#135 アバドンの憂鬱 シゲル2/6
◇アバドン視点◇
我は新世界の扉を開く禍神。アバドン。
現世には何の未練もない。この歪み、腐り切った世界を終わりにし、新たな世界の幕を開ける筈だった。
しかし、この世界には一つだけ、残すべき価値のある者があった。
それは、女神イブ。
腐朽不滅の肉体を持つ傾城の美女。彼女こそ、我が伴侶に相応しい。
だが、告白したら、あっけなくフラれた。
吐きそうなくらいショックだった。自信があったのに我が青春は儚く散った……。
いや、まだだっ! まだ脈はあるっ! なぜならフラれた原因は、アダムによる「嫌がらせ」であることが分かったからだ。
新世界は後だ。
『サミシイ……トビラヲ……アケロ……サミシイ』
不快な耳鳴りを振り切り、我は、彼女のために、二万年と言う時を越えた。
しかし、何と言うことか。二万年後の地球は、緑に包まれていた。
新世界を開くために必要な御霊は、全てあちら側へ送った筈なのに……。
『……サミシイ……コロセ……サミシイ……』
何なのだっ! この耳鳴りがする度に、我は全てを終わらせたくなるような、閉塞感を覚えるのだ。
と、我の鼻腔が、イブの息吹を嗅ぎ付けた。
「なんと香しい。フッ。北の大地に身を潜めているな。我以外との契約は、もう許さぬぞ。イブ」
道中退屈だ。見える範囲は仕事をしよう。
ゴゴゴゴ……どろどろどろどろ……。
街を火の河に変え、森は汚泥の海に変えた。
その間、不快な耳鳴りは消え、代わりに聞こえる悲鳴が、我の鬱憤を晴らせてくれる。
「ぐははははは、愉快愉快。おっ? なんだ? 我に歯向かってくる奴らがおる」
「面前の敵。戦わずして背を向けるは、武人の恥。者共、わしに続けえぇぃっ!!」
「肆目磔殺大虐殺(メニーメニ―・キル・スルデス)」
くちゃくちゃっ!
「オッと失礼。ちり紙かと思って、丸めてしまったわ。それにしても、この時代の生物は下等過ぎるな。ゲタゲタゲタ!」
ゴミ掃除を続けていると、前方に高陵が現れた。
「イブだ。あの中に、イブがいる」
しかし、その頂から七色の光が天へ伸び、こちらへ向かってくる。
「この光は……。まさかアダムか」
「あはは。正解だよアバドン。私は十万億土の果ての神から、使命を受けて復活した、聖アダムだ」
「聖アダム? 腐朽AIが、バグって復活しちまったか」
アダムは腰に携えた剣を抜き我に向けた。どこで拾ったか知らぬが、素手で敵わぬと知り、武器に頼るようだ。情けない。
そしてアダムは、勝手に語り出す。
玲瓏と星河はお互いに惹かれ合い、結びつき、また輪廻へ還る。そして、その輪廻もまた、次の意志へと引き継がれる……
玲瓏と星河の最果て。高天原の深淵。その小部屋に流れ着きし、神の子、ただ揺らめき、ただ蠢く。
神々の第一子にして、過ちにより生まれた忌子。それは、生まれてはならぬ終わりを始める神。
やはり、壊れてやがる。
「この世に、不幸しか生み出せぬ禍神。決して目覚めさせてはならぬ禍神を、お前は奪ったのだ」
「何かと思えば、貴様が手の届かなかった第十一次元の話か」
「愚か者! この世には、人が触れてはならぬ事がある……、ましてや私たちは人の手によって造られた。尚更だ」
「御託など、どうでもいい。説義謬説など無意味だ。勝者こそ時間を越え、歴史を刻むのだ。くたばれアダム。肆目磔殺大虐殺(メニーメニ―・キル・デス)」
肆目磔殺大虐殺(メニーメニ―・キル・スルデス)。重力を自在に操り、敵を自在に変形させる、暗黒魔法。
時を超えた際に覚えた究極魔法だ!
