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脳筋だもん  作者: 妖狐♂
166/169

#162 月と太陽 ムーンシナリオ6/6

 ムーン精神世界


『もうっ! キライって言ってるのに、なんでついてくるのよ。あっち行け、雄一!』


『だって、みっけされたから……。もう、消えることは、できないんだよ?』


『ガルル、求めれば逃げるくせに。離れれば近づく。鬱陶しいったら、ありゃしないわ』


『あはは~、この微妙な距離感。まるで家族みたいだね』


『どこがよっ!』


『ぼくも、ベアードさんも、ムーンのお母ちゃんも、みーんな同じ』


『何がよ』


『誰もがみんな、ムーンの幸せを願ってる』


『??……』


『みんな、ぼくと同じ気持ち。だから、ぼくは、それで、幸せ……』


『雄一……。あんたってば、まさか……』


 ◆◆◆◆◇◇◇◇

 教会内 ジュピター視点


 娘ムーンの目に、再び光が戻った。これまでとは違うその目には、明確な意思が感じられる。


「……ベアード。あなたの望みを、もう一度聞かせて」


「君からの愛。そして、君との間に生まれる子。それ以外、俺は何も望まないよ」


「そう。……その言葉、信じるわ……」


 キィーン……。


 ムーンの右手に収まった指輪が、まるで役目を終えたと言わんばかりに、音を立てて砕け散った。


「やった! でかしたぞ、ベアード。さあ、種付けしろ!! それで私は子育てから解放される!」


「勝ったぞ神谷! 約束通り、ムーンは俺が貰う!」


「アッ、待ちなさい新郎。誓いのキッスも済まさず、神聖なるムウ様の御前で……、アーッ」


 ドシンッ!


 いいねぇベアード。神父の前でムーンに抱きつき押し倒す。なかなか乙なもんじゃないか。

 体を入れ替えられ、逆に投げ飛ばされさえしなければ……。って、どう言うことっ?


 ビュン……ドシン! ビュン……ドシン!


 何度起き上がっても、結果は同じ。ムーンはまるで闘牛士。飛び掛かるベアードを、右へ左へ、躱しては倒している。しっ、痺れねぇ~っっ!!


「合気道返し技、二教空心……。これであなたからは卒業ね? ベアード」


「ムーン……。どうして……」


「わおん。私は今、雄一様への、可愛さ余って憎さ百倍からの、愛しさ万倍。合計、百万倍の愛に、溺れている」


「い……意味が分かりません」


「お前も雄一様の欠片だろうに分らぬか。ならば、いいものを見せてやろう」


「それはステータスカードの裏面……? うっ、神谷・ムーン・カオス……。そ、そんな……」


「その様子。察しがついたようだな。ハゲラー」


「ハゲラー? ぁぅ!!……。うううっ、くぅぅぅっ」


 ハゲラーと呼ばれたベアードが、火にくべれられたナイロン袋の様に枯蹙する。


「せっかく呪いは解けたのだ。諦めるな種馬ベアード。私が拘束してやるから」


 がばっ!


「よおし、抑えたぞ! さぁ、起きろベアード。誠の愛は肉体関係を結んでから育つもの。力づくで上等なのさ……うぇっ?」


 純白のウエディングドレスが、まるで霞のように実態を失う。


「この動き……、捉えきれん?! うわぁっ、ムーーーン?!」


「三教瞑座、回転投げ」


 ぶぅん! ドン!


 まさか、この私が、こうも簡単にひっくり返されるとは……。

 衣装を正し、堂々と私を見下ろすムーンが、その口をゆっくりと開いた。


「母上は私に、子を産ませたかった。ベアードは私に、子を孕ませたかった。私は雄一様の、子を産みたかった。この共通点は、子作りだが、雄一様は、まだ十歳の少年。蚊帳の外だ」


「ムーン、テメーなにが言いたい……」


「分らないか。万物を愛する雄一様は、私だけでなく、母上とベアードの幸せまでも願ったのだ」


 仰向けになって眺める娘の姿は、大空に輝く皓月のよう。私の目に、とても大きく、雄大に映る。

 その清明に輝く光源は、一体どころから……?


