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脳筋だもん  作者: 妖狐♂
154/169

#150 トマト愛 勇者アイミ1/4

 俺の名は、コンス・タカシ・ノープル、十七歳。プロタゴニス皇国にある、皇立コラッジョ孤児院で生活している戦災孤児だ。


 俺のステータスカードは、ゴールドカード。完璧なる賢者パーフェクト・セージと刻まれている。

 そう、俺は、国から強い信頼を寄せられている。同じ孤児院に暮らす、七つ下の勇者と共に……。


「うんしょ、うんしょ」


 ばちゃっ。


「あうう~。またこぼちたでしゅ。くみなおしゃなくっちゃ。ランラン」


 朝。蛇口と畑を、ジョウロを抱えて何度も往復している勇者。


「はあ、またかあのバカ……。もう学校が、始まるってのに」


 勇者は、畑に聳え立つ巨大な樹木に話しかける。


「今日も、元気そうで、嬉しいでしゅ。さあ、おみじゅをど~じょ、とまとしゃん。らんらん」


 そう。樹木の正体は、トマトだ。しかも、まだつぼみを付けたばかりの苗だ。

 魔法の力を使わず、一体、どう育てれば、あんな怪植物になるのか。

 勇者曰く、「とまと愛でしゅ~」だそうだ。


 勇者は、紺色詰襟学生服姿。

 和人形のように揃う、美しい黒髪が、肩の辺りまでのびている。いや、良いように言い過ぎた。実際は寝ぐせの影響で、何本もアホ毛が跳ねている。


「にゃはは~。お~きく、お~きく、なってくらしゃい。らんらん」


 少し垂れた、二重瞼の端っこには、朝日を受けて輝く琥珀色の……いや、やはり無理に良く言うのはやめよう。

 かっぴかぴの、目ヤニが付いている。


「にゃはは~、にゃはは~。あの太陽しゃんのように、大きくて真っ赤な、とまとしゃんになってくらしゃい」


 肌は、新雪のように透き通るほど白い。その肌に不釣り合いな、日の丸ほっぺ。

 ほぼほぼ、四頭身の小さな体。上がる眉毛は、味付け海苔を張り付けたように凛々しく黒太い。よし、これは間違いない。

 お? 小鳥が飛んできた。


「ぴぴぴぴ」


「ちちちちち」


 青や黄色の小鳥たちが、勇者を取り囲む。何も、驚くことはない。これも、いつもの朝の光景だ。

 そしていつも、ポケットからパンくずを取り出すんだ。


「にゃはは~、朝ごはんでしゅ~」


 ぱぁぁぁっ。


「ぴぴぴぴ」


「ちちちちち」


「にゃは、にゃははっ。い~っぱい、食べてくだしゃい」


 宙に舞うパンくず。群がる十数羽の小鳥に、勇者の上半身は覆い尽くされた。


 ぽと、べちゃっ。


「にゃはは~らんらん」


 小鳥たちの落とし物を頭に受けても、気にも留めない。……さすが勇者。大物だ。


 キーンコーンカーンコーン……。


 遠くから、鳴り響いた鐘の音に、勇者は激しく動揺する。まるで魔物に怯えるリスのように。


「あわわっ、あわわっ、始業のベルが鳴っちゃいましゅ。また、遅刻でしゅ~」


 勇者は、残りのパンくずも紙吹雪のように天に散らせ、コラッジョ孤児院を飛び出した。短い手足をばたつかせて。


「あいつ、毎朝、一日も欠かさずカバンを忘れて……。一体どう言う意味の、ルゥーティーンなんだ」


 俺は、二人分のカバンを脇に抱えると、移動魔法、韋駄天パーフェクト・スピードを掛ける。八頭身の完璧ボディを、ふわりと浮かせれば、自分がまるで風にでもなった気分だ。


 ギャン!


「っと、その前に」


 キキッ!


「はぁはぁ……あっ! コンス・タンチ・ノープルしゃん。おはようごじゃいましゅ」


「タンチじゃねえ。タカシだ」


 こうして、毎朝、俺は、右脇に勇者を抱えて、登校するのだ。


「あわわ、もっと、ゆっくり! こわいでしゅ! タンチしゃん」


「黙れダメ勇者、ヤシロ・アイミ」


◇◇◇◇◆◆◆◆


 勇者のダメさ加減は、いよいよ学校で発揮される。


 今は、体育館で、上級魔法授業……前の、準備体操だ。

 初級魔法をボール代わりに、シールドラケットを展開してバディで打ち合う。ハッキリ言ってお遊びだ。しかし……。


 ボカン!


「きゃあ先生! アイミさんが、また気絶しました」


 勇者は、回復魔法で傷や体力を回復させても、なかなか目覚めない。やっと気が付いても、必ずぐずる。


「ふええ~ん。やっぱりあたちには無理でしゅ~」


「なにを勇者のくせに情けない! やる気がないのなら、今すぐにこの場から立ち去りなさい!!」


「は~い。らんらん」


「あああっ、本当に立ち去ってどうするんです」


「でも、しょろしょろ草むしりの時間でしゅ」


「そんなくだらないことで……。いいですかアイミさん。あなたはムウ様の定められた、救世主の資格があるのですよ。ですから、雑草如きの……あああっ、先生の言葉を無視して、帰らないで下さい。アイミさん!」


