#162 月と太陽 ムーンシナリオ6/6
ムーン精神世界
『もうっ! キライって言ってるのに、なんでついてくるのよ。あっち行け、雄一!』
『だって、みっけされたから……。もう、消えることは、できないんだよ?』
『ガルル、求めれば逃げるくせに。離れれば近づく。鬱陶しいったら、ありゃしないわ』
『あはは~、この微妙な距離感。まるで家族みたいだね』
『どこがよっ!』
『ぼくも、ベアードさんも、ムーンのお母ちゃんも、みーんな同じ』
『何がよ』
『誰もがみんな、ムーンの幸せを願ってる』
『??……』
『みんな、ぼくと同じ気持ち。だから、ぼくは、それで、幸せ……』
『雄一……。あんたってば、まさか……』
◆◆◆◆◇◇◇◇
教会内 ジュピター視点
娘ムーンの目に、再び光が戻った。これまでとは違うその目には、明確な意思が感じられる。
「……ベアード。あなたの望みを、もう一度聞かせて」
「君からの愛。そして、君との間に生まれる子。それ以外、俺は何も望まないよ」
「そう。……その言葉、信じるわ……」
キィーン……。
ムーンの右手に収まった指輪が、まるで役目を終えたと言わんばかりに、音を立てて砕け散った。
「やった! でかしたぞ、ベアード。さあ、種付けしろ!! それで私は子育てから解放される!」
「勝ったぞ神谷! 約束通り、ムーンは俺が貰う!」
「アッ、待ちなさい新郎。誓いのキッスも済まさず、神聖なるムウ様の御前で……、アーッ」
ドシンッ!
いいねぇベアード。神父の前でムーンに抱きつき押し倒す。なかなか乙なもんじゃないか。
体を入れ替えられ、逆に投げ飛ばされさえしなければ……。って、どう言うことっ?
ビュン……ドシン! ビュン……ドシン!
何度起き上がっても、結果は同じ。ムーンはまるで闘牛士。飛び掛かるベアードを、右へ左へ、躱しては倒している。しっ、痺れねぇ~っっ!!
「合気道返し技、二教空心……。これであなたからは卒業ね? ベアード」
「ムーン……。どうして……」
「わおん。私は今、雄一様への、可愛さ余って憎さ百倍からの、愛しさ万倍。合計、百万倍の愛に、溺れている」
「い……意味が分かりません」
「お前も雄一様の欠片だろうに分らぬか。ならば、いいものを見せてやろう」
「それはステータスカードの裏面……? うっ、神谷・ムーン・カオス……。そ、そんな……」
「その様子。察しがついたようだな。ハゲラー」
「ハゲラー? ぁぅ!!……。うううっ、くぅぅぅっ」
ハゲラーと呼ばれたベアードが、火にくべれられたナイロン袋の様に枯蹙する。
「せっかく呪いは解けたのだ。諦めるな種馬ベアード。私が拘束してやるから」
がばっ!
「よおし、抑えたぞ! さぁ、起きろベアード。誠の愛は肉体関係を結んでから育つもの。力づくで上等なのさ……うぇっ?」
純白のウエディングドレスが、まるで霞のように実態を失う。
「この動き……、捉えきれん?! うわぁっ、ムーーーン?!」
「三教瞑座、回転投げ」
ぶぅん! ドン!
まさか、この私が、こうも簡単にひっくり返されるとは……。
衣装を正し、堂々と私を見下ろすムーンが、その口をゆっくりと開いた。
「母上は私に、子を産ませたかった。ベアードは私に、子を孕ませたかった。私は雄一様の、子を産みたかった。この共通点は、子作りだが、雄一様は、まだ十歳の少年。蚊帳の外だ」
「ムーン、テメーなにが言いたい……」
「分らないか。万物を愛する雄一様は、私だけでなく、母上とベアードの幸せまでも願ったのだ」
仰向けになって眺める娘の姿は、大空に輝く皓月のよう。私の目に、とても大きく、雄大に映る。
その清明に輝く光源は、一体どころから……?
