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脳筋だもん  作者: 妖狐♂
18/169

#17 師

「やあ、初めましてタクフィーラ。私はムウ。」


「ふぉっふぉっ。そなたがムウだと? あの有名な?」

「想像とは随分違うの。」


「少々話でも?」


「そうじゃのう。ここじゃ時間は無限にあるのじゃろう。少々どころか何時まででも構わんぞい。なんせ世界中で神とされるムウとの話じゃ。世界中の誰もが羨ましがるじゃろうて。ふぉっふぉっふぉっ。」


 タクフィーラは、黄泉の世界で交わした、ムウとの会話を思い出していた。


『ああ、雄一君。わしは、全てを知らされた。この世界の、全ての歴史を。ムウの正体を。』


『今の君は、今、生まれたばかりの、未熟な卵。じゃが、世界を救うことができるのは、この星の歴史上で、お前しかいない。』


『ムウ。約束通り、雄一君の基礎能力の成熟は果たした。今度は、お前が約束を果たす番だ。』


『頼むぞ、ムウ。この世界を、我が孫のような雄一君のことを、我が娘のことを……。』


 どさり。


 誰にも届くことのない、声なき声を、か細く吐き出し、背中が地面に着くのを今、肌に感じた。

 何とか起き上がろうと、天に向けた右手が震える。その天へ伸ばす右手さえも、ゆっくり地へと向かう。


「ししょーっ!」


 雄一がタクフィーラに駆け寄り、地面に落ちそうだった右手を、寸での所で握り取る。

 雄一の目には瞼いっぱいの涙が溜まる。


「師匠ごめんなさい。やり過ぎました、ごめんなさい。ごめんなさい。」


『ふお、ふお。ちっとも、じゃ。』


 タクフィーラには話したいことが山のようにあった。

 

 雄一に、伝えたいことが山のようにある。

 励ましてやりたいことが山のようにある。

 そして、話してやると言った約束がある。


 しかし、どうしても声にならない。「ひゅー、ひゅー。」と、声が音にならない。

 瞼を開けていることすら重く、辛い。

 急速に体から抜けていく生気。しかし、その中にあって、雄一に握られる温もりを、肌に感じていた。


『あったかいのお。君の手は、魂に安らぎを与えてくれる……。』

『さすが、救世主の手じゃ。』

 

 その時。


 ガキイィィィィィン!!


 凄まじい音がフロアに響く。師弟対決を見届けた騎士ララ・イクソスが、魔力を纏わせた剣で魔法障壁キャッスル・ウォールを切り裂いた。

 一部開いた穴からララを押し退け、ムーンが中へ入り、雄一の傍へ駆け寄る。

 次いでララも、タクフィーラの傍へ駆け寄る。

 知らぬ間に、スライムのシゲルが雄一の肩に乗っている。


「ヒール」


 ララが回復魔法をタクフィーラに掛ける。見る見る雄一から受けた腹部の抉れた傷が塞がっていく。

 しかし、生気は戻らない。

 息がどんどん細くなる。


「なっ、なぜ!?」

 

 ララが焦りの表情を見せる。タクフィーラに最期の時が来た。


『優しいお嬢さん、回復魔法は不要じゃよ。』

『じゃが、まだまだ語り合いたかったのう。そうじゃあ、約束した褒美の話もしてやれておらん。』

『のお、神様よお。せめて、あと、もう少しだけ力をくれんか……。』


 神様に強く願うタクフィーラの左目から一筋の涙が頬を伝った。

 その時、神の奇跡が起きた。

 もはや、肉体は限界を超えている。しかし震えながらも、タクフィーラの左腕が上がり、ある方向を指差した。

 指差す先を皆が見る。その先には、外界へと繋がる巨大な扉。


「外へ出るための扉? どう言うこと?師匠」


『闘え雄一君。その思いと、願いを、拳に載せて。』


 悲し気な雄一。タクフィーラは、しっかり目を合わせると、静かに左手を降ろした。


 限界を超えたタクフィーラ。その心は満たされていた。


『ああ、いいものだ。愛弟子に見つめられ、美女二人に囲まれて逝けるのだから。』


 その時、再び神の奇跡が起きた。皆の耳にタクフィーラの思いが、声となって届いた。


「ア、ア、イイ~ッ。……見つめられ、美女……囲まれ、イケる~っ。」


 随分、ところどころだった。


「ガルル。このエロジジイ……。」


 神の奇跡ならぬ、神のいたずらだった。三人の顔が引き攣る。これにはタクフィーラも慌てる。


『なっにぃー!!? ちがっ、違うぞ! 勘違いするでないぞ!』


 必死に叫ぼうとするが、三度の奇跡は起こらず。無念、タクフィーラ。

 ララが、少し困り顔をして、タクフィーラのおでこを優しく撫でてやる。


「ふふふっ、男の人は、いくつになっても仕方ないわね。」

「偉大なる魂に安息を……。」


『だから、ちっがーう。違うから! ああっでも、き、気持ちいい……ふおっ、これは素直に嬉しい。』


 誤解を招くものの、結果受けられたララの厚意に、タクフィーラもまんざらでもない。


 やがてタクフィーラの全身が光に包まれる。


「雄一様、蝶だわん。」


 光は、無数の蝶になる。

 ひらひらと羽ばたきだした蝶は、雄一たちを囲むように、空中を楽しみ、霧の様に消えていく。

 次々と、次々と。


「綺麗……。」


「タクフィーラ、じいちゃん。」


 蝶が乱舞する美しい光景の中で、偉大なる魔道老子タクフィーラの冥福を、皆が祈った。


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