#20 雄一の夢
時は、雄一たち三人が魔法障壁を穿ち始めた時に遡る。
ティアが姿を消してから、反撃してくる壁を相手に、ひたすら攻撃をし続けて随分と経つ。
体力の限界など、とうに超えていた。それでも、意気揚々、三人は声を掛け合っている。
「雄一君、ムーンちゃん。大丈夫? 回復魔法掛けようか?」
「あはは。はあ、はあ、今度のヒールは、ララ姉ちゃんの番だよ」
「そ、そうよ、ララちゃんの番。ぜぇ、ぜぇ」
「ぜぇーっ! 私は、気合で、痛みにも慣れたわよ! 遠慮はいらない、ワンワンワン!」
終わりの見えない消耗戦。一瞬の油断で、気を失う限界を超えた状況。
瘴気障壁に変化はない。一定の動きでうねり、反撃を繰り返すだけだ。
気持ちを切らさないように、息を吐く力で、仲間を気遣う声を出す。その最中、突然ムーンがその場で倒れた。
「ムーンちゃん、しっかり! ヒール」
ララは膝を折り、ムーンを支えて回復魔法で手当てをする。
「くぅ~ん……」
「ほっ、よかった。気を失っただけね。」
「よく、がんばったね。このまま、休んでいて、ムーンちゃん」
ムーンの、体中の傷は消えたが、失った体力までは戻らない。回復魔法は、万能ではないのだ。
「ララ姉ちゃんも」
「えっ?」
「あとは、ぼくが頑張るから、休んでて」
「うふふ。ありがとう、雄一君。でもあなた、何度も骨折を、繰り返してるわよね」
「あはは~、ばれちゃった。でも、ララ姉ちゃんのお陰で、治ったよ」
「雄一君は、優しくて強い子だね。でも、私が攻撃、回復、共にリードしないと、厳しいわ」
ララは、障壁に向かい剣を振る。顔色はすこぶる悪い。気力、体力、魔力、その全てが枯渇しかけている。
『アンドラス……』
ぽつり呟くララ。ララには雄一と同じくらいの弟がいた。しかし、弟は死んでしまった。ララは死んでしまった弟と雄一を重ねていた。
『私、雄一君を助けたい。あなたのような雄一君を、今度こそ助けるの」
「いいよね? それで、いいんだよね? アンドラス』
ララは無心で剣を振るう。ありったけの魔力を剣に込め、何度も、何度も。
『私は、生きる価値もない人間だから、ここで死んでもいい。でも、この子だけは、助けてほしい……お願い。神さま、力を貸して』
絞った雑巾を、更に絞るように、力を捻じり出す。全身、全ての力を剣に乗せて叩きつける。
しかし、それでも障壁に変化は見られない。
そして遂に、ララの意識は切れた。剣を障壁に弾かれ、仰け反り倒れる。
ぽすっ。
雄一が、ララを、全身を使って抱き留める。
「……死んじゃだめだよ。ララ姉ちゃん」
雄一は、気絶したララを、ムーンの隣に優しく寝かせてやった。
ただ一人残った雄一。彼もまた、限界が近い。全身血にまみれ、顔色も悪い。
「シゲルさん。」
雄一は、再び障壁に対峙しながら、スライムのシゲルに話しかける。
「これは、夢じゃないんだね。ずっと、夢だと思ってたけど、今でも信じられないけど、現実だったんだね」
「だとしたら、ぼく今、十歳だ」
「昨日寝る前お父ちゃんとお母ちゃんが明日の誕生日は二分の一成人式をしようって言ってたんだ。丁度半人前だね」
「ぼくは、まだ大人じゃないけど、もう子どもでも、ないんだよ」
「えへへ。だから、ぼく、幾つか目標を決めたよ。これからのぼくの夢」
「ぼくは、もう泣かない。だってもう、子どもじゃないからね」
「ぼくは、ムーンとララ姉ちゃんを守る。男の子だもんね」
「ぼくは、師匠を超えるような、大魔法使いになる。これは、絶対なりたい」
「それから、いつか必ず、また、自分の世界に戻って、お父ちゃんとお母ちゃんに会う。会いたい……」
一人、瘴気障壁を拳で穿ちながら、シゲルに話し続ける雄一。
「えへへ、ちょっと大変そうだね。欲張りかなあ」
雄一の言葉だけがフロアを通り過ぎる。
『きっと叶うさ。お前なら』
「だれ? あれ?」
そんな声が返ってきた気がした。雄一が振り返るが、ムーンもララも気を失ったままだ。
スライムのシゲルだけが、相変わらず、ぷよっている。
スライムは、話はおろか、声を出すことも無い。
雄一は気のせいかと思いつつも少し笑顔を見せる。
「そうだね。きっと、叶えてみせるよ」
「やああっ!」
雄一は、声を張り上げ、渾身の一撃を放つ。
ズッボオオー!
全身全霊で振り抜いた拳が、瘴気障壁を貫いた。
キイィィィィィィィン!!
突然、金切り音のような音が響くと共に、瘴気が八方へと砕け散る。
「やったぁ……」
ふらつく足を動かして、雄一はララとムーンを背負う。
よろよろと扉に近づき、左手で巨大な扉を押し開ける。
ギ・ギ・ギギギギギギギー。
ゆっくりではあるが、確実に開く扉の隙間から、外界の一筋の光がフロアを走る。
扉を押す度に光の筋は広がり、やがて、雄一の目に美しい景色が映り込んだ。
小高い山から見下ろすと自然と都市の調和した景色が広がる。と、目の前にティアの姿がある。
「ゆーいちー!!」
「やぁ、ティア、様。」
雄一は、意識朦朧とした状態だったが、それでも、安堵の表情を浮かべて答える。
「ここは、美しい、世界、だね……」
「うううっ。」
ティアが、泣きべそをかき始めた。雄一は、その涙の意味を考える暇もなく、ティアから魔法を掛けられる。
「魔法ウイルス。」
雄一は、秒後、体中に悪寒が走るのを感じた。激痛が走り、強い吐き気に襲われる。
「げほっ」
吐瀉物は血だった。
刹那、目の前が、スポットライトが窄まる様に闇に包まれ、何の抵抗もできず、気を失った。