#14 騎士VS忍者
夢。病気が治る夢。その夢を守る為に戦う。
老人と戦う決心を固めた雄一。老人は嬉しそうに構えをゆるりと取った。
「あ、おじいちゃん。お名前教えてください。」
「ふぉっふぉっ。こりゃ失礼。わしの名はタクフィーラ。アラーフ・タクフィーラ。」
「タクフィーラじいちゃん。ぼくを弟子にしてください。」
雄一が突拍子もないお願いをする。一瞬驚きの表情を見せた後、タクフィーラは目を細めた。
「ふぉっふぉっふぉっ、よろしい。今からお主はわしの弟子じゃ。」
「では早速最終試験じゃ愚弟よ! これより世界最強と謳われた魔導老子タクフィーラを。この師を越えて見せろ!!」
「うん! わかった!」
雄一とタクフィーラの師弟対決がこうして始まったと思ったが、このやり取りにパニックになる水晶越しのディスケイニ枢機卿。「なんでー!?」と叫び、雄一とタクフィーラの前に幻影(ホログラム転移)を出す。
「ちょっと! ちょぉーっと待って貰っていいですか? あなたはマブロ・フイスイ王国のアラーフ・タクフィーラ様ですか。」
「如何にもそうじゃが、お主に話してやることは何もない。ムウからも口止めされておるしのぉ。」
「でた! ムウ様の名前! タクフィーラ様は、ムウ様とどのような関係なのですか?」
「と言うかあなた4年前に亡くなっていますよね? なんでここにいられるんですか?」
「これは、神聖なる蟲毒の儀を取りまとめる神官のやることかの? ティア・ディケスイニ」
「なっ、どうして、私の名を。」
興奮していたティア・ディスケイニ枢機卿が、タクフィーラの一言で黙る。しかし混乱が収まらず、ただ顔を青くするだけだ。
そんなティアの表情を見たタクフィーラは、ふっと笑みを漏らす。
「ティア。自分の足を使い、よく考え、よく見るんじゃ。今は見えんことも、そのうち見えるようになる。焦らず、自分を信じることが大切じゃよ?」
「しっ、失礼しました、タクフィーラ様。」
「ふおっふおっ、雄一君を、支えてやりなさい。ティア。」
「はい! 承知しました。」
儀式を穢してしまった。そんな自分を殺したい気持ちいっぱいのティア・ディスケイニは、タクフィーラの言葉が耳に入らない。自失したまま、ただ頭を下げていた。
そうして、逃げ出すように姿を消すティア・ディスケイニを、タクフィーラは優しい眼差しで見送った。
「ふぉっふぉっ、背伸びしたバカ娘が。」
タクフィーラは、雄一と目を合わせ、一寸笑う。
「待たせたの、雄一君。さあ、君から掛かってきなさい。」
雄一は、白色ゴーレムそっくりの構えをとると、タクフィーラへ突っ込んだ。
「やあああ!」
一瞬でタクフィーラの懐へ入ると、強烈な右フックを放つ。それをタクフィーラは魔法障壁で防いだ。
ドオン!
辺りに鈍い音と振動が響き、タクフィーラは数メートル吹き飛ばされた。
ニヤリと口角を上げるタクフィーラに、雄一は追撃を加える。
「やあああ!」
「いいぞ、雄一君、遠慮は無用。本能を剝き出して、次々と打って来なさい。そなたの師は、世界最高峰の山なるぞ。」
こうして師弟対決が再開された。
「くぅーん、くぅーん。雄一様、私の胸は、締め潰されそうです。」
雄一への思い入れが激しいムーンは、両手を胸の前で組み師弟の熱闘を眺めている。そんな中忍者と騎士の間に変化があった。
「ホータイ忍者。済まないが、先程の共闘の話はナシだ。」
騎士の言葉に驚愕する忍者。眉間にしわを寄せ、慌てて問い詰める。
「ああっ? そりゃどういう了見だ! まさか、あのバケモンを、一人で倒す攻略の糸口でも見つけたってのか!?」
忍者は必死だ。明らかに老人が遥か上の力量。忍者には、共闘以外活路が見えない。
「攻略法はない。しかし、病床に伏せていた少年が、今、遥か格上相手に覚悟を持って戦いだした。」
「相手の名を、自分に刻んで。お前は、熱くならないのか?」
「ならねーよ! 意味わかんねぇよ! どこだよ! どこで熱さを感じんだよ!」
「ジジイも、ガキも、大概意味不明だったのに、お前もかよ!!」
忍者は、悶えるように頭を搔き毟りながら答える。
「うん、実は私もよく理解できていない。」
「だがしかし、貴様は私にとって、名を刻む価値のある相手ではないことは、今、この場で理解した。」
「一度でも共闘を許した愚かな自分と共に、貴様をこの場で切り捨てる。」
