#156 籠の鍵 シゲルシナリオ5/6
◇リアンシ視点◇
ミカミの背後からサンシタが飛び掛かってきた。
サンシタは、あたしを狙ってナイフを振り下ろそうとしたが、魔女たちの一極集中魔法がサンシタを吹き飛ばしてくれた。
そしてすぐ、みんなの魔力はミカミをロックした。みんな、人が変わったね。
「さあミカミ。怪我をしたくなければそこをどけ。邪魔をするならあたしたちは、自由のために戦う!」
「自由? ……そうか。ふっふっふっ、なるほど自由か、面白い。いいか? お前たちの、その自由を奪っていた、あの魔法障壁は、俺が一人で張ったものだ。意味が、分かるかな?」
集まる魔力が大きく乱れた。ミカミの言葉に動揺が隠せないんだ。
「自由には、責任が伴う。俺に戦いを挑むのなら好きにしろ。それも自由だ。ただ、その責任は取ってもらう。一人でも歯向かえば連帯責任だ。……皆殺しにしてやる」
やるなミカミ。連帯責任と言えば、みんなを率いているあたしが動けなくなることを知ってるんだ。見え見えだけど、効果的なブラフだよ。
「自由ってのはな、力のない者には無慈悲なのだ。それにお前らは何か勘違いをしている。奴隷と、聞こえこそ悪いが、ようは支配者に選ばれるんだぜ? 皆がうらやむ豪邸に住み、雅なドレスで着飾り、温かい食事を摂る。つまり、束縛の対価に、ご主人様からの庇護が与えられるのさ。不細工な烏頭を除く、別嬪たちには……な」
くっ。自由と束縛を引き合いに、生と死を天秤に掛けやがった。嘘でも、こんな言い回しをされれば、みんなの心が揺らいでしまうだろう……。
「さて、ここで提案だ。このまま大人しく地下牢へ戻るなら、この脱獄劇を見逃してやる……。無論、首謀者である烏頭も咎めやしない」
「ぐっ……ミカミ……」
「オラァッ!! 勝手気ままな雌猫ども! さっさと牢へ戻らんかあっ!」
救いの道を提示してからの恫喝に皆の肩が竦み上がる。ミカミはまるで、逃げる羊の群れを見事に誘導する牧羊犬のようだ。
……まいった。チェックメイトだ。
「みんな。悔しいけれど、ここまでのようね……」
「なぁにリアンシ。自由を、諦めるの? だったら一人だけで牢に戻ればいいわ」
「フェリエラー……?」
「そうよ、リアンシ。私たちは一致団結したんでしょ? それは、私たちでも戦えるってことでしょ? 自由のために」
「ペルテドル……」
「正直、今も震えるほど怖いわ。でも、私もう、無力と諦めて、泣いたりなんかしないよ。リアンシ」
「ルーザー……」
「皆殺し? 上等じゃない! やれるものなら、やればいい。自由には、それだけの価値がある。ねっ、そうでしょ? リアンシ」
「イティメノス……」
「みんなの覚悟と運命は一緒だよ? さあ、私たちを導いて? 自慢の親友、リアンシ」
「シャーパ……。ありがとう。みんな、みんな、ありがとう……」
「心が一つに、団結している……? まさか、こんな鳥女に、ここまでのカリスマがあるとは……」
予想外の展開に、あたしは動揺と同時に高揚した。同じく予想外のミカミは、焦燥と同時に馮怒している。
みんながくれたこの好機。どう活かせるか……。
「自由には責任が伴う……。そう口にしたな。ミカミ」
「き、きさま……」
「当然できているんだろうな。お前は」
「なんだと?」
「こうなった以上、あたしたちに残された道は、自由か死の、どちらかだ」
「うぐっ」
「どちらを選ぶにせよ、ミカミ。お前はその判断に、責任を持つ覚悟ができているのか?」
「うぐぐぅっ」
「スネイクの所へ連れていけ。お前の責任は、このあたしが取ってやる!!」
「まつ、まさか、ボスに直接交渉する気か」
「お前もここに、不良在庫の山を、築きたいわけではないだろう?」
「くっ……。くうううぅぅぅ……。わかった……。俺の負けだ好きにしろ」
よし。ミカミは攻略できた。
◇◇◇◇◆◆◆◆
スネイク団のボスは、ウシガエルのように、おぞましい顔をしていた。
その目は深海に浮かぶ魚眼の様に、無機質で冷たい。
(……イヤな予感がする……)
スネイクは、葉巻を咥え、球状の指先で器用にそろばんを弾きながら、ミカミの報告に耳を傾けている。
計算高い奴なら、条件次第ではどうにかなるかもしれない……。
(それなのに……、胸騒ぎは大きくなる……)
あたしはそもそも、交渉相手の性質を、根本的に、読み違えてはいないだろうか?
