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脳筋だもん  作者: 妖狐♂
134/169

#133 旅立ち

 旅立ちの朝。

 これまでになく、静かな朝。

 大聖堂に、ティアの召喚獣は、もういない。

 多くの者は、アース王、直属の軍へ入隊した。一部の者は、自分のクニへと帰っていった。

 料理長ガロプラも、その一人だった。


「ガロプラさん。いつも、おいしいごはんを、ありがとうございました」


「雄一様。あなたの料理を作るのが、楽しくて仕方ありませんでした。名残惜しいです」

「ティア様、またいつかお会いできる日を楽しみにしています」


「うむ。これは、旅の路銀と、開業資金だ。退職金ではないぞガロプラ、また会おう」


「ありがとうございます」


 正門で、何度も振り返るガロプラを、雄一たちは見送る。


「さあ、今度は、私の番ね」


「ちがうよ、ティアちゃん。私たち、だよ?」


 大聖堂は、今日、国に明け渡される。雄一たちもまた、旅立たねばならない。


「わうう。今生の別れってわけでもないけど、寂しいよお」


「大丈夫よ、ムーンちゃん。皆、ステータスカードをリンクさせた」

「用事が済めば、雄一君を目的地にすればいいよ」


「わうう~、それでも、寂しいものは変わらないよぉ」


 ティアは小さなリュックを背負った。


「そうね、寂しいけど、笑顔のままで別れたい」

「だから私、もう行くわね」


「ちょっと待って? ティア様」


 雄一は、別れを切り出すティアを呼び止めると、ポケットから、小さな金属の輪っかを、取り出した。


「うっ、なによ。これ」


「なにって、指輪だよ。昨日、一生懸命、作ったの。ティア様に、あげる」


 それは、雲で作った指輪だった。光の角度でキラキラとプリズム光沢を放っている。


『雄一ったら、私に告白を? やだ、こんな時に? うそでしょ?』


 ティアの目が潤む。


「ゆっ、指輪だってことは、見りゃ分るわよ」

「ど、ど、どういう意味かって、聞いてんのよ」


 すると雄一が、ティアの左手を取り、薬指に指輪を通す。


『うそ、これって、まさか、噂に聞く、エンゲージリングってやつ?』

『雄一ったら、告白、通り越して、プロポーズ?』

『別れの日にそんなっ。わっ私の、心が……』


 踊る乙女心。高鳴る動悸。揺らぐ決意。


 雄一は、ティアに向かって、口を尖らせる。


『雄一が、口をすぼめて……。これは、ち、誓いの……』


 ティアは、うっすらと口を開け、瞼を閉じる。


「む」


「む?」


「無病息災」

「指輪って、元々、魔よけや厄払いの願いが、込められてたんだって」


『ですよね~っっ!!』


「はい、次はムーン。風邪ひかないでね」


「あは、あはは……はい。ありがとうございます」

「少し、ドキドキしましたわん」


「ララ姉ちゃんも、はい」


「うふふ、ありがと雄一君」

「私も、先を越されるのかと、思ったよ」


「もちろん、プルゥートちゃんにも、あるよ」


「光栄です、雄一様」

「青春、ですね」


 雄一が、皆の薬指に、お手製の指輪を、順にはめていく。


『ド畜生が! なんで、わざわざ左手、薬指なんだっ』


 どかーん、どかーん。


『んな訳ないって分かってても、期待するだろ。ばかばか、ばかーっ』


 ちゅどど~ん。


 その間、ティアが、ふくれっ面をして、なにやら地面に八つ当たりをしていた。


「あはは~、ティア様、元気だね」


「るっさい! 鬼に代わり、私があんたを殺してやろうかっ、この脳菌!」


「あ、ほんと、そうだね。その手が、あるね」


 ティアの冗談に、雄一も冗談で返す。

 いや、雄一は冗談で返したのだろうか。

 まるで、ティアの冗談を真に受け、本音を答えたように聞こえる。

 それが、ティアにはとても悲しかった。


「冗談じゃないわよ……」


「え?」


「私の覚悟を、ばかにしないでよ」

「そんな手、ないわよ……」


「ティア様?」


「そんなのが、手であってたまるかー!」

「あんたは絶対、私が助けるんだ! その為の、今日の別れなんだ!」

「だから、だから雄一! 私が帰ってくる前に、誰にも勝手に殺されるんじゃないわよ?!」


「ティア様」


「るっさい! ティア様じゃない! 私はもう、枢機卿でも何でもない! ただの女だ!」

「だから、だから雄一。あんたは、私のことを、ティアと呼べばいいっ! ――くっ、ウッ!」


 ティアは、抑えられない、熱い感情に襲われ、慌てて閉口する。


『こっ、これは……ま、まずい。このままでは……』

『うううっ、ここは、気合と根性で、荒ぶる魂を鎮めるのよ。……ひゅうぅぅぅぅ……』


 頭を下げ、胸に手を当て、静かに、ゆっくり深く、息を吐く。


『すーっ、すーっ……ふうっ。あ、危なかったわ』


 なんとか、踏みとどまったようだ。

 一息ついて、下げていた顔を上げると、雄一が優しい笑顔で、両手を広げていた。


「大丈夫、また、会えるよ?」


「うわあああん」


 瞬間だった。

 気合と根性によって補強、補修を終えた、様々な何かは、瞬間で弾けた。

 ティアは、雄一の胸に飛び込み、全力で泣きじゃくった。


「うわあああん、うわああああん」


 雄一に抱かれ、頭を撫でられるティアは、首を左右に振りながら、彼の胸に、顔を押し当て続ける。


『子ども扱いしないで! 私の方が年上なんだ! 聞いてるの? 私は、大人の女性なんだー!』


 気持ちが声にならない。気持ちは全て、泣き声に変わる。


『はははっ、ダメだこりゃ。自分が自分じゃないみたい。どうやっても、泣いちゃう。雄一の胸で』

『今なら、ケッツァコアトルの気持ち、分かるかも』

『また、会える? そんな保証、何処にもないじゃない』

『ねえ? 雄一。聞いてる? 聞こえてる? 私、本当に、あんたのことが……』


「よしよし、もう、泣かないよ? ティア様」

「あれ? さま、付けちゃった。あはは~、練習しなきゃね」


「うわああああん」


『ばか! 雄一の、ばか!』

『様、取るくらい、難しいことじゃねーだろ。何が練習だ』

『もっと強く抱きしめろ、ばか! この脳菌! 脳菌! のーきーん!』


 ティアの鳴き声は木霊となって消えていった。


◇◇◇◇◆◆◆◆◇◇◇◇◆◆◆◆


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