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脳筋だもん  作者: 妖狐♂
145/169

#142 噛み合わない歯車 ムーンシナリオ3/8

 ジュピター視点


 四聖獣白虎、コントン・カオスは、ムウ大陸の八割を支配する世界最強生物。

 鮮白の狡好とした魁牾には、青翠のまだらを走らせ、私の知り得る女性の誰もが、彼に痺れていた。

 十六年前、そんな彼に、繁殖期が訪れた。

 子作りに、彼が選んだパートナーは、この私。この世界で、只、私一人。


 私。ジュピター・ケルベロスは、覇王の寵愛を一身に受け、自分が誇らしかった。しかし、彼は、一族の掟に従って生きる武人。人の形こそすれ、美しくも、醜いその正体は、無慈悲な雷獣そのものだった。


「きゅーん、きゅーん」


「ああ、痺れますわ。ほら、見て下さい、あなた。私たちの赤ちゃんです」


「グロロ、雌……か。雌になど用はない。ククヴァヤにでも預けて、次を作るぞ、ジュピター」


「あなた。申し上げにくいのですが、その……」


 ◆◆◆◆◇◇◇◇


「なんだと? ワリャ子育ての間は、発情も、排卵もせぬだと?」


「はい。犬猫のように、ポンポンとは参りませぬ。それが生態系の頂点立つ、我が種族の宿命にございます」


「グロロ……愚か者。それでは待ち受ける過酷な白虎一族の掟が、円滑に遂行できぬ。こうなれば仕方がない。先程産み落とした雌を、さっさと処分し、再び発情しろ」


「処分……とは?」


「殺せと申しておる」


「なっ? それでは、子殺しをする、野蛮な熊どもと、変わりませぬ」


「優秀で強い遺伝子を残すためだ。その熊もまた、子殺しの尊さを、知っておるのだ」


 白虎の後継者は、掟により男と定められている。だから、そう言われることは、覚悟していた。でも、この可愛い赤ちゃんを見れば、気が変わるかもしれないと、思った。次の発情まで、待ってくれると思った。

 でも無駄だった。コントン様は、女の子の誕生を、認めはしなかった。話し合いに応じず、ただ「産み直し」を命じるだけだった。


「どうしてもとおっしゃるのなら、他の女に産ませてもいい。後生です。この子だけは、勘弁してください」


「グロロロォ! ならぬならぬ。パートナーは、ワリャでなくては、ならぬのだ」


「えっ? あ、あなた……。そうまでも私のことを?」


「掟に定められた、純血でなくてはならぬのだ。雑種では、白虎は生まれぬ」


「あなた……。それは、あんまりですわ」


 そう。彼が私に求めたものは、暗黒獣ケルベロスを父に持つ、私の血統まぼろし。愛などではなかった。

 そう。分かっていた。そんなこと。嫁ぐ前から……。ずっと、貴方を……、貴方だけを、見つめてきたのですから……。


「あなた、やめてっ! やめてくださいっ! コントン様ぁ!」


「ワリャができぬのなら、ウラがやるまで。さあっ、ソレをよこせ、ジュピター」


 愛しているからこそ。私、貴方のことなら何でも知っています。

 貴方の、その魅力も、その残虐性も、何もかも全て。

 そう、貴方を封じる、方法さえも……。


「この子は、我が命に代えても、守って見せまする!!」


 ぶちぃっ!!


「ジュピター。ワリャ、ウラのペンダントを!!?」


「この黒玉の力を解放し、あなたを封じます!!」


 裏切るつもりはありません。好きです。大好きです。今までも、これからも、ずっと愛していますコントン様。ですが私は……、母になったのです。


「グロロッ! 待てジュピター! 早まるなっ!! うああああああっ!!!」


 バシュバシューン!!


