#153 変貌の九輪 勇者アイミ4/4
勇者(笑)の農業魔法、天地返しにより、生き埋めにされた者たちは、モグラ雄一によって、全員救出された。
そして――。
「麻呂はプロタゴニス皇国、天帝マラセチア・フルフルの子、オツム・フルフルでごじゃる」
「ぼくは、神谷雄一です」
「勘違い。とは言え、君には大変失礼な振る舞いをしたでおじゃる。許してたもれ」
「ううん、楽しかったです」
雄一たちは、俺たちと共に宮殿に招かれ、サロンで立食パーティをしている。
しかも、あのブルードラゴンまで……。
損得勘定のオツム親王。不倶戴天の仇敵でさえ国賓にしやがる。
「ほう。では何かの。雄一君は、救世主の位階にも、その証とされる宝珠にも、興味がないでおじゃるか」
「うん。あのね、ぼくね、アイミちゃんが守れれば、それでいい」
「ほう。見返りを求めぬ兵……。雄一君はまるで、アイミ君の愛の騎士でおじゃるのお。のお、勇者アイミ?」
「にゃはは~。うれしいでしゅう~」
「おっ、顔が赤いでおじゃるよ? 勇者アイミ」
「あわわ、はじゅかしいでしゅ。しんにょうしゃまの、いぢわる」
「ほ~っほっほっ。天下無双のビッグカップル誕生でおじゃる。ほれ、皆も祝福しよし」
「ほんにめでたいですな親王様。これで救世主決定戦も安泰でございますぞ」
「盟約バンザーイ! 共闘バンザーイ!」
普段は鉄面皮のくせに。雄一の一挙手一投足に、皆が営業スマイルか。
てか、青っ鼻を垂らして、頬を染めるなっ! 残念勇者!
「おやおや、雄一君。先程から丁稚羊羹ばかりに手を出しているようじゃが?」
「よ~かん大好きなの」
「ほっほっほっ。甘いものばかりだと、喉が渇くでおじゃろう。何か飲むかの?」
「じゃあ、熱い、お茶ください」
羊羹に茶を添える。舌が、隠居したじじいだな。
「あたちが持ってくるでしゅ。あたち、ばかでしゅが、お茶を煎れるのは得意でしゅ」
ウソつけ。ジョウロの水しか、入れたことがないくせに。
「雄一しゃんは、ココで待っていてくだしゃい。らんらん」
顔をウキウキさせるダメ勇者。解せん……。ハッキリ言って、時間の無駄だぜ。
「あの……、ノープルさん?」
「ぬあ?! アラマンダ」
花の化身、妖精アラマンダ・ララが、俺に声を掛けてきた。突然有意義な時間がこの俺を襲ってきた!!
「んにゃんでちょうか……」
しまったあっ! 大事な場面で噛んだぁ! ダサ過ぎる! 完璧でない俺なんか、このまま舌噛んで死んじまえ。
「うふふっ。ノープルさんって、おもしろい方なんですね」
「ア……アラマンダ……」
疑うことを知らぬような屈託のない笑顔。それでいて、笑みを恥じらうその仕草。その瞳の奥には、王侯貴族が放つ独特の気品を感じる。
「失礼しました。改めてご挨拶を。私、コンス・タカシ・ノープルと言います」
「完璧なる賢者にして、摧龍であらせると、聞き及んでおります。国をお守りする立派な仕事をされていますのね」
「はい。されど、道半ばと知り、学び舎に身を置いております」
「向学心に溢れ、素晴らしいですわ。私は、神谷・ララ・イクソスと申します。どうぞお見知りおきを」
「いやあ~、素晴らしいだなんて……、てっ。今、神谷。と、申されましたか?」
「あ、はい。私は、雄一君と同じ遠い過去から、この世界へ召喚されてきました。あ、でも私は、ロドロス国の出身です。雄一君は更に過去の世界、日本と言う国の……。あら、私ったら。うふふ、分からないですよね、こんな天外話」
「いいえ、解ります」
「あら、そうですか? さすが賢者さんですね」
神谷&神谷。要するに、アラマンダ・ララちゃんと、クソボケ脳筋雄一は、別世界と思える程、遠く離れた「異母姉弟」の関係なのだ。
政略結婚の横行する、王侯貴族には、よくある話だ。
解る。解りますともアラマンダ。
「ところで。ヤシロ・アイミさんには、お母様がおられると、聞いていたのですが。どちらにおいででしょう」
「えっ、ああ。ヤシロ・トモエさんなら、私やアイミの住む孤児院で寮母をされていたのですが、八年前、病気で亡くなりました」
