#152 駑駿の覚悟 勇者アイミ3/4
魔法とは、陰陽エネルギーに想像力を働かせ、任意の現象に変換すること。
適性さえあれば、誰でも魔法は操れる。蜘蛛が誰に習うでもなく巣を張るように……。
鍛錬を積めば、魔法技術は洗練されていく。ひな鳥が、羽ばたきの練習を経て、大空を自由に舞うように……。
そして、その鍛錬の果て、一部の者だけが辿り着ける境地がある。滝を登りきった鯉が、龍となるように、独自スキルを体得することができる――。
我が名はコンス・タカシ・ノープル。完璧なる賢者にして、プロタゴニス皇国最強の守護神「摧龍」の冠を持つ者である。
「あはは~、タンチさん。とても強くて、ぼくもう負けそうだよ」
「うそこけっ、ちょこまかちょこまかと、全部躱しやがって……」
神谷雄一。この、一見無垢な少年の内から、禍々しい蓄怨が漏れて出ている。
哀れにも、憑りつかれているな。長恨晴らせぬ怨霊に……。
「少年に潜みし霊魂よ、他の者の目には騙せても、俺の真眼は誤魔化せないぞ。さあ、今こそ天へと還る時!!」
「こっ、これは?!」
「完璧なる御稜威!!」
ピカピカ―!
「うわー、まぶしい!」
「浄・界・烈・法・空・徳・心・滅! 八輪悪霊退散!!」
「あ。目が慣れた」
「慣れるなバカヤロウ! これは魍魎系を滅する御稜威だぞっ!?」
「えっと~、輝いてるとこ悪いんだけどぉ。一度、殴っていい?」
「なに殴る? へっ、やってみろよ。速度アップしたこの俺を、殴れるものならな……」
バカに「やれるものなら、やってみろ」は実にいけない。バカは言葉を真に受ける。
どっごーん!
「ぐはああっ!?」
見事なまでのリバーブローが突き刺さり、気が付けば地面に這いつくばっていた。まるでハンマーで内臓を砕かれたようで、身動きが取れない。
おのれ雄一。ララちゃんの前で、こんな詬辱を……。許さねえ。
「……完全回復……! ふっ、どうだ神谷。勝負は、これからだ!」
「……完全……?」
「どうだっ、驚いたか脳筋! 完璧に魔導を極めれば、瀕死状態からだって復活できるのさ」
「あはは~。だとすれば、魔導を極めるのって随分と簡単そうだね」
「なんだと? 俺の辿り着いた理想の境地を、詼笑する気かっ!」
「理想? 妄想……じゃ、なくて?」
「ああ言えばこう言う……。無学者論に負けずと言うが、まあいい。結果で教えてやる」
さあ計算だ。真眼から得られたデータ、神谷の初動から攻撃までの速度と威力を数値化する。
はじき出された計算から、神谷の攻撃に対抗しうる支援、補助魔法の組み合わせを選択。
目標の肉体強化の必要時間を計算……。
「……となると、活動時間二分丁度か……。ふぅ、ちいと賭けだが、これでやってみるか」
「えっ? 賭け事は、身も心もダメにするから、やめた方が……」
「黙ってろ脳筋。今から走、攻、守、上級スキルの同時発動。身体強化魔法の究極奥義を見せてやる。……鸞翔卍巴だっ!」
「うわぁ~、タンチさん筋肉ムキムキになっちゃった」
「ふぅ、ふぅ……魔導において。……属性の違う魔法を同時発動するのは、極めて難しい。だが、俺にはできる。二つならず、三属性でも……。何故か至愚にでも分かるよう、簡潔に教えてやろう。それは俺が至賢だからさ。俺だけが、完璧なる賢者だからさ」
「なるほど。ぜんぜんわかりません。でも、ちょっと無理してるってのはわかるよ?」
「ふうっ、何も分かっちゃいないな……。ならばもう一度俺を殴ってみろ。完璧を教えてやるから」
「うん」
言葉を真に受けるバカは、単純過ぎて詰まらん。こちらの予想通りに動く。
びゅん!
「ありゃ? よけられちゃった」
「ふっ、計算通りだ。さあ、神谷。今度はよけないでやるから、もう一度殴ってみろ」
「うん」
どっこ~ん!
「ありゃりゃ? 今度は倒れないの?」
「御覧の通り、余裕のノーダメ。これも計算通りだぜ? どうだ神谷。分かったか」
バカを操ることなど……容易い。
動きだけではない。驚いたその反応も、予想通りだ。
しかし神谷。それでもお前は笑うのか……。
(ならば、仕方ないか)
救いようのないバカは、体に教えるしかない。苦痛を刻み、調教するしかない。
俺は拳を神谷の脇腹にねじ込んでやった。
ズドン!
