#150 トマト愛 勇者アイミ1/4
俺の名は、コンス・タカシ・ノープル、十七歳。プロタゴニス皇国にある、皇立コラッジョ孤児院で生活している戦災孤児だ。
俺のステータスカードは、ゴールドカード。完璧なる賢者と刻まれている。
そう、俺は、国から強い信頼を寄せられている。同じ孤児院に暮らす、七つ下の勇者と共に……。
「うんしょ、うんしょ」
ばちゃっ。
「あうう~。またこぼちたでしゅ。くみなおしゃなくっちゃ。ランラン」
朝。蛇口と畑を、ジョウロを抱えて何度も往復している勇者。
「はあ、またかあのバカ……。もう学校が、始まるってのに」
勇者は、畑に聳え立つ巨大な樹木に話しかける。
「今日も、元気そうで、嬉しいでしゅ。さあ、おみじゅをど~じょ、とまとしゃん。らんらん」
そう。樹木の正体は、トマトだ。しかも、まだつぼみを付けたばかりの苗だ。
魔法の力を使わず、一体、どう育てれば、あんな怪植物になるのか。
勇者曰く、「とまと愛でしゅ~」だそうだ。
勇者は、紺色詰襟学生服姿。
和人形のように揃う、美しい黒髪が、肩の辺りまでのびている。いや、良いように言い過ぎた。実際は寝ぐせの影響で、何本もアホ毛が跳ねている。
「にゃはは~。お~きく、お~きく、なってくらしゃい。らんらん」
少し垂れた、二重瞼の端っこには、朝日を受けて輝く琥珀色の……いや、やはり無理に良く言うのはやめよう。
かっぴかぴの、目ヤニが付いている。
「にゃはは~、にゃはは~。あの太陽しゃんのように、大きくて真っ赤な、とまとしゃんになってくらしゃい」
肌は、新雪のように透き通るほど白い。その肌に不釣り合いな、日の丸ほっぺ。
ほぼほぼ、四頭身の小さな体。上がる眉毛は、味付け海苔を張り付けたように凛々しく黒太い。よし、これは間違いない。
お? 小鳥が飛んできた。
「ぴぴぴぴ」
「ちちちちち」
青や黄色の小鳥たちが、勇者を取り囲む。何も、驚くことはない。これも、いつもの朝の光景だ。
そしていつも、ポケットからパンくずを取り出すんだ。
「にゃはは~、朝ごはんでしゅ~」
ぱぁぁぁっ。
「ぴぴぴぴ」
「ちちちちち」
「にゃは、にゃははっ。い~っぱい、食べてくだしゃい」
宙に舞うパンくず。群がる十数羽の小鳥に、勇者の上半身は覆い尽くされた。
ぽと、べちゃっ。
「にゃはは~らんらん」
小鳥たちの落とし物を頭に受けても、気にも留めない。……さすが勇者。大物だ。
キーンコーンカーンコーン……。
遠くから、鳴り響いた鐘の音に、勇者は激しく動揺する。まるで魔物に怯えるリスのように。
「あわわっ、あわわっ、始業のベルが鳴っちゃいましゅ。また、遅刻でしゅ~」
勇者は、残りのパンくずも紙吹雪のように天に散らせ、コラッジョ孤児院を飛び出した。短い手足をばたつかせて。
「あいつ、毎朝、一日も欠かさずカバンを忘れて……。一体どう言う意味の、ルゥーティーンなんだ」
俺は、二人分のカバンを脇に抱えると、移動魔法、韋駄天を掛ける。八頭身の完璧ボディを、ふわりと浮かせれば、自分がまるで風にでもなった気分だ。
ギャン!
「っと、その前に」
キキッ!
「はぁはぁ……あっ! コンス・タンチ・ノープルしゃん。おはようごじゃいましゅ」
「タンチじゃねえ。タカシだ」
こうして、毎朝、俺は、右脇に勇者を抱えて、登校するのだ。
「あわわ、もっと、ゆっくり! こわいでしゅ! タンチしゃん」
「黙れダメ勇者、ヤシロ・アイミ」
◇◇◇◇◆◆◆◆
勇者のダメさ加減は、いよいよ学校で発揮される。
今は、体育館で、上級魔法授業……前の、準備体操だ。
初級魔法をボール代わりに、シールドラケットを展開してバディで打ち合う。ハッキリ言ってお遊びだ。しかし……。
ボカン!