と……。スネイクがあたしと目を合わせ、ニタリと笑った。
「ゲロゲ~ロ……。汚染は、ひとケースで済んで良かった。だが、ミカミ。なぜ俺様の言いつけを守らなかった?」
「それはスネイク様……。うっサイコガン!? まずいっ、リアンシっ、逃げろーっ!」
パキュッ!
「!!?」
銃口すら確認できなかった。
ノーモーションでスネイクから放たれたサイコガンは、ミカミの胴を貫いた。
あたしは、吹き飛ぶミカミを慌てて抱き留めた。
「ミカミ! 大丈夫かっ?」
「リアンシ……。俺も……自由になりたかった……。この……組織から……解放されたかった……。頼む……俺も、連れて行ってくれ……。お前の進む……束縛の無い……世界へ……」
「ミカミ!」
ミカミは、そう言うと、あたしの腕の中でこと切れた。
「汚染は、感染する前に滅菌すべし。汚染に気付かなかったか……或いは、お前も既に、感染していたか……」
「ちょっと、ガマガエル! あんたなんで仲間を……?!」
パキュ。
「シャーパ!!」
どさり。
「ゲロゲ~ロ。ミカミも、お前らも、み~んな感染者だ」
「感染? 一体何を……?」
パキュッ!
「フェリエラ―!!」
どさり……。
パパパパパキュッ!
どさどさどさ……。
「ペルテドル! ルーザー! イティメノス!」
サイコガンで倒れた仲間たちは、即死なのだろう。ピクリとも動かない。
スネイクは、悲鳴はおろか、呻き声すら許さなかったのだ。
「ゲコ、ゲコ。滅菌完了だ……」
ちくしょう、ちくしょう、完全に見誤った……。スネイクは、反乱したあたしたちを「人」としては勿論、もはや「商品」としてすら見ていなかった。
あたしたちは言わば、病原菌に侵された家畜……。感染拡大を防ぐための、殺処分対象だったのだ。
「病原体の元凶。リアンシ・バゴクリスとは、お前だな」
「スネイク……確認も取らずに、あたしを残したのか」
「ゲココ。お前だけ、眼の輝きが違ったからな。哀れな羊の群れに、人を導く鳳が混ざってるようだったぜ」
「過ぎた評価をいただけて、光栄だわ。で、何してるの? さっさとあたしも、滅菌すれば?」
「ゲコココ。お前から、交渉を申し込んでおいて、それはないだろう」
「交渉? ふんっ。交渉は決裂した。あたしも、皆と同じ運命を選ぶ。寝ぼけてないで、さっさと殺せ!」
「その毅然とした態度。度胸。覚悟。じゅるり……。惚れたぜ。お前に死は許さん。お前は俺の、女になれ」
ガチン! ……ゴクリ……。
「なあに、別に断ってもらって結構だ。不撓不屈の魂を持つお前のことだ。縛り付けていても、十分楽しい夜となる。ゲコゲコ、ゲココココォ」
ゴクリ……ゴクリ……。
「ゲココ。さてはミカミ……。奴も、この女の才に惚れたか……。殺しておいて正解だぜ、生意気なクズが」
ゴクリ……ゴクリ……。
「ゲコ? さっきから何だ? この音は。おい女、うすら笑いを浮かべて、何を飲み込んでいる!?」
にやり……ゴクリ……。
「まさか!」
バシィッ!
びしゃあっ!
「ゲゲッ!」
惚れた女に平手打ちとは恐れ入る。……でも、もう遅い……。
あたしは……この鳥籠を離れ……あの弥天へと飛騰する……自由な……鳥……だ――。
「死んだか……。舌を噛み切り、器官を詰まらせて尚、それを悟らせぬとは……。さすが俺の見込んだ女……。いや……、バカな女よ……」
ひゅう……。ひゅうううぅぅ……。
「ゲコ? 密室で、風籟とは、瑰詭なり……」
「……ヒトーツ・ヒトノ・イキチヲ・チョーメ・チョメ……」
「だっ誰だ!」
「……フターツ・フラチナアクギョウ・チョーメ・チョメ……」
「う~む、曲者めっ、姿を見せろ!」
「……ミッツ・ミンナデ・チョーメ・チョメ……」
「そこかっ!」
パキュッ! ドカン!
