#161 愛の攻防 ムーンシナリオ5/6
教会内 ジュピター視点
ベアードが、遂に娘のムーンを口説き落とした。その決め手は催眠術。おいおい。実質フラれてんじゃねえか、このブ男。
まぁ、呪いの指輪さえ外せりゃあ、こちとらどうでもいいが……。
それで今は、教会で結婚式を挙げてるところ。「ご覧になられて? 貴方。娘の晴れ姿は、なんと美しいのでしょう……」って、感涙するかボケ! 式なんざ、どーでもいいから、やることさっさとヤレってば。ベアーード!
しかし、間違えてはならない。これは、婚姻になぞらえた、解呪の儀式。極めて厳かに、緊張感を以て、執り行われなければならない……のだそうだ。
そう言うことなら仕方がない。しばしこの茶番に付き合おう。ねっ、あ・な・た。
「アッ、その時ムウ様は、仰いました。アッ、愛する者たち。アッ、余分なモノは捨て去り、アッ、足らない部分を、互いに埋めよ……と。ムーメン」
これまた、クセの強え~神父だなおい。説教なんざ省略しろよ。ど~考えても解呪とは関係ないんだから。
「アッ、では、この結婚に、異議の在る者は、今、申し出なさい。異議無きものは、その口を永久に閉じなさい。……ムーメン」
異議など言うものが、おるはずなかろう。いいから、す、す、め、ろ!
「異議あり―っ! その結婚。ちょっと待ったぁーっ」
「アーッとお! ちょっと待ったコールだぁっ。ムーメーーン!!」
なにぃっ! この茶番に、いらぬお約束を挟みけつかる者が現れただとっ? 八つ裂きにされたいド畜生は、いったい何処のどいつだいっ!
「ホーッホーッ、ちょっと待った、ちょっと待った、ちょっと待ったぁーっ」
それは、ククヴァヤ爺だった。
「教育係のジジイが、花嫁強奪を謀ろうとは……。粛清確定だ色ボケジジイ!」
「ホーッホーッ、ジュピター様、なりませぬ。この婚礼はイダニコ国の罠です」
「なんだと!?」
シュオオオ……。
爺の背後に、霧影が浮かび、やがて女が実体を現した。やれやれ爺。イダニコから尾行されていたね。
招かれざる客は、体を覆い尽くすほどの翼を、背中へと折り畳んだ。ドレス同様の鴉鬢が腰まで揺れ、雪面雪膚の肢体を優雅に伸ばす。それは、目も眩むような玉女。
コイツは……マサカ?
「フフフ。フクロ―じいさん、それはないだろう。ベアードは、こんなスベタには、勿体ない紳士だぞ」
「フォーッ、キサマいつの間に。ホーッホーッ、あっ掴まれたぁっ。うぶっ、豊満な胸に押し付けられ、息が……く、苦しい……」
ん? ククヴァヤ爺、テメー、今わざと捕まりに、行かなかったか。
「ウホーッ、お、お、お助けえ~っウホホホホ」
いい歳したじいさんが、小娘に抱かれて脇をくすぐられ、愉悦に浸った顔をしやがって……。このお約束に、さてはお前も一役買ったな? こうなると、尾行ではなく、案内付きで招き入れたと見える。
「知らぬ顔だが、一目で分かる。テメー、イダニコの、新女王だな」
「如何にも、妾が十四代目朱雀。モモカ・ケッツァコアトルだ」
「やはり、妖怪ロリババアの後継者か。痺れるねぇ~」
くっ、しかし。女の私でも惚れてしまいそうな、凄まじい色気。あのちんちくりんから生れ出たとは思えん程だ。そしてあの目。コイツの持つ、吸い込まれそうな眸睛は、ロリババアのものではない。
……これは、父親譲りか……?
