#136 百折不撓 雄一シナリオ1/3
『やあ、いい夜だね、雄一君』
『あはは~、そうだね。北斗七星が見えるね、大人の雄一君。それにほら、あそこには白鳥座のデネブ、わし座のアルタイル。さそり座のアンタレスもあるよ?』
『夏の大三角。だね』
『だね』
『……。ところで、今夜も体を借りたいんだけど……いいかな?』
『あはは~、いいよ~』
『毎晩、悪いね。イヤな思い、してないかい?』
『全然だよ。ぼく、大人の雄一君の想いは、ぜ~んぶ伝わってるから』
『あは、全部? あは……。あはは。……ホントに全部? あはは~。だとすれば、君の優しさは底が抜けてるね』
『えへへ。大人の雄一君に褒められると、なんだかくすぐったいよ。あはは~』
『何を言ってるんだい。ぼくは、元々君から生れ出たんだよ? もっと自信を持ってくれなくちゃ』
『そうだった。君は、子どものぼくから生まれた、大人のぼくだった……。あれれ? なんか変なこと言ってる~、あはは~』
『本当だね。あはは~』
『あはは~』
◇◇◇◇◆◆◆◆
◇ララ視点◇
「ララ姉ちゃん。ちょっといい?」
「あら雄一君。こんな遅くにどうしたの」
「ぼくね。救世主ってなんなのか、よく分かんないけど、目指そうと思うの」
「うふふ、そうね。他愛に満ちた雄一君なら、その資質は十分あると思うよ」
「えへへ、ありがと。それでね、ララ姉ちゃんにお願いがあるの」
ティアちゃん、ムーンちゃんと別れた後、雄一君は私に剣術を教えてほしいと言った。
知ってはいたけど、雄一君は、力のコントロールができないみたい。
おにぎりを作れば鉄球みたいになっちゃうし、剣を振れば、宝剣ですら叩き折ってしまう。
私は、それが雄一君の魅力であり、彼らしさ、だと思っていた。
でも雄一君自身は、そうは思ってなかったみたい。
救世主を目指すにあたり、剣術を通して、力の指向性を学びたいと言ってきたのだ。
まるで大人のようなセリフに胸が鳴る。どうしちゃったの雄一君。私を口説いているの?
雄一君が望むのなら、勿論OK。翌朝、早速修行を始めた。
「雄一君。ヨガの仕方って、知ってる?」
「うん。知ってるよ。例えば、みんなと遊んだりして、はっちゃけることだよ。ぼく今度のヨガは、みんなでバーベキューがしたいな」
「それじゃあ、まるで反対だよ~。……あのね雄一君。余暇の過ごし方じゃなくて、ヨガの仕方。だよ?」
「あはは~、間違えた。う~ん、ヨガか~。でもぉ、ぼくには、油絵なんて、とても無理だよ」
「それは、洋画かな。じゃなくてぇ……」
ヨガとは、心と体と魂を繋げる方法。自身の生理と繋げ、森羅万象を見つめる禅業だ。
雄一君の場合、理屈を並べても始まらない。習うより慣れよってことで、大空を舞うプルゥートちゃんの背に乗せ、瞑想開始。
するとやっぱり、彼の強い好奇心が、もれなく瞑想を阻害する。まるで落ち着きがなく、修練にならなかった。
達磨大使のように、滝に打たせた方が良かったかなぁ……。そう思い始めた八日目、彼に変化が起きた。
座禅を組んだまま、ピクリとも動かなくなったのだ。
呼吸も浅い。
寝てるのかな? プルゥートちゃんにお願いして、バク転宙返りを、お見舞いしてみた。
ずるり。ひゅぅ~……。
あっ、滑って落ちちゃった。プルゥートちゃんも慌てた様子で空中キャッチ。あぶない、あぶない。
それでも彼は、姿勢を崩すことなく、半眼半笑の表情をしていた。
お見事。免許皆伝です。
実は、彼が、禅の極意をすぐに掴むことは分かっていた。だって、全てのピースは揃っていたもの。
無念無想の虚空など、白痴の彼にはお家芸だ。
「ともあれおめでとう、雄一君。君の心の中には、大きなキャンバスが、できたはずだよ」
「うん。なんとなく分かるよ? もやで、ずうっと見えなかった、十一番目のお部屋が、見えるようになった」
「十一番目の、お部屋? ……雄一君……、それって何の話?」
意味不明なワードは、今に始まったことじゃない。気にしないでおこう。
さて座学の次は、いよいよ実技。コッチはやっぱり課題が大きい。
