#説明回 ストーリーに沿う形で、これまでのあらましや、神谷雄一の解説をゴニョゴニョ……
わしは、妖精の国イダニコのトロル、ラーク・コリダロス。雄一王婿の感染能力の秘密を探るべく、メガロスの霊峰、インレットブノ大神殿に入った。
「ココが迷宮と呼ばれる神殿……? はて。心眼には、一本道が続いているようにしか映らぬが……。ふぉっふぉっ、狐にでも化かされておるかの……」
雄一王婿は、この神殿最深部に、救世主候補として召喚された。与えられた脳筋能力の、怪力と超回復で、他を圧倒。見事救世主の資格を得て出てこられた。スライムのシゲル、銀色狼のムーン・カオス、魔導騎士のララ・イクソスを引き連れて……。
そしてその直後、ティア・ディスケイニ枢機卿に掛けられた魔法ウイルスにより、雄一王婿は、自身のDNAをRNAに変換し感染する能力を得る。
まだ未知の部分が多いが、感染者は、雄一王婿からの精神干渉を受けることが分かっている。そしてその感染範囲は、恐らくメガロスと、我が妖精の国イダニコの全土……。
直近では、大量出血を伴った天空城も例外ではなかろう……。
……まてよ……、天空城は雨を降らせる。雄一王婿の血が、雨に溶けて地上へ降り注いだと考えれば、感染は既に……?
ふぉっふぉっ、妄想するのはここまでじゃのぉ。その真相を知るために、この神殿に残る雄一王婿のルーツ。魔法ウイルス感染前のDNAを調べに来たのだから。
「ふむ。超現実隠匿技術を使っても、やはり一本道……。じゃが、洞窟の最果てに、広い空洞。そして宮殿が見える……。ふぉっふぉっ、あそこが雄一王婿の来られた聖域に違いない」
わしは心眼で光芒を照らし進んだ。しかし、いくら進んでも、聖域に辿り着けない。逆に、ある時を境に、進むほどに聖域は離れていった。
「ふぉっふぉっ。やはり狐がおるようじゃのう……。どれ、圧してダメなら引いてみるか」
一度引き返してみることする。すると倍速で聖域は遠のいた。立ち止まっても遠のくのだからたまらない。
四の五の考えても仕方がない。その後もあれこれ試してみる。すると、目的地はおろか入口までも、果てしなく遠くなった。もう進んでいるのか戻っているのか、それすら分からない。狐め……、やりおるわい。
「しからば、力尽くじゃっ! この洞窟を掘り進んでくれるっ!!」
じゃぶ。じゃぶ……。
「なっ!!?」
まるで川の水を掬うがごとく、削った岩肌は直ぐに元の形へと戻ってしまった。狐よ……、わしを本気にさせおったのぉ……。
◆◆◆◆◇◇◇◇
どれ程の時間が経過したのか見当もつかぬ。聖域目前まで進めたこともあったが、その都度、川の小渦に浮かぶ葉のように、元の場所へと引き戻された。狐よ……、わしの負けじゃ。勘弁してくれい。
ガシャリ。どさっ。
あれ? なんじゃ、情けない。わし、倒れたのか。ふぉっふぉっ、しかしもう、心眼どころか、潰れた瞼を開く力すら残っておらぬわ……。
「結局……。何の成果も見いだせず……。無念じゃ」
意識が遠のいていく……。もはや、自分の呼吸すら耳に届かぬ……。
「ガジャガジャ、ゴオゴオッ」
いや、随分と騒がしい。耳鳴りが始まったのか。いや、これは、岩盤の擦れる音か?
「ギシギシ……キキキ……。ゴゴコココォォォッッ~……」
「なんと不快な音じゃ。狐よ……、わしには、安らかな死すら許さぬと言うか……」
「キキキキ……、コココココ……。ラーク……聞こえるか……ラーク・コリダロス……」
岩盤の擦れる音が、声へと変わる。
「狐……。いや、この常識外の所業は……。まさか無有。か?」
「……そうです……。私がこの世界の神。……無有です……」
「やはり無有か。頼む無有。そなたが誠に神ならば、今一度わしに力を与えてくれ」
「聞きなさい……ラーク。……ここは……言わば……あの世と……この世を……結ぶ……霊道。私が……ここを……支配できる……時間は……、短い……。私の言葉を……、ただ……、聞きなさい……」
「!??」
「時間が……無い……。ラーク……無駄にあがかず……そのまま……全身を預け……、聞きなさい……」
「わ、わかった。これで、どうじゃ?」
「うむ、それでいい……。さあ、お前に……伝えておくことが……ことがクククク……? ケケケケ……? くそうっ……さすがに……、岩石での……声紋コントロールは……ムズカ……シイ……ギギギゴゴゴ」
まるで周波数の合わないラジオの様だ。雑音で声が拾いにくい。
「いいや、よくもこんな仕掛けを二千年も前に造ったものじゃ。まさか岩盤共鳴をコントロールするとは……。さすが神と崇められているだけのことはある」
「あっあー、テステステス、はいOK! いや~、そんなに褒めてもらえると、照れちゃうなぁ~。まぁまぁ、衰弱死寸前のコリダロス君、悪いようにはしないから、そのままリラックスしていてくれたマイ」
「こやつ。やはり邪神じゃの……」
「おっと言葉には気をつけろ? ただでさえ最近、ちみ達の間で私へのヘイトが広がっているんだから」
「ヘイトじゃなくて事実じゃろ。で、お前は、一体何者なのじゃ? わしらの敵か味方か? 目的は何じゃ?」
「あ~あっ! あ~あっ! さっき言ったこと、守らねぇんでやんのっ」
「んっ? 何か言っておったか?」