騎士はそう言うと剣を抜き、その切っ先を忍者に向ける。
「あーあ。てめえ、自分が何を言っているのか、本当に分かっているのか?」
「ここで生き残れるのはただ一人。その一人が、全ての力を手に入れるんだ。その一人になれなきゃ、死ぬんだぜ?」
「元より承知。なれど、正々堂々と頂点へ立たねば、得られたその力に、己が心は喰われるだろう。」
「喰われねぇよ。それより死んだら終わり。なっ考え直せ。自分が生き残れる可能性が最も高い道を選べ!」
「無駄だ。あの少年の、心の強さに私は魅せられた。生死など小事。最期の瞬間まで、私は、私らしく進む。」
騎士の決意を前に、目の前が暗くなる忍者。忍者もまた、決心が着いたのか、覚悟を決めたのか、曲刀を二本両手に抜き、低く構えを取る。
「あーあ。後悔しやがれ! バカ野郎が!」
「後悔? ふふふ。後悔なら、常にしている。」
騎士と忍者の剣がぶつかり合い、火花を散らす。忍者は、持ち前の素早さで舞いを踊るかの如く剣を振るい、騎士は剣と盾でその剣技を捌く。
「魔法は使わないのか? 随分余裕だな」
魔女と剣士の戦いを見ていた忍者が、揺さぶりをかける。
「お前も、その包帯以外に、オリジナルの能力を隠し持っているんだろ? 早く披露したらどうだ?」
忍者の表情が、微かに歪む。動揺は隠したつもりだが図星だった。
「マリオネット」
「!?」
忍者が呟く。すると、騎士の動きが止まった。正確には鈍ったという方が正しいか。騎士の手足は、目に見えない糸に縛られているかのように、自由が利かない。
「ケケケ。意味もなく、グダグダと説得を長引かせていたわけじゃねぇぜ。」
「悪りいが罠を張らせてもらった。これでオレは、てめえを操り人形が如く動かすことができる。」
「だがもし、大人しくしてくれりゃあ、俺の駒として暫くは命が長らえられるぞ。それとも、今ここで死ぬか?」
忍者が上目遣いで騎士に脅しを掛ける。
「蜘蛛の糸か。短時間で準備した割には、なかなかよくできた罠だ。」
「くっ! 流石にタネは見破るか。ええいっ死ね!」
騎士の只ならぬ雰囲気に押され、堪らず忍者は騎士目掛けて剣を振る。
「ウインド・ブレイズ」
騎士がぽつり呟く。
たちまち騎士の周りに鋭い風の刃が巻き起こる。
ガキィン!
「ぐはぁっ。」
忍者の振りぬいた剣は盾に防がれ、逆に風の刃で、大いに全身に切り傷を作った。
更に、同時に蜘蛛の糸を切り裂いた騎士が、忍者に追い打ちを掛ける。
「なんちゅう剣撃。まともに喰らったら、一発アウトだな。刃を合わせる度に、腕ごと持って行かれそうだぜ。」
「はあ、ムダ話が多すぎる。」
騎士は剣に風の刃を纏わせ、忍者の曲刀を弾き飛ばした。
「ちっ! 結局ここは、化け物だらけだったって訳だ。」
「なあ、おい。念仏を唱えるだけの時間くらいは、くれるんだろうな。」
「お前でなければな。」
「ケケケ……。冷てえヤローだぜ。」
騎士は、剣に氷を纏わせ、横薙ぎに振りぬいた。しかし、その瞬間、忍者の姿が消えた。
「なっ? 消えた?」
ドガン!
そして、その直後、騎士の首元で爆発が起きた。
爆発により、騎士が数メートル吹き飛ぶ。何とか体制を整え足から着地はするものの、ダメージが大きく片膝を着いた。
騎士は苦しそうに盾を置き、首元を押さえる。
「ぐっが、がっはあ! ヒール!」
騎士は、血で汚れたフルフェイスの兜を外し、患部に手をやり、回復呪文を掛ける。
そこへ、忍者の声だけが響いた。
「ケケケ。こいつは驚いた。てめぇ、女だったのか。」
「ほおぅ、なかなかの上玉じゃねぇか。このまま殺すには惜しいくらいに。」
騎士は、まだ少女と言った方がよい幼さを残す顔をしていた。小さな顔には、大きな青い目が宝石のように輝き、ブロンドの髪をポニーテールに纏め上げている。
騎士は小さな口をキュッと結んで辺りを睨む。どこか、深い憂いを感じさせるその目が、幼い少女を、大人の女性と感じさせる。
忍者が、上玉と称したのもそのせいであり、彼にロリコン趣味があった訳ではない。
「いい女だ。だが、てめぇは普通の女、子どもじゃねえ。バケモンだ。全力で叩き潰す!!」
そう言うと、治療が未だ完全では無い騎士、もとい少女に、再び爆発が起こる。
少女は気配で爆発を回避するが、爆発は少女を追いかけるように、また追い詰めるように連続で巻き起こる。
ドガン! ドガン! ドガン!
