#142 魔女ディアーナ ティアシナリオ1/8
ティア視点
やっと見つけたわ。私の目的地。私の修行場。
駁駱と花の絨毯で染まる、桃源郷のような丘。私の描く魔女のイメージと、だいぶかけ離れている。
そう。ここは魔女、ディアーナの丘。
その中心には、今にも朽壊しそうな屋敷がひとつ。美しい丘に似合わない門前雀羅。うん、これでこそ魔女っぽい。
それにしても、なぜだか寂しい土地。日は柔らかく差しているのに、ここを吹き抜ける風はとても冷たく、痛い。
予知夢では、私はここで、魔女ディアーナから魂魄魔法を習う。
魂魄魔法……。噂では、肉体と魂を自由自在に操る魔法らしいが、詳しいことは全く分からない謎の魔術だ。
謎過ぎる理由は簡単。世界でも魔女ディアーナしか使えないからだ。
雄一の、精神世界に棲む、鬼神オーガと戦うには、魂魄魔法の習得が必須となる。しかし、魔女との契約を交わさなければ、魂魄魔法の習得は叶わない。
気を引き締めて、対峙しなくちゃ。
「いるとしたら、この不気味な屋敷よね? こんにちはーっ!」
返事も気配もない。代わりに屋敷の前には、赤茶けた落ち葉の塊がある。このまま火を入れれば、いい焼き芋ができるでしょうね。
「!!?」
すると落ち葉の塊が、無数の触手を伸ばし、地面に這わせ、うぞうぞと、のたうち始めた。
『だれ?』
「うええっ!? まっ、まさかこれが、魔女ディアーナ? なんと醜く、なんと憐れな生き物……」
『……たっくん? 会いに、来てくれたの?』
「心に問いかけてきてる。キモイよ~っ」
『たっくんじゃない!? ダレだキサマは……。ここは、人の立ち入ってよい場所ではない……即刻、立ち去れ……。立ち去らぬのなら、魂魄魔法、菩提蕩滌波で死、あるのみ。……いやまてよ。この結界を抜けて来られたのなら、あたいの肉体として馴染むかもしれない。クスクスクス……。そうだ。憑依して奪ってやろう。おひょいひょいひょい、ひょうい、ひょい。ひょいひょい、およひょいの還魂憑依……』
うっわ。へんてこな詠唱を始めちゃった。コリャ予知夢で見ていた以上に厄介な化け物だわ。
いいえ、しっかりするのよティア。もう、覚悟は決めたんでしょ。
『待って! 聞いてディアーナ! 私の名は、ティア・ディスケイニ』
『ティア……だと?』
『あなたにとって、大切な土地に踏み入ったことは謝る。でもお願い、話を聞いて……』
『ティア……ティア……? 謝罪など、どうでもいい……ティア。ここへ何しに来たのか……。話せ、ティア』
『え? 来たこと許してくれるの? んじゃぁ、本題を言うわね、魔女ディアーナ。私に魂魄魔法を教えてほしい』
『ほう、ティア……。ティア……。魂魄魔法を教えろと? ティア、何のために』
魔女の語気が緩んだぞ。私の名をやたら繰り返しているが、聞く耳を持ってくれた。これはチャンスだ。一気に畳みかけてやる!
