#25 予行練習
位階授与式は、メガロス王国、王城で執り行われる。
雄一の位階授与式に出席するため、世界、十二の国と地域から、王、支配者、代表などが集まった。
王城の広大な中庭には、これまた巨大なドラゴンが二十数体いた。
これは、各国要人の乗り物。
ムウの世界において、人が住める土地は、僅かである。
殆どの土地が、有為の樹海で覆われている。そこは、強力なモンスターの世界である。
世界の九割は、人、ならざる猛獣の支配地域なのだ。
そんな、人にとって、空を支配するドラゴンは、必要不可欠なパートナーである。
ドラゴンとの契約の殆どは、強力な召喚魔法によるもの。
契約後は、人が、十分な食事と住まいを提供し、ドラゴンは、労働力を提供する。
安全は、協力し合う、基本的には、相互扶助の関係だ。
こうして人は、ドラゴンを敬い尊敬し、ドラゴンもそれに応えて人を愛した。この蜜月の関係は、古来より続き、強い信頼関係が築けている。
ただ、これもドラゴンを養えるだけの、力がある者に限られた話。
現状ドラゴンを所有できるのは、王族や一部の特権階級か、運送を生業とした企業体ぐらいなものだ。一部、例外を除いて。
雄一たちは、そんな王城へ、黒塗りの魔導車に乗って門を通り抜け玄関先へ乗り付ける。
雄一は、立ち並ぶドラゴンに見惚れながら、車から降りた。
馬子にも衣装。昨日までの雄一とはまるで別人のような装いであった。
スマートで、高級感溢れる、グレーのスーツ衣装を着用している。
なびくマントは、艶消しの効いた、上品な光沢を放つ。非常にドレープ性に富んでいる。
そんな雄一の肩に、しれっとシゲルが乗ろうとした。
「ふん!」
べちゃっ!
ムーンは、そんなシゲルを、すかさず掴むと、そのまま地べたに叩きつけた。全力で。
そして雄一に、甘え声ですり寄る。
「くぅ~ん、雄一様? 服屋で手渡されていた、紙袋は何だったんですか? 持ってこなかったのですか?」
「あはは~、ティア様が、手荷物はダメだって言うから~。中身はまた今度教えてあげるね」
控室に入ると、入れ替わり立ち代わり様々な内外の要人達が挨拶をしに来た。
皆、「救世主」になる雄一と、少しでも交流を持とうとする者たちばかりだった。
しかし、面会謝絶。ドアの前で紅と黒龍が門番となり、応対をする。
雄一たちは、位階授与式に向け儀式の流れをティアから教わっていた。
「一、国王挨拶。二、司法長官挨拶。三。将軍挨拶。四、法務長官挨拶。五、行政官局長挨拶。六、治安部監督庁長官挨拶。と、挨拶がここまでよ」
「わおん。めんどくさそうね」
「挨拶は、一人、五分位だから、三十分くらいね。世界への貢献アピールや、自慢話がほとんどだから、聞いていなくても大丈夫よ」
「ティアちゃんも、こう言うことは、結構バッサリよね」
「挨拶の後は、ステータスカードが付与されるの。渡されたカードに、血を一滴垂らせば登録されるわ」
「こんな風に……」
ティアは、皆の前に、赤色のカードを差し出した。
ティア・ディスケイニ(13)
天職:魔導士LV36
体力3900
力1260
俊敏2470
魔力24300
魔法耐性59500
「未登録のステータスカードは、白色なんだけど、登録した時点で、潜在能力に応じた色へ、変化するの」
ティアは、カードの色の意味を話して聞かせる。
カードの色は潜在能力のレベルを示すものである。
青<黄<緑<赤<金<レインボー、の順に、高い潜在能力を示す。
カードの色は、一生、変わることはない。
「要するに、色は、あくまでも、才能を示すもの」
「青でも、傑物はたくさんいるし、緑でも、大したことがない人もいる」
「赤以上は、知る限り、それなりの大人物ね。私も、赤だけど……」
「うふふ。ティアちゃんは、すごい才能を持つ、大人物だったのね」
「ふん。ララ、歯が浮いてるわよ」
「金は、その存在自体が稀だ。世界でも、十人程しかいない。タクフィーラ様は、金だったと聞いたわ」
「わおん、あのジジイが、ゴールドか。レインボーは、それより強いのか?」
「レインボーは、幻。あると信じられているだけで、所持者がいないわ」
「な~んだ、しょ~もな。わふっ、待てよ。それじゃあ、雄一様が?」
「うむ。おそらく、レインボーになる」
「アオ~ン! カッコイイ!」
宙を舞い踊り、興奮するムーン。
ティアは、続いて、カードに刻まれる、各名称について説明した。
氏名、年齢の後に、天職名が記されている。
「天職は、適性みたいなもんかな。肉体派は、武闘家が多いし、武器を操る適性があれば戦士とか、剣士になる」
