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脳筋だもん  作者: 妖狐♂
153/169

#149 ヒサ覚醒 神の器3/4

 チェダック工房 チェダック視点


 スランプ。それは、凡人だけが感じることのできる、特殊なバーサク状態。

 スランプ。それは、できて当然。できて当たり前のことができなくなる状態。

 スランプ。それは、凡人が励む努力。その努力が無駄になる状態。


 そんなスランプ。全人類において、俺だけは無縁の言葉だと思っていた。


 何故なら俺は天才だから

 何故なら俺に創れないものなどなかったから。

 何故なら俺は神にさえ勝った男なのだから。


 天才の俺が構想した神の器。それは神の血肉。

 即ち、金属繊維による筋繊維の構築と破壊の連鎖。生きる金肉の創生だ。

 それを可能にするのが、ファイバー・レインフォース・プラスチック通称FRP技術を転用した新技術、ファイバー・レインフォース・スライムFRSだ。

 天才だ。俺の手は万物創生の域に達したのだ。


 それなのに……。全てを数字で表すことすらできるこの俺が、今まさに、スランプの渦中にいる。


 試作FRSが、神谷の振るった雑草に、切り刻まれたのだ。


「おえっ、おえええっ」


 ううう、神谷の顔を思い出すと吐き気がする。

 そうだ。きっと金肉繊維のヤング率が高すぎるのだ。とすれば、超極細アダマンタイト繊維を、螺旋形状とすべきか……いや、中空形状では緻密度が更に下がり話にならん……。だが、それならば、どうすればよいのだ。

 分からん、分からん、分からん! おええぇぇっ!


「ハカセ・チェダックハカセ・オキテクダサイ」


「MKSか……、う~んんん……。吐き気と眩暈に襲われている。すまんが今日も寝かせてくれ……」


「タイヘンナンデス・ヒササンガ……」


「なにぃっ、ジジイが、また妙な機械を造り出したか?」


「ハイ」


 がばっ!


「おんのれ待ってろ、くそジジイー!」


 神谷が置き去りにしたジジイ。コイツはただのボケ老人ではなかった。コイツは、伝説の織師、ヒサ・オクトリバだった。

 ジジイは当初、うちの機械を手当たり次第に分解、メンテナンスを繰り返していた。

 異変に気付いたのは、その一週間後だ。このジジイ、メンテナンスをしていたんじゃない。パーツを抜いてやがったんだ。

 そしてその盗んだパーツで、織物に関する機械を組み上げだした。


 ブゥン、ブゥン、ブゥン、ブゥン……。


「くるくる~、くるくる~。ぎゃはは」


 あそこは、液体魔導エネルギーを製造している場所じゃねえか。

 くっそジジイが、我が工房のデリケートゾーンをいじりやがって!


「じじーいっ、今度という今度は、容赦しねえぞっ!!」


 この際だ。こないだ貰った一・五往復ビンタ。それを倍返しにしてくれる。


 パンパン! パパパパーン。


「ぐっへえっ! また返り討ちにあったぁっ」


 ジジイによる、振り向きざまの四往復ビンタ。俺の予定より、一回多い! なんで俺がこんな目に……。


「ねんし~、くるくる~。ねんし~、くるくる~……」


「なに、撚糸? ……こ、これは、撚糸機かっ……?」


 撚糸機。

 糸に、時計、或いは半時計周りに捻じりを加える機械。

 糸に撚りを加えれば、柔剛性が付与される。その糸を用いて織られた生地は、伸縮性を持ち、着心地軽やかで、丈夫である。


 ジジイの造った機械は、蜘蛛の糸より細い、超極細アダマンタイト繊維に、撚りを掛けていた。


「まこーねんし、まこーねんし……ぎゃはは」


「魔鋼……撚糸……? ちょっと見せてみろっ……、うっ、コレは……」


 なんとしなやかで、強靭な糸なんだ。

 しかし、曲げ剛性の高い金属を、単純に捻じれば、直ぐに折れる筈。どうやったらこんな芸当が……。


 ぽちゃん……ぽちゃん……。


 この点滴の様に滴る液体は、液体魔導エネルギー?

