第一章 蟲毒の儀 #1神谷雄一召喚
此処は地獄か天国か。いや、それを決めるのは、この産道を越えた先だろう。
言うなれば此処は、まだ安息の地、子宮……だな。
私はそこへ、余命幾ばくもない華年を寄せた。
◇◇◇◇◆◆◆◆
烏羽色の髪の毛と、二重の垂れ目が、光もないのに輝赫する。
『あの……、え~と……。初めまして、こんにちは』
細く、透き通るような体躯は、掴めば砕けそうなガラス細工のよう。
『ぼくは、神谷雄一です。あなたは、だあれ?』
何度も見た光景だが、毎度ため息を吐いてしまう。
それも、これで見納めか……。ククク。
『やあ、私はムウ……。しかしまぁ、君にとっては陰府の神。かな』
『え? ちんぷの神?』
『ククク、その対極だよ。私は君を、生かしも殺しもできる存在さ』
『へぇ~っ、優しそうに見えるけど。神様も見かけによらないものなんだね』
『ククク……、この私を愚弄するだけでなく、脅しにも動揺しないのはさすがだね。ところで君は、明日が十の誕生日。そうなんだろ?』
『神様は、何でも知ってるのねぇ。そうなの。だから明日は、誕生日ケーキを買って、二分の一成人式を祝うんだよ。ぼくは、食べられないんだけどね……。あはは~』
『ククク……、そうだね。君の体じゃ、ケーキは無理だねぇ』
『あはは~』
雄一は、憂いを含んだ笑みを浮かべた。しかしそれは、自らの不遇に向けたものではなかった。
では何に……。ククク、私に……?
ククク、だとすれば、私の見立てに間違いはない。今はまだ、吹けば消える脆弱な華年だが、賭けるだけの価値がある。
……ありとあらゆる、その全てを、君に……。
『ククク……、さて、陰府の神から、そんな君にバースデイプレゼントだ。ケーキを食べられる体をあげよう』
『ホント?』
『ククク、本当さ。何てったって私は神。だからねえ。さあ、紹介しよう。もう一人の君。守天雄一を』
『わーい』
……だから悪いが雄一君。君には、虚白を埋める「床」となってもらうよ。
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二人の雄一が対面する。すると、神谷の方が礼儀正しく頭を下げた。
その仕草……。かわい過ぎて、なでなでした後、首を捻りたくなるほど狂おしい。
『初めまして守天くん。ぼく、神谷雄一です』
『ドーモドーモ。お初にお目にかかります~、わてが相方の守天雄一ですぅ~って、違う違う! おいおい、なんだこん陋小は。これじゃあ、てんで話が違うだろ。ムウ』
『おやおや、守天の方の雄一君は、神谷の方の雄一君が気に入らないのかい』
『当たり前だ。てめぇが最強の器を用意すると言ったから、輪廻の機会を千三百以上見送ったのに』
『まあまあ落ち着いて。見かけによらないもの、なんだよ? 人も、神も。ねぇ? 雄一君。ククク』
『しかも男とは……。聞いていたことと、何もかも違うじゃねえか。殺すぞ、ムウ』
『脅されても、他を用意する気は無いよ。ククク。それとも、ご自慢の朱矢で殺ってみるかい? この、私を……』
『ぐっ……?』
『……ククク、冗談だよ。守天くん? クククク……』
『嘲弄しやがって。ああいいぜ、殺ってやる。かかってこいやムウ……って、ちょっと待て。どこへ行く気だっ、ムウ!』
『相手をしてやりたいが、急用を思い出した。じゃあな、二人の雄一君。カカカキキキククククク……』
『ちっくしょー。行っちまいやがった。……しょうがねえ。こん陋童で我慢するか。気に入らなければ、廃棄するだけだ』
がぶりっ。
守天は、神谷に襲い掛かると、その首筋に歯を立てた。
『守天くん。何してるの?』
『ふっふっふっ~。ふがふが、ふがが、ふがぐっぐっ。ふがぐっぐっ。(クックック、知れたこと。テメェの魂を、その器ごと奪ってるのよ)』
『え? なんて?』
『ぶお? ぶおぶおぶええ、ぼえぼええ! (なんだ? コイツ歯が、歯が立たねえ!)』
べりっ。
『ぷわっ?! この俺様を掴むことが……なぜっ?』
『さっきから、ふがふがと。……お口が塞がってるから、うまく喋れないんだよ。ほら、なんて?』
『くそっ! こうなりゃ一度同化して、分化してやる』
神谷の中へ、守天が入る。
そうそう、それでいい。さあ、神谷の魂の器は、開けてビックリ玉手箱だよ。守天くん?
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『おかしいな……。神谷の魂の器に来た筈が、妙なトコロに迷い込んじまったぜ。なんだ? これは。木か?』
守天は、広大な平野に聳え立つ、枝のない半透明の円柱に手を当てた。
見渡せば、同じようなモノがちらほら確認できる。
『あのぅ。守天くん?』
『神谷っ?! いや、こいつは、神谷の魂……?? だとすれば……。クックック、なるほど分かったぜ』
がばっ。
心配そうに見つめる神谷を、守天は羽交い絞めにし、ゆっくり浸潤し始めた。
『この俺様が、喰えねえ時点で、只者じゃねえとは思ったが、そう言うことか……。ムウには感謝しなきゃな』
『食えない? そっか、やっぱりおなかが空いてたんだね……。そうだ。ねえ守天くん。おなかが空いてるんなら、ぼくのケーキを食べるといいよ』
『ああん?』
『丸太を切ったように大きなスポンジは、真綿のような生クリームで覆われてるの。その上には、シロップを潜った、手の平サイズのイチゴが、宝石みたいに輝いて……』
『てめぇ、何言って……』
『ねえねえ守天くん。食べるついでに、ぼくの二分の一成人式を、一緒に祝ってくれると嬉しいな。だって、友達でしょ? えへへ』
『こいつ……豚児だ……』
『とんじ? ん~ん違うよ。と、も、だ、ち。だよ?』
『ついてけねえぜ……。間違っても、このバカの部分とは、同化しねえように気をつけよう……』
◇◇◇◇◆◆◆◆
どれほどの時間が経っただろうか。守天は、ようやく神谷を封じ込めた。すると守天の額から突起物が現れた。
『ふうっ。想像以上に厄介な相手だったが、これで肉体は俺様の物だ』
『そうなの? 良かったね。守天くん』
『んがっ?! かっ神谷?! てめぇ、なぜここに??』
『守天くん。おでこに角、生えちゃったね』
『くそっ! こうなりゃ、てめぇもだ!!』
がばっ!
守天は、神谷に再度抱きつき、同化を始めた。
二人目との浸潤がまだなのに、神谷が次々と湧き出るように現れる。
『まさか、こんなことが……? 有り、得ん……ぎょっ?! 神谷っ、なぜ列を作る』
『だって、守天くんがぼくを食べるのは、ぼくの体が欲しいからでしょ? だったら、その次はぼくの番。だよ?』
『嘘だろ……』
『じゃあ次の次は、ぼくの番。ね?』
『こいつ。化け物だ』
『ぼくは、次の次の次……』
無数の神谷が、次々と守天の前に列をなす。
『ムウめ。謀ったな』
ハッピーバースデイ雄一君。今から君は、脳筋だ。