#151 脳菌襲来 勇者アイミ2/4
俺の名は、コンス・タカシ・ノープル、十七歳。
プロタゴニス皇国の完璧なる賢者にして、勇者(笑)ヤシロ・アイミの親代わりをやっているハンサムボーイだ。しかし、告白や縁談は全て断ってきた。なぜなら、俺はいつだって完璧にこだわる。理想に対し、一切の妥協はしないからだ。そう。一点の曇りなき人生を歩むため!
そして今日も、朝からアイミの世話に手を取られている……。
「ごめんなしゃい、タンチしゃん。ごめんなしゃい」
「タンチじゃない。タカシだ! この憃愚勇者!」
「ほへ? トウグ?」
「生まれつきのバカって意味だバカ!」
「ぁぅぅ……。ごめんなしゃい。おふとん洗ってくれて、ありがとでしゅ。あとは、自分で干しましゅ」
ずるずる、ずるずる。
「バカ! 引き摺ってる! 引き摺ってるって!」
「ほへえ?」
「全く。俺がいないと何もできゃしない……。もう、布団はいいから、そのシミの付いたパジャマ着替えてこい」
「ぁぅぅ、はいでしゅ」
十にもなって、おねしょとは、情けなくて泣けてくる。
昨夜、トマトの怪談話をせがまれたから、トマトがカビに侵される「うどんこ病」の話をしてやった。そしら、しこたま怖がり布団へ潜って震えていた。その結果が……コレだ。
勘弁してくれよ勇者様。
「ほら、飯を食ったら、さっさと学校行くぞ。今日は、完全に遅刻だ」
「でも、とまとしゃんや、小鳥さんの朝ごはんがまだなんでしゅ。タンチしゃん、先に行っていてくだしゃい」
「バカっ。今から、水やりとパンやりをするつもりか? んなことしてたら、昼になっちまうぜ」
「バカでごめんなしゃい。でも、アイミだけおなかいっぱいは、やでしゅ。にゃはは~、とまとしゃ~ん、おまたせでしゅ~」
ダメだ。本気でダメだ。いくら鍛えようとしても、コイツの頭の中は、トマトでいっぱいだ。
ヴオオオォォォー、ヴオオオォォォー……。
「こっ、これは緊急警報!? おいアイミ、いつまで小鳥と戯れてんだ!」
「ほへえ? なにがでしゅか?」
「ほへえじゃないバカ。有事だ、有事。大災害か、他国からの侵略を受けたか……。とにかく避難場所の学校へ向かうぞ」
警報が国中に響く中、俺はアイミを脇に抱える。ええいっ鳥がうっとうしい! 突っつくなっ、俺は、敵じゃねえ!
◇◇◇◇◆◆◆◆
最悪だ。有事の現場は学校だった。
「敵襲! 敵襲! 生徒の皆さんは、教官の指示に従い、速やかに退避行動をとりなさい。繰り返す……」
この国が誇る、最高戦力が、侵略者排除に全力を挙げている。
どおどおと、幾重の爆音が、鈍い音で地表を揺らし、捲土が落ち着く間など無い。
「はじめまして~。ぼくは~神谷雄一で~っす。遊びに来ましたぁ~」
そんな中、自己紹介とは恐れ入る。
メガロスの犬め……。俺には分る。キサマは、ヤシロ・アイミを潰しに来たのだろう?
