#154 籠の中の烏 シゲルシナリオ3/6
鳥女リアンシ視点
強者にのみ富と権力が集中すれば、面従腹背が蔓延る。結果その強者もまた、狡詐、権譎に、悉く潰された。
要するに、純粋な者は食い物にされ、狡猾な、世渡り上手こそ生き残る。ここ、魔王ゼクスの治める国アルヒネロミロスは、そんな愚肉賢食の世界だ。
だが、一カ月ほど前から、この国が、何だか変わった気がする。
人口が減ったのかしら。少し風通しが良くなったと言うか……、淀んだ空気が、少し柔らかくなったと言うか……。
気のせい、かしら……。
「リアンシ~、悪いんだけど今日、私のお店で、働いてくんない?」
「え? でもあたし、男性を接客できるほど、かわいくないよ? 肌は焼けて、ずず黒いし、鳥顔だし……」
「そんなの分かってるわよ。そんな羽のないカラスは、案内役と給仕だけでいいから」
「む~っ、頼む立場で、随分な言い草ね……。でも、どうして?」
「うふふ、上客と今晩会う約束、しちゃったんだよね~。でも、お店は人手が足りなくって、休ませてもらえないのよ~。助けて心の友、リアンシ~」
「ええ~? また外の営業に行きたいってこと? ねえシャーパ。あんまり自分を安く売らない方がいいと思うわよ」
「うふふ、聞いて驚いてね? 今度のお相手は、最近頭角を現した、大魔王の側近なのよ。特別なのよ。ねっ。と、く、べ、つ。」
「似たようなこと、前にも言ってたよ? 確か前の特別は、紛争から逃れている王子様だったよね? でも本当は、お金目当ての結婚詐欺師だったじゃない。忘れたの?」
「高価なプレゼントをしてくれた彼に限って、お金目合ってことは無いわっ。分かったわリアンシ。もし彼が私を裏切るのなら、もう私は一生涯男を信用しない! これで、最後にする! ねっ? だからいいでしょ? ねっ? リアンシ? 一生の、お願い!!」
「はあっ、仕方ないわね。分かったわ」
「わあ、さすがリアンシ。愛してるわ」
「べ~っだ」
夜のお店で働く、シャーパもそうだ。
これまでシャーパは、ケバケバの化粧をして、他のホステスと客を奪い合っていた。けれど最近は、随分とおしとやかになった。
薄い化粧に、落ち着いた衣装。アクセサリーも、胸元に一つ光らせているだけだ。ピンクダイヤのペンダント。それこそ、その彼からの贈り物らしい。
夕方、シャーパの迎えが現れた。タキシード姿の、執事を名乗る男性が、馬車にシャーパをエスコートする。
窓枠に切り取られる、凛とした姿のシャーパは、まるで、貴族令嬢を写し取った肖像画に見えた。
「新しい、御贔屓さんを見つけたようだけど……。上手くいくといいね。親友シャーパ」
◇◇◇◇◆◆◆◆
「あらシゲル様いらっしゃい」
「ヨオ・ママ……キョウハ・イチダント・アデヤカダナ」
「まあ、お上手ね。リアンシ。シゲル様をVIP室へご案内して」
「はい、わかりました。シゲル様どうぞ、こちらでございます……」
「ホウ・ハジメテミル・カオダナ……シンイリカ?」
「げっ、ナニコレ。パンダじゃん!」
「こら、リアンシ! シゲル様に対して、んなんて失礼を! ほら、土下座して謝んなさい」
え~っだって、そりゃビックリもするよ。高級な燕尾服紳士の、シルクハットの下からメタリックパンダの顔が出るんだもん。
それにしても、早速土下座かぁ~。サービス業も楽じゃないね。
「マテ・ドゲザナド・スルナ」
「え? あ、ありがとうございます。でも、失礼なこと言いました。ごめんなさい」
「イイカラ・カオヲアゲロ……ホウ・イイメヲシテイルナ……キミノ・ナハ?」
「あたしは、リアンシ……。リアンシ・バゴクリス」
「バゴクリス? ……ククク・ソウカ……ウム・コレモマタ・ワガ・カネゴト……ママ・キョウハ・コノコヲ・ツケテクレ……コノコダケヲ……ナ」
「おほほ、どうぞ御贔屓に……。ほら! リアンシ何ぼやっとしてるの」
「え、何って……」
「さっさとドレスに着替えて、シゲル様のお相手をなさい」
◇◇◇◇◆◆◆◆
あたしはリアンシ・バゴクリス、二十二歳。人生で、初めてお酌をする相手は、パンダのお人形だった……。
いやいや、それは何かの冗談よね? この姿は、コスプレか何かで、中には、ちっちゃなおじさんが入ってるのよね?