 白虎コントンは、眠りについた。幼獣チワワと姿を変えて……。


「この子が初潮を迎えるまでに十年……。どうか、十年御辛抱くださいまし。この、子育てが終わる、その日まで……」


 この子には、私と同じ過ちを犯させてはならない。良き伴侶の光を受けて、美しく輝いて欲しい。そう願いを込めて、ムーンと名付けよう――。


 ◆◆◆◆◇◇◇◇


「かような姿でも、私はビリビリ痺れますわ。なれど予定は遅れて十六年……。もう少し。もう少しの辛抱にございます。コントン様……」


「ホーッ、ホーッ」


「で、今日はどうだった? ククヴァヤ爺」


「ホーッホーッ。二人は早朝から、狼の姿となって、陵丘までピクニックを楽しんでおられました」


「いい大人の男女が、朝から弁当持ってピクニック? 何とも幼稚な」


「誠に誠に、ホッホッホッ」


「この進展の無さ……。ベアードは、何と申しておる」


「ホーッホーッ。孫の顔が拝みたけりゃ、黙って見てろ、ババア。と」


「なっ、下郎が何たる言い草か!」


「ホッホッホッ。あの者、獣王にでも、なるつもりでしょうか」


「ヤツが狙うは、この玉座か。フフフ、痺れるねえ。呆れを通り越し、頼もしいわ……。ククヴァヤ爺。ヤツの素性が知りたい。鬚髯という一族を、徹底的に調べ上げろ」


「お任せあれ、ホーッホー」


 バサバサバサ……。


「……しかし、未だ指一本触れぬ鬚髯ベアード……。奥手のヘタレ野郎ってオチじゃ、ねぇだろうな……」


 ◆◆◆◆◇◇◇◇

 ムーン視点


 母、ジュピターに打ち負かされて、一週間になる。この間、母に動きは無い。心配していた雄一様討伐も、私への嫌がらせも無かった。あるのはベアードとの楽しい時間だけだった。


「あぉ~んっ、たっくさん走ったから、疲れちゃった。もう寝よっと」


 自室のベッドに倒れ込み、大きく伸びをする。今日は、ベアードからの挑戦を受け、駆けっこをした。とってもいい勝負で、最後、ギリギリ、ほんとハナ差で、私が勝った……。ううん。本当は分かってる。彼は終始、私のペースを見極めていた。ただ、上手に勝たせてくれただけ……。


「紳士……」


ランチの後も、彼と丘で遊んだ。……鬼ごっこ。……ずっと彼が鬼の番。私を回り込んでも、追い詰めても、最後はおどけて逃がしてくれた。


「くすっ。結局一度も、触れることなく……」


 彼は、例え遊びであっても、私に手を出しはしなかった。これで下心があるってんなら、相当なヘタレ野郎でしょ。でも彼はヘタレなんかじゃない。礼儀をわきまえた紳士。私の本能がそう囁く。

 だから明日も会う約束をした……。早朝から……森で……会う……。だからもう……寝なきゃ……くぅっ、くぅっ……。


『あはは~、やあムーン』


『雄一様!? きゅ~ん、きゅ~ん。わんわんわん』


 小型シベリアンハスキーの雄一様! 超かわいい。抱きしめて、ほっぺすりすりしちゃう。


『ベアードさんって、いい人だね』


『ぎくぅっ。違うんです雄一様。私別に、あの漆黒狼に特別な感情なんて、持ってないんです』


『ぼくは、いい人だねって、言っただけなのに……。特別な感情ってなに?』


『はい。ベアードはいい人。いい人です』


『あはは~。好きなんでしょ? 別に、隠さなくてもいいのに』


『あわわ、だから誤解しないでください。彼はただの友人。気持ちはLikeです。それに引き換え雄一様は恋人。LOVEなのです』


『ライクとラブ、どう違うの?』


『ぎゃあああっ、そんなの感覚で理解してーっ』


 ダメだ。何を言っても裏目に出ちゃう。……と言うか、笑ってるけど、雄一様は、どう思ってるの? 私のこと……。私の気持ち……。


 いい? 聞くよ? 聞いちゃうよ?


