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脳筋だもん  作者: 妖狐♂
150/169

#146 百尺竿頭 ティアシナリオ5/8

 ディアーナ視点


 今宵は大いなる陰月。そしてたっくんと一緒にいられる最後の夜。でも、あたいは寝室を共にせず、軒先で一人、無音に流れる銀漢を眺めていた。


「たっくんは、あたいを女神と言った。だからあたいは、たっくんの人生を奪うため、女神を演じた」


 あたいは一人、たっくんとの時間を振り返る。


「クスクス……なにをバカな。本当は、たっくんが傍に、いて欲しかっただけ……」


 生きることの喜びを実感した日々。


「でも幸せな時間は永遠ではない」


 人は死に、私は生き続ける。一緒に時間は越えられない。

 あたいはまた、一人ぼっちになる。いや、愛を知った以上、これから本当の孤独ひとりを知るのだ。


「この六十年という輝いた歳月が、大きな闇となってあたいに襲ってくるんだ。悲しいよぉ……。育んだ愛の大きさだけ、鉛となって、あたいの心を押し潰すんだ。怖いよぉ……」


 この六十年。なんと愚かな時間を過ごしてきたのだ。

 この六十年。愛に溺れたあたいを呪い殺してやりたい。

 あたいは、この僅か六十年のせいで、永劫、死よりも辛い苦痛を味わい続けるのだ。


 そして六十年の歳月で、手に残った物は、魔導老子アラーフ・タクフィーラの魂の器……。


「……綺麗……。まるで水晶のような器……。ずっと見てられそう……」


 彼の差し出した、彼の傀儡ぶんしんの材料……。


「まてよ? あたいは彼の全てを知っている。言葉、仕草、行動、反応。癖の一つに至るまで。そうよっ! あたいになら、作れる! 完璧な彼の複製コピーを! あたいに愛を注ぎ続ける、完璧な彼を……。完璧な彼……を……? クスッ……。クス……クスクスクス! あ~あ、気付いちゃったわバカバカしい」


 思い出した。あたいが一体何者だったのかを……。そして、この器の「正しい使い方」を。


「六十年女神をやってきたが、所詮あたいは魔女だった。って訳か……クス、クス……クスン……」


 あたいは決めた。たっくんと会った時、芽生えた、魔女の本性。

 でも、たっくんを伴侶と決めた時に諦めた、魔女の本性。

 たっくんと別れるのが嫌でずっと抑え込んでいた、魔女の本性。


 この六十年。ずっと抑え続けた魔女の本分。その本性を今、解放する。


「悠遠に漂いし霊験たちよ。燐火となりて、我が夫、アラーフ・タクフィーラの、魂の器に……宿れ!」


 ◇◇◇◇◆◆◆◆

 タクフィーラ視点


 若き日のわしは、ただ力のみを追い求める求道者だった。いや、心を持たない、冷酷な悪魔。求道者ならぬ愚道者だったな。


 わしはこれまで、どれ程多くの尊厳と命を踏みにじってきたことか。

 そんなわしを変えてくれたのはディアーナ。君だった。


 君を初めてみた日のことを、わしは昨日のことの様に覚えているよ。

 氷輪のように冷たく大きな目は、どこか寂し気で、それに見合わぬ小さな鼻と口は窈窕極まりなかった。豊かになびく、美しい常磐色の髪の毛は、まるで幼き月桂樹。

 そう。その神秘的な美しさは、月に根を張ると言われている一本の桂木。


 魔女討伐なんて、興味本位の力試しの筈だった。そのわしが、一目で恋に落ちた。

 結果、自身の魔性をひた隠し、正義の使者を演じる始末。

 君に、ただただ「いい男」と思われたい。その一心となった。


 君は、そんなわしを、受け入れてくれた。

 君からの、愛の告白。どれほど心震えたか。

 もっと聞きたいがために、何度もしらばっくれた、あの日の思い出は、わしの生涯の宝となった。

 二人の魂が、一つに結ばれた日。君は、その豊かな愛でわしを包み、魂魄の神髄、命のぬくもりと、その尊さを教えてくれた。

 君はわしの心に、熱い人間の血を通わせたのだ。


 だからこそ、わしは償わねばならぬ。君が真実の愛を教えてくれたからこそ。残された時間が僅かだからこそ。

 わしが無慈悲に殺めた、全ての御霊に償いを。鎮魂の祈りを……。許してくれディアーナ……。


「ほぎゃあ……ほぎゃあ」


 ……なんだろう。か細く、赤子の鳴き声が聞こえる。今は、深夜二時を回った頃か……。

 そう。思えば、ディアーナと出会い、満ち足りた人生だったが、子が授からなかったことは残念だった。この産声は、そんなわしの願望が生み出した空耳か。


「ほぎゃあ……ほぎゃあ」


 いや、空耳などではない。まさかっ、ディアーナか?!


