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脳筋だもん  作者: 妖狐♂
167/169

#163 負け犬 ムーンシナリオ(7/8)

 ベアード視点


 俺は、生まれた時から、将軍だった。俺の宿主は、中身空っぽのピーマン頭だったが、その強さは本物。相対する敵は鎧袖一触、ならぬ鬚髯一触の強さを誇る。

 一兵卒から出世していくなかで、ふんぞり返っていたクズどもが、みんなペコペコ頭を下げていく。まったくいい気分だ。まあ、大抵うわべだけの、おべんちゃらだったがな。そう。俺は、バラダー・フルリオ……の、顎髭だ。


 そんな俺の前に、女神が降臨した。

 飛鏡が如き、透明感と輝きを放つ、艶やかな毛並み。シルクが如きプリズム光沢を放つフィラメントは、一切の攻撃を寄せ付けぬキューティクルによって、護られていた。

 そのスペックは、油分に塗れ、俺の曲がりくねった、陰毛が如き我がもじゃもじゃと、何もかもが違う。

 それだけではない。宿主も相当だ。不死身無双の宿主をも恐れぬ面罵が、俺の脳裏に刻まれる。

 まさに本能剥き出し。なんと純真で熱い女か。まるで猛炬のように、俺の毛根から毛先に向かって震える。

 ああ。どうにかしてこの娘と、毛と毛の交際を持ちたい。


『緊急指令! 緊急指令! この娘を我がものとせよ!!』


 毛根からピーマン頭へ、ムーンを娶るよう訴えたが、伝わることはなかった。そして出会いから間もなく、俺は殺戮マシーンMKPに殺された。


 少年の、血と涙に抱かれ、埋葬される中、俺は祈った。


『もしも輪廻があるのなら、来世では、あの胸を覆う体毛として、生まれたい』


『あはは~。今を生きるムーンの毛に生まれ変わるのは、さすがに無理だよ髭さん。だから、今を生きようね』


 気が付けば、俺の目の前に、一人の少年が立っていた。神谷雄一だ。そんな彼は、奇跡を起こす。土中の無機物、有機物に働きかけ、俺の体を形成していったのだ。

 あっと言う間の転生劇。俺は新たな体を手に入れ、墓から蘇った。前世の記憶を持ったまま、生まれ変わったのだ。

 しかも「毛」としてではなく、人型の漆黒狼として。


『グルル、雄一様。あんたは俺に命を宿らせてくれた。この恩は一生わすれねえ。どうか、名付け親になってくれ』


『え? 名前? 髭さん。じゃ、だめ?』


『それは前世の字名。どうか、新しい名を……』


『ん~、じゃあねぇ。鬚髯ベアード。で、どう?』


『グルル。シュゼン・ベアードか……。うむ、気に入った』


『鬚髯は、ひげ。ベアードも、ひげって意味だよ? 前世が髭さんのあなたに、ぴったりでしょ?』


『グルゥ!! 俺は、この魂に鬚髯ベアードと刻み、忠義に生きる! 神谷雄一様、何なりと、御命令を!』


『あはは~。そう? じゃあ~。遠慮なく命令するよ?』


『なんなりとっ!!』


『鬚髯ベアード。自分の今を懸命に生きよ』


『そっ、それは、自由ってことか? 本当にいいのか?』


『あはは~、もちろん。ベアードさんの人生だもん』


『グルゥ! あんたはなんていい人だ。ならば早速、彼女ムーンの元へ急ごう』


 自由を謳歌するため森を抜けようとした。しかし、そんな俺の目の前に、朱雀が立ちはだかった。それは、超絶グラマラスなボディを持つ新種の朱雀。名をモモカと言った。

 馴れ馴れしく触ってきたので、飛び掛かるも、こてんぱんにされ、踏みつけられた。


「ぐへぇっ!! ……グルル……。つ、強過ぎる……」


「フフフ。急速にパパ・パンデミックが広がる中で、お前は他のより、パパの匂いが強いけど……。所詮、混ぜモノね」


「グルルルル……、化け物め、グハァ!?」


「口には気を付けなさい。バラバラにするわよ? ……ん? なに、あんた、ド淫乱ムーンのことが好きなの?」


「グルルッ。彼女ムーンは俺の、前世からの悲願……。生まれる前から、好きだった……」


「混ぜモノの癖に言うじゃない。……フフフ。前世から、ひと月にも満たないくせに」


「そうか……。殺されてからひと月も経っていたのか……。しかし、時の長さで……想いを、測るな」


「あら、それは同感。見どころあるじゃない。……そうだ、ベアード。妾と手を組まない? ……フフフ」


「グルルル、誰が、キサマなんかと……。死んでも断る」


「あらそう残念。それじゃぁ、言い方を変えるわ。……ねえベアード? ムーンと一緒になる、手伝いをしてあげようか」


「なに、ほんとか? お願いする。魂を売ってでもお願いする!」


「フフフ、じゃあついておいで。まずは心身ともに鍛え上げ、獣王国に認められるだけの、紳士にしてあげるから」


「がおがお」