「……あたしの幸せを、小僧が願った? 理解に苦しむ話だね」


「母上。みなまで理解してほしいとは言わないが、ベアードの正体も含め、私と雄一様の間で何が起きたか、劇場型で教えてやる」


「げ……、劇場型?」


 ◆◆◆◆◇◇◇◇


『みんなの幸せのために、ぼくは自分を犠牲にしてる? あはは~、少し、違うよ?』


『がおっ、少し? だったらおおむね合ってる。それで十分よ。それに引き換え、あんたの考えは、おおむね間違ってるんだ。この脳筋石頭!』


『え?』


『想いが叶えば、幸せになるってわけじゃない。叶えたい想いを受け止め、求めることが、幸せなんだ』


『……。あはは~、ムーンってば。何を言ってるのか、分かんないよ?』


『がおっ、分からないはずなんてない。だって、これは、ずっとあんたが、やっていることでしょ? 誰かの幸せばかりを願って、誰かのために、自分を傷つけて……』


『だってぼく。みんなが大好きで、みんなを助けたいんだもん……』


『そんなこと、嫌と言うほど知ってるわよ。そんなあんたを、私は好きになったんだから。そんなあんただから、あんたが大人になるのを、待ち望んだのだから……』


『ムーン……』


『でも、今のあんたは、誰かの幸せを願う余りに、自分を見失ってる』


『自分を見失う? だって、自分のことは、自分じゃ見えないから……』


『バカ! あんたは自分が見えていないんじゃない。自分を見ようとしていないだけだ』


『……』


『どうしてあんたは、自分自身を愛さないのよ! 願ってよ! 自分自身の幸せを』


『願おうにも、応えようにも……。ぼくには、やっぱりムーンを幸せにする力が……ないから……』


『がるぅ、やっぱりそうかっ。いいか、雄一! 私が待つと言ったら待つんだ。それが十年先でも、百年先でも』


『……もし、永遠に、来なくても?……。ムーンは、それでもぼくが大人になるのを、待ってて、くれるの?』


『待つ!』


『ムーン……。……ムー……。あはは~。やっぱり、そんなのダメだよ。だって、ぼくは……』


『まだ分からないかっ! 雄一のバカ! 愛は、いつでも綺麗なモノか? 違うだろ、愛は一方的なエゴだろ! 元来愛は、醜くて、狡くて、卑怯で、汚いものなんだ! でも、だからこそ、理解し合い、一つになった時、愛は美しく輝くんじゃないかっ!!』


『愛は、理解し合った時? 一つになった時? 輝く?』


『そうだ! それが私の見つけた愛の形だ! まいったか!!』


『……。えっく、……うえっく』


『がるる? なんだ、また泣きべそか。もう泣かないと、自分で立てた誓いも忘れたかっ!!』


『うえっく……。うえっく……だって、心が満たされたんだもん……たくさん溢れて、止められないよ……。ぅぇぇぇ……』


『ふんっ。情けない声を出しやがって。なんて女々しい男だ。心底愛想が尽きたわ』


『ぅぇぇ……ぅぇぇ……ムーン? ムーン? ぅぇぇぇぇっ』


『なんだっ! 寄るなっ、うっとおしい! 言いたいことがあるなら、涙をこぼさずハッキリ言え!』


『見えるよ? ムーン。ぼく、見えるよ?』


『見えるだぁ? そんなぐしゃぐしゃに崩れた面で、何が見えるって言うんだ!』


『ぼく。だよ……。ぼく自身の姿だよ……』


『?!!』


『ハッキリと見える。……ムーンありがとう。本当のぼくを見つけてくれて、ありがとう……』


『ゆう……いち?』


『……ぼく……。言ってもいいのかなぁ……。わがまま言って、いいのかなぁ……。うええ~っ』


『ゆう……ぅぅぅっ……。んっん。当たり前だ。雄一! 思うがまま、自分の幸せを叫べ! 自分の幸せの責任を、他人に押し付けたりするのは、もうやめろーっ!』


『大好きだよ! ムーン! うわぁ~ん!』


『雄一様!』


 ムーンの胸に、ムーンが飛び込み、一つの塊になった。それはまるで、夜空に君臨する満月のように。

 しかし私は一体、何を見せられているのか。

 ムーンによる影分身を駆使した「愛の劇場」は、こうして終わった。


「ラストの、わんわんと泣きじゃくる、ハスキー雄一様を包み込んだ時のシーン。その愛らしさは、とても表現しきれなかったけど、話は、だいたいこんなものよ。分かった? 母上」


 顎を上げ、得意げに威張っているが、何のことやらサッパリだ。

 説明の中、最後までベアードが出てこなかったし、ラストシーンに至っては、高等技術の無駄遣いにしか見えなかった。

 だが、ムーンに光を当てる太陽ひかりが、誰なのかは、よ~っく分かった。


「どうした母上? 両手で顔を覆って震えたりして」


「痺れてんだよムーン……。要するにテメーは、永遠に欠けることのない、皓月になったんだね」


「欠けない月? 母上、それは違う。私は、彼に応じて、これからも変わり続けるんだ。それが私の見つけた私だ」


「……まさに月か。ふぉぉっ。見事だ、ムーン。まさか、テメー。子を持たずして、一人前の大人になるとは……」


「うっ! 母上から、強いフェロモンが……。まさか母上に、発情期が?」


「結婚おめでとう、ムーン。そして、ありがとう。私にも再び、青春が訪れた……」


 これで、やっと動き出す。黒玉で封じた、あなたとの時間が。

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