「ディアーナ! ディアーナ! うわっ!!」


 軒先へ飛び出れば、不覚にも太陰の濃い闇に足元を掬われ転んでしまった。その顔先で、微かに浮かぶ金色の輝きが目に映る。

 それは月桂樹の葉で包まれた、揺り篭による聖なる光。

 慌てて起き上がり中を覗くと、そこには玉のような赤子がいた。


「なんと言うことだ。ディアーナ……。君はまさか、全てを忘れるために、生まれ変わりを……?」


 揺り篭にすがり、嗚咽を上げると、心に声が届いた。


『いいえ、違うわ。たっくん』


「ディアーナ無事か。ああ良かった。君が無事で……。ん? では……、この赤子は……?」


「クスクス……。さて、だれのあかちゃんでしょう。クスクス」


「ま、さ、か。この子は、わしたちの……?」


『そう。あたいたちのあかちゃんよ?』


「つまり……わしの魂の器と、君の肉体を融合させて……?」


『はい解説はそこまで。神秘の命に、野暮なことは言わないで? あなた?』


「あ……、ああ。うむ、す、済まなかった」


『ねぇ、あなた? あたいはこの子から、別れは孤独じゃないってことを学んだわ』


「それは、どう言うことじゃ」


『この子をお腹に宿した時、あたいはそれまでにない幸福感を覚えたわ。クスクス、当然よね。たっくんと、あたいを継いだ子と、一緒にいられるのだから。そして、不思議なことに、出産を終えた時、その幸福は絶頂を迎えた……』


「身が、二つに分かれたのにか……?」


『そう。この子が教えてくれたの。体が離れても、心は繋がっているのだと』


「なんと。そのようなことを……」


『あたいは孤独の恐怖から、この子に救われたのよ?』


 どうやら我が子には、とんでもない魂が宿ったようじゃの。

 感謝の言葉もない。わしでもできなかった、ディアーナの、心の隙間を埋めたのじゃから。

 我が子は、生まれながらの恩人じゃ。


 そしてディアーナ。これが母というものか。体を失い、籠となった姿が、遥か霄間しょうかんのように感じる。


『さあ、あなた。抱いてやって。私たちの子を』


「なにゅっ? 君は、持てば砕けそうな紅玉を、抱けと言うてくれるのか。なんと光栄なっ。しかしええいっ、こんな大事な時に、瞼が滲んで前が見えん!」


「ほぎゃあ、ほぎゃあ」


 もたもたしていると、また紅玉が泣きだした。まるでこちらの動揺を見透かしているかのようじゃ。

 そして、この泣き声を聞くと……。ふぅぐっ。胸が潰れそうじゃ。この痛みに有効な回復魔法など無い。

 我が子は、生まれながらにして、最強の黒魔法使いである。


「マズイ、このままでは、心不全を起こしてしまう……。どうすればいいっ? こうか? これでいいのか? あわわっ、今にも壊してしまいそうじゃ!! おお神よ。この年老いた哀れな父親に、どうぞ正しき道を、お示しください!」