『ズバリ! 救世主に巣食う、鬼神オーガを退治するために!』
『ティア、ティア。救世主を救うため? ティア、それは気に入らんなティア。魂魄魔法とはこの世の魔法ではない。異次元魔法だティア。暗黒魔法がかわいく見える程、危険を伴う魔法なのだぞ。ティア……ティア』
『知ってるわ。でも、雄一の精神へ辿り着くには、この方法しかない……』
『そうか……ゆういちの為か……ああん!? 雄一だぁっ!? おいそりゃあ男だな? そんなの知らねーよ、興味ねーよ。もーええわ。……あ~、ティアとか言う痴女? ご苦労様でした。魂魄魔法は教えない。家帰って、へーこいて寝てろ』
えっ? なんで? なんで雄一の話を出した途端に機嫌を損ねるのよ。
も~、わけわかんない。でも、ここで引き下がるわけにはいかないわ。
『いいえ、帰らない。なんとしても教えてもらう』
『やなこった。いいかティア。自分に負ける、弱虫救世主なんか放っておけばいいのさ』
『違う。彼は、弱虫ではない。愛する者のためなら、自らの死を厭わない強者だ。彼以上に救世主の資質を持つ者などいない。私は、そんな彼を尊敬している』
『……ああん? 尊敬だあ? ならハッキリしな! ティアお前は、雄一ってのが救世主だから救うのかい。それとも惚れた男だから救うのかい』
『え? あの、えっと。雄一は、私の……ぉぉぉ。……私……。そうだ。私は、枢機卿をしていた。救世主と共に、世界を救う責務がある』
『なるほど。雄一ってのは、あんたの駒かい』
『ぇ? ぁぅ~……。そ……そぅだ』
『ああん? 聞こえないね。自分の駒を守るってなら話は分かんだよ。もっとハッキリと言えよ。雄一は私の駒だっ! てね』
『雄一は……私の……ぼそぼそぼそ!!』
『はぁ~っ? 聞こえねぇ~っての! ほら大声で言えよ。雄一は捨て駒だ! って』
『ああん捨て駒? なめるなっ! 彼が救えるのなら世界など、どうなったっていい。ああ、そうだ。惚れた男のためだ! それで何か悪いか! ……うげげ、違う。ウソウソ、やっぱ今のナシ! 世界は大事!』
『ティア……。ああ、まさかとは思ったが、案の定、色欲に溺れていたとは、いったい誰に似たんだか……』
『へ? 色欲?』
『いいかいティア……あんた、騙されてるんだよ? いくら気持ちいいからって、あんたその雄一ってオヤジに……』
『気持ちいい? オヤジ? ちょっっ、勘違いしないで! 雄一はまだ、十歳の少年だよ?』
『んなんだとぉっ! まだ毛も生えそろっておらぬガキと、にゃんにゃんしてんのか。重症じゃねぇかっ』
『だから、にゃんにゃんなんてしてないし!』
『にゃんにゃんしてない? じゃあ肉体関係は無いってことか?』
『ないっ! 断じてない!』
『なんだ、つまらん。てっきり、フェロモンムンムンで脂ののった、無精髭のよく似合う、ダンディな細マッチョを相手にしているのだと思っていたのに……』
『そっちの方が、よっぽど重症だよっ』
『ではなにか? お前はそんな少年のために、ちょ~危険な魂魄魔法を覚えようとしているのか?』
『ぅぅぅ、そーだけど……』
『ちゅ~は、したのか?』
『うるさいな~、してないよ。てか関係ないでしょ? そんなこと』
『ぷっ、ぷわっはっはっはっ! 最高! ティア!? それマジなら最高! ちょ~ウケるんですけど~、ぎゃははは~っ』
グラマラス魔女なら兎も角。こんな落ち葉の山なんかに大笑いされ、納得いかない……。
『あたいには分からないが、純愛ってやつなんだろ? それ。クスクス……、気に入ったよ。あんたも、そのゆ~いちって子も』
『そらどーも』
『そう膨れるな。クスクス……。面接試験をしてやるから……』
『えっ? じゃあ、それに合格したら、魂魄魔法を教えてくれるの?』
『クスクス……。面接と言っても、魂を覗くのだ。過酷だぞ? それでも、やるかい?』
『もちろん!』
ディスケイニ先生が教えてくれた。面接試験と言うのは、単なる会話などではない。必ず答えが用意してあるものだ。と。
そう、特に専門性を問う質問については、明確な答えが要求される。
魔女の意図を推し量り、慎重に答えねばなるまい……。なのに。
『なにっ! お前をディスケイニ修道院に預けたのは、マブロフイスイ王?』
『そう聞いてるわ。ひょっとしたら、王侯貴族の血統で、いずれ迎えが来るかもしれないと聞いたことがある』
『よっぼよぼのジジイじゃなくてか?』
『?? ……結局誰も、私を迎えには来なかったわ……。よっぼよぼのおじいさんすら。ね』
『そ……、そうか……可哀そうに。……で?』
『で?』
『その続きだよ。記憶のつ、づ、き!!』
『えっ。まだ聞くの?』
その後も、専門的質疑は一切なく、私の生い立ちを、事細かに聞いてきた。他愛ないことも、根掘り葉掘り聞いてくる。全く終わりが見えない。なるほどこれが過酷な試練ってわけね。だけど、楽しい記憶には共に笑い、悲しい記憶には震恚し、慰めてもしてくれた。
ひたすら私情に同調する。魔女の真意が見て取れない。
私は、「こんな魔女、イモと共に焼けちゃえばいいのに」と、思う反面、暖かな安らぎと、切なさを覚えた。まるで血を分けた肉親と再会しているかのように。
なんでだろ。変に情が移ったのかな。