#13 老人と少年
忍者と騎士は、それぞれの相手を打ち破り、老人と少年の勝負に目をやる。
出鱈目な強力魔法を次々に繰り出す老人へ、二人は最大級の警戒心を持っている。
騎士は、顎に手を当て、攻略の糸口が無いか観察を始めた。するとそこへ、忍者が騎士へ声を掛けてきた。
「あのジジイは異常だ。物理攻撃、魔法攻撃を、まるで受け付けない防壁魔法。そして、床を粉々に破壊し尽くす、濃密な魔法攻撃。攻防ともに見惚れる程、秀逸だ。」
「ケケケ。まるで、魔人でも降臨したかと思うほどだぜ。」
「何が言いたい。」
騎士は、剣に手を伸ばし、忍者をいつでも斬れる態勢をとる。だが忍者は、両手で降参のポーズをとり、話を続ける。
「まぁ、聞けよ。お前が俺と戦い、勝ったとしても、結局、あのジジイと戦うことになる。」
「そもそもルールは、生き残った最後の一人が勝者になるんだろ? だったら、ジジイとは、俺とお前で共闘した方が、お互いに得だろう?」
「何も化け物残して、今ここで、俺とお前が決着を着けるこたあねえ。」
『生き残るには最後の一人になるしかない。』
騎士は、ゆっくりと構えを解く。
「確かにそうだな。共闘の申し入れを受け入れよう。」
忍者の提案を呑む騎士。老人攻略のため二人の戦いを注視し始めた。
騎士は考える。
『あのご老人は確かに強い。この怪しげな忍者と共闘しても、勝つことは難しそうだ。ましてや、あの少年では、とても敵うまい。」
老人の魔法能力は、まさに常軌を逸した怪物の一言。
ムーンは、老人の張ったキャッスルウォール(城壁)を未だこじ開けようとしている。
ガリガリガリガリ!
爪で引っ掻いても無駄。
ガジガジガジガジ!
牙で噛みついても無駄。
ドンドン! ガンガン!
人型へ変化し、叩いても蹴っても無駄。
「雄一様あ、雄一様あ。くそ! 破れろ! 破れろ! わおーん!」
キャッスルウォールの障壁は、固いだけでなく粘弾性があり、壁もムーンの拳も傷一つ付けていない。
そのキャッスルウォールの中。平坦だった床は、すでに原型が無いほど凸凹で、瓦礫の山と形を変えていた。
「うわっ、ひゃあ。」
「ほれ、ほれ、逃げてばかりじゃ後が続かんぞ?」
老人は人差し指を、ピン、ピンと上下に跳ね上げる。人差し指が上へあがる度、雄一の頭上から落雷が落ちる。それを必死で避ける雄一だったが老人が左手を左から右へ仰ぐと、崩れた床の瓦礫が真横から襲い掛かり雄一の横腹を捉える。
ドゴドゴドゴ。
「ううう。痛いよお。なんで? なんでこんな嫌なことしてくるの?」
「ふおふお。なあ、雄一君。夢だ、夢だと言うとらんで、いい加減この現実を受け入れ、困難に立ち向かったらどうだ?」
魔法攻撃の手を緩めることなく、雄一に激を飛ばす老人。今度は、かまいたちのような風の刃を、八方から雄一に浴びせ始めた。
シュパッ、シュパ! シュパパ!