「うぇっ! ケホケホ!」
「さっきのお返しだぜ。おやおや、この程度で喀血とは、計算外に打たれ弱いな」
「ぅぅぅ……。あはは~。まだ……まだ、だよ?」
「あ?」
「コレの、どこが完璧なのか、まだ、分からない……よ?」
「ふっ。そのやせ我慢。いつまで続けられるか、見ものだぜ」
四十秒経過か……。まだ焦る必要は無いが、いつまでも続く、そのへらへら笑顔が腹立たしい。頭を飛ばすように回し蹴っておこう。
バキィ!
「ぅぁぁっ」
神谷の能力は、全て計算した想定の範囲内だ。
五十秒経過……。打たれ弱さを見誤った分、半分以上時間が余ったな。ふっ。
「どうだっ! 思い知ったか神谷!」
「うん……。よぉく分かったよ」
「ふっ。やっと分かったか。ならば、今度ばかりは許してやる。今すぐブルードラゴンと共に、立ち去るが……」
「折角いい目をしてるのに、なんて頭が悪いんだ。きっと視野が狭いんだね……」
「なん、だと……?」
「身近にいる、大切な人まで、威圧して、罵って……」
「身近にいる大切な人……? まさか、アイミのことか!?」
「そうだよ。あなたがバカだから、アイミちゃんまで委縮して、本当の力を発揮できないでいるんだ。……だから、よおく分かったんだよ。あなたが、無能な賢者だって……」
ぷっつーん!!
「こんの憃愚が、もう容赦せん。鬼滅骨灰!」
ドコドコドコドコドコ!
「うわあああっ」
鬼滅骨灰。鸞翔卍巴に煉獄魔法を掛け合わせれば、我が身は閻魔と化す。
怒りに身を任せ、煮えたぎるマグマの拳で、神谷を殴り圧し潰し、地面にめり込ませてやった。ざまあみろ!!
「このまま骨まで溶かし、我が国土の一部にしてやる。どおおりゃあああっ」
返り血が、ビチビチと跳ね上がる。そんな快音と共に、妙な音が耳に届く……。
『ほらほら興奮しちゃって。あなたは力の使い方まで……、間違ってるよ?』
空耳か……。無視だ。
ドコドコドコドコドコ!
『あれ? 聞こえないふりするの? はぁ~、しょうがない。少しだけ教えてあげるよ? 力の使い方を……』
いや、ハッキリ聞こえてくる。
まさか、これは、こいつの返り血が……?
『鬼手仏心』
「ぬあに?!」
ビチビチビチビチ!!
「ぬおおおっ?! これは、赤い雨……。いや、神谷の血か?!」
これがヤツに棲む鬼神の力か……? どちらにせよ、計算外の反撃だ。
ちいいっ、瞬く間に残り十秒を切った。俺の鸞翔卍巴が解けちまう。ええい取り敢えずは完全防御に籠城だ。
ふう。これでいい。防御にのみ特化した単独魔法なら、魔力消耗を最低限に抑えられる。
これで、一旦は様子見だ。
それにしても、キツイ。神谷の鬼手仏心は、まるで轟音渦巻く嵐の中にいるようだ。
「ふっ。まさか閻魔の熱量で、蒸発できないとはな。再度計算のし直しだぜ……」
『熱量? 違うよ? タンチさん。その目で、もっと本質を見極めなきゃ』
知ったような口を聞きやがる。それにしても、この声はどうやって……。そうか読めたぞ。血だ。血を操る能力だ。神谷は浴びた返り血を振動させ、音声に変えているんだ。
どうだ。俺は、固定観念に囚われない、柔軟な発想の持ち主だ。
どれ、真眼で答え合わせをしてみるか……。……あれ……。……違う……? ……これは……。んもっと……ヤバイ……??
『中に入る前に、もう少し教えてあげるね? ……紅涙天籟……』
べちゃっ! べちゃべちゃっ!
「なっ!? 今度は、黒い雨? ……いや、違う。まるで濃厚な墨液だ」
『ぴんぽーん。墨にはもともとね、厄払いの力があるんだよ? 特に、粘り気を持った濃ゆい墨には。ね?』
ねっとりとした赤銅色の液体が、全身の自由を奪わっていく。
べちゃべちゃべちゃべちゃべちゃ!!
