#18 外界への扉
「どうして師匠だけ、ちょうちょさんになったんだろ。」
「私も不思議に思ったわ。敗者となると、例外なく魔法陣によって消えていったもの。」
「わおん。雄一様が大きな虎を退治した時も、魔法陣で消えていきましたわ。」
「あの無礼な虎も、死んだんでしょうね。」
雄一とムーンとララは、3人で座って話をしている。
タクフィーラの最期を見送った後、3人は何となくそのまま語り合っていた。
雄一は10歳。ムーンは15歳。ララは13歳。
お互い、皆、自分のことを詳しく話はしなかったが、打ち解け合うのにさほどの時間は掛からなかった。
話しの殆どが、蟲毒の儀と、タクフィーラのことについてだった。
「師匠、ララねえちゃんに優しくされてうれしそうだった。」
「私はただ、あなたたちの関係を見て、心が熱くなっただけ。ちょっと羨ましくもあったし。」
「でも、最後の言葉はナイでしょ。雄一様に一言も触れず、レディに対して下品だわ。わんわん。」
ぷんぷんと言わんばかりに、ムーンが頬を膨らませている。その様子にララがクスリと笑う。
「ふふっ。あれはちょっと驚いたわよね。」
「きっと意識が朦朧とされていたんでしょう。死に際だったんですもの。仕方ないと思うわ。」
「それに、仮にあの言葉が本心からであっても、タクフィーラさんが、偉大で尊大な方であったことに、変わりはないと思うの。」
「あはは~。うん、きっとそうだね。」
「まっ、そうね。異論はないわ。」
タクフィーラの失言も、何とかララのフォローで名誉を挽回する。真実とはだいぶん違うが、ララの解釈を聞けばタクフィーラも納得だろう。
「わおん、でも。タクフィーラが、死の間際に、あの扉を指差したのは、どう言う意味だったのかしら。」
「雄一君に向けてのメッセージ、だったのは間違いないのでしょうけど……。」
ララとムーン、二人の言葉に少し上を向き、首を傾けながら考える雄一。
その後も、話は一向に尽きない。
取り留めのない会話。それでいて刺激的な会話。3人は時間を忘れる。親睦がどんどん深まる。
『こ、こいつら、一体どう言うつもりなんだ?』
儀式の主催者を完全に無視して続く会話。溝がどんどん深まる。
『見守るにも、限度ってもんがあるでしょうが。』
いよいよ、笑い合う声が響くようになった。
3人が、輪になって座っている辺りに魔法陣が現れる。
「おいおいおいおい。あなたたち!? 一体どういうつもりなの?」
「分かる? あんたら今は、バトルロイヤル真っ最中、なのよ?」
魔法陣から、ティア・ディスケイニのホログラムが飛び出して、雄一たちを怒鳴りつけた。
「んっん! さあ、これが、最後の勝負です! 雄一にララ! 戦うのです。」
「そして勝ち残りし者が、この儀式で散っていった者たちの、全ての力を得るのです。」
「ムウの世界の、救世主となるのです!」
ティアは、ビシッと指さし。腕を腰に当てるポーズを決めて焚き付ける。
それに対し、キョトンとしている当事者の面々。
「ララ姉ちゃん。どうする? 戦えって。」
「戦えって言われても。ちょっと今更……ねぇ。」
はなっから、お互い敵意も持っていなかった上に、情まで通っている。いや、下手すると、絆まで芽生えかけているかもしれない。戦どころではない友好的状況関係だ。
そんな、超平和ムードの中、雄一がティアに頭を下げた。
「えっと、初めまして。ぼく神谷雄一です。」
「あ、ララ・イクソスです。」
「えっ? 私も? わう~。ムーン・カオスと言います。」
「あ、これは、ご丁寧にどうも。私はティア……って、ちっがーう!!」
「そんなの、前から知ってるー! 挨拶なんか、どおーでもいいから雄一とララは戦いなさーい!」
なんとか和平モードを壊そうと、激昂するティア。
するとムーンが、ティアに噛みつく。
「がうっ。少しは空気を読んだらどう?」
「なに?」
「どうせ、これまでの戦いを、ずっと見てきたんでしょ? さっきの話だって、全部聞いていたくせに。このデバガメネクラ少女。」
「なっ、デバ……!?」
ムーンの辛辣な発言に、真っ赤になるティア。