「いたっ、いたっ、いたた! う~っ、だって、夢だもん。夢じゃなきゃ、こんなことは絶対に有り得ないもん。」
「お前は、この世界の神、ムウの計画で、元居た世界からこの世界へ転移させられたのじゃ。それが、現実。」
「お前にとって、ここは100%現実の世界なのじゃ。」
「違うもん。」
「違わない。」
「違うもん。」
「違わん!!」
遂に、違う違わないの、水掛け論へ発展し始めたが、次に出た雄一の言葉に、その場の全員が動きを止める。
「だって、ぼく病気だもん。筋肉が無くなっていく病気だもん! ずっと前から、もう立つこともできなくなったもん!」
「現実なら、ぼくは、こんな元気に動ける筈がないんだ!」
「現実なら、ぼくは、こんなに楽しい筈がないんだ!」
涙を瞼に溜めて雄一は叫ぶように答える。
忍者は大きく息を吸い、静観している。騎士は愕然とした様子で肩を落とす。
ムーンは見開いていた目を両手で抑え、座り込む。
水晶越しのディスケイニ枢機卿が「うっ、ぐっ。」と声を上げ口に手を当て、必死に涙を呑もうと堪えている。
紅は、ディスケイニ枢機卿が雄一を過去視で見て、知り得たものが、このことであったのだと悟る。
「いつだって、ぼくが自由に走り回れたのは夢の中だけだったもん。今日だって、今だって、きっとそうだもん。」
「ぼくが元気でいられるのは、いつだって夢の中だけなんだもん。うあああああああん。」
無防備に上を向き、遂に泣き始めた雄一。相変わらずの強烈な咆哮に、キャッスルウォールが、天井から波打つように揺れる。
雄一の告白に動揺もせず、老人は構えを解いた。
「知っているよ、雄一君。まだ10歳に満たない君が、治療法の無い、死の病に侵されていることも。」
騎士は少し震えている。ムーンは蹲り号泣している。水晶越しのディスケイニ枢機卿は、紅に優しく包まれ、泣きじゃくり、しゃくり上げている。
タクフィーラは、静かに語り掛ける。
「君も本当は、気付いているのじゃろう? 君の細胞一つ一つが、覚醒していくように漲る力を。」
「それは、雄一君が込めた、純粋で一途な思いと願いが形となり、宿ったものだよ。」
「ぼくの、思いと願い?」
その言葉を聞いて雄一はふと、黒いもやもやの影を見た時の夢を思い出していた。
「そうじゃ、ムウは切っ掛けを与えたに過ぎない。万能細胞「脳筋」は、君が作った、君だけの能力じゃ。」
「健常者からすれば、気にも留めない、当たり前の力。」
「じゃがお前は、その持っていて当たり前とされる、決して当たり前ではない力を、究極レベルに引き上げ、手に入れたのじゃ。」
雄一は零れる涙を拭きながらも一生懸命聞いている。
「ふぉっふぉっ、ちと難しいのぉ。わしも上手くは説明できん。」
「要は雄一君。お前さんは、誰よりも真っすぐで純粋だったということじゃ。そのご褒美に、めちゃくちゃ強くなったということじゃ。」
「そうじゃのう、まぁ、病気が治った副作用で、知らない世界に来た。とでも考えればよい。」
老人の言葉に、しぱしぱと瞬きする雄一。
「もし、この世界が夢として、夢から覚めれば、いつものベッドの上だったとしよう。じゃが、そこで待ち受ける現実は、どの道死の世界じゃ。君にとっては、そうじゃろう?」
「そして、そうなれば、この夢の世界には、もう二度と戻れぬぞ。」
雄一が老人の目を見据え、小さく頷く。
「雄一君。君が夢だと言うこの世界。夢と思うても構わん。」
「この夢、夢で構わんから「この夢」を守るために戦え! っていうのはどうかの?」
そこにいる誰もが、老人の言葉に耳を傾けていた。圧倒的な魔法能力を使い、殺す勢いで少年を攻撃していたかと思えば、少年の境遇を理解し、慰め、励ましている。
この老人の本懐が全く理解できない。理解できないが、一人、感覚で老人の本懐を理解したものがいた。
雄一だ。
「分かった。ぼく、戦うよ。」
老人は、雄一に、本当の孫に向けるような優しい眼差しを向け、大きく頷き、にこりと笑う。
「未だベッドで眠っている、闘争本能を呼び覚ませ! 雄一君!」
「うん!」
刹那老人は、修羅の如き攻撃を、雄一に仕掛けた。