#28 タイマン
アトラスの裏切りと司法長官ナダルの計略により位階授与は中止となり、雄一と黒龍アトラスの勝負が闘技場で行われることになった。
世界各国の要人達に雄姿を示すべく二人は闘技場中央で対峙している。
二人のステータスカードはバトルリーダーに読み取られ、闘技場スクリーンにそのステータスが表示されている。
アトラス(19)グリーンカード
天職:武闘戦士 LV49
体力:18万
力:15万
俊敏:98000
魔力:740
魔法耐性:690
アトラスのステータスは、軍を率いる軍団長レベルだ。最強クラスには程遠いが、そこそこ強い。
対決のルールは一対一。武器使用不可。倒れてテンカウント以内に起き上がらなければ負け。倒れている者への追撃不可。ギブアップ有り。レフリーストップ有り。時間無制限一本勝負である。
レフリーは「不死身の将軍」の異名を持つ髭もじゃ巨漢将軍バラダー・フルリオが務める。
雄一を睨みつけながら黒龍アトラスは五分前のことを思い出していた。
「黒龍、一体何を考えている。これは明らかなティア様に対する背信行為だぞ」
「ティア様の立場が危うくなるのは、それこそナダルの思う壺ではないか。奴は前々からティア様を煙たがっていた。貴様もそれを知っていたであろう」
「……」
闘技場に向かう黒龍アトラスを追いかけながら赤虎紅が声を荒げて黒龍を責める。
「暴れん坊のお前が、最近ようやく落ち着き、知的な力を発揮し始めていたことをティア様と共に評価しておったのだぞ?」
「……」
紅は戦いに赴こうとする黒龍を何とか説得し、踏み止まらせようと必死に説得するが、アトラスの足は止まらない。
「強者へ憧れ、果敢に立ち向かい続けたお前のことだ。雄一殿と拳を交えたい気持ちはよく分かる」
「だが、お前はティア様を護るべき親衛隊の副長だ。雄一殿に刃を向けることは我らが主、ティア様に刃を向けるも同じ行為」
「関係ありません」
「関係ない?! バカ! 黒龍、私はティア様を共に支えられる者が、信頼できる者がお前であって良かったと心底思っていたのに」
「ようやくティア様を共に支え合える、パートナーに育ってくれたと思っていたのに」
「貴様の持つ、どうしようもない闘争本能が、ティア様と私を裏切ったと言うのか!!」
「それは違います!!」
紅の叱責に、足を止め振り返る黒龍アトラス。
その目は今にも泣きそうなほど悲しい目をしている。
まるで、大切な何かを失うことへの不安の目
「な、何が違うのだ? これもティア様を護るための一計だとでも言うのか?」
「それも違います」
見たこともない黒龍の表情に、紅は惑い、まごつく。
「紅様は、彼が誠の救世主と胸を張って断言できますか?」
「何を言っている? アトラス。彼の強さは本物だぞ?」
「我々は、彼に騙されていませんか? 彼は儀式を過誤なやり方で終わらせた。ムウ様の解読文も検証の仕様がないでしょう」
「アトラス? お前、一体どうしたんだ。顔色が悪いぞ?」
「ちがう……違う違う。俺は……そんなことが言いたいんじゃあ」
「言いたいことがあるならハッキリ言え」
「あんたには、口が裂けても言えない……」
「なんだと?!」
アトラスは口を突いて出そうな本音を呑み込んで、合わせていた目を紅から外すと肩を怒らせ再び闘技場へと足を進めた。
紅の、アトラスを呼ぶ声が何度も投げかけられ通路に木霊した。
◇◇◇◇◆◆◆◆◇◇◇◇◆◆◆◆
「ねぇねぇ。決意はできたの?」
「あ?」
突然投げかけられた雄一の声に我に返る黒龍アトラス。