「あおん。魔法が得意だと、魔法使いになるの?」
「そうね。余りないことだけど、適性を複数持ってると、魔法戦士、みたいに混ざるわ」
「うふふ、面白そうね。それ」
天職名にも序列があった。
戦士<剣士<騎士
武闘家<武術家<武導家
魔法使い<魔法師<魔術師<魔導士
と言う具合だ。
「私は、魔法系では、トップの魔導士が天職ね」
「そこは、神官のトップだし、レッドカードだし、納得だわん」
ムーンの頷きに、ティアは、少し鼻を膨らませ、胸を張る。
「いいなぁ~、ティア様。魔導士」
「まあ、ステータスカードなんて、参考値よ、参考値」
「カードの色や名前、数値で、差別されるなんてことないわ。あは、あは、あはは~」
ティアは腰に手を当て、あからさま、得意げな態度を取る。
雄一は、そんなティアに羨望の眼差しを向け、自分の希望職を訴える。
「ぼくは、魔法使いを目指してるから、魔法使いにしてほしいなあ~」
「うっ? 魔法使い? 雄一、あんたは、まあ、レインボー確定だろうし、それを、誇りに思いなさいよ」
雄一の魔法使いは、絶対無いと確信するティアは、話をレベルの話に変える。
レベルとは、習熟度を数値化したもの。
成長期や、経験を、自分のものにすれば上がる。
一人前の目安はレベル20とされる。
レベルは、上がるごとに、上がりづらくなる。一生涯、掛けて鍛錬を積んでも80を超えることが難しい。
「これでも、血の滲む鍛錬を繰り返したんだからね。この若さで、レベル36は、スゴイこと、なんだから」
「最後に、ステータス値のことだけど、基準値は千から五千程度かな」
ティアは、ステータスカードの説明を終えると、その他として、身分証明書になる。キャッシュカードになることを伝えた。
そのセキュリティは万全で、本人以外は、使用が不可能である。
「便利なカードね。これも、ムウの作ったもの?」
「ララ! ムウ様、ね!」
「そうよ。これも、ムウ様が人類に残された遺産よ」
「あ~、あと、位階授与されたら、活動資金として、雄一には十億メタラのお金が、振り込まれるわ」
「ティアちゃん。十億メタラって、金額は、大きいの?」
「そうね、国によっては物価も違うし、一概には言えないけれど、莫大な金額よ」
「一般的な家を建てるのに千五百万~二千万メタラって感じかしら。身近な物だと、砂糖五百gで二百五十メタラ位かな」
「メガロス王国は、物価が高いから、他国じゃ、もっと価値は高いでしょうね」
ムーンがコクリと頷く。
通貨メタラと円は、ほぼ同じ貨幣価値だ。
メガロスが、高額のお金を支払うのは、救世主を、自国に縛り付けるためである。
「さっ、ステータスカードが発行されたら、雄一には、救世主の位階が与えられるわ」
「官房長官が、あんたに、この職名を受け入れるか、って聞いてくるから、謹んでお受けしますって答えてね」
「聞いてる? 雄一。大事なことだから、もう一度言うわよ」
「職名を受け入れるか、と聞かれたら、謹んでお受けしますって言うのよ? 分かった?」
「はーい、わかったよ~」
「い~な~、まどーしぃ」
『こいつ……あほ、に見えるけど、大丈夫かしら』
しつこく念を押すティアに対し、雄一は、ティアのステータスガードを、しげしげと眺めるばかりである。
ティアは、雄一が、ちゃんと台詞を覚えたか、少し不安が残ったが、いざとなれば、どうとでもなることなので、捨て置くことにした。
「位階授与が終わると、いよいよ宝玉授与の儀式が始まるわ」
「宝玉授与?」
ララがティアに聞き返す。
「位階授与は、あくまで宝玉授与に値する階級を与えるためのもの」
「本命は、宝玉の授与なの」
「ティアちゃん、宝玉ってなに?」
「うむ、雄一じゃ不安だ。ララがしっかり聞いて、覚えておいてくれ」
「かつて、世界を震撼させた厄災。その厄災と、初代救世主は、死闘を繰り広げた」
「その果てに、厄災と救世主は共に滅び、二つの玉が生まれた」
「それが、宝珠、黒玉と白玉。その内の一つ白玉が、このメガロス王国に祀られているの。再び救世主が現れる、その日まで」
「そう、予言されているの?」
「ええ。メガロス王国にある、ムウの黒印に。宝珠、白玉は救世主にのみ、与えられん、と、記されている」
「黒玉は、どこにあるの?」
「分からない」
「邪悪な者により奪われ、世界を渡り歩いていると噂されている」
「けれど、今度の、厄災にも、必ず影響してくる、と思う」
控室のドアにノックの音が鳴り響く。紅が少しドアを開け、皆に声を掛けた。
「位階授与式のお時間です。こちらへどうぞ」