「……ヨッツ・ヨナヨナ・チョーメ・チョメ……」
「ちょめちょめの、意味が分からんのに、ちょめちょめが……多すぎる!」
「……イツツ・イツデモ・チョーメ・チョメ……ムッツ……エット……アレ? ム?……ム……ム~……。ンッンッ! ミッツ・サン・ジョウ・シゲルサン……」
「六つめが思いつかず、三に戻った! 一体どう言うことだ!」
「ユカカラ・ゴメンツカマツル! マルヒオウギ・アナル・キング(肛門OH!)」
ズドン!
「うぎゃあー! 下半身が八方に割れたぁ!」
「ツミブカキ・ガマガエルヨ・コンゴハ・カマガエルトシテ・イキロ」
「けろろ~ん。何この鳴き声。イヤン、バカン!!」
「リアンシ・メヲサマセ……シハ・ジユウヘノ・トビラジャネエゾ?」
「ケロロ、あら、残念ねぇ。その女は、とっくに死んでるわよ」
「ククク・ナラバ・オレノ・フィンガーテクニックデ・テンゴクニ・オクッテ……イヤイヤ・テンゴクカラ・ヨビモドシテヤル」
「呼び戻す? ケロロロロ。このパンダ人形が、神にでもなったおつもり? あなた、相当のバカ~ンね」
「ピピピ……タダイマ・ハカイブイ・オヨビ・サイボウソシキヲ・ブンセキチュウ……カンリョウ……ヒキツヅキ・サイボウサイセイ・オヨビ・セイメイキノウ・サイコウチクチュウ……サン……ニイ……イチ……フィィィーヴァァァー!!!」
ぱちり。
「ケロロロ~ン! 死者が蘇った!!? これって、まさかまさかの神降臨?!」
「……。あれ? ……シゲル……さ、ま?」
「ククク・ヤア・リアンシ・サンズノカワハ・デカカッタカ?」
「三途の川? ああ、あたし、死んじゃったから……。ここは、地獄? それとも天国? ……でもシゲル様が一緒なら、どっちでもいい……かな?」
「……ククク・マダスコシ・コンランシテイルナ……オチツクマデ・ヤスンデロ」
まるで夢を見ているよう。
あれ? スネイクが薬指を咥え、股を押さえてもじもじしてる。シゲル様に向ける流し目が、気持ち悪いわ。
そんなことより信じられない。シゲル様に触れられた仲間たちが、次々に起き上がる。
シゲル様は、神様だったの?
「サーテ・ミンナ・ブジ・フッカツシタナ」
「あの~、シゲル様。ミカミが死んだままなんだけど」
「モンダイ・ナイ」
「え? 問題だよ。ミカミもスネイクの、犠牲者なんだよ?」
「オトコニ・ジンケンナド・ナイ」
「えっ! 冗談でしょ? シゲル様」
「オレノユメハ・オレ・イガイノ・オトコノメツボウ……セツニ・セツニ・ネガッテイル……」
「最っ低な願いを、切に願うな!」
前言撤回。こんなのが神様であってたまるか。
シャーパたちも加わって、粘り強く説得を続けた結果、ようやく、渋々、本当に嫌々といった感じで、シゲル様はミカミを復活させてくれた。
ホント何を考えてんだか……。
その後、シゲル様はスネイク一味を全員拘束。
アジトに捉えられていた人々を、全員解放した。
「アッ・コレニテ・イッケン・ラクチャ~クウゥゥゥ~」
「シゲル様……?」
「ン? ナンダ・リアンシ」
「助けてくれてありがとう。でも、どうして、この場所が、分かったの?」
そうあたしが質問すると、シゲル様はあたしの胸を指さした。
「……リアンシ……オレハ・ズット・キミヲ・サガシテタ……」
「え? あ……、あたし……。あたしを、ずっと?」
まさかシゲル様は、あたしを我武者羅に探し求めて、見つけてくれたって、こと? やだ、あたしったら、胸がどきどきしちゃう。
いや、落ち着いてリアンシ。そんな簡単に、この男を信じちゃダメ。そうよ、質問の論点がずれてるわ。きっと、嘘よ。探して見つけたなんて……。
「……ソノ・ピンキーリング・ニアッテルゼ」
「うっ、これは……。か、勘違いしないでよね。こんな物……、お店のママにあげようとしたけど、シゲル様の、あたしへのご好意だから貰えないって……。それで、仕方がないから、チェーンにくぐらせてネックレスにして……あわわ、何言ってんだろ、あたし……」
更に動揺してしまう。やだ、どうしちゃったの? あたし。しっかりして!