「あらジュピター。フフフ……。褒めてくれて、ありがと」
「なっ。テメー心が、読めるのか」
「そうね。コレも、パパ譲り……かな? でも安心して。パパのように、全てが見える、わけじゃないから……。フフ、フフフフ……」
「鬼胎朱雀が就任早々、派手に痺れさせてくれるじゃないか。さぁ、掛かってきな!」
「あらやだフフフ、何を勘違いしているの? 妾はただ、ベアードとムーン、二人の門出を、祝いに来ただけ……。ホント、それだけなんだから」
「フン。国盗り目的で、ベアードを近づけたくせに。白々しいにも程があるぞっ!」
「国盗り? フフフ、妾が狙うは、そんなショッボイものではない。妾が求めるは、鏡界に映りし禁断の果実」
「ありもしない望みで話をすり替えるか。見え透いた贅弁甚だしいわ」
「あらあら、噂以上にへそ曲がりの分からず屋ね。あなたもまた、妾と同じ。彷徨える愛を追い求める、惨めな者同士なのに。ねっ……フフフ」
「鏡界の果実……。彷徨える愛……。まさか、キサマの目的とは……」
「フフフ……。そう。その、まさか。よ」
◆◆◆◆◇◇◇◇
図々しくも、モモカ・ケッツァコアトルが新郎側の席に座り、再び神父が式を進める。
だが、奴の目的がもし、私の憶測通りなら、むしろ好都合。しばらく様子を見させてもらうぞ。
「アッ、それでは聖なる宣誓を……。新郎、鬚髯ベアードはアッ、病める時も、健やかなる時もアッ。ムウ様と共に、新婦ムーン・カオスを、愛し続けるとアッ、誓いますかムーメン?」
「誓う。我が身が滅んでも尚。ムーンに永遠の愛を捧げる」
「よろしい……。ではアッ、新婦、ムーン・カオス。貧しき時も、富める時も、新郎、鬚髯ベアードを愛し続けることをアッ、誓いますかムーメン?」
「……」
「アッ、新婦ムーン? 誓いますか? ム~メン?」
「……」
どうした、ムーン。なぜ誓わぬ。まさか、催眠術が解けたのか。
◆◆◆◆◇◇◇◇
ムーン精神世界 ムーン視点
『わお~ん。雄一様~っ。むぎゅ、むぎゅ、むぎゅ~っ』
『あはは~。くすぐったいよおムーン。よしよし』
『わおん。聞いてください雄一様。私、決めたんです。太陽であるあなたの傍に、私は寄り添い続ける。って。ね? いいでしょ?』
『あはは~、そうなんだぁ。でもぉ、ベアードさんは? ベアードさんは、どうするの?』
『がう、ベアード? あいつは、私を騙す最低男だったのよ。もう、好きでもなんでもないわ』
『ベアードさんは、ムーンを騙してないよ? ていうか、ベアードさんの気持ちも、ぼくの気持ちも、同じなんだよ?』
『わう……?』
『あれ? ひょっとして、どう言うことか……、分からない?』
『がお、ぜんっぜん、わかんない!』
詐欺師ベアードと、最カワ雄一様が同じ? んなわけないでしょ。私の体を、催眠術で操る男だよ? 紳士とばかり思ってたのに。そんなの、絶対に許せない裏切り行為だよ。
だいたい、ラブリー雄一様が、そんな卑劣行為を……。
『あっ!』
『あははー。分かった?』
『わおん、ひょっとして、雄一様も、催眠術で、私を、思うがままに操りたいとか……。つああ。なるほど……。想像してみたら……。なんだろう。イヤじゃない……むしろ興奮に似た感覚を覚える……。これが、真実の愛?』
『ぶっぶーっ。違うよ?』
『きーっ! これじゃ、私が、恥ずかしい性癖を、露呈したみたいじゃないっ!』
◆◆◆◆◇◇◇◇
教会内 ジュピター視点
「誓……い……マス」
「ほーっ。ムーンのやつめ、やっと誓ったか。ん?」
「まさか……。パパってば、この期に及んで……?」
どう言う訳か、さっきまで余裕ぶっこいていた、モモカが、険しい表情になった。
「アッ、無事に、ムウ様の前でアッ、神聖な婚姻の契約を、しましたムーメン」
「……」
「アッ、それでは。肉体の、余分なものを、交換します。アッ、新婦ムーン・カオスは、左手薬指に光る、その指輪を捨て去り、新郎鬚髯ベアードは、唇を与えなさい」
よし。いよいよ解呪の儀だ。その忌々しい指輪を外せ、ムーン。
「……」
ええいくそっ、まただ。またムーンのやつ、固まりやがった。随分涼し気な表情を見せているが、本当に、大丈夫なんだろうな。ベア――ド?