脳筋と言う、いかにもコントロール不能な固有能力のお陰で、彼が剣を振ると言うことは、ダンプトラックで綱渡りをするようなもの……。
とりあえず私は、彼に木刀による素振りを教えてみた。
「やあ」
ブン! ぽき。
「あぅ~」
一振りで折れる木刀。いや、振り切れてさえいない。
木刀は、頭上付近を通過中に、空中分解してしまった。
木刀は、空すら切れずに折れたのだ。
項垂れてるけど、素敵よ雄一君。
私たちは、森に住み込んで修行をすることにした。ここなら木刀の材料に、困ることはないから。
食事と睡眠以外、彼はずっと素振りに時間を費やした。
しかし、一週間経っても、二週間経っても、木刀は空中で散った。
余りに代わり映えがないので、一度、私のレイピアを振らせてみたけど、やはり宙に散った。
その後も、私とプルゥートちゃんは、森の間伐材による木刀づくりで大忙し。
お陰でいつの間にか、鬱蒼とした森が、程よい日差しと、風を通すようになっていた。
同時に、狂暴な大型獣は姿を消し。この森一帯には鹿、リス、小鳥などの小動物が集まり始めた。
意図せず森が、平和になった。
事件は、そんなある日に起きた。
私たちの留守中に、何処かの刺客が彼を襲ったのだ。
ぴゅん……ぴゅん……。
「たす……けて……」
ぴゅん……ぴゅん……。
そこに転がっていたのは、血だるまの刺客……。彼は、刺客に目もくれず、無心にぺんぺん草を振っていた。
夢中の彼は、恐らく刺客の存在に気付いていない。刺客は雄一君の素振りに巻き込まれた、だけなのだろう。
事件とは、刺客の全身に刻まれていた傷跡。
「明らかに刀傷……。雄一君。まさか、力の制御が……?」
ぴゅんぴゅんと、雑草の風斬り音が響く。私は踊り狂いそうな心を抑えて、素振りを続ける彼に対峙する。
「雄一君。私と手合わせ願えるかしら」
「はーい」
素振りを始めて三週間。何の成果も見られなかった三週間。でも、彼にとっては、どれもが重要な一振りだったのだ。
手に汗を感じる。うふふ、私ったら彼を相手に、震恐してるんだわ。
「やあぁぁぁっ!」
ビュンッ!
「えい」
キィン。
微かな金属音が一つ鳴る。私の剣は、ぺんぺん草に薙ぎ払われた。
クルクルクル……ぷす。
「うっぎゃあぁぁっ!」
宙を舞った剣先が、刺客の臀部に突き刺さった。ってことはどうでもいい。
彼ったら、すでに剣の極みへ到達しちゃってる……?
「今の技の名前は、草で薙ぎの剣。だよ?」
「草で薙ぎの剣?」
「ララ姉ちゃん。ぼく、めんきょかいでん?」
「うふふ……。いいえ、まだよ。雄一君、今度はこれで、もう一戦」
「これって……木刀?」
もう一度。今度は同じ武器で手合わせする。
……そう。君の目標は、剣術ではない。剣道を通して捉える、先の世界だ。
「あはは~、いざ参るぅ~」
「ふっ……。うふふ。いざ参るう!」
彼の木刀は空中で砕けることなく振り抜かれる。そして、私の振る木刀と重った。
スパ……。
私の持つ木刀だけが二つに分かれた。
まるで、彼だけが、名刀を振るったかのように……。
「今の技の名前は、すぱぱぱ~ん。だよ?」
「すぱぱぱ~ん? ふっ、うふふふっ。てっきり、木で薙ぎの剣。かと思っちゃったわ」
「あはは~、やっぱり、木で薙ぎの剣。にする~」
「うふふ……」
目の前の彼は、一カ月前とは、もう、まるで別人だ。
そしてその、鏡水のように落ち着いた立ち振る舞い。少し寂しいけど、こんなにも大人になってたのね。雄一君。
「免許皆伝よ? 雄一君」
「わ~い、やったぁ~」
「うふふ、これで、救世主に近づいたわね」
「あはは~、なれるかなぁ~救世主ぅ。でもぉ~、まだ、よく分かんないや~」
私たちを……、いいえ、この世の全てを愛する君。
もう既に、君以上の救世主なんて、この世に存在しないだろう。
そんな君が、手に入れたキャンバスと筆でどんな世界を描くのか……。
でも、許されるなら、救世主がなんなのか、そのまま分からないで、いて欲しい。
なにも描かず、ずっと、私たちの雄一君。で、いて欲しい……。