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脳筋だもん  作者: 妖狐♂
23/169

#22 予言の書解読

 雄一はベッドに長座しムーンにお粥を食べさせてもらっている。ムーンは満面の笑みを零しながら雄一の開けた口へスプーンを運ぶ。まるで親鳥が雛に餌を与えているような光景だった。

 雛の食欲は止まらない。椀が空になると、親鳥はすぐに席を立つ。


「そろそろ、お代わりはやめた方がいいよ。病み上がりのお腹に障るから」


 ララが雄一を窘める。


「う~……。は~い」


 雄一は、少し残念そうに下唇を突き出した。


 ティアは、ムウの、予言の書解読、冒頭部分で大きなショックを受けていたが、何とか立ち直った。


「ああ~。コチラは私の親衛隊、副長を務めている、アトラスだ」

「アトラス。覇者雄一の発する言葉を、一言一句、漏らすことなく書き留めておくように」


「御意」


 次なる衝撃に備えて、解読内容の記録を、黒龍アトラスに託すティア。


 黒龍アトラスが、憎悪に満ちた表情で、ギロリと雄一を睨みつける。


 人の姿をした竜属の男。身の丈六尺程で、頭には鹿の角のようなものが生えている。それ以外は、人間の若者と同じ印象を持つ。


「なんて華奢な体躯だ。紅様を一撃で沈めたなど、やはり、信じられん」


 アトラスは、インレットブノ大神殿の門前で、初めて雄一の姿を目にした。

 老人、子どもの予防ワクチン、魔法ウイルスであっけなく卒倒した姿を見て。やはり何かの間違いなのではないかと思った。

 しかし、この、インレットブノ大聖堂に雄一が運び込まれた時、紅は子ネズミのように震えあがった。

 そして、記録係を頑なに断り、未だこの部屋に近寄ろうとしない。


「あ~、雄一、くん? 予言の書を読んでもらえるかな?」


「最後のおかゆさんを食べてからでいい?」


「ああ、もちろん。私も、もう少し、気持ちを準備しておこう」


 ティアは、深呼吸をしたり、両手で顔をぱんぱんと叩いて、気持ちを作り始めた。


「ごちそうさまでした。じゃあ、続きを読むね」


「頼む」


 雄一は、予言の書を指でなぞりながら、文字を声に変える。


「この文章が読めてるってことは、雄一君がいる訳だね」

「安心してほしい。儀式は、万事滞りなく成功している。関係者の皆さん。まずは、おめでとう」

「そして、ありがとう」

「でも、これから、あなたたちは、大変な試練が、数多く待ってやがります」


「ねえ、ティアちゃん。ですます調が滅茶苦茶じゃない?」


「しっ。黙っててララ。おかしいけど、これは、神の詔なのです」


「まぁ、試練の具体的な内容を、ここに書いちゃうと、それはそれで、ろくな未来にならない。だから、それ即ち、書くこと叶わず、いまそがり」

「なれど、君たちに対する万感の想い、ここに極まり。謹んで、お贈りいたしますは、マイ・スウィート・シャウト」


「ねえ、ティアちゃん。ますます、話が滅茶苦茶じゃない?」


「お願いだから黙って、ララ。私だって、後半、何を言いたいのかサッパリだけど、これは、神の信託なんだからっ」


「まずはティア・ディケスイニへ……」


「うええっ!? ちょっと、待った! 私の名前が、予言の書に書いてあるの?」


「うん。お粥さん食べながら少し目を通してたんだけど、どうやらぼくたち宛ての手紙みたいなものだよ。ララやムーンのことも書いてある」


 ティアは、立ち上がったまま、口をポカンと開けている。


「それにしてもムウって人、凄いわね。私たちがこの場にいることも知っていたわけでしょ? と言うか、蟲毒の儀も、ムウにコントロールされた、出来レースみたいなものだったし」


「当たり前でしょ、ララ。ムウ様は神なのよ。全知全能の神なのよ」


「ふ~ん。当たり前、なの。ね?」


 雄一は、ティアに促され、再び朗読を始める。


「ティア・ディスケイニへ。総責任者として大義であった。神であるこの私が、直々に褒めてつかわす……って上から目線で言いたい。けど、言えない」

「だって、騙していたような、儀式の経過と、結果だったでしょ? そこは、本当にごめん。本気で、ごめんなさい。いいや、メンゴ! メンゴ、メンゴ! この通り謝る。全力で謝る。土下座で謝る。頭が土に埋まるほど逆立ちして謝る!」

