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脳筋だもん  作者: 妖狐♂
156/169

#152 駑駿の覚悟 勇者アイミ3/4

 魔法とは、陰陽エネルギーに想像力を働かせ、任意の現象に変換すること。


 適性さえあれば、誰でも魔法は操れる。蜘蛛が誰に習うでもなく巣を張るように……。

 鍛錬を積めば、魔法技術は洗練されていく。ひな鳥が、羽ばたきの練習を経て、大空を自由に舞うように……。

 そして、その鍛錬の果て、一部の者だけが辿り着ける境地がある。滝を登りきった鯉が、龍となるように、独自スキルを体得することができる――。


 我が名はコンス・タカシ・ノープル。完璧なる賢者にして、プロタゴニス皇国最強の守護神「摧龍」の冠を持つ者である。


「あはは~、タンチさん。とても強くて、ぼくもう負けそうだよ」


「うそこけっ、ちょこまかちょこまかと、全部躱しやがって……」


 神谷雄一。この、一見無垢な少年の内から、禍々しい蓄怨ちくえんが漏れて出ている。

 哀れにも、憑りつかれているな。長恨晴らせぬ怨霊に……。


「少年に潜みし霊魂よ、他の者の目には騙せても、俺の真眼は誤魔化せないぞ。さあ、今こそ天へと還る時!!」 


「こっ、これは?!」


「完璧なる御稜威ホーリー・ライト!!」


 ピカピカ―!


「うわー、まぶしい!」


「浄・界・烈・法・空・徳・心・滅! 八輪悪霊退散!!」


「あ。目が慣れた」


「慣れるなバカヤロウ! これは魍魎系アンデットを滅する御稜威だぞっ!?」


「えっと~、輝いてるとこ悪いんだけどぉ。一度、殴っていい?」


「なに殴る? へっ、やってみろよ。速度アップしたこの俺を、殴れるものならな……」


 バカに「やれるものなら、やってみろ」は実にいけない。バカは言葉を真に受ける。


 どっごーん!


「ぐはああっ!?」


 見事なまでのリバーブローが突き刺さり、気が付けば地面に這いつくばっていた。まるでハンマーで内臓を砕かれたようで、身動きが取れない。

 おのれ雄一。ララちゃんの前で、こんな詬辱を……。許さねえ。


「……完全回復パーフェクツ・ヒール……! ふっ、どうだ神谷。勝負は、これからだ!」


「……完全……?」


「どうだっ、驚いたか脳筋! 完璧に魔導を極めれば、瀕死状態からだって復活できるのさ」


「あはは~。だとすれば、魔導を極めるのって随分と簡単そうだね」


「なんだと? 俺の辿り着いた理想の境地を、詼笑かいしょうする気かっ!」


「理想? 妄想……じゃ、なくて?」


「ああ言えばこう言う……。無学者論に負けずと言うが、まあいい。結果で教えてやる」


 さあ計算だ。真眼から得られたデータ、神谷の初動から攻撃までの速度と威力を数値化する。

 はじき出された計算から、神谷の攻撃に対抗しうる支援、補助魔法の組み合わせを選択。

 目標の肉体強化の必要時間を計算……。


「……となると、活動時間二分丁度か……。ふぅ、ちいと賭けだが、これでやってみるか」


「えっ? 賭け事は、身も心もダメにするから、やめた方が……」


「黙ってろ脳筋。今から走、攻、守、上級スキルの同時発動。身体強化魔法の究極奥義を見せてやる。……鸞翔卍巴アイム・パーフェクトマンだっ!」


「うわぁ~、タンチさん筋肉ムキムキになっちゃった」


「ふぅ、ふぅ……魔導において。……属性の違う魔法を同時発動するのは、極めて難しい。だが、俺にはできる。二つならず、三属性でも……。何故なにゆえ至愚しぐにでも分かるよう、簡潔に教えてやろう。それは俺が至賢しけんだからさ。俺だけが、完璧なる賢者だからさ」


「なるほど。ぜんぜんわかりません。でも、ちょっと無理してるってのはわかるよ?」


「ふうっ、何も分かっちゃいないな……。ならばもう一度俺を殴ってみろ。完璧を教えてやるから」


「うん」


 言葉を真に受けるバカは、単純過ぎて詰まらん。こちらの予想通りに動く。


 びゅん!


「ありゃ? よけられちゃった」


「ふっ、計算通りだ。さあ、神谷。今度はよけないでやるから、もう一度殴ってみろ」


「うん」


 どっこ~ん!


「ありゃりゃ? 今度は倒れないの?」


「御覧の通り、余裕のノーダメ。これも計算通りだぜ? どうだ神谷。分かったか」


 バカを操ることなど……容易い。

 動きだけではない。驚いたその反応も、予想通りだ。

 しかし神谷。それでもお前は笑うのか……。

(ならば、仕方ないか)

 救いようのないバカは、体に教えるしかない。苦痛を刻み、調教するしかない。

 俺は拳を神谷の脇腹にねじ込んでやった。


 ズドン!