 俺はモモカから教養を授けられ、合気道を仕込まれ、その後、獣王国へと送られた。

 彼女ムーンを娶るため……。

 しかし、彼女ムーンとの再会を果たした際、俺は彼女ムーンの気持ちを知ることになる。

 彼女の想い人は……神谷雄一。

 命の恩人を交えて、恋の三角関係。迷昧する俺に、雄一様は『アドバイスするから、がんばって』と、背中を押してくれた。


『ムーンはね、思ったことを口にして、後先考えずに行動するの。でもそれは、本当の自分を隠すためにわざとしてるんだよ? 本当は、誰よりも、寂しん坊で、臆病なの』


 雄一様は、彼女ムーンの深層心理や、過去に受けたトラウマまで知っていた。およそ、本人すら気付いていないことさえも……。

 彼女ムーンとの交流が深まるにつれ、募る想い。それと同時に気付かされる、望まぬ現実。


『男の人に、たくさん怖い思いをしたけど、大丈夫。時間を掛けて、優しさで包むことができれば、きっとムーンは受け入れてくれるよ。あはは~』


 ここまで言われれば、確信せざるを得ない。彼女ムーンを幸せにできる相手は、雄一様以外にいない――。


『雄一様。俺は、彼女ムーンへの愛が深まるほど、思い知らされるのです。彼女ムーンを幸せにできるのは、あなた以外にいない……、と。そして、彼女ムーンを愛しているからこそ思うのです。俺は、彼女ムーンから身を引くべきだと……』


『……。ん~ん。ムーンを幸せにできるのは、ぼくじゃない。ベアードさんだよ?』


『何をバカな。何故。何故雄一様は、彼女ムーンの襟情を拒まれるのです……』


『あはは~、拒んでなんかないよ。ぼくだってムーンのこと大好きだもん。それこそ、ベアードさんにも負けないくらいにね? でも、ぼくは、それと同じくらいベアードさんのことも好きなんだもん』


『!!?……』


『それに……』


『それに?』


『それにぼくじゃ、ムーンの願いを、叶えてあげられない、から……。ぼくは、大人になれない子ども、だから……。だからベアードさん、ぼくの代わりに、ムーンを幸せにしたげて。ね?』


『できるだろうか。俺に』


『あはは~。できるよ。ベアードさんになら。だってあなたは、大人だもん』


 ◇◇◇◇◆◆◆◆


「グルルルル……。ムーンの望む、理想の紳士になり、あと一歩のところだったのに……結局フラれた」


「がるっ、勘違いするなハゲラー。私があんたに惹かれたのは、紳士だったからではない。あんたの内々に、雄一様がおられたことを、本能が嗅ぎ取っていたからだ。だからあんたを、伴侶にするなど、永久にないと知れ」


「ぅぅぅっ……」


「しかし、絶対の忠誠を誓うなら、私の傍にいることを許す」


「グルゥ……。本当ですか?」


「わぅ。奴隷としてだがな」


「ぇ……」


「これを、私の傲慢と捉えるか、愛と捉えるかは、お前次第だ!」


 夫候補から転落した先は、友人、知人にも劣る、奴隷の身分……? 俺の耽恋たんれんを悉く踏みにじりやがって……。しかし、俺は……。それでも俺は……、貴女のことを……。


「ぐるる。たとえ奴隷としても……。私はそれをムーン様の愛と捉え、永遠の忠誠を誓います」


「よし、では腹を見せろ」


 言われるがまま、俺が仰向けになると、ムーンは両手で腹をさする。

 本来は、主従を決める屈辱的儀式だが、白魚のような手が、毛中を這えば、感じたことの無い快感が俺を襲う。


「ぐろろろっ、ウソだろぉ! 尻尾が……。尻尾がっ……。とめられにゃいっ!!」


 彼女の手首を飾る細毛が、俺の剛毛と触れ合う。

 死して尚、忘れ難き本懐。その触感は、予想外のしなやかさ。予想以上の繊細さ。

 なんと素晴らしいムーンだ。一本。ただの一本でいい。そのムーンを、俺のモノにしたい。

 激しい恍惚感に耐え、彼女ムーンとのフェルト化を狙うが、キメの細かい、引き締まった※スケールに、付け入る隙はない。

(※スケールとは、動物繊維の表面を覆う鱗状のたんぱく質。スケールはダメージを受けると開き、スケール同士が絡み合う)


「しかし……ダメだ。キューティクルコーティングが……、半端にゃい!!」


 ドコォ!


「ぐふぉっ!? 顔面グゥパンチ?」


「奴隷如きが、尻尾どころか……、どこをおっ立ててやがる!!」


 ベッコォ!


「へげぇっ!! 更に、鳩尾に肘鉄落とし!!」


 この苛烈なアメとムチ。嗚呼、思い出した。コレだ。俺が彼女ムーンに求めていた真実ものは、コレだったんだ。


 プツン……。ひら、ひら。


 その時、手首から一本の女神ムーンが舞い降りた。キューティクルはそのままに、俺の毛と混ざり合う。


「まさか、抜け毛……?」


「違うっ!」


 カキ―ン!