違うわよシゲル様。あたしは、こんなピンキーリングに喜んでるわけじゃないんだからね、寧ろ怒ってるんだからね……。
「ソノ・リングニハ……ハッシンキガ・ウメコマレテイル」
「え。発信機?」
「ソウダ……オカゲデ・スネイクノアジトヲ・ハッケンデキタ……タスカッタゼ・リアンシ」
「助かった?」
論点ずらしじゃなかった。ずれていたのは、あたしの気持ちだけ……。そうか。全て解ったよ、シゲル様。要するにあたしは、スネイク団を捕まえるための、道具だったんだ。そういうことね……よっく、解ったよ……。
でもダメよ、リアンシ。その感情は間違ってる。シゲル様が命の恩人であることに、変わりはないんだから。そうダメよ、リアンシ。その湧き上がる、その感情を爆発させれば、シゲル様への想いが、特別なものだと、認めることになるんだから。
「それでも……」
「ン?」
「それでも我慢……。できるかーっ!」
バシイッ!
グリングリン……。
あたしは、命の恩人であるシゲル様の顔面を、平手でぶった。無理に感情を抑えていた分、手加減できなかった。シゲル様の頭が、まるで独楽の様にぐるぐると回っている。
まさか、本当に、ロボットだったなんて、ね……。
「さよなら。シゲル様……」
グリングリン……。
「……アア……サヨナラ・リアンシ」
グリングリン……。
これで、本当のお別れ。もう、二度と会うことはないでしょう。あたしはシゲル様に背を向け歩き出す……。あ、発信機付きのピンキーリング。これも返さなきゃ……。こんなもの、振り向きざまに叩きつけてやるんだ。
「こんなもの、返っ……!!?」
だ、大魔王ゼクス!!?
「キッキッキッ……どうだったかな、シゲル君。おやおや……? ふむ。どうやら、目的の女は救えたみたいだねぇ」
「……ヨケイナ・クチヲ・ハサムナ・ゼクス……」
大魔王に睨まれ、ただ立ち尽くしてしまう。大魔王がどうしてここに? シゲル様と、知り合い? 最近頭角を現した側近って、まさか? ダメだ。パニックだ。
「しかし分からんねえ。傾城の美女とは程遠い雌鳥一匹のために、君はあんなに取り乱して、余を頼って……」
「ゼクス! ソレイジョウ・クチヲウゴカセバ・コウカイスルコトニ・ナルゾ!!」
「ギヒヒヒ、おおコワ。まぁ、情報提供はしたんだ。今度は君が、余との約束を果たす番だよ。シゲル君?」
「アア……ワカッテイル」
「情報提供? どう言うこと? シゲル様?! この場所が分かったのは、発信機のお陰だったんじゃないの?! ちょっと待ってシゲル様!! 一体どこへ……」
「ヨカッタナ・リアンシ……コンドコソ・キミハ・ジユウナ・トリダ……」
バシュン!
「シゲル様ぁっ!!」
消えた。大魔王の魔法転移で、どこかへ行ってしまった。
何が自由な鳥よっ、どう言うことよシゲル様っ。あたしは、あなたの染愛に満ちた表情の裏に、離涙に歪む姿を見たわ!
あたしの自由のために、あなたは何を、代償にするつもりなの?
シゲル様のバカ。あたしはもう、あなたの持つ籠の中の鳥。こんなの、全然、自由なんかじゃない!
◇◇◇◇◆◆◆◆
これからあたしは、人生でも数少ない経験をするのだろう。その覚悟を胸に朝頄に目を凝らせば、映る世界が、変わって見える……。
「じゃあ、もう行くね、シャーパ」
ばさり!
「うん。幸運を祈ってるわ。リアンシ」
ばさっばさっ……。ばさっばさっ……。
あたしは、極天へ向かって羽ばたく。
生えたばかりの、漆黒の翼を使って。
あたしの籠の鍵を持つ、君を探し求めて――。