#132 剛毅果断
刺客ディーが、シゲルに、とっちめられていた頃。
ティアの部屋に、ララとムーン、そしてプルゥートが集まっていた。
「どうして、そーなるのよ。わうう~っ」
「だから、このままだと、雄一が殺されちゃうのよ」
「未来が見えるなら、ムウみたいに、すればいいじゃない。何でもできるんでしょ?」
「予知夢って言ったでしょ? 自分の意志なんて関係ない。見える未来も、場面も、バラバラなのよ」
「今回だって、雄一が、おなかに穴を開けて帰ってくる未来を見抜けなかった。微妙で、お粗末な能力なのよ」
「だからって、どうして私たちとサヨナラするのよ。くぅ~ん、くぅ~ん」
「泣かないでよ。サヨナラじゃないわ。雄一を助ける方法と、力を手に入れたら帰ってくるわよ」
ペタンと女の子座りをして、泣きべそをかくムーン。ティアも、泣きたい気持ちを、我慢している様子だ。
◇◇◇◇◆◆◆◆◇◇◇◇◆◆◆◆
ティアは、ゲノムインゴット後に、決まった夢を見るようになった。
その内容は、多岐にわたるが、大きく二つ。
一つは、守天と名乗る、七本角の鬼に、雄一が殺される夢。
そして、もう一つは、ティア自身が魔女の元で修行を積んでいる夢だ。
夢は、雄一を助ける鍵が、ティアにあることを暗示していた。
しかし、この夢、ムウによって仕組まれた、見させられている夢であることは、明らかだ。
ティアは、帰国後、猜疑心に囚われながらも、バラダーの遺言書を利用して、その後釜を、アトラスに引き継がせた……。そう、全ては、ムウの思惑通りの行動だ。
そのことに気付いていても、ティアは、そうせざるを得なかった。
そんな中で、ティアに、トドメの情報が入る。
それは雄一の裏ステータス。
そこには守天の文字。悪夢で知り得た、雄一を殺す鬼の名前。
悪夢は、やがて来る現実だ。ティアは、そう確信した。
『ククク、怖いかティア? 恐ろしいか? ティア』
『さて、どうする? 自分で決める、と、豪語していたティア』
『おや、どうした? 好きにすればいいじゃないか。全てお前の自由だ。ククク……』
ムウから、そう笑われている気がした。
悩むことすらできなかった。気が付けば、ティアは、ラークを神殿へといざない、自身は、メガロス王国に、辞表を提出していた。
◇◇◇◇◆◆◆◆◇◇◇◇◆◆◆◆
「本当は、黙って旅立とうと思ってたわ。自分の決意が揺らぐのが怖くて」
「そんな寂しい決意、揺らげばいいんだ。そんな悲しい決意、消えちゃえばいい! ずるずる」
「そうだ! 私も魔女の所へ行く。ティアと一緒に行く! ずるずる」
「そうは、いかないわ」
「なんでよ! 雄一様の敵は私の敵だ! 私も鬼と戦う! 私も魔女の修行を受ける! ずるずる」
「ティア一人に手柄を取られてたまるか。これで、いいでしょ? ティア。ずるずる」
ムーンは垂れ下がる二本の鼻水を何度も啜り上げ、ティアに食い下がる。
「それが、できるなら、苦労はしない。でも、守天雄一は、神谷雄一の中にいるんだ」
「二人の精神世界へ、どうやって辿り着くつもりだ」
「そんなもの、気合で何とかなるわ」
「ララちゃんだっている。新参者だけど、駿竜も仲間になった。皆が力を合わせれば、地獄でも、天国でも、どこへだって行けるわよ!」
ムーンは如何なる説得も受け入れるつもりなど無い。毛頭ない。目が本気だ。本気でムーンはティアについて行く気だ。
「力を合わせれば、何処へだって行ける……そうね、或いはそうかもしれない」
「その言葉、何よりとても勇気づけられる」
「そうか、だったら話は終わりだ」
「でも、やっぱり、それはできないんだ、ムーン」
「なんでよ」
「私が、魔女の元で修行を積む間、雄一には雄一の、ララにはララの、なすべきことがある」
「そして、ムーン。それはあなたも……」
「なによ、それ」
「あなたの夢も、少し見るのよ」
「とても大きな、ドーベルマンのような怪物犬。それと、あなたが対峙している夢」
「うっ!」
ティアは、過去視でムーンの過去も知っている。当然、夢に現れたドーベルマンの正体も。
「あなたは、あなたで、自分のなすべきことが、あるんじゃないの?」
「ぐるる……」
「ゲノムインゴッドで得た力。それを使う場所を、あなたは、知ってるんじゃないの?」
「がううう……」
ムーンが、カタカタと少し震えている。幻影に怯えるように、表情も青い。しかし、目だけは、力強い。
「それでも、関係がないと。それは私の、鳥越苦労と言うのなら、それでいい」
「ララが、私を認めてくれたように、私も、ムーン、あなたを認める」
「あなたの決心を、尊重するわ」
「ティア……」
ムーンは、ムウからのメッセージを思い出していた。
前半は、意味不明な禅問答だったが、後半は分かる。
『そう。ムウの言った通り、確かに私は、親から逃げている』
『私は、親が敷いた人生のレールを拒むために……自分を認めてもらうために、強大な力を求めて、家を出た』
『その目標は、ゲノムインゴッドで、十分すぎる程、達成された』
『分かってる。そんなこと、言われなくても、分かっているんだ!』
ムーンは、ティアの目をじっと見つめる。
「がうっ……決心なんて、つかないよ」
「でも……」
「それでも、今から私が出す答え。それが、どんな答えでも、認めてくれる? ティア」
ティアも、ムーンの目を見つめ返す。
「もちろん」
ムーンは、ララと目を合わせる。ララもそれに応える。
「ララちゃん、も?」
「もちろんよ。ムーンちゃん」
ムーンの目に、これまで感じたことのない、熱い感情が沸き上がってくる。
ムーンは、プルゥートと目を合わせる。
『えっ? 私も?』
プルゥートは、少しきょどってから、コクコクうなづいた。
『ティアも、ララちゃんも、私を信じてくれている。ついでにプルゥートも、たぶん……』
『だったら、私が、私を信じないでどうする』
『私が、私自身を見失ってどうする』
ムーンは決意を胸に刻む。
「ティア、ララちゃん、プルゥート」
「私、一度、故郷に帰る」
「両親にちゃんと、認めてもらって戻ってくる」
皆は、輪になり、肩を抱きしめ合った。
誰もが涙は見せない。
明るい表情を、努めて作っていた。