「でもさ~、ちょっと聞いてよ。しょうがなかったんだよ。こっちも大変なんだよ」

「あのねー? なんせねー、こっちの行動で、未来は、ころころ、ころっころ変わるんだ」

「未来に向けたメッセージだけじゃなく、おなら一つで、見える未来がコロコロ変わるんだもん。あーっ、バタフライ効果どんだけーって、ノイローゼになる!」

「というか面倒くさっ。未来? んなもんしるか。もう、どうでもいーや……。いやいや! 安心してくれ! ちゃんと、やり遂げたから。そー、思うって、だけだから」

「だって、ちゃんと、あなたの前には、いるでしょ? 雄一が。」

「彼こそ、私が求めた、選ばれし者。世界の希望。伝説。勇者。救世主。スーパーヒーロー。超人。偉人。無双。怪物。化け物。チート野郎。バグキャラ。あと何があるっけ? まぁ、どれでもいいか。」

「いや、むしろ、どーでもいい。疲れた」


「ねぇ、ティアちゃん。ムウって「こういう人」なの?」


「いいえ。ムウ様の残された文書は、どれだって、智の境地を極めていたわ」

「これでは、まるで別人と、疑ってしまう内容だわ。ひょっとしたら、これは、別人からの手紙、かも」


 内容は、余りに品性と重みに欠け、知性すら感じられない。

 文字を、指でなぞりながら、一生懸命読んでいる雄一と、一言一句、書き留める黒龍が気の毒になる。


「私が、過去視の条件を付けたばかりに。私が、あなたを選んだばかりに、辛い思いをさせましたね。ティア」


「うっ」


「でも、もう大丈夫。ティア、これから、あなたは雄一君を信じなさい。私じゃなく、彼を、信じなさい。あなたはもう、自由になっていいのです」

「私に対する働きは、今日までの、あなたが支払った犠牲で十分だから。だから、自由に生きなさい」

「一人ぼっちで、辛かったでしょう。悲しかったでしょう。寂しかったでしょう。」

「あなたの小さな体には到底耐えられない、大きな苦難の連続を味わいましたね。でも、あなたはやり遂げたのです。間違いなく成し遂げたのです。ありがとうティア・ディスケイニ。」