「ふぎゃっ……。ふぎゃっ……」


「……ふおおっ、できた。抱けたぞ、ディアーナ。なんと言うことじゃ。我が子は羽の様に軽く、神威の如く重い」


 抱っこの褒美に与えられしは、至極の幸福感。なんたる癒しじゃ。老化しきった細胞が若返っていく……。これなら、あと十年は生きられそうじゃ。

 我が子は生まれながらにして、最強の白魔法使いである。


「きゃっ、きゃっ」


「おうおっ、見てみろディアーナ。わしに抱かれて、無邪気に笑っておるわ。なんと可愛らしい」


『ホント? 嬉しい。でも、あたいには、その子の魂しか見えないの。だから教えて? どんな姿か』


「ディ……ディアーナ……」


「ばぶ、ばぶ」


 なんと言うことか。妻ディアーナは、我が子を一目見ることも、その手で抱くことも叶わず、母となったのだ。


「……髪は、わしの若い頃と同じ青藍。でも顔は、目も、口も、鼻も、全て君にそっくりな……、可愛い、可愛い、女の子じゃ」


『まぁ。あなたの分身を作るつもりでしたから、てっきり男の子かと思ってましたわ』


「ふおっふおっふおっ。どちらでも良い。でかしたぞ、ディアーナ」


『うふふ。そうですね……。では、あなた。この子に名前を贈ってやってください』


「考えるまでもない。すぐに頭に浮かんだ。……この子の名は、ティア! 偉大な月の女神、ディアーナの娘、ティアだ!」


「んば~、んば~」


『ティア……。なんて素敵な名前。ありがとう。あなた』


◇◇◇◇◆◆◆◆◇◇◇◇◆◆◆◆

◆◆◆◆◇◇◇◇◆◆◆◆◇◇◇◇


 あなた、今日はなんと素晴らしい日なのでしょう。成長した娘のティアがあたいを訪ねてくれました。

 今は「試験」と称して、娘との会話を楽しんでいます。それはもう、全力で。


 随分と辛い思いをしたようですが、信頼できる友人に恵まれ、愛する者を見つけ、たくましささえ感じられます。


『ほう、指輪だと?』


『そ。旅立ちの時、彼がくれたの。私の左手薬指に』


『エンゲージリングかっ。ぬほほっ、別れ際に告白なんて、やるじゃないか。雄一』


『それが~、その~……』


『ひゅーひゅーっ、まーまーっ、照れるなティア。みなまで言わずともわかる。雄一はお前に、永遠の愛を誓った。と言う訳だ』


『えーっ、あーっ、んーっ……』


 しかし、雄一と言う少年。聞けば聞くほど、全てにおいて支離滅裂。控えめに言って痴愚。ハッキリ言ってアホだな。

 こんなのの、ドコがいいんだかサッパリだ……。けど、まあ、仕方ないよね。あたいの娘だし……。


『……うむ、よし合格。いいだろう、お前に魂魄魔法を教えてやろう』


『えっ? ホント? やった! 想像してた魔女と違いすぎて、一時はどうなるかと思ったけど、無事に第一関門突破ね』


『それは、お互い様だ』


『え? それって、どういう意味?』


『うっ、あっ、いやっ。コッチの話だ……。そーそー、そんなことはどうでも良くて、雄一が雲で作った指輪とは。一体どんなものか……見てみたいもんだなぁ~、なんつって?』


『そう……。いいわよ。もう、その覚悟はできてるから』


『ああん? その覚悟とは、どういう意味だ』


『欲しいんでしょ? 私の目が。それに、腕も……』


『なにぃっ!? こらっティア! あたいの心を読んだのか』


『読めないし、別に興味もないわ。ただ、予知夢で知るあなたは、私の両目、両腕を奪って、稽古をつけて、くれていたから……』


『!!?』


『何を驚いてるの? それが魂魄魔法伝授の「対価」なんでしょ?』


『そ、そんな。対価……だなどと……』


 両目両腕だなんて……。欲しくないわけがないだろう。

 夢にまで見た願い。叶うなら死んでもいいとさえ思った願い。

 どれ程、お前の姿を見たいか。どれ程、お前を抱きたいか。

 しかし、我が娘からそれを奪って、その願いを叶えようとするバカがいるか……。


『なに指を突っ込まれた、イソギンチャクのように、委縮しているんだ。どうなの? いるの、いらないの』


『ちょっと待て! 落ち着け!』


『私は落ち着いている。ディアーナ。あなたこそ、落ち着いたら?』


『お前、なぜそこまで肝が据わっとるんだ……』


 そう。恐るべきは、ティアの強烈なプレッシャー。あたいとの関係を知らないとは言え、その凄味には戦慄さえ覚える。


『……ティア。お前の言っていた「覚悟」とは、このこと……か?』


『あなたに対しては……そうね』


『あたいに対しては? では、まだ他にも、決めるべき覚悟があるのか』


『私は、鬼神オーガと戦うのよ? 四肢を失うくらいで済めばいい程の、大きな覚悟がいるわよ』


『ティア。お前ってば……。まさか、オーガとの戦いで死ぬ気か?』


『その覚悟は、もうしてきた』


『ばっ……』


 ばかと言いかけたが何も言えない。あほ一人のために命を張るだなんて、親としては認めらんないけど、負けた。女として負けたよ。

 いいやそれでこそ、たっくんと、あたいの子だ。


 そんなお前なら、放っておいても魂魄魔法を覚醒させるだろう。危険な異次元魔法ならばこそ、正しく導いてやらねばなるまい。この時点で両目両腕を封じることも、魂魄魔法の暴走を防ぐ、良い足枷となろう。