『雄一様?』


『なぁに』


『雄一様は、私がベアードのことを好きになっても、構わないのですか?』


 わうぅぅ、聞いちゃった。どうしよう……こんなこと言って、嫌われないかな。いや、これでいいんだ。だって、ベアードと一緒にいる間、ずっと考えてた、ことだもの……。


『構わないよ?』


『へっ?』


『ムーンが、他の誰を好きになっても、ぼく、全然、構わないよ?』


『えっ? えっ? えーっ!!』


 夢から覚めた……。どうして? どうしてそんなことを言うの? それって、私の心が、雄一様から離れても、構わないってことだよ?

 ひどいよ。雄一様……。


 ◆◆◆◆◇◇◇◇


「おや、どうされました? ムーン姫」


「え? 何が?」


「随分と目が、腫れておいでのようですが……」


「ううん、なんでもないわ。それより、今日は何をして遊ぶの? ベアード」


「むふふふふっ。今日は、姫を、襲わせて頂こうかと、思いましてね……」


「えっ?」


 鬱蒼と茂る薄暗い森。ベアードはそう言うと、私の肩に手を掛けた。


「きゃーっ」


 ドコッ!


 ◆◆◆◆◇◇◇◇


「で? ククヴァヤ爺。鬚髯ベアードに関して、何か分かったか」


「今のところ何も……。しかし、諜報部隊アオバズクを動員して、何も掴めないところを見ると……」


「フンッ! 朱雀……。アスカ・ケッツァコアトルの森か。……アオバズクでは荷が勝つ相手。お前が行ってこい。ククヴァヤ爺」


「はっ! ホーッホーッ」


 バサバサバサ……。


「さて、今日こそ二人の間に、進展があれば良いのだが……」


 ◆◆◆◆◇◇◇◇


「ガルルッ……合気道? 何よそれ。私にエッチいことを、しようとしたんじゃないの?」


「ち……違います……ぅぅぅっ。姫にお伝えしたい、体術にございます」


「ああん? 体術だぁ?」


「この数日間の、遊びを通じて、分かったことがあります」


「遊びって……。駆けっことか、鬼ごっこのことか?」


「はい。そうです」


「それで、何が分かったと言うのか」


「はい。姫は、その身に秘めた膨大な力を、小手先でしか使えていません」


「がうっ、小手先?!」


「合気とは、全身の力を自由に操る方。その基本は、正しい姿勢と、呼吸にあります。しかし、姫は、姿勢も呼吸もバラバラ。力全体の、一割も活用できていません」


「がうっ!!?」


 私の脳裏に衝撃が走った。要するに私は、ゲノムインゴッドの力を、使いこなせていなかったのだ。

そしてベアードが言うには、合気の境地へ立つと、相対する敵の力すらコントロールできるらしい。


「本能のまま行動され、自己流色の強い姫には、合気道は難しいかもしれません。ですが、もし、体得できれば、ジュピター様をも凌ぐ力を得ることに、なりましょう」


「あの母上モンスターを、倒せる……だと? 合気で……?」


「先程は、合気の心得を、少し経験頂こうと思いましたが……。ふふふ。いきなり股間を狙われるとは思いませんでした……。私もまだまだですね」


 ベアードが襲い掛かってきたのは演技。合気の入門をさせようとしていたのだ。そうとは気づかず、キ〇テキしてゴメンね。


「ベアード。私に、合気道を教えてくれる?」


「はい。勿論です。姫」


「姫……ね。くすっ。ムーンでいいわ」


「え?」


「私、何だかあなたのこと、前から知ってるような気がするの。姫って呼ばれると、何だかくすぐったくて。……だから、ムーンって、呼んで」


「……」


「あはは、でも変だよね。いつ会ったかなんて、まるで覚えてないのに」


「……それは……、前世の記憶……に、ございます」


「え?」


「いいえ……。では、参りますよ。ムーン!」

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