「それ」
ぱふ~っ。
「んなっ、一振りで薙ぎ払われた! その剣は一体?!」
「あはは。これは新生十拳剣。……よいかアバドン。辛苦なくして幸福なし。成長を伴う痛みは、いずれ快楽へと変わるもの……。この剣で連れて行ってやろう、究極快楽の世界へ」
「快楽の世界って、おまっ、何言ってんの?」
「はい。はい。ありがとうございます。無有様……」
「あ~あ~。目がイッちゃってるよ。こりゃ、完全に狂ってやがるな……って、なにしやがるっ」
すぱっ。
「ひゃぁんっ!!」
「前戯程度で、生娘ごとく声を上げるとは……。これは本番が楽しみだね。あはははは」
エクスタシー・ソードで撫でられた跡には、クッキリとアザが残っていた。
その色と形は、まるでキスマーク。
アダムを洗脳し、最低な剣を授けた神とは……。余程の変態だな。
「あはははは。まてまて~」
西へと逃れながら、かつて味わったことのない恍惚……違う違う! 屈辱を刻み、逆転の機を窺う。
がっ、スピードも奴が上。直ぐに回り込まれてしまった。
気が付けば、エクスタシー・カリバーの先が、下腹部に突き刺さっている。
「かはっ! こんな馬鹿なことが……。あの世で一体何があったのだ。アダム!」
「ああ、偉大なる母よ。愚弟に罪を償わせ、経を唱えて差し上げましょう……」
「やめろっ!」
「南無阿弥陀無有~」
剣をずぶずぶと押し上げ、大きな口を開けた腹に、アダムは手を突っ込んだ。
捌いた魚の内臓を、まさぐるように……。
ぐにゅ、ぐにゅり……。
「あっあっあっ……や、め、ろ……あ、だ、む」
「さあ、罪は消えぬがお前も唱えろ。南無阿弥陀無有~と」
「念仏が……微妙に違う~~」
「美妙煮智雅無有(びみょ~にちがむう)は、危険なカルト思想だ。ほら、正しくもう一度、さん、はい! 南無阿弥陀無有ぅ~」
「助けて、神様……。南無阿弥陀仏……」
「それも、カルトだ」
ずるり……。
そうしてアダムは、我の肉体から、アメーバ状の巨大な澱みを引き摺り出した。
その途端に、周辺の大地が腐敗しては生まれ始めた。我は、その生と死をひたすらに繰り返している土中へと沈んだ。
生命活動を継続することすら困難な状況。撤退せねばならない。……安全且つ焼ける体を冷やす場所へ。
「形もなく、名すらない、哀れな長神よ。無有様の命により、我が身にて封じさせてもらいます」
キ、キ、キ、キィィィィン、ン、ン……。
アダムの体が急速に収縮し、高い共鳴音を発し、二つの玉に分離した。
真珠のような輝きを持つ白と黒の宝玉に……。
そして我は、遠のく意識の中で、アダムの声を聴いた。
「あとのことは、二代目救世主に、託す……」
◇◇◇◇◆◆◆◆
くそぉ。また、この夢か……。
滅びの神を名乗る我が、悪夢ごときに苦しめられるとは……。
こんの不機嫌極まりない時に、ゼクスがアホ面下げて現れた。
「ご機嫌麗しゅうございます。アバドン様。本日も悪鬼羅刹の頂点に相応しい御影に、何の言葉も出ず、只々、ひれ伏すのみにございます」
「黙れゼクス。キサマの美辞麗句など不要だ」
「ヒエエ、申し訳ございません」
「で? 何用でここへ来た」
「はっ。恐れながら……」
◇◇◇◇◆◆◆◆
「ほう、つまり我との盟約を、破棄したいと」
「そこまでハッキリ言うつもりは。ただ、今一度、自分自身の可能性を信じたいと、申しましょうか……」
「脱疽凍瘡地獄」
ビキッ! ビキキキッ!
「くはぁっ! アバドン様?」
「バイト君かお前は。ブラック企業アバドンカンパニーでは、叶えたい夢のために辞めます。はいそうですか、とは、ならねえんだよ」
「ふああぁっ。しかし、如何なる盟約も、理想に対する相互理解と、相互利益があってのこと……。残念ですが、我々は、互いに歩む道を、違えておりますゆえええぇぇ」
「ふん。決意は固いようだな。仕方あるまい。望み通り、盟約は解消してやる」
「へ? そんな簡単に? 意外にホワイト。あ、ありがとうございます」
ずぶぅっ!
「ぐはっ! あ……アバドン様……何を……」
「フハハ。そなたと、新たな関係を築くため、更に偉大な力をくれてやろう」
「力? ……私には……支えてくれる、友がいる。力など、もう必要……ありません」
ぐちゃ……ぐちゃぐちゃ……。
「ん? 前に与えてやった力に、妙な細工が施されているな……。クックックッ。成程そう言うことだったか。……だったら、頭の方も、弄くる必要があるな」
「……それは……どう言う……意味ですか?」
「教えてやるよ、ゼクス君。大魔王ってのは、狡猾鬼謀、冷酷無情ぐらいが、丁度良いのだぞ?……」
「ぎょわわわ~っ! 頭が~っ!! 勘弁してつかあさいお代官様ぁ~! ……あ、あ、あっ、ああーっ。心が何かに、支配されていく! 助けてくれ! たすけてくれぇ~……し、げ、る、く、ん……」
◇◇◇◇◆◆◆◆
「どうかな? 今の気分は」
「フーッ。フーッ。最高ですアバドン様。それより見て下さい。余のステータスカードを。全ての数値が五千憶を超えております。フーッ。フーッ」
ククク。やはりこの世界の下等生物に、我が肉体は刺激が強過ぎるか。ゼクスの魂が、今にも剥がれそうだ。
これじゃあ、まともな生命活動は、一カ月程度か……。
ククク、十分だな。
◇◇◇◇◆◆◆◆
「ふんふんふ~ん。ふんふんふ~ん」
「ハナウタヲ・モラストハ……ズイブント・ゴキゲンダナ・ゼクス」
「よぉ~、シゲル君。汚職の蔓延る我が国で、どうだね。仕事の方は」
「……マァ……ボチボチ・ダナ」
「キッキッキッ。随分派手に、やってるみたいだが、黒い噂も増えてるぜ?」
「……ソウカ・キヲツケヨウ」
「気を付ける? なに水臭いことを言ってんの。もっと、んもっと、好きなようにしろよシゲル君。君のやることに文句をつける奴は、全て粛清するからさ。キキキキ」
「イヤ・ホウノ・ハンイデ・カツドウスル……ソレヨリ・ゼクス……オマエ・ダイジョウブカ?」
「なに? 大丈夫かだって?」
「カオイロガ・ズイブント・ワルイ……シンサツシテ・ヤロウカ?」
「余の心配をしてくれるのか? やさし~ねぇ~。だがシゲル君、余はむしろ絶好調だ。絶好調過ぎて、今から外遊にも行ってくる」
「ガイユウ? マタ・プロタゴニスカ?」
「いいや、今度はガラクスィアス・ブリッジだ。じゃあ、またなシゲル君?」