「当たり前だ。儀式を汚した偽り者め。私はここで貴様をここで倒す」
そう言いながら、くの字曲げた両腕を斜めに上げ、腰を落とし構えを取る。闘技場が沸き立つ中、将軍バラダーが片手を挙げ、開始の合図を切る。
合図と同時に黒龍アトラスは雄一に襲い掛かる。猛烈な飛込の勢いを乗せ構えた両手の爪を体全体に乗せ、雄一にぶつける。
「え!? どうしてぼくを倒すの?」
雄一の意味不明な返答に、アトラスの攻撃タイミングが大きくずれる。
「ちっ!こんな稚拙な誘導に引っ掛かるとは!俺もまだまだ甘いな」
アトラスが大きくバランスを崩している隙に、軽やかにジャンプしアトラスの背を跳び箱のようにして躱す雄一。
会場が更に盛り上がる。二人の初手から全員が立ち上がって声援を送る。早くも興奮状態で、座っていられる者などおらず、会場の熱気がどんどん上昇している。
アトラスは、振り向きざま雄一に向け裏拳を放つ。これを雄一はしゃがんで躱す。
アトラスは、回転力をそのままに、下段回し蹴りを放つ。雄一は、しゃがんで曲げた膝をバネにしてぴょんと後ろへ飛んで躱す。
その後も、鋭いアトラスの攻撃を華麗に躱す雄一。二人はまるで時間を掛けて練習した演武を舞っているかのようだった。
耳障りの良い攻撃と回避の風斬り音。会場中これが真剣勝負か芸術鑑賞か分からなくなっていた。
「やっ、ほっ、あはは~、今のは当たるかと思った」
「くそっ、ちょこまかちょこまかと」
かすりさえもできない黒龍が、歯を食いしばり苛立ちを見せる。
「ねぇねぇ? 黒龍さんはこの後、どうしたいの?」
「偽り者の貴様に一撃を見舞う!!」
雄一の、またも、身の無い言葉を受け、黒龍が目に殺気を帯びさせ答える。
雄一は暫く首をひねった後で、小さな笑みを一つ零す。
「そうなんだ」
ボコォ!!
「なっ!!」
突然雄一の動きが止まり、黒龍が放った渾身の右ストレートが、雄一の顔面を捉えた。
雄一の全身が大きくのけ反り、鼻から血が噴き出る。あっけにとられる黒龍。
『このガキ……わざと……』
スクリーンに映し出される雄一のステータス値に変化……ナシ。体力値は「1」を指したままだ。
「どういうつもりだ」
「えっ? だって一撃見舞うって言ったから。その次はどうするの?」
「黒龍さんは何がしたいの?」
雄一の言葉に、アトラスがわなわなと肩を震わす。
「貴様……。俺を愚弄する気かっ。俺は、貴様が心底憎くなった」
「あははー。黒龍さんはウソがへたなんだねー」
「ふざけやがって。死ね!」
再び襲い掛かる黒龍。雄一はその黒龍の放つ攻撃を、全て受け続ける。
荒い竜の鱗に包まれている拳を、受け身も取らず、全て受け入れる。
瞬く間に、戦う二人の周囲が血の海へと変わった。
華麗な演武から一転、残酷ショーの展開と変わった。
「おいおい。これではあまりにも、あんまりではないか?」
会場熱気は急速に落ちていく。この光景、大の大人が、か弱い子どもをいたぶっているとしか映らない。
「ひどい。まるで、我が子や孫が無抵抗に殴られているかのような感覚を覚える」
「おい! バラダー! レフリーストップだろ、これは」
しかし、レフリーのバラダーは知らん顔で、この様子を静観している。
「はぁ、はぁ、畜生、畜生、早く倒れろ! この偽り者め!」
アトラスは息を切らしながらも攻撃の手を緩めない。すると、また雄一がアトラスに声を掛けた。
「黒龍さん。あなたが本当に守ろうとしているものは何?」
「あなたが本当に守りたいものは何?」