「うぇっ! ケホケホ!」


「さっきのお返しだぜ。おやおや、この程度で喀血とは、計算外に打たれ弱いな」


「ぅぅぅ……。あはは~。まだ……まだ、だよ?」


「あ?」


「コレの、どこが完璧なのか、まだ、分からない……よ?」


「ふっ。そのやせ我慢。いつまで続けられるか、見ものだぜ」


 四十秒経過か……。まだ焦る必要は無いが、いつまでも続く、そのへらへら笑顔が腹立たしい。頭を飛ばすように回し蹴っておこう。


 バキィ!


「ぅぁぁっ」


 神谷の能力は、全て計算した想定の範囲内だ。

 五十秒経過……。打たれ弱さを見誤った分、半分以上時間が余ったな。ふっ。


「どうだっ! 思い知ったか神谷!」


「うん……。よぉく分かったよ」


「ふっ。やっと分かったか。ならば、今度ばかりは許してやる。今すぐブルードラゴンと共に、立ち去るが……」


「折角いい目をしてるのに、なんて頭が悪いんだ。きっと視野が狭いんだね……」


「なん、だと……?」


「身近にいる、大切な人まで、威圧して、罵って……」


「身近にいる大切な人……? まさか、アイミのことか!?」


「そうだよ。あなたがバカだから、アイミちゃんまで委縮して、本当の力を発揮できないでいるんだ。……だから、よおく分かったんだよ。あなたが、無能な賢者だって……」


 ぷっつーん!!


「こんの憃愚が、もう容赦せん。鬼滅骨灰デビルラッシュ!」


 ドコドコドコドコドコ!


「うわあああっ」


 鬼滅骨灰デビルラッシュ鸞翔卍巴アイム・パーフェクトマンに煉獄魔法を掛け合わせれば、我が身は閻魔イフリートと化す。

 怒りに身を任せ、煮えたぎるマグマの拳で、神谷を殴り圧し潰し、地面にめり込ませてやった。ざまあみろ!!


「このまま骨まで溶かし、我が国土の一部にしてやる。どおおりゃあああっ」


 返り血が、ビチビチと跳ね上がる。そんな快音と共に、妙な音が耳に届く……。


『ほらほら興奮しちゃって。あなたは力の使い方まで……、間違ってるよ?』


 空耳か……。無視だ。


 ドコドコドコドコドコ!


『あれ? 聞こえないふりするの? はぁ~、しょうがない。少しだけ教えてあげるよ? 力の使い方を……』


 いや、ハッキリ聞こえてくる。

 まさか、これは、こいつの返り血が……?


鬼手仏心ゴッドラッシュ


「ぬあに?!」


 ビチビチビチビチ!!


「ぬおおおっ?! これは、赤い雨……。いや、神谷の血か?!」


 これがヤツに棲む鬼神の力か……? どちらにせよ、計算外の反撃だ。

 ちいいっ、瞬く間に残り十秒を切った。俺の鸞翔卍巴ドーピングが解けちまう。ええい取り敢えずは完全防御パーフェクトアーマーに籠城だ。

 ふう。これでいい。防御にのみ特化した単独魔法なら、魔力消耗を最低限に抑えられる。

 これで、一旦は様子見だ。

 それにしても、キツイ。神谷の鬼手仏心ゴッドラッシュは、まるで轟音渦巻く嵐の中にいるようだ。


「ふっ。まさか閻魔イフリートの熱量で、蒸発できないとはな。再度計算のし直しだぜ……」


『熱量? 違うよ? タンチさん。その目で、もっと本質を見極めなきゃ』


 知ったような口を聞きやがる。それにしても、この声はどうやって……。そうか読めたぞ。血だ。血を操る能力だ。神谷は浴びた返り血を振動させ、音声に変えているんだ。

 どうだ。俺は、固定観念に囚われない、柔軟な発想の持ち主だ。

 どれ、真眼で答え合わせをしてみるか……。……あれ……。……違う……? ……これは……。んもっと……ヤバイ……??


『中に入る前に、もう少し教えてあげるね? ……紅涙天籟ブラッドストーム……』


 べちゃっ! べちゃべちゃっ! 


「なっ!? 今度は、黒い雨? ……いや、違う。まるで濃厚な墨液だ」


『ぴんぽーん。墨にはもともとね、厄払いの力があるんだよ? 特に、粘り気を持った濃ゆい墨には。ね?』


 ねっとりとした赤銅色の液体が、全身の自由を奪わっていく。


 べちゃべちゃべちゃべちゃべちゃ!!