 分かったよティア。あたいは、あんたの師となるべく、精一杯の虚勢を張るよ。


『よよよ、よくぞ申したチア。にゃらば、遠慮なく貰うじょ。……お前にょ、そそその、覚悟ちょやらを……』


『かみかみね』


『るさーいっ。いいわね? 本当にやるわよ? 後悔してもしんないからねっ!?』


『しつこい』


『ええいっ、もうっ! ぴよぴよ、ぽ~んと、とっちゃうぞ。ぽいぽい、ぱ~んでとっちゃうぞ……』


『そのへんちくりんな詠唱、いずれ私も習わなきゃダメなのかな……」


『るろるろ、われわれ、万物流転ソーサリー・チェインジ!!』


『わっ、真っ暗。詠唱はともかく、力はさすがね。痛みもなく、瞬間的に奪うんだもん』


『お、お、お……見える……。ティア……、見えるぞ……。お前の姿が、肉眼で……』


『そう、良かったわ。これで、二人して常闇の中じゃ、洒落になんないものね。ん? ディアーナ? なぜ、私の頭を撫でている?』


『お? おおっ。手の感覚を調べていたのだ……。うむ、なかなかに、良いぞ』


『と、言いつつ、ほっぺを撫でるのはどうして?』


『おお。お前の、健康診断を、しているのさ。うむ、うむ……。ケンコウ・ユウリョウジ・シュギョ―ニ・タエラレソウ』


『なにソレ』


 この子が、ティア。この子が、あたいとたっくんの子。なんとカワイイ娘なんだ。

 ティアちゅわ~ん。あたちがママでちゅよ~。べろべろば~。


『はぁっ……。それより、指輪を見たがっていたんじゃないの?』


『えっ? 指輪? ……おおっ、そうだった……。ほーっ、これがそのエンゲージリングか! ふ~む、白妙の、美しい指輪だなあ~……』


 指輪なんざ、ど~っでもいい。さあ指輪を見るふりをして、愛娘の姿をガン見だ。穴が開くまで見続けてやる――。


『んっ、なんだ? ……あ熱っ!? まさか、この、ゆ、ゆびわっ。こっ、この指輪は!? ティアっ、これは……エンゲージリングなどではないぞっ!! ……うぎゃあああ!!!』


『あ~、ゴメン。実はソレ、たんなる魔除けの指輪なの』


『たんなる魔除け? 何を言ってる!! 極めて小さいが、これは、強大な破魔の力を宿した、玉緒だよ!!』


『え? タマノオ? なによソレ』


『コイツぁ~たまげた。あたいでも精霊の力を借りなきゃできないことを……。雄一ってのは、超次元魔法の使い手だ!!』


『超次元魔法? さっきから何言ってんの、ディアーナ』


『言わば神通力さ。やっやばい、うかうかしてると、呪い殺される! はっは~んな、ほなほな、らったったぁ~ん。ふっふ~んな、ちらほら、ちんちらち~ん。幽鬼剥離魔法、笹掻きぃっ!! ぬおおっ早くっ! 早く指輪よっ! イヤリングとして、護るべき主の元へと還れ!』


 ぺりっ。


 ほ~っ、ぎり助かったぁ。いざなう理由がハッキリしていたから、素直にティアの耳にくっついてくれたぁ。……ティアちゃん? こういう大事なことは、正直に言ってちょうだいね? ママ、危うく滅されちゃうところだったわ。


『脳筋の雄一が超次元魔法の使い手? 何かの冗談でしょ。ディアーナもあんまり馬鹿なことやってないで、早速稽古をしてよ。救世主決定戦まで、時間が無いんだから』


 そうだ。見えてねえんだちきしょー!

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