「きゃあ先生! アイミさんが、また気絶しました」
勇者は、回復魔法で傷や体力を回復させても、なかなか目覚めない。やっと気が付いても、必ずぐずる。
「ふええ~ん。やっぱりあたちには無理でしゅ~」
「なにを勇者のくせに情けない! やる気がないのなら、今すぐにこの場から立ち去りなさい!!」
「は~い。らんらん」
「あああっ、本当に立ち去ってどうするんです」
「でも、しょろしょろ草むしりの時間でしゅ」
「そんなくだらないことで……。いいですかアイミさん。あなたはムウ様の定められた、救世主の資格があるのですよ。ですから、雑草如きの……あああっ、先生の言葉を無視して、帰らないで下さい。アイミさん!」
「いあでしゅ~、帰りましゅ~。とまとしゃ~ん、たしゅけて~」
「救世主になろう勇者が、お野菜に助けてを求めないで下さい!」
専属教師が、ダメ勇者を励ます……。
アイミは、三歳で卒業できる、幼稚クラスを、このあいだ、十歳にして、ようやく卒業した。
そして事件は起きた。史上最年長記録を更新したことではない、卒業の証として付与されたステータスカードが、金色に輝いたのだ。ゴールドカードに刻まれた役職は、まさかの勇者。まさかの億越えアベレージ。国中がひっくり返った。
卒業後、本人は、大好きな畑いじりをして暮らすつもりでいたようだが、そうはいかない。
魔法学校の、初心、初級、中級、上級を飛び越え、最上級である、マスタークラスへと飛び級してきた。
しかし、中身まで変わったわけではない。
突然のエリートコースに、アイミが付いてこられるはずがなかった。
「ほら立てよ、アイミ。俺が魔法の極意を教えてやるから」
「ほへえ、タンチしゃん……」
「タカシだバカ!」
結局、今日も俺の出番だ。
救世主決定戦? バトルロイヤル? バカ言ってんじゃねぇ。こんな勇者(笑)、一瞬で殺されちまうぜ。
「いいか、アイミ。感じるままに、気の流れを、その手で紡いでいけ」
「ほへえ、気の流れ……? こう、かな?……」
「そうだ、その突き出した両手で、見るんだ。感じるんだ。世界が陰陽のエネルギーに包まれていることを」
「えにぇるぎぃ~……」
「熱、振動、波動、あらゆるエネルギーを小さく、丁寧に分類し、イメージを紡いでいくんだ」
「うにににに……」
「よしそうだ。魔力が集まってきているぞ。今だ、念じろ! 魂で語りかけろ、見えざる力に! 我を助けよ、我を護れと」
「ふにゃあ~!」
ぽん!
両手を突き出すアイミの手から、トマトが飛び出した。
魔法で物質を作りだすことは、極めて難しい。それをアイミは難なくこなした。
ぽぽぽぽぽ~ん!
それも一つだけではない。次々に生まれ出るトマトに、足元が埋め尽くされた。
「しかも、このトマト、完熟している……ってバカ! こんなの宴会芸だ」
「もぐもぐ、にゃはは~。でも、本物のおいしさには、程遠い味でしゅ~。足らないのは、甘みかなぁ? それとも、しゃんみかなぁ?」
「知るかっ! ええいっ、トマトのことは忘れて、さあ、もう一度、力を集めろ!」
「ぅぅぅ……。はいでしゅ……。とまとしゃんのことは、わしゅれましゅ……ぅぅぅ」
「そうだ! ただ全身で、エネルギーを感じるんだ!」
「はいでしゅ……。う、うにににに……。うににににぃ~っっ!!」
「よし、そうだ! うっ?! これは……、凄いぞ!」
再び魔力を集め出すアイミ。今度は途轍もない速度で、巨大なエネルギーが集まってきた。
俺の魔力を遥かに超える力。これが勇者アイミのポテンシャルか。
「まてよ? 億の魔力が、馬鹿の手の平に……?」
!!こいつわ危険だ!!
「あわわわっ、ストップだアイミ! ストーップ!!」
「うににににぃぃぃっ!!」
「増えてる増えてるって!! 聞こえないのか?! 億単位の魔力が暴発すれば、この場にいる全員が死ぬぞ?! 避難だ!! みんな、急いで避難しろーっ!!」
「わーっ」
「きゃーっ」
その時、アイミの伸ばす掌から、一つの完熟トマトが現れた。
また……? いや、違う。
今度のトマトは、只のトマトじゃない。風船のように、ドンドンと膨らんでいく。
体育館いっぱいに膨張したトマトは、逃げ遅れた生徒を次々と圧し潰した。
俺までも……。
「ぐはあっ、トマトに……殺される……」
「ふにゃにゃにゃにゃあ~っ」
「もうやめろアイミィ! アーイーミーーッ!!」
ドカーン!
「うわあーっ!!」
トマト大爆発。
バリン、バリン、バリン!
ブッシュウウウウウウッ!!
大量発生したトマトジュースが、体育館中の窓とドアを破り、噴水のように噴き上がった。
この事故で、一時意識不明者が数名出たものの、死者、重症者がでなかったことは、奇跡としか言いようがあるまい。
「何よりも、この素材本来の旨味……。食塩無添加とは思えぬ味わい……、見事なトマトジュースだ。腕を上げたな、アイミ……ってバカ! 危うく本当の血の海地獄になるとこだったぞ!!」
「うえ~ん。バカでごめんなしゃい。あたち、やっぱり帰りましゅ~。らんらん」
「開き直って帰ろうとすんなっ!」
魔法とは、イマジネイションの具現化。
攻撃するため、身を守るために沸かせた、イメージが形となる。
しかしアイミは、その想像力を生み出す「知力」に欠けている。決定的に欠けているのだ。
てか、トマトしかイメージできない。アイミの頭の中は、トマトでいっぱいだ。だから魔力がトマトになる。
当然戦闘には使えない。致命的に使えないのだ。
「いや、諦めるなアイミ! 次だ次ぃ!!」
「いあでしゅ~。諦めましゅ~」
俺はそれでも諦めない。
アイミは、決して見捨てられない恩人の子……。嫁入りまで守り抜く。そう決めた子……。
だから、この現実を受け入れた上で、何とかしなければならない。
一週間以内に……。
生存を掛けて、この小動物を、猛獣へと変えなければならない。
一週間以内に……。
我がプロタゴニス皇国で執り行われる、救世主決定戦まで、あと、一週間。