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脳筋だもん  作者: 妖狐♂
132/169

#131 虎穴

「ナア・ユウイチー・ムーンヲ・オレニ・クレヨ」


「あはは~、ちょっと黙っててくれる? シゲルさん」


「オマエニハ・ホカニモ・ビジョガイルンダ・イッピキクライ・ケチケチ・スルナヨ」

「イイカ・ユウイチ・イチドシカ・タノマネーゾ」


「でも、さっきから、同じこと何回も言ってるよ」


 夕暮れ時の図書室には、雄一と、シゲルの姿があった。

 雄一は、大人でも開かないような難しい書物を捲りながら、紙に、たどたどしい文字を並べている。


「コノカラダノ・カンカク・スゲーンダヨ・ナマモノイジョウダ」

「オレ・アノモフモフヲ・ズーット・ナデマワシテ・イタインダ」

「ナァユウイチー・イイダロー? タノムヨー・クレヨー・ムーンクレヨ―」


「そんなこと言って、お嫁さん怒らないの?」


「アアン? ヨメダア? アンナ・ワガママナ・オンナハ・モウゴメンダゼ」

「ジブンカラ・コクハク・シテキテオイテ・オレカラ・プロポーズシロ・トカ」

「ダイタイ・シンダオンナヲ・ドウヤッテ・ダクンダ?」

「オレハ・オンナノカラダヲ・モフリタインダ」


「あはは~、シゲルさんはエッチなの?」


「オウ! オレハ・エッチダゼ!」

「ジマンジャ・ナイガ・エッチデ・オレノ・ミギニデルモノナドイナイ」

「オレハ・エッチデ・セカイヲ・スクウ・オトコダ!」


「あはは~、すごいんだね。シゲルさんは」


「エッチトハ・エロースダ・エローストハ・アイダ・アイハ・チキュウヲ・スクウノダ」


「あ。愛は、地球を救うって、それ、どこかで聞いたことあるよ」


「オッ・アイガ・ワカルカ・ユウイチ」

「ヨーシユウイチ・シゲルサンガ・アイニツイテ・ハナシテヤロウ」

「エーット・ココニハ・セイショ・エロホンガ……ナイミタイダナ」

「シカタガナイ・リンジョウカンハ・オレノ・トークテクニックデ・オギナオウ……」


 十歳の雄一相手に、大人でも、聞くに堪えない下ネタを、連発し続けるシゲル。

 シゲルの下衆なオヤジ化が半端ない。いや、口が利けなかっただけで、これが本性だ。


「……トマア・ショシンシャヘンハ・コンナトコロダ・ワカッタカ?」


「んーん。全然」


「ククク・オコチャマノ・ユウイチニハ・ジュウネン・ハヤカッタ・カナ」


「シゲルさんは、大人なの?」


「オウ・オレハ・オトナダゼ」

「ウマレタ・トキカラ・オトナダ」

「オレハ・コノヨデ・イチバン・ナガク・オトナノ・オトコヲ・シテイル・ト・イッテモ・カゴンデハ・ナイ」


「ふ~ん。たしかに、子どもは、そんなこと、言わないもんね」


 シゲルが、得意げに胸を張る中、雄一は書き終えた文書に、サインと血判を入れた。


「わーい。おてがみ、できたー」


「ソリャ・ヨカッタナ・オコチャマ・ユウイチ」


 二枚の文書を封入すると、雄一は、肩でため息を吐いた。


「でもね、シゲルさん。それは、大人とは、少し違うと思う」


「ナンダト?」


「きっと、本当の大人も、そんなこと言わないから」


「ガガー・ピー……エラー・ガ・ハッセイ・シマシタ」

「……クハッ・アヤウク・エーアイガ・フットブトコロダッタ……」

「オイ・ユウイチ・オマエ・オレヲ・オトナノ・オトコト・ミトメナイノカ?」


「あはは~、そうは言わないけど……あれ? そんなことより、シゲルさん。お客さん、みたいだよ」


「フン・ソレハ・トックニ・ワカッテイル」


 いつの間にか開いている窓。

 生暖かい、湿った空気が、雄一の首を撫でる。


「ヒヒヒ、俺様に気付いたか。ゴミクズステータスのくせに、生意気な」


 図書室中に響く不気味な声。しかし、声はすれども姿は見えず。

 雄一はキョロキョロと首を動かしている。溢れんばかりの笑顔で。


「ほんと、すごいよね。体を霧みたいに小さくして、結界の網の目を、潜ってきたもんねえ」


「なっ、何故それを」


「ククク・ナンダ・カクレテイル・ツモリ・ダッタノカ」

「オレノ・マドウカメラデモ・ヨク・ミエテルゾ?」


「ま、魔導カメラ? 着ぐるみパンダが、何を言ってる」


「ホホウ・レイギヲシラヌ・キャクジン・ダナ」

「ドレドレ・トリアエズ・ツカマエテヤロウ」


「捕まえる? ヒヒヒ、何を愚かな。手で霧状のモノが掴めるか」


「ククク・オロカハ・オマエダ」

「バババキュ~ム!」


 シゲルは、顎を上げると、パカリと口を開け、凄まじい勢いで漂う空気を吸い込む。


 ギュイイイイイン!


「ぐわあ~っ」


 吸引仕事量、三十万エアワット。秒速、約七十キロリットルを吸引する空気のうねり、バババキューム。

 本棚に鎮座していた大量の本までが、桜花のごとく舞い上がり渦状に繽紛する。

 そうしてシゲルは、瞬く間に、図書室に漂っていた、ディーを吸い取った。


「オクサン・ホカトハ・キュウインンリョクガ・チガイマス」

「イマナラ・ゼイコミ・ヨンキュッパ」

「オイソギクダサイ」


「シゲルさん。冗談言ってないで出してあげて? せっかくのお客さんに、失礼だよ」


「ナニ? シツレイ?」

「オレノ・ナカデ・ジュウニブン・オモテナシ・シテイルゾ?」

「マア・イイ・ダシテヤルカ」


 シゲルは、軽く両腕を折り曲げ、がに股、中腰になると、尻を突き出す。


「マルヒ・オウギ・バクレツ・ヘダン!」


「ぷっぷっくぷー!!」


 べちゃっ!