「ぼくはあなたの、本当の覚悟。それが聞きたいの」
「俺が、本当に守りたいもの……?」
雄一の言葉にアトラスの手が止まる。
そしてアトラスは気付く。ここまで言われれば嫌でも気づかされる。自分の心の底にある感情、本心が、既に雄一に見抜かれていたことを。
「そうだ、俺はあんたを守るために親衛隊をしているのではない。あんたなんかのために叡智の光を求めたのではない」
「俺が守りたいのは、断じて貴様ではない」
「うん。知ってるよ」
「ティア様でもない……」
「うん」
「くっ紅様ぁ……」
「お、俺は、俺は、紅様に手を上げた貴様を断じて許せん!」
「紅様が貴様を見て怯える姿を見てはおれん! 俺が守るべき女は……」
アトラスは、零れ落ちる程に目を見開いて、闘技場脇に控える紅に目を向ける。
「アトラス?」
「うがあああああっ俺は、俺は紅様を愛しているっ!」
「アトラス?! あんた、なにトチ狂ったことを……」
黒龍アトラスの、咆哮に近い愛の告白。
ティアがおでこに手を当て、天を見上げる。
「ああ、そう言うこと。なるほど雄一を妬むわけだ」
「わおわお、わお~ん。ねね、ララちゃん。これって、アレ、だよね」
「そうね、ムーンちゃん。あれは俗に言う、三角関係って言うやつよ。うふふふ」
ララとムーンは、二人で手を合わせて大はしゃぎをしている。
「聞け! 雄一。紅様がキサマを見つめる眼差しの中には慕情の念がある」
「ずっと紅様だけを見てきたのだ。嫌でも分かる。だが、そんなこと俺は断じて認めん」
「違う違うっ。ドアホアトラス! 変なことを叫ぶなっ」
「紅様の心は、誰にも渡さん。例え俺のものにならなくとも、誰にも渡さん!」
アトラスは雄一を恋敵と宣言する発言をし、観衆を盛り上がらせる。「ひゅーひゅー」「ピーピー」とはやし立てる口笛が闘技場内に響く。
「ばっ、ばか! あほ龍! 黙れ! そんなんじゃない。私は雄一殿に、そんな目を向けてなどいない」
「ちょっとティア様、その目は何ですか!?」
「いや~、二人の男に、奪い合いをされる女の気持ちって、どんなのかなぁ~って……」
「冗談ではございません!」
ティアはそのままララとムーンに手を取られる。
「さぁんかっくかっんけい、さぁんかっくかっんけい」
「輪になって踊らないでください!」
「いえ~い」
アトラスが、闘気を燃やし、再び拳を握りしめる。
「これでわかったか!? 神谷雄一。そのツラ、二度と拝めねえように、潰してやる!」
バシィ!!
雄一が初めて黒龍アトラスの拳を掌で受け止める。
「ごめんアトラスさん。さっきから、なに言っているの?」
「なんでだよ! だいぶハッキリ言ってただろ! バカかお前は!」
「あはは~、そうかも……。けど、あなたが本気で命を掛けてるって覚悟は、伝わったよ?」
「へっ、そいつあ良かった……」
「それって、死ぬ覚悟も、できてるんだよ。ね?」
「ゾクリ」
雄一はそう言うと握った拳を引き寄せ、黒龍アトラスの左脇腹に右フックを叩き込んだ。
ズドン!!
「ぐっはあっ!」
重く鈍い音が闘技場に木霊する。黒龍の顔が悶絶の表情と化しその場で両膝を着く。
会場がどっと沸いた。黒龍のステータス値が凄まじい勢いで減少していく。
ダメージ十六万。桁外れの攻撃で黒龍アトラスの体力は十八万から二万まで減った。
「ワーン、ツー、スリー……」
将軍バラダーのカウントが始まる。
雄一は、両膝を着いた黒龍アトラスを見下ろして、にこっと笑って呟いた。
「ぼくも、命をかける……ね?」