きっと、仮装パーティーの、特殊メイクに違いない。だって、お酒もちゃんと、飲んでるし、反応だって大人だもの。
「ホウ・リアンシハ・シャーパノ・ルームメイトカ……グビリグビリ」
「そうなの。あたしの給金じゃ、とても部屋が借りられないから、大家さんとシャーパに頼み込んで」
「ヒトツノベッドヲ・フタリデ・ツカウ……ト? ……グビリグビリ」
「えへへ。お部屋は、お昼に働くあたしが、夜使う。夜働くシャーパが昼使う。ねっ? 経済的でしょ?」
シゲル様は、その後も、あたしの話を聞いてくれた。
先の大戦で死んだ両親のことや、消えた兄のこと、ほとんどが身の上話だったが、シゲル様はとても聞き上手で、あたし一人が話をしてた気がする。
それにしても、シゲル様の飲みっぷりってば凄い。お酒のことは詳しく知らないけど、宝石のようなボトルを次々に空けていく。
シャーパから、このお店はボッタくりだって聞いてるけど、大丈夫かな? この、中のひと。
「イイカ・リアンシ……グビリグビリ」
「ねぇシゲル様。ここのお店のお酒。きっと高いから、そろそろやめた方がいいんじゃないかなぁ」
「サッキ・ヒトツノヘヤノ・ツカイカタヲ・ケイザイテキト・イッテイタガ・ソレハ・ソウイウコッチャ・ネエ」
「え……?」
「フジユウ! ッテコッタ……グビリグビリ・ウィ~」
「不自由?」
「ソウダ! コノクニニハ・ジユウガ・ネエンダ! イキヲスウニモ・セイゲンヲ・カンジル・ホドニ!」
この時シゲル様が何を言っているのか、あたしには分からなかった。でも、とても大切なことを言ったんだと感じた。
「マケルナヨ!? リアンシ……ビンボウナンカニ……クサルナヨ!? リアンシ……テンポカンナンハ・エイキュウニャ・ツヅカネエンダカラ……クピクピ」
「ふふふ。はいはい、分かりました」
「ハイハ・イッカイ! ウイィ~ッ・ヒック・テヤンデ~……オレニ・モウスコシ・チカラガ・アッタラナァ~……クピクピ」
あれ? シゲル様ったら、急にお酒が回っちゃったみたい。あらあら、そのままあたしの膝を枕に、横になっちゃった。
「ナア・リアンシ……?」
「なに?」
「オマエハ・トベナイカラス・ナンカジャ・ナイ……ミリョクテキナ・オトナノ・ジョセイダ」
「え? あ、ありがとう……」
「ダガ・オマエニ・ヨルハ・ニアワナイ」
「!?……」
「ナァ……リアンシ……オレノ・コヲ・ウンデクレナイカ」
「えっ? ……ぷっ。まさか……。ふふふ……。急に口説いてくるなんて……。悪い冗談よ?」
「ククク……オレハ・ホンキダゼ?」
「あら、そうなの? ふふふ、そうね……。それじゃあ、あたしを自由にしてみて? そしたらあたしをあなたの物にしていいわ。あなたの言う自由が、どんなものか知らないけど? ふふふ……できる?」
「ククク……コリャ・コウサンダ」
「ぷっ。ふふふ。うふふふふ……」
分かってるよ、シゲル様。今日だけとは言え、ココはあたしの居場所じゃないって言いたいんでしょ? あたしは大丈夫。どんなに貧乏しても、おひさまと共に生きるよ。
あなたと話していて感じたことがある。あなたは、何かの管理者なのでしょう? あなたは、あたしとは住む世界が違う、特別な人。
あなたは大空を飛び回り、皆を導く翔鳳。あたしは、地面を這いつくばり、食い物にされる地鶏――。
そんなあなたは、こんなあたしを、対等に扱ってくれた。ありがとう。それが、なにより嬉しいよ……。
あれ? どうしてだろう。いつの間にかあたし、シゲル様の頭を撫でてるわ。
「トコロデ……シャーパハ・ドウシテ・ヤスンダンダ?」
「……えっ? シャーパ? ああ、えっと。御贔屓の男性から、お声が掛かったって……。迎えの馬車まで来てたわ」
「ムカエノ・バシャ?」
「ええ。タキシード姿の執事が、シャーパをまるで、お姫様のように扱って……」
「シマッタ!! ヘビニ・ダシヌカレタカ……!」
ガタン!
「きゃあ?!」
シゲル様は、突然立ち上がり、足早に会計を済ませる。
お店にとって、余程の上客なのだろう。ママの慌てようが尋常ではない。だけど、一体どうしたんだろう。
「シッ、シゲル様?! まだ宵の口だと言うのに……。まさか、この烏娘が何か粗相を?」
あ、やっぱり、あたしが何か気に障ることをしたんだ。ごめんね、ママさん……。あれ? シゲル様、あたしの手を握ってる……?
「キョウハ・アリガトウ・リアンシ……ササヤカダガ・コレハ・キミヘノ・プレゼントダ」
「え? プレゼント?」
シゲル様はそう言うと、宵闇へと姿を消した。
プレゼント? 何よコレ。これは夜のあたしへの報酬? それとも、同情心? どう言う意味か、ちっとも分からないわ。
それとも、さっき貰った言葉たちは、全部嘘だった。とでも言いたいわけ?
「ちょっとリアンシ。シゲル様から何を頂いたの? ちょっと見せなさい……。んなっコレ、ピンクダイヤのピンキーリングじゃない! 売れば、数十…いや、数百万にはなるよ」
宝石に目を輝かせるママ。その目に無邪気さなんて欠片もない。
シゲル様。あなたはあたしに、こういう目をしてほしかったの?
「……欲しいなら、あげるわ。……そんなもの」
「マジでっっ?!」
夜の世界に、真実の愛を求める方が間違ってる。少しでも心揺らした、あたしがばかなんだ――。