「時間がねえから、私の言葉をただ聞いてろっつっただろ。それを矢継ぎ早に質問しやがって。なんで人の言うことが聞けない? おっと、私は神だった。言い直す。なんで神の言うことを聞けない? この俗物! ああん? おいっ」
「なんと傲慢な……」
「はい、謝って下さい。謝罪会見レベルの、誠心誠意で謝って下さい」
「ぬぬぬっ……。こっ。この度の、絶対神無有様に対する無礼な発言を、改めて訂正し、畏敬の印として頭を深く下げ、お詫び申し上げます……」
「素直でよろしい。では、その褒美に、お前の知りたがっていたことを、教えてやるよ」
「それは誠か!? ふおふおっ、謝ってよかったわい」
「ではその、デカいだけで何の役にも立たない耳の穴、かっぽじって聞け」
「ぐぬぬ……。謹んで拝聴します」
「……でもまあ、大方お前の憶測で合ってるから、補足程度だけど……」
「……邪神め……」
しかし、無有の口から教えられた「答え」で、わしの憶測は根本的に間違えていたことを知らされる。
なぜなら感染しているのは、RNAではなく、雄一王婿の魂そのもの。罹患者に増殖し続けるRNAは、その魂が体内を駆け回る道路に過ぎないものだったからじゃ。
しかし、ここで一つ疑問が生まれた。雄一王婿は何故、複数の人間に魂を感染させることができるのか……。
答えは一つしかない。雄一王は魂を複数個持っているのじゃ。
複数の同一魂。それは、人間がかつて、ヒトとして持っていた記憶の名残を持つ者が、ごく稀に起こす現象。例えば、前世の記憶を持つ者が、これに当たる。
魂が一つ増えるだけでも稀有中の稀有な現象なのに、雄一王婿の数は半端ないと無有は言う。
……その数。ゆうに四十兆……。
雄一王婿に、初めて出会った時のことを思い出し、無有の声は震えた。
「カカカカカ……。計画当初は、救世主をララにするつもりだった。神通力を操る守天に、ララを与えれば、厄災を祓うことなど、簡単だったからね。キキキキキ……、しかし、神谷を見つけてしまった。まさか、こんな人間がいるなどと、夢にも思わなかった。……私は、計画を一から練り直すことに決めた」
「む?? 厄災を祓うことは、簡単じゃと?」
「ククククク……。その膨大な量の魂。それを支える巨大な魂の器。あの悪童守天に喰われぬどころか、能力さえも吸収してしまう学習能力の高さ。……何より、私でさえ予測不能な点が、世界のコントロールを難解にさせた……。」
「……その言い方。まるで難解さを求めているようじゃ……。無有。お主の本性とは……まさかっ」
「問題は、あまりに小さなあの体。せっかく動けるようにしてやっても、魂があっと言う間に寿命を喰い尽くしてしまう。そこで、魔法ウイルスだ。魂が体外へ出ることで、神谷の寿命は延長された。そしてその相乗効果、脳菌パンデミックが、さらにゲー……。私を熱くさせた。かつてないパターン。未来への新たな可能性が見いだされたのだ。震えたよ……。無論興奮でね……」
「ゲーム……。今、ゲームと言いかけたな……。やはり……。遊んでいたのか? 世界を使って……。雄一王婿を、使って……。おぬしは楽しんでいたのか? どうなんだ無有……。答えよっ!! 無有!!!」
「ケケケケケ、ラーク君。お互い興奮しているようだから、冷静になろう。……いいかな? ララはどの道、一瞥記憶で闇に堕ちていたし、神谷は若年性ALSとして、露命の運命だったのだ。だが、見てみろ。全知全能の私が、手を差し伸べればこそ、二人は今、生きている……」
「ぐっ! くっ……! お主の言葉はもっともじゃ。じゃが、その声からは、心が感じられぬ。心無い言葉は、真意が、嘘で隠されいる……」
「ほう……。紛れなき現実を、嘘と断ずるか」
「そう言いたいわけではない。しかし、聞こえるのならそうじゃろう。それが、わしも残念じゃよ……無有……」
「ふっ……。これも神谷の感染馬鹿発によるものか。知将とも呼ばれた英雄は、どうやら正しい判断すらできなくなったようだな……」
「わしは、今後おぬしの予言には従わぬ。わしの心に従い行動する!」
「愚かな……。お前もティアたちと同じか……。コココココ!! ならばあらごうて見せよ! 言うておくが、神谷の運命を変えるのは、そう容易くはないぞ! 仲間が結束し、命を賭さねば、あの馬鹿を止めることなどできぬ!!」
「無、無有? その澄み渡る声……。おぬしまさか、……女……か?」
「おおっと時間だぁ! 最後に教えといてやる。あの馬鹿最大の魅力は、万物を愛する優しさだが、それは同時に、自らを滅ぼす弱点だ。私は、それを利用したのだ……。利用して……、神谷を……ぅぅぅっガガガギギギグググググゲゲゲゴゴゴォォォォ――――――」
「なんだって!? 雄一王婿を如何に利用する気か!?」
激しい岩盤共鳴へと戻ってしまった。しかし、まるで聖母を思わせる声で語られた言葉には、まさしく心があった。
雄一王婿を救う道は、ある。しかし、わしらが助けねば、開かぬ道。そう言われたような気がした。
恐らく、そう思わせることこそ罠。それこそ引き続き世界をコントロールするための布石。まさしく無有の思う壺。……じゃろう……。だが、もしそうであっても、構わない。
「わしはその壺に、嬉々として飛び込もう!!」
そう決意した途端に、視界が開かれる。わしはインレットブノ大神殿の最深部。宮殿前に立っていた。
「ふぉっふぉっ。やはり邪神じゃのぉ……。おぬしは」