 金属繊維を、捻る瞬間、液体魔導エネルギーを一緒に撚り込ませているのか……。


 そう言えば、繊維に、より強い撚りを加えるために、水を垂らしながら撚る、湿式撚糸と言う技術を聞いたことがある……。


 素晴らしい……。


 悔しいが、強度を付与させるのに出てきた発想が「螺旋」だった俺とは、比較にならん発想力と技術力だ……。


「とんとんからり……とんからり……ぎゃはは」


 なんだ? 今度は撚り上がった魔鋼撚糸を使って、織物を織っている。

 いやこれは、織物などとは呼べぬ代物。網の様に隙間だらけの絡まった……言わば糸屑。


「くだ、くだ、ぎゃはは……」


「管……だと……?」


 ジジイから渡された網状のゴミ……。何だ、この触感は。まるで金属とは思えん。

 どうにも理解できなかった俺は、コレを顕微鏡で見てみた。そして初めて、コレが何かを理解した。


「これは、人工毛細血管だ!!」


 このジジイ、しれっとナノ臓器を造っていやがった。


「と~んと~ん、とんとんとん……とんとんからり……とんからり……ぎゃはは」


「これが、伝説の織師。ヒサ・オクトリバ……か」


 呆けても、鳳凰。理性を失ったからと言って、その羽ばたきを忘れたわけではない。


「ハカセ・ウツウツ・シテイル・バアイデハ・アリマセン・デショ?」


「MKS……」


「ヒサハ・ハカセノ・シヨウトシテイル・シゴトヲ・チャント・リカイシテイマス」


「……そのようだな」


 分かってるよMKS。どうやら俺は大きな勘違いをしていたようだ。

 俺は凡才。彼こそが天才だ。

 いや、そんなこと、ずっと以前から知っていた。屈辱感を覚えた、大戦のあの日から……。


「ヒサの才能。その能力。俺は……、ずっと前から……、知ってたんだ。でも、どうしても敗北が認められなかったんだよ。俺が、俺でなくなるような気がして……」


「ハカセ? ヒサノ・ジカン・ソウナガクハ・アリマセンヨ?」


「何だと?」


「ヒサノニクタイハ・スデニ・セイメイカツドウノ・ゲンカイヲ・コエテイマス」


「つまり、ヒサは、いつ死んでも……?」


「……オカシク・アリマセン」


 くそっ、なら教えを請えるのは、今しかないって、ことじゃないか。


「教えてください先生! オクトリバ先生! 俺は、計算によって、この世の全てを解明したつもりでした。素材さえあれば、どんな物でも創り出せると、思っていました」


「とーんとんとん、とんからり……」


「でも違った。今は、何もかもが謎だらけ。自分が、何が分かっていないのか、それすらも分かっていない……」


「とーんとんとん、とんとんとん……」


「なぜあなたが、肉体の限界を超えてなお、新たな創造の世界を飛べているのかも……」


「とんからり……」


「分からない……。この世界には、そもそも数字で表せられないモノが、存在するとでも言うのか……?」


 俺が、バカだった。もっと謙虚であれば、ヒサ・オクトリバとの出会いも、もっと早くに果たせていただろうに……。


「数字とは、この世で起きている現象を、解明する言語……」


「うっ、オクトリバ先生?」


「しかし、言葉では言い表せない、心があるように……、数字では、決して捉えられない、現象があるのだ」


「正気を、取り戻されたのですか? ヒサ・オクトリバ先生」


「ヒサだと……? テメーの魂が感じるままに、わしのことは、ジジイと呼べい!」


「ジ、ジジイ……?」


「小便臭い若造が、数字ごときに振り回されおって……。ふん、教えてやるよ小僧。本当のモノ作りとは、何かをな」


「ありがとうございます先……ジジイ。早速、さっき言ってた言葉の意味を、教えて下さい」


「バカかお前は! 言葉や数字で教えられりゃぁ、苦労はねえっって、言ったばかりだろっ、このおしめ野郎! さっさと、コッチ来て手伝えコラアッ! 職人魂は、体で覚えろオラアッ! 十往復ビンタ食らわすぞ、このゴミムシだましっ!」


「く、口が……。俺よりも、悪い……?」


 完全に、ヒサの頭が元に戻った。いや、更におかしくなったのか。

 ここから、俺に対するヒサの対応は、本格的に常軌を逸っする。

 変人と言われ続けたこの俺が、至極一般常識人に見える程に――――。

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