少女は前後左右に回避行動を繰り返す。しかし、少女の目の前で、火花が光った瞬間爆ぜる爆炎を防ぎきることは難しく、徐々に少女の顔は苦痛の表情へと変わった。
逃げ回るしかない少女。その姿に忍者は勝利を確信した。
「ケッケッケ! 忍者の神髄は、隠密にある。俺は元来、決闘形式に向いていないのだ。これが俺の土俵だ!」
「いかに相手に悟られず、気付かれず、任務を遂行するか。」
「物ですら目で見えぬよう隠密化し、目に見えぬ武器を自由に操る。自身の気配と姿も消す。」
「どうだ! もはや、俺の隠密&爆雷攻撃を破ることはできまい。」
「相変わらず、口の減らないヤツ。」
少女の頭上で響く忍者の声。
実は、この声は罠。蜘蛛の糸を、糸電話の仕組みで響かせているだけ。本体は、そこにはいない。
忍者は、透明化させた、巨大な蜘蛛の巣状の罠を準備していた。少女を陽動し、罠で捕らえ、確実に急所を刺そうとしていたのだ。
本体は床にいた。
少女が、剣を横薙ぎに振り抜いた瞬間、忍者は床と同化したのだ。
正確には、完璧なほどに精巧な床に擬態したのだ。
気配すら無くすほどの、完全な擬態。直後に騎士の一閃を間一髪回避した忍者は、真下から爆炎魔法を放ったのだった。
その後は、床に擬態したまま、蜘蛛糸で罠を準備し、爆炎魔法で追い込んでいたわけである。
ピーチクパーチク聞こえる声は、忍者のダメ押しとなる罠。
しかし、その忍者渾身の罠に、少女は一瞥すらしなかった。
逆に地面で、少女を凝視し続けていた忍者と目を合わせた。
ズブリ!
「え? なんで?」
なお間抜けな声を上げる忍者。
少女が突き立てた床から、血が噴き出すと共に、腹を剣で貫かれた忍者が姿を現した。
「な、なぜだ……。擬態は完璧だったのに。」
忍者は、震わせた手を少女に向ける。
「火花。」
「ひ、ひばな?」
少女は、忍者を貫く剣を抜き取ると、続きを話す。忍者の傷口が氷に覆われ、忍者から痛みが解けていく。
「最初だけ、爆発する前の火花が真下から上へ飛んだ。その後は、火花は全部斜め下から飛んでいた。」
「爆発を避ける中で、火花の飛ぶ方向を注視していると、床の、特定の位置を向いていることに気が付いた。」
「ケケケ、マジか。やるな。俺の隠密×爆炎攻撃の術中に堕ちて、そこまで冷静かよ。」
「でも、なんで、俺の「声の罠」の誘いに乗らなかった?」
「髭の生えた大男を倒した時の、狡猾さを見ていたから。お前は間違えても、あんなタイミングで気配を晒すような者ではないだろう。」
「ケケケ。ちげえねえ……。」
淡々と答える騎士。忍者は納得したかのように、ぽとりと手を床に落とし、先程までの険しい表情を一転、穏やかな顔になった。
「ふっ、俺の負けだ。完敗だよ。」
「俺の名前はチェニー・スキア。なぁ、最後の願いだ。あんたの心に、俺の名前。刻んでおいてくれないか……。」
「断る。」
「ぶっ! 何でだよ! 刻めよ! 強敵だっただろ!!?」
少女の即答に、思わず突っ込むスキア。それでも少女は、真顔のままだ。
そしていよいよ、忍者が最期の時を迎える。
「私の名は、ララ・イクソス。」
「ララか。必ず生き残れよ。俺は、その名を刻んで、逝くのだから。」
「チェニー・スキア、冥福を祈る。」
「ケケケ。ありがとうよ……。」
スキアの言葉に軽く頷くララ。
スキアは、その姿を見ると微笑んで目をつぶる。
魔法陣がスキアを包み、光に包まれ、やがて光と共に、スキアは消えた。