「いあでしゅ~、帰りましゅ~。とまとしゃ~ん、たしゅけて~」


「救世主になろう勇者が、お野菜に助けてを求めないで下さい!」


 専属教師が、ダメ勇者を励ます……。


 アイミは、三歳で卒業できる、幼稚クラスを、このあいだ、十歳にして、ようやく卒業した。

 そして事件は起きた。史上最年長記録を更新したことではない、卒業の証として付与されたステータスカードが、金色に輝いたのだ。ゴールドカードに刻まれた役職は、まさかの勇者。まさかの億越えアベレージ。国中がひっくり返った。

 卒業後、本人は、大好きな畑いじりをして暮らすつもりでいたようだが、そうはいかない。

 魔法学校の、初心、初級、中級、上級を飛び越え、最上級である、マスタークラスへと飛び級してきた。

 しかし、中身まで変わったわけではない。

 突然のエリートコースに、アイミが付いてこられるはずがなかった。


「ほら立てよ、アイミ。俺が魔法の極意を教えてやるから」


「ほへえ、タンチしゃん……」


「タカシだバカ!」


 結局、今日も俺の出番だ。

 救世主決定戦? バトルロイヤル? バカ言ってんじゃねぇ。こんな勇者(笑)、一瞬で殺されちまうぜ。


「いいか、アイミ。感じるままに、気の流れを、その手で紡いでいけ」


「ほへえ、気の流れ……? こう、かな?……」


「そうだ、その突き出した両手で、見るんだ。感じるんだ。世界が陰陽のエネルギーに包まれていることを」


「えにぇるぎぃ~……」


「熱、振動、波動、あらゆるエネルギーを小さく、丁寧に分類し、イメージを紡いでいくんだ」


「うにににに……」


「よしそうだ。魔力が集まってきているぞ。今だ、念じろ! 魂で語りかけろ、見えざる力に! 我を助けよ、我を護れと」


「ふにゃあ~!」


 ぽん!


 両手を突き出すアイミの手から、トマトが飛び出した。

 魔法で物質を作りだすことは、極めて難しい。それをアイミは難なくこなした。


 ぽぽぽぽぽ~ん!


 それも一つだけではない。次々に生まれ出るトマトに、足元が埋め尽くされた。


「しかも、このトマト、完熟している……ってバカ! こんなの宴会芸だ」


「もぐもぐ、にゃはは~。でも、本物のおいしさには、程遠い味でしゅ~。足らないのは、甘みかなぁ? それとも、しゃんみかなぁ?」


「知るかっ! ええいっ、トマトのことは忘れて、さあ、もう一度、力を集めろ!」


「ぅぅぅ……。はいでしゅ……。とまとしゃんのことは、わしゅれましゅ……ぅぅぅ」


「そうだ! ただ全身で、エネルギーを感じるんだ!」


「はいでしゅ……。う、うにににに……。うににににぃ~っっ!!」


「よし、そうだ! うっ?! これは……、凄いぞ!」


 再び魔力を集め出すアイミ。今度は途轍もない速度で、巨大なエネルギーが集まってきた。

 俺の魔力を遥かに超える力。これが勇者アイミのポテンシャルか。

 

「まてよ? 億の魔力が、馬鹿アイミの手の平に……?」

 

 !!こいつわ危険だ!!


「あわわわっ、ストップだアイミ! ストーップ!!」


「うににににぃぃぃっ!!」


「増えてる増えてるって!! 聞こえないのか?! 億単位の魔力が暴発すれば、この場にいる全員が死ぬぞ?! 避難だ!! みんな、急いで避難しろーっ!!」


「わーっ」


「きゃーっ」


 その時、アイミの伸ばす掌から、一つの完熟トマトが現れた。

 また……? いや、違う。

 今度のトマトは、只のトマトじゃない。風船のように、ドンドンと膨らんでいく。

 体育館いっぱいに膨張したトマトは、逃げ遅れた生徒を次々と圧し潰した。

 俺までも……。


「ぐはあっ、トマトに……殺される……」


「ふにゃにゃにゃにゃあ~っ」


「もうやめろアイミィ! アーイーミーーッ!!」


 ドカーン!


「うわあーっ!!」


 トマト大爆発。


 バリン、バリン、バリン!

 ブッシュウウウウウウッ!!


 大量発生したトマトジュースが、体育館中の窓とドアを破り、噴水のように噴き上がった。

 この事故で、一時意識不明者が数名出たものの、死者、重症者がでなかったことは、奇跡としか言いようがあるまい。


「何よりも、この素材本来の旨味……。食塩無添加とは思えぬ味わい……、見事なトマトジュースだ。腕を上げたな、アイミ……ってバカ! 危うく本当の血の海地獄になるとこだったぞ!!」


「うえ~ん。バカでごめんなしゃい。あたち、やっぱり帰りましゅ~。らんらん」


「開き直って帰ろうとすんなっ!」


 魔法とは、イマジネイションの具現化。

 攻撃するため、身を守るために沸かせた、イメージが形となる。

 しかしアイミは、その想像力を生み出す「知力」に欠けている。決定的に欠けているのだ。


 てか、トマトしかイメージできない。アイミの頭の中は、トマトでいっぱいだ。だから魔力がトマトになる。

 当然戦闘には使えない。致命的に使えないのだ。


「いや、諦めるなアイミ! 次だ次ぃ!!」


「いあでしゅ~。諦めましゅ~」


 俺はそれでも諦めない。

 アイミは、決して見捨てられない恩人の子……。嫁入りまで守り抜く。そう決めた子……。

 だから、この現実を受け入れた上で、何とかしなければならない。

 一週間以内に……。

 生存を掛けて、この小動物を、猛獣へと変えなければならない。

 一週間以内に……。

 我がプロタゴニス皇国で執り行われる、救世主決定戦まで、あと、一週間。

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