#139 馬鹿と鋏は使いよう 神の器2/4
◇チェダック視点◇
俺にとって現実は、余りにも厳しく残酷だ。
夢と希望を奪われ、生きる気力を失った。
だから今日も一日、布団の中で過ごそう……。
「チェダックハカセ・タイヘンデス」
「う~っ。MKS、悪いが今日は休ませてくれ。FRSをオモチャ扱いされ、潰されたショックが余りにもでかいんだ」
「イジケテイル・バアイデハ・アリマセン……ヒサ・オクトリバ・ガ・ハカセノ・サイダンキヲ・バラバラニ・ブンカイ・シマシタ」
「なんだと?! この一晩でかっ」
「イイエ・ゴロウジンノアサハ・ハヤイ」
「は?」
「アサメシマエノ・モノノ・スウフンデ・ブンカイヲ・オエマシタ」
「あの怪物ジジイ、ぶっ殺してやる!」
伝説織師ヒサ・オクトリバ。俺と同じ、神の手を持つと言われる男。
そして、俺にとっては因縁の敵。
あの大型裁断機を、数分で分解しただと? お漏らしジジイが、腐っても鯛と言う訳か。それとも……。
ジジイを見つけた。ふてえ野郎だ。解体した部品を並べ、その中心に座ってやがる。
「ジジイ~! 往生せえや~っ!」
ジジイと互いに目が合った。その次の瞬間だった。
パンパン……パン!
「ぶほぉっ!」
俺の顔面が、強烈に張られた。往復ビンタ。いや、一回多い。一.五往復ビンタだ。
ジジイのできる動きじゃねえ……と言うか、なんで俺がぶたれにゃならん。まるで立場が逆だろが。
ん? じじいの持っている物は……何だ。
「錆びの浮いた部品……? まさか、こいつメンテナンスを……」
よく見れば、ジジイの周りにある部品は、磨き上げられ新品同様だ。
もう、擦り減ったシャフトでさえも、ピカピカだ。
再度組み直されたパーツからは、息吹を感じるほどだ。
「美しい……。み、見事過ぎて、言葉が見つからねえぜ……」
「青二才が……、道具は……、立派な……、家族じゃ……」
「なに? オクトリバ? あんた、正気を取り戻したのか!?」
「……きれ~い、きれ~い……ぎゃはは」
だめか……。ただ、体に染みついた習慣が、口や体を動かせているのだろう。
しかし、ボケても生涯現役ってか? 気に入らねえ。まるで三十年後の自分を見ているようだぜ。
「ネジネジ~、ぴかぴか~……ぎゃはは」
「折れたネジをも磨き上げるのか。まるで、不要なモノなど、何一つ無いとでも言いたげだな」
元々、工房内にある全ての機械、道具類は俺の手によって生み出した。
道具は、家族……か。それを、こんな扱いしてたんじゃ、二往復ビンタでも足りねえな……。
「このバネ、まだ働ける~、このクランク、まだ元気~、ぎゃはは」
「顔中、油と煤まみれにして、なんちゅう嬉しそうな顔を……」
ヒサ・オクトリバ先生。正直、あんたの、こんな姿を見るのは、本意じゃなかった。
でも、改めて認めるぜ。
あんたは俺の、好敵だ。
「ちっ、ココに好きなだけいて、好きにやってろクソジジイ! テメーの死に面は、俺がキッチリ拝んでやるからよっ!」
「ぎゃはは~、これも、みんな。あれも、みんな。まだ働ける~。ぎゃはは~」
「ああ~っ、なにやってんだ俺は。嫁も取らずに、こんなジジイを引き入れて。ええい、もういい、飯だ飯だ! うっ、MKS……。何だ、その眼差しは。……目を妖しいピンク色に光らせるなっ。気持ちが悪い」
「ハカセ・ヒサノ・メンドウ・ミルノ?」
「ちがっ! お前も、あのジジイの技術力を見ただろ。俺はあいつを奴隷のようにこき使い、死ぬまで働かせるのさ。ギヒヒ……」
「トシヨリニ・イキガイヲ・アタエルハカセ……ヤサシイ」
「ばかっ。だから勘違いすんじゃねえ。あいつは、ああ見えて超有名な織師だ。利用価値はいくらでもある。……そうさ。きっと骨にだって付加価値が付くぞ。そうなりゃ労せずに大金持ちだ。グヘヘ……」
「ワタシモ・ハカセヲ・サイゴマデ・メンドウ・ミル」
「なに?」
「ハカセノ・ホネニモ・ソレダケノ・カチガ・アルカラ」
「だあーっ! 勝手にしろ! バカども!」
どーなっとんじゃ、一体。あのクソガキと関わるようになって、バカばっかり集まってきやがる。
……まぁ俺も、その一人……だが……。