「なにこえ……。がっこが、メチャクチャでしゅ」
「いいかアイミ。奴の目的はお前だ。絶対ここから出ずに、隠れていろ」
「いあ! いあ! タンチしゃん……。あたち、こあいよ……。ここにいて?」
「そんなに心配そうな顔をするな。俺は国の敵を挫く、摧龍だぜ?」
アイミは臆病風に吹かれ、震えている。そうだ。今はそれでいい。
今は、俺が助けてやれる。
「先生。戦況はいかがですか」
「おお、ノープル君か。見ての通り、足止めはできている。しかし最悪なことに奴は、ブルードラゴンを連れておる!」
「何ですって」
「まさに十五年前の将軍バラダー襲来に同じ。悪夢の再来だ」
「……先生、軍も含め、ここから退避してください……」
「何をバカな。そんなことをすれば、敵が攻勢に転ずるぞ……?! うっ、その目は……」
「遊びに来ただと? 俺を挑発するに、この上ない言葉だ」
「摧龍が動き出す! プロタゴニス軍避難行動! 繰り返す! 全軍避難行動!!」
約十五年前、プロタゴニス皇国は、オクトスロープ王国と共にメガロス王国へ侵攻。
これは当時、ブルードラゴン事件で弱体化したメガロスの隙を突いたもので。我が軍は瞬く間に王都直前まで攻め込んだ。
しかし、メガロスの新型魔導兵器の登場で戦況は一変。膠着状態へと入った。
そんなある日、おびただしい数のドラゴンが、我がプロタゴニス皇国の空を埋め尽くした。
ブルードラゴンとの契約を済ませた、将軍バラダーによる無差別攻撃が開始されたのだ。
国防軍の抵抗虚しく、終戦協定が結ばれた時には、国土の半分が焦土と化していた。
父は戦死。母は、この街の戦火に捲かれた。
俺は戦災孤児となった――。
「地獄へ落ちろ。メガロスの糞ども。メテオ・インパクト!」
溶融した巨大隕石の雨がブルードラゴンへ降り注ぐ。
校庭中央が、激しい爆音と共に爆ぜ、融解する。
「まさに地獄絵図……。さすがは摧龍、圧倒的な力だ……。しかし相手はブルードラゴン。油断はするな。全軍距離を保ちつつ、魔力を集めておけ!」
戦闘態勢を取り直す? さすがは歴戦を生き抜いた猛者達。抜け目がない……と言いたいところだが、溶岩の池しか残っていないのに、そんな必要は……。
「ノープル君っ! 何をぼさっとしておる。下じゃ!!」
ぽこっ。
「なにっ?」
神谷が、俺の足元に頭をひょっこり出している。 どうやら地中深くへ、逃れていたらしい。おのれその頭、叩き潰してやる。
「あはは~、ぼくは、メガロスの人間じゃないよ? 日本国民なのです」
「プチメテオ!」
ぼかん! ぼこっ。
「こっちだよ」
「プチメテオ!」
ぼかん! ぼこっ。
「こっちこっち」
「下らん。モグラのように掘った地下道は、一つに繋がっているんだ。キサマの空けた穴は、墓穴だ。くらえ脳筋! 九頭竜炎舞!!」
ボン! ボン! ボボボン!
一つの穴に苛烈な炎を送り込めば、神谷の空けた全ての穴から、次々と火柱が立ち昇る。ざまあみろ。
「この程度の炎で倒せるとは思っていない。火で追い詰め、頭を出したところを衝撃弾で仕留める」
ひょこ。
「もらったぁ。ああん?」
穴から出てきたのは、神谷ではなかった。少女だ。それも、とびきり可憐な少女。
その輝くブロンドの髪は、まるで戦場に芽吹く平和のつぼみ。
「もー、雄一君。勝手なことされると、守り切れないよ?」
「アラマンダが……、しゃべった? これは、脳筋神谷の擬態能力か……?」
「ぴょ~ん、がしっ」
「ぐは」
「背後から、ノープル君が抑え込まれた!!」
神谷の両足が、俺の首に巻き付き、締め上げる。さらに手で目隠しをされ、視界を奪われてしまった。
先生。あんたの判断は正しかったよ。戦場では、一瞬の油断が命取りになる。
「ぼくは、神谷雄一です。あなたは、だあれ?」
「ぐおっ! くくっ、ふがおが……息ができん! し、しぬ~っ!」
「あっ、ごめん。首を強く、締めすぎてたね。あはは~」
暗闇の中、俺のことは、いつでも絞め殺せる。そう言っているのだな。なかなか高度な脅しのテクニックだ。
脳筋のくせに。
「ケホケホ。その前に答えろ。キサマの目的はなんだ」
「ぼくは、ヤシロ・アイミちゃんに会いに来たの。遊びに来たんだよ?」
やはり、目的はアイミだったか。生憎だが、まだその時ではない。
「完璧なる擬態!」
ぼむ!
