一君の袖口に汚れが付いている。うふふ、まさか、病み上がりから外ででも遊んでたのかしら……?
バーン!
「お待たせいたしました雄一様! た~んと召し上がれ」
「わーい。いただきま~す」
「あおあおん。ダメです、勝手に食べちゃ。私がふーふーして、食べさせるのです」
「えっ? そうなの?」
「そうです。それが勝者の特権です。ふ~っふ~っ……はい、あ~ん」
「あ~ん、ぱく。おいし~い」
「きゃんっきゃんきゃん! これが、勝者のみが与えられる、美酒の味ね」
勝者? うふふ、ムーンちゃんったら、こんな、あたしなんかと張り合ってるのね。かわいい。
……でも、一方的に敗者にされるのは癪ね……よ~し、少し意地悪。しちゃおうかな……。
「もぐもぐ、おかわりー」
「わんわん。はいっ、ただいま~」
よし、行ったわね。戻ってくるまで約一分。
「雄一君、ちょっとコッチ来て?」
「えっ? でもおかわりが……」
「い、い、か、ら。うふふ」
私は雄一君の手を引っ張って、外に連れ出す。
ちょっと強引すぎるかな? ううん、ムーンちゃんから引き剥がすには、これくらいで丁度いいわ。
「うわあ~空を飛ぶの初めて! まるで鳥になった気分だよ」
「うふふ、そうね。私も気持ちいい」
背中が温かい……。雄一君をおぶって空を飛ぶと、死んだ弟を思い出す。
目頭が熱くなるのは、きっと朝日が眩しすぎるからよね――。
「さて、町に着いたわ。折角だし買い物をしてから帰りましょ?」
「でも、お金ないよ?」
「大丈夫。メガロスから百万メタラ振り込まれてある筈だから」
ステータスカードを使って銀行からお金を下ろす。これで冒険に必要な装備品を揃えよう。
雄一君は嬉しそうに、下ろした全額をポケットに突っ込んでいた。まるでオモチャのお金を扱ってる気分なのかな。
「ビギナーからマスタークラスまで、高級武具店ウエポンアルマ……。ここにしましょうか」
「は~い」
「気に入った武具や、買いたいものがあったら相談に乗るから教えてね?」
「は~い」
子ども用の装備品なんて、数が知れてるから、すぐに決まるでしょう。さて、私も選ばないと……。
大事なことは、守備力や攻撃力よりも……そして動きやすさや機能性よりも……やっぱり見た目よね。
ラインが綺麗に見える装備じゃないと。……でも、下品なのもイヤ。清楚さも感じられるフォーマル要素も大切。
うん。これがいいわ。黒のインナーに、ハートをデフォルメしたデザインの桜色のショルダーと胸当て。ライトなマントに、ロングブーツとショートスカートを合わせて……よし、決まり。
「ゆ~いちく~ん。みてみて~。これ、私に似合うかな~……あら?」
あれ……雄一君がいない。子ども服売り場も、紳士服売り場も……。と言うかお店にいる気配がない……。
弟を見る私に、よく母が言っていた。
『子どもから目を離しちゃいけませんよ? ララ』
「その通りだわ、お母様」