#164 覇者復活 ムーンシナリオ(8/8)
ジュピター視点
「さあ、今こそ解放の時。目を覚ましなさい白虎コントン・カオス」
ペンダントに嵌め込まれた黒玉を幼獣チワワに乗せ、封印を解けば、見る見る幼獣が猛獣へと姿を変える。大型肉食獣特有の、盛り上がる筋肉は、それぞれの各部位が、まるで別の生き物のように蠢いている。
立ち上がり、深く息を吸い込めば、照りのある全身の雪肌に、青い稲妻模様が走り出す。すると彼は、連獅子が如き髪を両腕で掻き上げ纏め上げると、無造作に背へと放り投げた。
ああん。相変わらず乱暴なお、と、こ、ね。
ギロリ!
その金色に輝く野性的な瞳に睨まれれば、まるで雷に打たれたよう。ああん、この本物の痺れ、ひ、さ、し、ぶ、り。
「グロロロロ……ジュピター」
この、天地も震わす唸り声。ああん、もうダメ。失神しそう……。
早く、愛の巣へ連れてってもらわないと。私……、もう我慢できないわ。
「お喜びください、あなた。私の子育ては終わり、再び発情を迎えました。娘のムーンは、理想の殿方と一つなり、成人したのです」
「なに、殿方だと? ワリャまさか、義理とは言えウラに、息子ができたと言うのでは、なかろうな」
「あらん、そのまさかですわ。相手は神谷雄一と言う人間です。さてカオス家で、次に生まれてくるのは、私たちの子か、それとも娘の子か、勝負ですわね。うふふ、きっと私たちが、勝ちますよ」
「こんの、うつけ者がぁっ!!」
バシィッ!
「きゃあっ」
平手で顔を張られた。ああん、本気で失神しそう。
「どうして? ようやく、あなたを受け入れる準備が、できたのですよ?」
「ジュピターよ。ワリャは以前、子殺しの習性を持つ、熊の話をしていたな。その行いが、蛮行か崇高か……、いずれにしても、一つの価値観で、賢愚を付ければ、更なる不幸を招くこととなる」
「あなた。いったい何の話を……?」
「コントン一族が、脈々と受け継ぎし、過酷な掟の話だ! 掟では、義理であろうとなかろうと、息子には後継者としての資質を問うことになっておる。お前の浅はかな業で、次なる子はお預けだ。神谷とやらが、死の試練で死なぬ限りなっ!!」
「神谷は娘婿。義理の息子……。それなのに?」
「子が男児であれば、死の試練は即刻受けさせる。死ねばまた、次の子を儲ける。生き残る雄が出てくるまで、一連の儀式は繰り返される。これが一族の子育てと知れ!!」
「なんと、残酷な……」
夫が、ククヴァヤ爺に神谷の元へ案内させようとしている……。
それはダメ。太陽を失えば、月が輝けなくなる。止めなきゃならない。それだけは、なんとしても。
「かくなる上は、再び黒玉の力で……。やあ!」
「おっと。悪戯が過ぎるぞ、ジュピター」
ドン!
「ぐふっ!」
ドサッ。
あなたの膝蹴り。激しいスパークが効いていて、もう動けない。ああん、あたし、もうイキマス……。
「幼少期から、父は天下無双の覇王だと聞かされ続けていたが……。まさか女に手を上げるDV野郎だったとはな……。がるう……」
「グロロ……。ウラの娘……。名を、ムーンと言ったか……。グロロ……掟による運命の歯車は、すでに回っている。お前は、下がってなさい」
「パパを殺す気ね? そんなこと、あたしが許さないわ。白虎コントン」
「なんだワリャ……。ん? ヒクヒク……。この匂いは、グロロ、朱雀か……?」
イダニコは、コントン様が唯一落とせなかった北の森。まずい。あの小娘、殺されるぞ。
ドゴォ!
「くはっ?!」
鈍い音を立てる殴打が、モモカの自由を奪う。痙攣する体に驚愕しているようだが、無理もない。籟竜と呼ばれる電流が、体の内外を縛っているのだから。
「ゲタゲタ。この一撃は、世話になった先代への、挨拶代わりだ。そして、これが、新女王への挨拶だ。驚濤震雷」
ズバアッ!
無抵抗となった相手にも容赦はしない。モモカの胴は両断された。
「パ……パ……」
「モモカ!」
ドサッ。
二つに離れたモモカの体を、ムーンが抱き留め、何とか繋ぎとめようとしている。
「がるうっ。しっかりしろ! モモカ!」
無駄だよムーン。コントン様の爪は、雷に打たれるようなもの。傷口は瞬時に炭化され、残った肉体も高熱で蝕まれてしまう。
「ふん、一撃でこのザマとは。新女王は腑抜けだったか……。まあいい。これでイダニコも、ウラの支配下とする」
そう言うと、コントン様は、ククヴァヤ爺を連れ、飛び去った。
◆◆◆◆◇◇◇◇
十分後。
「やっとくっついた。これでどうだ!? モモカ! ダメか!? ……ん? 弾けそうなほど豊満だった胸が、ぺしゃんこだ……。これはひょっとして!?」
ムーンがモモカに口を付け、ぷうっと息を吹き込めば、二つの風船がぽんっと膨らんだ。どうやら中身は空っぽらしい。
「ぷはっ! はーっ、はーっ!」
そして冗談みたいにモモカが息を吹き返した。そういやケッツァコアトルってのは、不死身の変態一族ってことを忘れてたわ。
「おい大丈夫か!? ギリギリ、義理の娘!」
「ちぃっ……。お前が私を助けることは当然のことなんだ、阿婆擦れムーン」
「がるう!?」
「なんせあんたは、ギリギリ、義理のママ。なんだから」
「わおん。上等だ」
そうして二人は、互いの腕を合わせると、競い合うように、この場を去って行った。