言われたことが当たっているだけに、余計頭に血が上る。
「ちょっと、小さな子に、それは言い過ぎよ、ムーンちゃん。」
「この子も、きっと仕事で、仕方なく言っているんじゃないかな?」
「ねぇ、雄一くんもそう思わない?」
「あははー、そうだね。きっと寂しかったよね。仲間外れはダメだったね。」
「じゃあね、ムーン。「お友達になりませんか」ってやさしーく言ってみたらどう?」
「がうぅっ。不本意ですが雄一様がそうおっしゃるなら……。」
「お、お、おとも~だちに~……。」
「フレンドトークをやめろー! 私は枢機卿で、子どもじゃないし、仲間外れで寂しがってもない! お友達になんて、なりたくもないわよ生贄どもー!」
「そんなことより、お前ら、この蟲毒の儀は、どうするつもりなんだー!」
ティアの叫びに、雄一が挙手をする。そして、今更なことを質問した。
「はーい。その、コドクのギってなんですか?」
「こ・の・期・に・及んで……。」
「雄一様。蟲毒の儀とは、この神殿に召喚転移された者たちが戦い合う儀式です。」
興奮するティアの代わりにムーンが答える。
「ふーん、えっと。それって、ぼくには関係のない話?」
「ちょっと雄一、ちゃんと、そこの犬の話を聞いてた?」
「最後の1人になるために戦わなきゃならないんだから、無関係なわけがないでしょう!」
犬、呼ばわりされたムーンが、明らかに怪訝そうな表情を作る。だが、ホログラムを相手に攻撃は無意味なので強烈な殺意だけをティアに向けておく。
すると、今度はララが、ティアに話しかけた。
「でも確かに、勝手にあなたが戦え戦えと煽っただけで、参加の意思はなかったわ。」
儀式の当事者同士が土壇場で、「自分たちは無関係だ」と訴え始める。
話しがまるで通じない二人を見て上を向き、頭を抱えるティア。
「そう。確かに勝手に召喚して、辛い戦いに巻き込んだ。全部こっちの都合で。」
「わおん。急に、素直になったわん。」
ティアは、ムーンを無視して2人に向けて声を掛ける。
「でも、このフロアは外界の実態干渉を受けない特殊な部屋。あなた達をこの部屋から出す方法も、私たちがこの部屋へ実体転移することもできない完全に孤立した空間なの。」
いや、明らかに、雄一に向けた言葉だった。
「出入口はあの扉だけ。でもあの扉を纏う瘴気はこの迷宮で散っていった600人分の「力」そのものなの。」
「召喚させられた生贄が、最後の一人になった時、この扉に纏う全ての魔力と能力が残った勝者の体に吸収されるの。」
「そうして漸く外界への扉が開くのよ。」
続け様、ティアは雄一を指差し強い口調で話し始める。
「雄一! あんたはタクフィーラ様の遺志を継ぐのでしょう? 彼は、死の間際その扉を指差した。」
「その意味は、このダンジョンの覇者となれってことでしょ!?」
「それに、600人分の力を手に入れれば、あなたが望んでいる「魔法」だって自由自在に操れるようになれるのよ!!」
皆は黙り込んだままだ。
雄一が、蟲毒の儀の覇者であることに、疑いの余地は無かった。
受け継がれる600人分の力の中には、タクフィーラの力も含まれている。
雄一が覇者になることが、名実とも、全てを受け継ぐことになる。
それが、この儀式に込められた世界の願い。残酷とは言え、仕組まれた計画。
ティアの言う真実に相違はない。
ただ、その本人を除いては……。
「ティアは何歳?」
一瞬場の空気が凍り付く。ティアは「この子、バカなの?」と深いため息を着いた。
「12歳よ。それが何?」
「じゃあ、年上だから、ティアさんでいいのかな?」
「呼び方なんてどうでもいいけど、私はメガロス王国インレットブノ大司教枢機卿の地位だから、皆はティア枢機卿とかティア様と呼ぶわ。」
改めて威圧を込め、話すティア。
そんなティアに、雄一が、自分の思いを話し始める。
「ティア様。ぼくは、ララ姉ちゃんとは戦わない。」
「師匠が扉を指差したのも、ティア様が言っていた理由じゃないと思う。」
雄一の言葉に、ララが少し驚く表情を見せた後、少し微笑んだ。
ティアは、わなわなと顔を震わせ目が見開いていくが、雄一は全く気にする様子はなかった。