「まあ、八年も前に? 知人(↓アース王)が安否を気遣っておりましたが……。そうですか、それは残念です」
知人に……。そうか。トモエさんの消息を知るために、俺に声を掛けてきたのか。
トモエさんが結んでくれたこの縁、無駄にはできないぜ。
「強く優しく美しい。まさに聖母のような方でした。まだ二歳にもならなかったアイミは、トモエさんのことを、ほとんど覚えていないようですが。私にとっては大恩人なのです。先の大戦で両親を失った私を、我が子のように愛しててくれましたから……」
「ノープルさんは、その恩でアイミちゃんを?」
「アイミの親代わりをし始めたのは、確かにそれがきっかけですが……」
「あら、他に何か」
「あの子は先天性の、知能障害を持っているんです」
「まあ」
「あの子は、この厳しい現実社会において、誰かの支援なしには生きられぬ子……」
「そうでしたの。でも、アイミちゃんの幸せいっぱいのあの表情。タカシさんの愛情の賜物ですわね」
「そう言っていただけると、救われます。しかし、義理とは言え、娘に埋められるとは思いませんでした。埋めるなら、せめて死んでからにしてもらわないと。ははは」
「あら、天地返しのことですか? おかしいわ。うふふっ」
湿っぽい話題から、軽いジョークで笑いを取ったぞ。いい感じだ。この流れから、デートに誘わねば。
「弟君はどうですか? 私のように、扱いに困っておられませんか?」
「弟君? ああ、雄一君のこと? ……そうですね……。彼は至純の白痴ですから……」
「白痴? まさか、弟君も生まれつきの?」
「特別を知らない彼は、無条件に愛をばら撒いて、自らを傷つけて……私に心配ばかりさせる……。けど、私はそんな彼を……」
「そんな、彼を……?」
がちゃ~ん。
「ん? アイミの奴、こけて茶を雄一君にひっかけたぞ。ああっ、ばかっ。あいつ、使用済みの台ふきでお世話してやがる」
「うふふっ。拭きながら、顔を耳まで赤くして、必死に謝って……。かわいい」
「アイミは弟君のこと、随分と気に入ったようです。そうだ、今度どうですか? 皆でディナーなど」
「……うふふ。そうですね」
お互いに自然な表情で会話が続く。意気投合とはこのことを言うのだろう。
俺の斜め下から覗かせる憂いた表情。はにかむ笑顔。困った風に膨らませる方頬……。完璧だ……。
「アラマンダ」花言葉は、「恋に落ちる前の隠された美」……か。素敵だ……。
時を忘れた俺は、気が付けばブルードラゴンの背に乗る雄一と、アラマンダを、手を振って見送っていた。
「行っちゃいました。雄一しゃん……。ばとるろあいやる? でお会いできる日を、指折り待つでしゅ。らんらん」
「嗚呼、アラマンダ・ララ・イクソス。バトルロイヤル終了後のディナーが楽しみだルンルン」
「あたちたちも帰りましょ、タンチしゃん。らんらん」
「嗚呼。帰ってデートプランを立てねば。ルンルン」
帰ろうとしたその時、オツム・フルフル親王に、アイミが居残るよう命じられた。
神谷と共闘する件で、話があるらしい。
有頂天の俺は、気にも留めず、そのまま帰ってしまった……。
◇◇◇◇◆◆◆◆
日も落ちる頃、アイミが帰ってきた。
朝、出来なかった水やりでもするのだろう。トマト畑へ向かっている。
そう、思っていたら……。
ドゴ―ン!!
アイミはトマト畑に火炎魔法を落とした。業火に包まれるトマトの苗が、無表情のアイミを照らしている。
「ばかっ! 何やってんだアイミ!」
火を消そうとする俺に、アイミが襲い掛かってきた。
殺気は無い。しかし、その攻撃は確実に命に関わる威力だ。
「死ね。コンス・タカシ・ノープル」
「くおおっ。魔法はトマト一択のお前が、暗黒魔法だと? ……一体どうしたってんだ。アイミ……?」
真眼でアイミを覗くと、おぞましい化け物の姿が映る。
「こいつは……蜘蛛……?」
「暗黒魔法。鯨濤霜華」
ピキピキピキ!
「しまった! 氷に足を取られた!!」
「暗黒魔法。雷帝雄烈斬」
ザシュウゥ!!
「ぐあああああーっ」