「……あたしの幸せを、小僧が願った? 理解に苦しむ話だね」
「母上。みなまで理解してほしいとは言わないが、ベアードの正体も含め、私と雄一様の間で何が起きたか、劇場型で教えてやる」
「げ……、劇場型?」
◆◆◆◆◇◇◇◇
『みんなの幸せのために、ぼくは自分を犠牲にしてる? あはは~、少し、違うよ?』
『がおっ、少し? だったらおおむね合ってる。それで十分よ。それに引き換え、あんたの考えは、おおむね間違ってるんだ。この脳筋石頭!』
『え?』
『想いが叶えば、幸せになるってわけじゃない。叶えたい想いを受け止め、求めることが、幸せなんだ』
『……。あはは~、ムーンってば。何を言ってるのか、分かんないよ?』
『がおっ、分からないはずなんてない。だって、これは、ずっとあんたが、やっていることでしょ? 誰かの幸せばかりを願って、誰かのために、自分を傷つけて……』
『だってぼく。みんなが大好きで、みんなを助けたいんだもん……』
『そんなこと、嫌と言うほど知ってるわよ。そんなあんたを、私は好きになったんだから。そんなあんただから、あんたが大人になるのを、待ち望んだのだから……』
『ムーン……』
『でも、今のあんたは、誰かの幸せを願う余りに、自分を見失ってる』
『自分を見失う? だって、自分のことは、自分じゃ見えないから……』
『バカ! あんたは自分が見えていないんじゃない。自分を見ようとしていないだけだ』
『……』
『どうしてあんたは、自分自身を愛さないのよ! 願ってよ! 自分自身の幸せを』
『願おうにも、応えようにも……。ぼくには、やっぱりムーンを幸せにする力が……ないから……』
『がるぅ、やっぱりそうかっ。いいか、雄一! 私が待つと言ったら待つんだ。それが十年先でも、百年先でも』
『……もし、永遠に、来なくても?……。ムーンは、それでもぼくが大人になるのを、待ってて、くれるの?』
『待つ!』
『ムーン……。……ムー……。あはは~。やっぱり、そんなのダメだよ。だって、ぼくは……』
『まだ分からないかっ! 雄一のバカ! 愛は、いつでも綺麗なモノか? 違うだろ、愛は一方的なエゴだろ! 元来愛は、醜くて、狡くて、卑怯で、汚いものなんだ! でも、だからこそ、理解し合い、一つになった時、愛は美しく輝くんじゃないかっ!!』
『愛は、理解し合った時? 一つになった時? 輝く?』
『そうだ! それが私の見つけた愛の形だ! まいったか!!』
『……。えっく、……うえっく』
『がるる? なんだ、また泣きべそか。もう泣かないと、自分で立てた誓いも忘れたかっ!!』
『うえっく……。うえっく……だって、心が満たされたんだもん……たくさん溢れて、止められないよ……。ぅぇぇぇ……』
『ふんっ。情けない声を出しやがって。なんて女々しい男だ。心底愛想が尽きたわ』
『ぅぇぇ……ぅぇぇ……ムーン? ムーン? ぅぇぇぇぇっ』
『なんだっ! 寄るなっ、うっとおしい! 言いたいことがあるなら、涙をこぼさずハッキリ言え!』
『見えるよ? ムーン。ぼく、見えるよ?』
『見えるだぁ? そんなぐしゃぐしゃに崩れた面で、何が見えるって言うんだ!』
『ぼく。だよ……。ぼく自身の姿だよ……』
『?!!』
『ハッキリと見える。……ムーンありがとう。本当のぼくを見つけてくれて、ありがとう……』
『ゆう……いち?』
『……ぼく……。言ってもいいのかなぁ……。わがまま言って、いいのかなぁ……。うええ~っ』
『ゆう……ぅぅぅっ……。んっん。当たり前だ。雄一! 思うがまま、自分の幸せを叫べ! 自分の幸せの責任を、他人に押し付けたりするのは、もうやめろーっ!』
『大好きだよ! ムーン! うわぁ~ん!』
『雄一様!』
ムーンの胸に、ムーンが飛び込み、一つの塊になった。それはまるで、夜空に君臨する満月のように。
しかし私は一体、何を見せられているのか。
ムーンによる影分身を駆使した「愛の劇場」は、こうして終わった。
「ラストの、わんわんと泣きじゃくる、ハスキー雄一様を包み込んだ時のシーン。その愛らしさは、とても表現しきれなかったけど、話は、だいたいこんなものよ。分かった? 母上」
顎を上げ、得意げに威張っているが、何のことやらサッパリだ。
説明の中、最後までベアードが出てこなかったし、ラストシーンに至っては、高等技術の無駄遣いにしか見えなかった。
だが、月に光を当てる太陽が、誰なのかは、よ~っく分かった。
「どうした母上? 両手で顔を覆って震えたりして」
「痺れてんだよムーン……。要するにテメーは、永遠に欠けることのない、皓月になったんだね」
「欠けない月? 母上、それは違う。私は、彼に応じて、これからも変わり続けるんだ。それが私の見つけた私だ」
「……まさに月か。ふぉぉっ。見事だ、ムーン。まさか、テメー。子を持たずして、一人前の大人になるとは……」
「うっ! 母上から、強いフェロモンが……。まさか母上に、発情期が?」
「結婚おめでとう、ムーン。そして、ありがとう。私にも再び、青春が訪れた……」
これで、やっと動き出す。黒玉で封じた、あなたとの時間が。