表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
脳筋だもん  作者: 妖狐♂
149/169

#145 嘘から出た実 ティアシナリオ4/8

 あたいは、たっくんと一緒に暮らすようになって「共有」の価値を学んだ。

 一つの布団を二人でたたみ、一つの鍋を二人で囲み、一つのお風呂を二人で使う。そしてまた、一つの布団でその日を終えるのだ。

 時の移ろいもそうだ。春の日差しを二人で喜び、夏の風を二人で感じ、秋の香りを二人で吸って、冬の寒さで二人、一つに身を寄せ合った。

 共有した全てが、あたいの心で輝いた。


 あたいは、魔女。たっくんは、人間。長年連れ添っても、子宝には恵まれなかった。それでもあたいは、この時、確かに「幸せ」の中にいたんだ。


 その幸せに包まれてから六十七年。たっくんも、もう齢九十を回り、いいおじいちゃんだ。始まりがあれば、必ず終わりが来る。それは、仕方のないこと。

 人間と魔女の寿命は余りにも違い過ぎるから、彼が先立つのは必然。間もなく別れが訪れる。寂しいけれど大丈夫、あたいは孤独に慣れているし、一緒になった時から覚悟はしてきた。


 だからこそ、共有できる残された時間を瞬間まで大切にしよう。そう思っていた。なのに――――。


「すまんディアーナ。わしは、戦地へ行く」


「たっくん。ご本を買いに、マブロフイスイの城下町へ行ってたんじゃないの? どうしてそうなるの?」


 たっくんが言うには、ブルードラゴン事件で弱体化したメガロスに、オクトスロープ軍が侵攻。戦火はそれぞれの同盟国に飛び火し、世界大戦へと発展しているらしい。

 詳しい情勢は知らないけど、オクトスロープの軍勢が相当勢力を伸ばしているらしい。さすが四聖獣の一角。玄武キュウキってとこかしら。

 そして、その軍勢は、このマブロフイスイへも迫っているのだそうだ。それは当然この丘も例外ではなかった。


「オクトスロープ軍は、既に砦を築き、万全の体制となっている。しかし、わしを生み、育ててくれた故郷を、お前の住むこの丘を、戦場にする訳にはいかん」


 力の籠った、たっくんの凛々しい目。久しぶりに見たらドキドキしちゃう。

 言ってることもカッコイイし、応援してあげるべきよね。

 つうか玄武は、守りは強いが攻めには弱い。たっくんが行けば、半日で覆滅しちゃうだろう。


「分かったわ、たっくん。みんなを守ってあげて」


「すまん、ディアーナ。ありがとう」


「で? いつ頃返ってくるの? 今日買ったご本を一緒に読みたいから、晩御飯までには戻ってきてほしいわ」


「えっ? あ、いや、その~、え~と……」


「どうしたの? 随分と歯切れが悪いじゃない。甲羅を捨てた団亀スッポン料理なんて、たっくんなら、お手の物でしょ?」


「ディアーナ、聞いて欲しい……。敵にも、家族がある……」


「たっくん? あんた何言って……」


「わしは、マブロフイスイ軍もオクトスロープ軍も一切傷つけず、無力化することに徹しようと思っている。敵兵が撤退するか、戦争そのものが終わるまで……」


 明日をも知れぬジジイが、長期戦を仕掛ける! バカなの? 知ってたけど、底抜けのバカなの?