「ぶほぉっ!! 更に金蹴り! アリガトオゴザイマス!」


「……聞けベアード……。雄一様から聞いた……。元来野蛮なあんたが、無理して紳士を演じていたのは、私のトラウマを克服する狙いが、根底にあったのだと……」


「え……?」


「お陰で、私の男性恐怖症は、消えた。……その毛は、その礼だ」


「ムーン……様」


「さあ、ベアード。偽り紳士の仮面は剥ぎ棄て、これからは粗野で下品な奴隷として、その人生を謳歌せよ!」


「がお……。はい! ……くうぅぅっ……。……がお! がお! 有り難き、幸せ! ムーン姫様!!」


「ふっ……。女王様と、お呼び!!」


「がお! 女王様! 踏んでください!」


「このド変態がっ、死にさらせ!」


 ドコドコォッ!


「アヒィ!! ご褒美アリガトオ、ゴザイマース!」


 前世からの悲願が、叶い、これほどの情愛を受け、忠誠など誓えるわけがない。俺が誓うは、服従。そう、絶対服従だあぁっ!!


「わおん。これにて一件落着!!」


「まてまてーっ。まだ落着してなーいっ!」


「なんだモモカ……。まだ、いたのか。て言うか、お前、随分と育ったな。……特にこう、胸の辺りが……」


「犬同士くっついてりゃいいものを。パパが許しても、妾がお前を許さない」


「モモカこそ、ゼロ歳二カ月のくせに、此度の卑劣極まりない権譎。どう言うつもりだ」


「卑劣はお前だ、ムーン! こうなったら、お前には死んでもらう!」


 モモカが、鷹視を女王様に向け、飛び掛かった。


「この鬚髯ベアード、この身を盾に変えて、女王様をお守りします!!」


 ゲシシッ!


「アヒィ!! にゃっ、にゃぜっ!!?」


 女王様は、俺を足蹴にし、冷笑を浮かべてモモカと対峙した。


「奴隷如きが主人の前に立つな。ハゲード」


「その理不尽、素敵過ぎます!」


 二人の女王様は、両腕を掴み合い力比べの様相だ。その下で、引き続きぐりぐりと踏み付けらているが、これは俺へのご褒美だ。


「よくもパパを、穢してくれたな」


「がおっ。私が雄一様を穢す? 我が身より大切なお方に、誰がそんな真似をするか」


「怒り狂ったママから聞いた。パパが無抵抗なのをいいことに、全身を舐め腐りやがったこと、忘れたなどと、言わさぬぞ」


「全身を舐めるなど、そんな下劣な真似……。ああ、青龍から受けた傷の……、治療か……?」


「治療だと?! あんな卑猥な行為が、治療と言えるかっ!」


「うむ。雄一様と結ばれた今、お前はある意味、ギリギリ義理の娘に当たる子。嘘は言えないな。よし、正直に言おう。モモカ、あん時はママ、チョー興奮したぞっ」


「コロス!!」


 ゴゴゴゴゴ……。


 マグニチュード八・三。両者のぶつかる力が地を震撼させ、教会を破壊し始めている。

 それにしても、それは訴えられても、仕方がない蛮行だ。誰だって、自分の父親が、よその女に愛撫されるのは我慢し難い屈辱だ。モモカの、「父」を慕う気持ちが、憎悪の念へと変わったのも頷ける。俺は、二人の女王様の足の下で、そう解釈していた。

 しかしそれは、大きな間違いだった。


「なんだと?! モモカも雄一様の、花嫁になるだと?」


「そうだ。妾は、パパの子を産む。つまりお前は、憎っくき恋敵だ。ベアードとくっつかないなら、ここで死ね、犬っコロ」


 パキュン!


「おっとあぶない! 目からビームを出すとは……。しかし、契約の契りができるようになるまでには、五年以上かかると聞いてたが……?」


「大丈夫。見ての通り、私は早熟なのだ。まぁ、パパと結ばれるために、そうなるよう自分で肉体改造したんだが……」


「無茶苦茶だな。さすがは変態ロリババアの遺伝子を継ぐだけのことはある。……しかし、それでは、数千年を生きる、お前の寿命が縮まらないか?」


「大丈夫。妾は、乾ききった千年より、潤いに満ちた百年を選ぶ」


「お前のママは、許しているのか?」


「猛反対しているが、関係ない。勘当上等でパパと繋がる」


「ママは正しいぞ? だって、近親相姦になるだろ」


「大丈夫。愛を混ぜ合うだけだから。血は関係ない」


「この、変態!」


「あんたにだけは、言われたくないわ。このド変態!」


 どうやら、幼い少女の口にする「おっきくなったら、パパと結婚する~」ではなさそうだ。

 この場は完全に、変態アブノーマルらによって支配された。

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