「これはまさか、アイミと同じ物質魔法かっ。……? 違う……。これは、物質でも魔法でもないもっとヤバイものだ……。早く蒸発させねば、ゼリー状に堆積していき、指先まで動かなくなってきやがった……」
「あはは~。雪は、溶けてもしんしんと降り注ぎ、溶けてはしんしんと降り注ぎ、そうして積もっていくの。これもそれに……似てるよね?」
「黒い雪などあるかっ! おのれこうなりゃやけだ。再度鸞翔卍巴して、閻魔の熱量を、倍に上げれば?! ダメだ! 完全に封じられた! なっ!? なんだ神谷!? お前、拳を固めて何をしようとしている。まさか、また殴る気か……。うわあああっ」
「えい」
ばりーん。
「ぐはぁっ」
墨が爆ぜると共にまた、やられた。鳩尾に、深々と一発。今度は息すらできん。
なぜだ。なぜ完璧な賢者である、この俺が通用しないんだ。
『まだ分からないの? じゃあ教えてあげる。……この世には、完璧など……無い……。からだよ……?』
「なっ、神谷? お前……、いや、キサマは……?」
『朧のように不完全な存在が……身分をわきまえよ。それでも、もし、大いなる力を……、打ち砕きたいと、願うなら……。足りない分を……、補い合え。……朧ではなく、結晶となって……』
自らを大いなる力だと? なんと傲慢な……。
いや……確かにその通りだ。お前の持つ、その力……、ヤバすぎんだろ。
「見えたぞ神谷。お前の本質が……。お前、そんなことを続けていたら、体を悪鬼に乗っ取られるぞ?」
『あはは~、さすがタンチさん。もうみっけしてくれた』
「おいっ、聞いているのか!? お前の持つ、その力は、お前の味方ではないんだぞ!?」
『ん? あ……。……あはは、そうだね。やっぱりいい目。してるね……』
「ふっ。その様子では、承知の上か……。では、体を奪われた後のこと……。考えているのだな?」
『あはは~、それはまだ~……』
「ふっ。なんて無責任な……。ならばやはり、異世界の鬼神がこの世に解き放たれる前に、お前ごと葬る他ないな……」
『あはは~。やれるものならやってみてよ。できることなら、それが一番……だもん』
「ふっ。まさか憃愚に、その挑発を返されるとは思わなかったぜ」
『ぼくはもう、あなたの中にもいるから分かるんだけど。しようとしてるその魔法じゃ、守天君には通用しないよ? 無駄死にするだけだよ? ねえ、タンチさん?』
「俺の独自魔法……。自らの命を以て敵を討つ。道連れ魔法……。閻魔大戦だ!!…」
……さらばだ、アイミ……。強く、生きろよ……。
「うにゃああああーっ」
「なにっ?」
「あたち、とってもバカでしゅが、とっても怖いでしゅが、タンチしゃんが痛い痛いのは、もう、がまんできないでしゅ~っ」
「うっ、ばか、アイミ。出てくんなっ! 隠れてろ!」
「タンチしゃんを……。いじめるなあーっ! 天地返しーっ!!」
ゴゴゴゴゴ……。
ずどどど……。
どおおおおおおおっ!
「「「「うっぎゃあああっ!」」」」
アイミの放った魔法により、激しい大地の揺れと、凄まじい轟音が発生した直後、天地がひっくり返った―――。
ここで、時間を止めて説明しよう。「天地返し」とは、農業技術である。
畑で、ジャガイモの後にトマトを植える等、同じ系統(ジャガイモとトマトは同じナス科)のお野菜を続けて栽培すると連作障害が発生しやすい。
この要因は、土壌要素に起因しており、マメ科、アブラナ科、ウリ科も、連作障害を起こしやすいので、栽培には、細心の注意が必要だ。
この菜園の悩み。連作障害を防ぐ一つの方法として、上層部の土を掘り起こし、下層部の土と入れ替える、と言う力技の農法がある。これこそが、天地返しである。
そう。天地返しとは、小さな土地でも、忌地を活かすダイナミックな農業技術なのである。
そしてアイミの行った天地返しは、その規模が桁外れだった。
神谷を中心に、直径千メートル、地下五百メートルの大地が持ち上げられた。
あろうことか、アイミは校区内にいた全ての者たちを、丸ごと巻き込んで、天地返しにしたのだ。
膨大な土地と共に舞い上がる阿鼻叫喚。
しかし、そんな中にあっても。アイミ。それとアラマンダ・ララ。お前たちだけはブルードラゴンに乗って弥天へと逃れていた。
ふっ、無事で良かった……。
「いやいや、ちっともよくねーっ!」
「さすが天才だね、アイミちゃん。あはは~」
「なに、笑ってやがる! かみやぁ~っ」
ずずし~ん……。
農業魔法、恐るべし! 俺たちは、み~んな仲良く土の中だ。
「あわわ、学校と、みなしゃんが……。ごめんなしゃいでしゅ。うええ~ん」