#15 憶測
騎士ララ・イクソスが忍者チェニー・スキアを撃破した。その間もなお雄一とタクフィーラの戦いは続いていた。師弟対決の中で、雄一は弟子として、師から新たな力を教授して欲しいことがあった。
「師匠。ぼくは魔法使いになりたいの。火を出す魔法を教えてください。」
雄一は魔法が使いたい。赤虎紅の魔法を見てから、魔法の虜だ。特に火炎魔法に執着している。
ボッコ―ン!
「ふおおっ。」
タクフィーラの張る防御魔法に構うことなく、その上から回し蹴りを放ちながら懇願する。
「こんな乱暴な態度で魔法を教えろと言われるとは思いもせなんだわい。ほれ、見て覚えろ。ファイア・ボール」
「あち、あち、あちち!」
タクフィーラがお返しにとばかりに火炎魔法を雄一に浴びせかける。
「いくら、ファイア・ボールって言っても出てこないんだもん。」
「いくよお! ふぅわあいやぁぁー・ぼおおぉぉる!!」
雄一が、呪文を唱えて腕を振るが、何も起こらない。
その姿にタクフィーラは笑いながら答える。
「ふぉっふぉっふぉっ。無駄じゃよ。どうやらお前さんには火属性の適性が全く無いようじゃからの。まぁ、その様子じゃと、火はおろか他の属性に対しても適性があるとは思えんが。」
「師匠。適性が無いとダメなんですか?」
ギュン!
「ふおっ。裏拳とは生意気な技を使いよる。」
タクフィーラは瞬間移動で裏拳を躱し、雄一と距離を取る。
「ふむ。残念じゃが適性が無いとダメじゃ。適性ってのは生まれ持った才能みたいなもんじゃから努力でもどうにもならんしの。」
「えーっ。せっかく魔法の世界に来たのに。」
タクフィーラの言葉に残念そうになる雄一。
「ふむ、じゃがのお。一つだけ、お主が魔法を使える方法を知っておるぞ。」
「ほんと? じゃあ教えてよ。」
「あ、間違えた。師匠。教えてください。」
その言葉に目を輝かせる雄一。興奮した雄一は、一瞬でタクフィーラの懐へ潜り肘鉄を喰らわせた。
ドゴ―ン!
「あっ。思わずやっちゃった。」
ボンボンボンボンボオン!
「あちちっ。うわっ、じいちゃんいーっぱい。」
雄一が吹き飛ばしたのはタクフィーラの分身体。
いつの間にか十数人になっていたタクフィーラそれぞれが、ファイア・ボールを雄一目掛けて放ち始めた。
火の玉が雨霰の如く雄一に襲い掛かる。
「「「「さぁて、そうさなぁ。わしを倒せれば、そのご褒美ってことで教えてやろうかのぉ……。魔法の秘密を。」」」」
「ほんとに? わーい、やったー。」
「「「ふぉっふぉっ。なんじゃ、もう、勝った気でおるのか。」」」
十数人のタクフィーラの声が同時に木霊する。
「とりゃあーっ。」
ベキっ!
雄一はファイア・ボールの猛撃を掻い潜り、空中踵落としで分身体の首をへし折った。
「あ、今のはやりすぎたかな。」
「「「よいよい。かすり傷程度のことじゃ。」」」
そう言うと、タクフィーラは元の一人に戻る。
「あれ、もう分身の術は終わりなの?」
「ふぉっふぉっ。孫のようなお前と遊ぶのは楽しいが、わしの許された時間が、あと、僅かなもんでのお……。」
この直後、師弟対決は一気に佳境を迎える。
さて一方、神官、ティア・ディスケイニ枢機卿は頭を抱えていた。
自分の先祖が、国が数百年掛けて準備してきた蟲毒の儀。それが、自分の予想とはまるで違う方向へ流れ続けているからである。
ティアの脳裏に儀式の「失敗」と言う最悪の二文字がちらつく。
「あわわっ。どうしよう。どうなってるの。どういうことなの。どうなるの。分からない。分からない。分からない。」
「どうか、落ち着いてください。タクフィーラ様は、よく考えれば分かることがあるようにおっしゃいました。冷静になれば答えが見つかるはずです。」
混乱するティアを宥める赤虎紅。その言葉に、ティアはコクコクと小さく頷き、大きく深呼吸し気分を落ち着ける。
蟲毒の儀における、雄一。タクフィーラ。預言者ムウの関係を予想、整理してみる。
「あの雄一と言う少年は、転移前病床に伏せていた。雄一の世界で、ALS、筋萎縮性側索硬化症と言われている難病だ。」
「彼の言う通り筋肉が機能を失う病気。その彼が転移する際に得た能力が筋肉を活性化させる能力の類だと思う。」
「さすが、ティア様。その調子です。」
ティアは、少し安堵の表情を浮かべ話を続ける。
「予言者でもあるムウ様は、雄一が転移されることをご存じだった。」
「転移直後は脆弱だった少年雄一に、救世主の可能性を見たとすればどうだろう。」
「儀式そのものを雄一育成に利用するのではないだろうか。」
「なるほど。それならば、ムウ様が彼だけの特別ダンジョンを作らせた理由も、納得がいきます。」
独り言のように呟いたティアに、紅は激しく同意する。ティアも紅の同意に自信をつける。
「ムウ様は、当然タクフィーラ様が転移されることも知っていた。そこで、雄一を更に鍛え上げる指導者となるよう話を持ち掛けた。」
「いや、しかし、タクフィーラ様はもう既に亡くなっている筈です。どうやって……。」
ティアは異を唱える紅を手で遮る。その目は自信に漲っている。
「そう。タクフィーラ様4年前に亡くなられている。」
「でも彼は、雄一の事情を理解し、情まで持っておられた。」
「私のことも、明らかに知っているかのような口ぶりだった。まるで、全てをご存知のムウ様と、直接会話をされていたかのように。」
「そ、それは、つまり……。」
「おそらく死後の世界。」
「ムウ様は2000年以上前に予言の黒印を世界中に残された方。神と崇められているが、元は人間。」
「当然ご存命ではない。ムウ様とタクフィーラ様は、死後の世界。すなわち黄泉の国で、ご対面されたのではないだろうか。」
この世界でも当然「死」は特別なものである。死んだ者が生き返ることはない。
アンデット系モンスターも、いるにはいるが、術者に操られる生きる屍であり、魂が宿るものではない。
「生」はこの世界でも尊いのだ。
このような話をメガロス王国の神官、枢機卿が軽々しく口にすべきことではない。それでもその憶測を言わずにはいられなかった。
「いずれにせよ、成りすましで無い限り、タクフィーラ様が、黄泉の世界から戻られていることは事実のようだ。」
「しかも、目的は、この儀式で覇者となることではなく、雄一を鍛える目的で。」
「死者が蘇るなど、聞いたことがございませんが、この大神殿は、偉大なムウ様の指示で一から十まで作られました。」
「ひょっとしたら、此処は、神であるムウ様の創られた異形の世界。この世とも、あの世とも言えぬ世界なのかもしれません。」
ティアと紅。二人はじっと目を合わせ、深く頷いた。
「紅よ、あとは、この儀を見守り、見届けるとしよう。予言にある「救世主」とは、雄一で決まりだ。」
ティアと紅は、間もなく終わりを迎えるであろう師弟対決へと目を向けた。