「何言ってんの? たっくん、もうおじいちゃんだよ? そんな作戦、認められないよ」


「これは、贖罪をする最後の機会。敵味方問わず、人を殺しては意味が無い……」


「贖罪?」


「いや、なんでもない。とにかく、わしは明日、戦の前線へ行く」


「まさか、たっくん。この戦争で死ぬ気ね? だめ! だめ! それだけは、絶対にだめぇっ!」


「死ぬなどとは言うとらん。わしとて、生きて戻りたい。お前の居る、この丘へ!」


「ああ、そう。わかったわ。だったら、たっくんは好きなだけココにいろ。あたいが行ってやるから」


「なんじゃと?」


「みん~な、あたいの魂魄魔法で一網打尽にしてやる。クスクスクス……。明日の昼頃には戦場に、肥沃な大地が生まれてるでしょうよ。クスクス……」


「ダメじゃ! そのようなことをすれば、魔女の汚名が、他国にまで広がるぞ」


「うるさい! あたいは元より魔女だ!」


「違う! お前は女神だ!」


「違わない! ……だって。……だって、あんたと一緒にいられないなら……、女神をやってる意味なんて……ないもの……」


「違う! 誰が何と言おうと、本人が認めまいと、お前は女神だ! お前は……、俺の……、俺だけの、女神なんだ!」


「黙れタクフィーラ! お前の愛した女神は、もういない! あたいは、人間に不幸をもたらす、嫌われ者の魔女だあ!」


「封じるばかりで、虫も殺せぬ魔女がいるかっ!」


「殺せる! 殺す! まずはお前からだっ! 魔導老子アラーフ・タクフィーラ!」


「この殺気……、本気かっ! ディアーナ!」


 一緒になったあの日から、初めてする夫婦喧嘩。最初にして最後の夫婦喧嘩。

 あたいは、最後にして、しくじった。

 最後にして、あたいは、女神であることをやめた。


 ならば、最後は、魔女らしく、魔女としての愛し方で、終わらせよう。


「何をする気だ?! やめろ! ディアーナ!」


「魔女は、愛した男の魂を、その器ごと奪い去る!」


「なにいっ!」


「死ねぇっ!!」


 あたいの爪が、たっくんに向かって伸びる。あんたの全てを、あたいの「モノ」にするために……。

 

 クスクス、な~んてね。今更そんなことできない。できっこないよ。


 そう。分かってるんだ。あたいは、たっくんが戦争へ行くことを許せないんじゃない。たっくんの死、そのものが許せないんだ。

 魔女と人間が一緒になる。そのことを理解し、覚悟した? 誓った? そんなの全部「つもり」だよ。本当は、ずっと怖かった。


 ああ、そうか。あたいは「共有の慶び」の他に、また一つ、たっくんから学ぶんだ。「本当の孤独」を……。


 一人ぼっちでいた時は、まるで感じることはなかった孤独……。

 二人で共有したがため、生じた孤独……。


 あなたのいない世界……。想像しただけで、気が狂いそうだ。


 この恐怖から、どうしたら逃げられる……? 例えばもし、あなたを憎むことができれば……? あなたから憎まれれば……?

 あたいの心に宿る、六十年の輝きを、無きものにできるかも……。

 そしたら、あたいは孤独から逃れられ、正気を保って、いられるかも……。


「ディ? ディアーナ……?」


 愛しのあなた……さあ、あたいを憎んで、そのまま逃げて。

 お願い。そうして。

 それがあたいの、救いになるのだから……。


「読める……。いや、見えるディアーナ! ……君の……心が……!!」


 さよなら。――たっくん――。


 ざしゅっ!


「えっ? たっくん。……なんで?」


 あたいの手には、たっくんの魂の器があった。


「はぁっ、はぁっ。最高の愛を、ありがとうディアーナ。わしは、世界一の幸せもんじゃあ」


 たっくん自らが抉り取り、あたいに差し出したものだ。


「全部はやれんが……。君の孤独を埋めるのに、使ってくれ」


「うううっ……、くうぅぅっ……。……うわあああ~ん! たっくん、たっくん、たっくん!! お願いだから行かないで。何処にも、いかないで!! うわあああ~ん!!」


 あたいはその場でへたり込み、少女のように雨泣する。本音の悲鳴を上げながら。

 そんな中たっくんは、残酷な謝罪と謝意を繰り返していた――――。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