「これはまさか、アイミと同じ物質魔法かっ。……? 違う……。これは、物質でも魔法でもないもっとヤバイものだ……。早く蒸発させねば、ゼリー状に堆積していき、指先まで動かなくなってきやがった……」


「あはは~。雪は、溶けてもしんしんと降り注ぎ、溶けてはしんしんと降り注ぎ、そうして積もっていくの。これもそれに……似てるよね?」


「黒い雪などあるかっ! おのれこうなりゃやけだ。再度鸞翔卍巴ドーピングして、閻魔イフリートの熱量を、倍に上げれば?! ダメだ! 完全に封じられた! なっ!? なんだ神谷!? お前、拳を固めて何をしようとしている。まさか、また殴る気か……。うわあああっ」


「えい」


 ばりーん。


「ぐはぁっ」


 墨が爆ぜると共にまた、やられた。鳩尾に、深々と一発。今度は息すらできん。

 なぜだ。なぜ完璧な賢者である、この俺が通用しないんだ。


『まだ分からないの? じゃあ教えてあげる。……この世には、完璧など……無い……。からだよ……?』


「なっ、神谷? お前……、いや、キサマは……?」


『朧のように不完全な存在が……身分をわきまえよ。それでも、もし、大いなる力を……、打ち砕きたいと、願うなら……。足りない分を……、補い合え。……朧ではなく、結晶となって……』


 自らを大いなる力だと? なんと傲慢な……。

 いや……確かにその通りだ。お前の持つ、その力……、ヤバすぎんだろ。


「見えたぞ神谷。お前の本質が……。お前、そんなことを続けていたら、体を悪鬼そいつに乗っ取られるぞ?」


『あはは~、さすがタンチさん。もうみっけしてくれた』


「おいっ、聞いているのか!? お前の持つ、その力は、お前の味方ではないんだぞ!?」


『ん? あ……。……あはは、そうだね。やっぱりいい目。してるね……』


「ふっ。その様子では、承知の上か……。では、体を奪われた後のこと……。考えているのだな?」


『あはは~、それはまだ~……』


「ふっ。なんて無責任な……。ならばやはり、異世界の鬼神がこの世に解き放たれる前に、お前ごと葬る他ないな……」


『あはは~。やれるものならやってみてよ。できることなら、それが一番……だもん』


「ふっ。まさか憃愚に、その挑発を返されるとは思わなかったぜ」


『ぼくはもう、あなたの中にもいるから分かるんだけど。しようとしてるその魔法じゃ、守天君には通用しないよ? 無駄死にするだけだよ? ねえ、タンチさん?』


「俺の独自魔法……。自らの命を以て敵を討つ。道連れ魔法……。閻魔大戦だ!!…」


 ……さらばだ、アイミ……。強く、生きろよ……。


「うにゃああああーっ」


「なにっ?」


「あたち、とってもバカでしゅが、とっても怖いでしゅが、タンチしゃんが痛い痛いのは、もう、がまんできないでしゅ~っ」


「うっ、ばか、アイミ。出てくんなっ! 隠れてろ!」


「タンチしゃんを……。いじめるなあーっ! 天地返しーっ!!」


 ゴゴゴゴゴ……。

 ずどどど……。

 どおおおおおおおっ!


「「「「うっぎゃあああっ!」」」」


 アイミの放った魔法により、激しい大地の揺れと、凄まじい轟音が発生した直後、天地がひっくり返った―――。


 ここで、時間を止めて説明しよう。「天地返し」とは、農業技術である。

 畑で、ジャガイモの後にトマトを植える等、同じ系統(ジャガイモとトマトは同じナス科)のお野菜を続けて栽培すると連作障害が発生しやすい。

 この要因は、土壌要素に起因しており、マメ科、アブラナ科、ウリ科も、連作障害を起こしやすいので、栽培には、細心の注意が必要だ。

 この菜園の悩み。連作障害を防ぐ一つの方法として、上層部の土を掘り起こし、下層部の土と入れ替える、と言う力技の農法がある。これこそが、天地返しである。


 そう。天地返しとは、小さな土地でも、忌地を活かすダイナミックな農業技術なのである。


 そしてアイミの行った天地返しは、その規模が桁外れだった。

 神谷を中心に、直径千メートル、地下五百メートルの大地が持ち上げられた。

 あろうことか、アイミは校区内にいた全ての者たちを、丸ごと巻き込んで、天地返しにしたのだ。

 膨大な土地と共に舞い上がる阿鼻叫喚。

 しかし、そんな中にあっても。アイミ。それとアラマンダ・ララ。お前たちだけはブルードラゴンに乗って弥天へと逃れていた。


 ふっ、無事で良かった……。


「いやいや、ちっともよくねーっ!」


「さすが天才だね、アイミちゃん。あはは~」


「なに、笑ってやがる! かみやぁ~っ」


 ずずし~ん……。


 農業魔法、恐るべし! 俺たちは、み~んな仲良く土の中だ。


「あわわ、学校と、みなしゃんが……。ごめんなしゃいでしゅ。うええ~ん」

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