「わっ、びっくり! イケメンが、かわいい女の子になった」
「何を隠そう、私が、ヤシロ・アイミだったのだ。よろしくな、神谷雄一」
「あはは~、そうなんですね。よろしくお願いしま~す」
ふっ、ちょろいな。アホ面下げて信じ切ってやがる。
「くんくん……くんくん。でも雄一様、この者からは、雄の匂いしか、しませんが?」
くぁ、ブルードラゴン。キサマ余計なことを言うなっ。
「うふふ、擬態って……言っちゃってたしね」
アラマンダ! お前もかっ!
「ダメだよ二人とも。それは、アイミちゃんに失礼だよ」
OK! 最重要人物がアホで助かった。
「ぼくは、君がアイミちゃんだと信じるよ? ね? さっきのお兄ちゃん?」
「気遣い上手かっ、この脳筋! まぁいいだろう名乗ってやる。俺の名は、コンス・タカシ・ノープル」
「コンス・タンチ・ノープルさんだね?」
「タンチじゃねえ、タカシだ! まさかお前、アイミと同類ではなかろうな。ぶるる……イヤな予感がする」
「ねえ、タンチさんは背が高くて、瑠璃色の目と髪の毛の、かっこいいお兄ちゃんだね」
「ふっ、おだてても無駄だぜ。メガロスの犬が……」
「ララ姉ちゃんも、そう思うでしょ?」
「うふふ、そうね」
「……あ、アラマンダ……。ホントか?」
ララと言う名だったのか。……うん。いい名だ。
アホの神谷へ向けた困り顔、からの破顔一笑。嗚呼、眩暈がするほど魅力的だ。花の精霊が如き可憐なララちゃん。完璧だ……。完璧な女性だ……。
そんなララちゃん、俺のことを、カッコイイと言ってくれたな……。間接的にだが。
「ぢ~っ……」
「うっ、なんだよ、神谷。俺の顔をじっと見て。気持ちが悪いだろ」
「ねぇねぇ。タンチさんったら、ララ姉ちゃんのこと、好きになっちゃった。みたいだよ?」
なんて奴だ! この小悪魔キューピット。勝手に代理告白しやがった。ララちゃんが勘違いしたら、どーしてくれんだバカヤロウ!
「あら、そう? うふふ」
ナイス! それって俺のこと、まんざらでもないってことだよね? なかなか有能なキューピットじゃねえか神谷。
俺は思う。告白とは、男からするものだと。大事なことだから、もう一度言っておく。告白は、男の仕事だ。
しかし、焦ってはいけない。紳士たるもの、会ったばかりで告白などしない。
まずは、誘い(デート)だ。
「アラマンダ……いや、ララさん。今度、ディナーでもご一緒しませんか」
「あはは~。いいね、それ。ぼくも一緒にいく~」
邪魔すんなっ、このポンコツキューピット! キサマ一体なにがしたいんだ!
「その時は、アイミちゃんも一緒。だよね?」
「はっ!」
俺は、我に返った。誘惑の鎖を、断腸の思いで断ち切って……。
ズバリ神谷は、アラマンダ・ララちゃんを餌に、アイミを引き出す作戦だったのだ。俺は危うく神谷の罠に嵌るところだったのだ。
こんなガキが色仕掛けとは恐れ入る。しかし、他の者は騙せても、完璧なる賢者、コンス・タカシ・ノープルを騙すことはできん。
「キサマ……。このハニートラップで、何人の純真な男を屠ってきた」
「え~っと、言ってることが、分かりません」
「ふっ、蒙稚のフリをしても無駄だ。天と、真眼を持つ俺は、誤魔化せん!」
「うん。確かにタンチさんは、全てを見通すほど、鋭くて優しい、いい目をしているね」
「この期に及んで、まだ誑し込むとは……。覚悟しろ。お前は本気で俺を怒らせたんだ!!」
脳筋、神谷雄一。
真眼を使って見たところ、コイツには、有り得ない影がいくつも見える。
影の正体は、神か悪魔か……。いずれにしても、これまでに出会ったこともない、ヤバイ相手だ。
それでも、勝つのは、この摧龍、コンス・タカシ・ノープルだ。