 この一文でティアの様子が一変した。みるみるうちに涙が溜まり始める。

 ティアは、ただ、見ていてくれたことが嬉しかった。それだけで十分だった。

 まばたき無しに、自然と涙が頬を伝う。


「ティア様のことはここまでだよ」


「そう。ありがとう雄一」


 ティアは、静かに椅子に腰かけ、目を瞑った。ムウから貰った一言一言を、咀嚼しようとしているようだった。

 ティアからララへ目を移す雄一。ララは自分を指差し「えっ!? 次わたし?」と言うような感じできょどっている。

 雄一は、にこり笑って、一つ頷くと、予言の書に目を落とし読み始めた。


「ララ・イクソスへ」

「超絶! 美人で可愛いララ。その上、優しく賢い。見た目性格共に完璧。容姿端麗? 傾城の美女? そんなものは、あなたに比べりゃゴミカスだ」

「魔法は全属性に対応し、転移前の弱点だった体術系も剣術スキルで克服。ララ、あなたは世界で最も完璧な女の子。誰もが羨み、誰もが振り返る天使」

「あなたは、全ての理想を持っている」


「なにコレ。褒め殺し? 雄一君も、こんなの読んでて、恥ずかしくない?」


 ララは、目を泳がせながら、頬を染める。相変わらず、掴みどころのない内容に、困惑気味だ。


「そんな、完璧なあなたでも、過去は変えられない」


「うっ」


「神である私にも、過去は変えられない」

「今回の転移、あなたにとって、幸せなのか不幸せなのかも、私には分からない」

「私は、あなたに、何もしてあげられなかったし、これからも、何もできない」

「ただ勝手に、こっちの都合に、巻き込んだだけ」

「ククク、たった一人の少女を、救うことすらできない私が、神と呼ばれている。笑ってくれ。あなたには、あなたにだけは、その権利がある」

「下げる頭も分からない。それでも、雄一とムーンとティアのこと、よろしくお願いします」

「いつの日か、あなた自身が、幸せだと言える日が来ることを願っています」


「ララ姉ちゃんのことはここまでだよ。」


「わかったわ。ムウに言われなくても、私は、大丈夫だから」

「みんなのことも、きっと守ってみせるわ。」


 おっとこまえなララの返答に、皆の表情が緩み、少し暖かな雰囲気になる。

 雄一は、次にムーンを見た。ムーンはゆっくり頷いた。


「ムーン・カオスへ。3+6=9。光無き闇は存在し、闇無き光は存在しえない」


「えっ!? なに急に。なぞなぞ?」


「わおん、私には禅問答が始まったわ。賢いララちゃん、助けて……」


 頭を抱えるムーン。雄一は構わず続ける。


「永遠は一瞬であり、無限は己の掌の中にある。世界は複雑でなお単純明快。近づけば離れ、離れればより遠くなる。これ即ち永久は永遠に無限の瞬間である」


「ごめん、ムーンちゃん。何が言いたいのかサッパリだわ。ティアちゃん、ムウって心病んでるの?」


「ララ、言葉が過ぎるわよ。世界が信仰する、絶対的な神様なのよ? 確かに、これは、ヒドイけど」


雄一は、ムウの出すお題を続ける。


「ムウ。あなたは私に少し似ているところがある。本能のままに生きるあなたは、自分の信じた想いを、相手にまで押し付けることがある」

「だから、少し心配だ。雄一を師と仰ぐなら、彼の人格も含めて模範とし、全てを吸収しなさい。そして、両親への、固執する思いを捨てなさい」


「!!」


「ムーンはここまでだよ。」


 最後の一言にムーンの表情が消える。しかし、目だけは力強く険しくなる。明らかに不快感を出していた。


「ムーンちゃん? 大丈夫?」


「わおん? ええ、大丈夫。なんでもない。」


 ムーンは、ララの声掛けに笑顔で答える。明らかに無理して作った表情だったが、ララは、それ以上の詮索はやめた。


「えーっと、次は、シゲルさんだよ」


 雄一がシゲルの方を一瞥する。


「グルル、次はシゲルの番か。どーでもいいが、忌々しい」


 雄一は頬をぽりぽりと気まずそうに掻く。


「スライムのシゲル。てめえに掛ける言葉はねえ。ああ、一つだけあった。ちゃっかり雄一に名前まで付けてもらって、調子こいてんじゃねぇぞ! ぺっ! カスが」


「わ、悪口……」


「わんわんわははっ! やるじゃんムウ! ちょこっとだけだけど、気に入った」


 スライムのシゲルは、相変わらず雄一の傍でぷよっている。ムウの辛辣な言葉も、どこ吹く風と言った具合だ。そもそも聞こえているのかどうかも疑わしいが。


「次は、ぼくに宛てての文章だよ。」


「どうか、まともな文章であることを、祈っているわ。」


 しかし、ティアの祈りを、ムウの言葉は簡単に裏切る。


「おっちゃかめっちゃかとてまとぴー!!」


「もう、わかったから。人格が分裂しているのは、よーっく、分かったから!!」


 すかさず、ティアが突っ込む。


「こら! ティア。私の人格は、分裂していないぞ。実は、これを書くのと書かないとで、未来が違うんだよね」


「絶対ウソだ!!」


「いやいや、本当だって。あ、でも、理由は分からん。たぶん、これも、バタフライ効果だ。へ、と同じだ。屁ぇと」


 ティアの突っ込みに会話形式で入ってくることに、何気に不気味さを感じる。


「さぁ、雄一君。せっかく儀式で得られる筈だった、無敵の力を自分で拒んだんだから仕方ないけど、君はまだまだ弱い!」

「これから、君は多くの強敵と対峙することになるだろう」

「だが、具体的アドバイスすると、最終的な結果が悪くなる。だから、伝えたくても、伝えられないんだ。」

「未来に干渉するってデリケートで難しい。何度も言う、何度だって言う。もう、疲れた」

「だから、自分で何とか頑張れ! 気合だ! 根性だ! ファイトだ! 歯ぁ食いしばれ! 男だろぅ? 女々しく言い訳すんな!」


「雄一君には、根性論できたわね。」


 ララが呟く。皆それを聞いて深く頷く。


「君は、君のままでいい」

「君が、君であり続けるならば、君は、蒼穹の翼であり、蒼穹の剣だ」

「自分の、信じるままに行動すればいい。やりたいことをして、なりたいものになればいい」

「君が流した、汗と血は、決して無駄にはならないのだから」


「これでおしまい」


 雄一はなぞる指を止める。しかし、まだその先には文章が記されている。

 雄一が本を閉じようとした、その時、ティアは目ざとく雄一を問いだした。


「待って、その指の先! ココからは何てかいてあるの?」


「……ナイショ」


「内緒って何! 気になるじゃない! 教えなさいよ!」


「ダメ。ムウさんが、ここから先は、声に出しちゃダメって書いているから。」


「ムウ様の言葉の重みを、誰よりも知っている私にも教えられないの? 納得いかない。」


「ダメ」


「お願い雄一。ムウ様の言葉は、深いことが多い。世界中の学者によって研究されるべきなの」

「そして、世界の誰もが、共有できるようにすべき、重い言葉なの」

「あなた一人が、胸の内に閉まっておけるほど、軽い言葉じゃないのよ!?」


「……」


「雄一! 教えなさい!」


 語気を強めるティア。

 雄一は少し考えた後ティアを真っ直ぐ見つめた。

 雄一に見つめられたティアは、雄一に吸い込まれる感覚を覚える。


『うっ、ここは、どこ? どこまでも続く空、地は漆黒の闇?』


 ティアの耳に、全身を震わせるほどの心臓の音がドクンと聞こえた。


「ティア様。ぼくを信じて」


 ティアは、雄一の一言に呑まれ、閉口した。

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