◆◆◆◆◇◇◇◇
ムーン精神世界
『がるぅ、だから、それって、雄一様は、私を愛してないってことでしょ?』
『ちがうよ? ムーンが、ベアードさんと結婚しても、ぼくは、ムーンを守り続けるよ? 約束げんまん』
『違う、違う!! 私はそんなこと望んでいない。雄一様と、ただ真実の愛を育みたいだけ』
『愛? ベアードさんは、ムーンだけを誰よりも愛してるよ? でも、ぼくは、みんなを、みんな、み~んな愛してるの』
『がるるっ、やめてよ雄一様!! あなたをみんなが愛しても、あなたがみんなを愛しても、私は構わない。だからお願い、ベアードとくっつけるようなことだけは、言わないでよ!』
『それは嘘だよ』
『私が言ってるんだ。嘘な訳ないでしょっ!』
『だって……。だってムーンが、どれだけぼくを愛してくれようと、ぼくは、ムーンの期待には、応えられないんだよ?』
『えっ? それはどう言う意味なの? 雄一様?』
『……ぼくは。……ぼくは……。んっん……。いいかいムーン。ぼくはベアードさんと違って、ムーンのことを、特別扱いなんてできないもん。ぼくの君への愛は、そこ、ここで飛び跳ねる虫たちと、同じなんだから……』
『がおっ……。なんて酷いことをっ』
『……。事実だから、しかたない。……あれ? どうしたのムーン。震えたりなんかして』
『あろうことか、虫けら扱いされるとは……。ガルルルゥ……。可愛さ余って憎さ百倍!! お前なんかもう、師でも主でも、無論好きな人でも何でもない!! 雄一なんて……。大っ嫌いだあっ!!』
『ほらね。みんなを愛しても構わない~なんて、嘘だった。……あはは~』
『ガルル! うるさい! お前なんか、消えて無くなれー!!』
◆◆◆◆◇◇◇◇
教会内 ジュピター視点
むむむっ。ムーンの瞳孔に、光が戻った。まずい。やはり催眠術が解けているぞ。
……でも、なんだ? ムーンの様子がおかしい。
「ムーン……。雄一様を捨てるのが、怖いのかい?」
「ベアード……。怖い……。捨てるのも、捨てられるのも、怖い……。私、月だから……。日の光が届かない闇が……、ものすごく、怖い」
「大丈夫。俺がずっと傍にいて、君を守るから」
「……ベアード」
ベアードの染愛に満ちた微笑。それに潤んだ瞳を向けるムーン。なんだ、なんだ? 私の目の前で、何が起きている?
愛か? まさにこの時、この瞬間。愛が芽生えようとしているのか?
「だからムーン。俺を信じて、雄一様の、指輪を外して?」
「……うん」
ムーンが、呪いの指輪に手を掛けた。
キタッ。堕ちた! 難攻不落の頑愚が、遂に堕ちた! ままごとと思っていた、テメーの策に脱帽だぜ。よっ、色男ベア~ド!
「ちっ」
「む? どうしたモモカ。さっきから、憮然としているが。二人の門出を祝うんじゃなかったのか?」
「まだだ。ムーンはまだ、パパへの想いを断ち切れていない」
「なんだと? うっ、ムーンのやつ、指輪に手を掛けたまま、またフリーズしてやがる」