 丸秘奥義、爆裂屁弾。強烈な、おならと共に、黒ずくめの男、ディーが床に転がった。

 下品!

 シゲルの、やること、なすこと、全てに品がない。


「おええ~くっさ~っ。最悪の気分だあ~」


「ナニヲイウ」

「コノ・ジャスミンノ・カオリハ・サービス・ダ・ゾ」


「それにしても、スゴイ音だったね」

「ラッパみたいだった」


「ワッハッハ・オレノ・ゼンシンハ・カンガッキノヨウナ・ツクリヲシテイル」

「ナンナラ・コレカラ・へオンキゴウ・ヘチョウチョウコウキョウキョク・ヲ・イッキョク・ブッパナソウカ?」


「あはは~、それはまた、しかるべき時にお願いするね」


 バサバサ!


 雄一とシゲルが下らないことを話していると、ディーが数多のコウモリとなる。


「このクズさえ、殺してしまえば、ココに用など無い!」


 ディーは、雄一の背後で再び実体化すると、雄一の首を絞め上げる。


「うわわっ。なになに?」


 雄一は、ディーを振り払おうとするが、全身を液体の様に流動化させるディーを捉えられない。

 更にディーは、雄一の全身を、纏わりつくように覆ってしまった。


「ヒヒヒッ。このゲル形状ならば、吸うことはできまい」

「このまま、頸動脈を掻っ切ってくれる。死ね脳筋!」


「オロカナ・キサマナド・キュウインハモチロン・ツカムコトダッテ・デキルゼ」


「負け惜しみを……」


 がっちり!


「オマエハ・スデニ・ブンセキズミダ」


「なにぃ!」


 シゲルは、雄一に張り付いたディーに手を掛けると、ぺりっと引き離した。


「ぐわあっ!?」


「アッシュク・カイトウ・ハ・マッシ―ンノ・オハコダゼ」

「オット・ナニヲ・ニゲヨウト・シテイル?」


 ずしん!


 逃げようと、もがくディーを、シゲルが足で踏みつけた。


「ぐええっ」

「おのれ、この上は脳筋の血を吸って思いのままに……」


「ククク・ワルイコトハ・イワン・ソレダケハ・ヤメテオケ」


「ギヒヒ、さてはそれが脳筋の弱点だな」


「アホ」


 すかさず、シゲルがディーに囁く。


「ムダナドリョクハ・モウヨセ」

「オレハ・オマエヲ・ブンカイ・スルコトモ・デキルンダゼ?」


「ぶ、分解!?」


「ククク・オマエヲ・ヘニスルコトダッテ・デキルッテコッタ」

「ナルカ? オレノ・オナラニ」


「ひぎい、そんな、ヒドイ……」


 ディーは、潰されたカエルの様に、手足を床へ、ポトリと落とした。

 品格は最低だが、脅しの効果は抜群だ。シゲルは、MKPの持つ能力を活かして、ディーの心をへし折った。


「ふう。あー、びっくりした。あれ? どうしたの? この人、震えてるよ?」


「キニスルナ・ユウイチ」


「はじめまして、ぼくは……、神谷雄一です。あなたは、だあれ?」


「し、失礼します。私、エッフェルと言う、しがない郵便局員です……」


「ウソツケ・コノ・ダボ」


 シゲルのライトフックがディーの鳩尾に深々と刺さる。


「ぐほおっ! うっ、嘘などでは。こ、これを……」


「ホウ・ミブンショウカ……ククク・ヨクデキテイルガ・コレハ・ニセモノダ」

「キカイノメヲ・ゴマカセルト・オモウナヨ」

「オイ・ホントウノコトヲ・イエ」

「ミギテヲ・オナラニ・カエルゾ」


「しええっ! やめてくれぇっ」


 シゲルに掴まれたディーの右腕が、白い泡を噴き出し始める。


「エッフェルさんは、郵便屋さんなんだね。丁度良かった」


「ユーイチ・オレノハナシ・キイテイタカ?」


「このお手紙を、メガロスのお城にいる、リング・ベンサルさんに渡しておいてください」


「オイ・コイツノ・ミギウデハ・イマ・オナラニ・ヘンカンチューダ・アブナイカラ・サワルナ」


 シゲルの警告を無視して、ディーの泡立つ右手をとり、封筒を手渡す雄一。シゲルはやむなく、蛋白質屁変換作業を中止した。


「ほ~っ、た、助かった……」


「チッ・ユウイチノ・オヒトヨシニハ・ツイテイケナイゼ」

「オラッ・タテ・エッフェル」


「えっ? なんで?」


「トドケニ・イクンダローガ・ソノ・テガミ」


「ういいっ!? まさか、お前と一緒に?」


「アタリマエダ・ニゲラレルト・オモウナヨ? ククク」


 シゲルが、乱暴にディーの首根っこを掴み上げる。

 そして、手紙を届けに、図書室を出ようとした。

 その時、シゲルが立ち止まる。


「オコチャマデ・オヒトヨシノ・ユウイチ」

「オマエニ・ヒトツ・イッテオキタイ・コトガアル」


「なあに?」


「……イヤ・ヒトツ・キキタイ」

「オマエ・ホントウハ・オレガ・ナニモノカ・シッテイルノカ?」


「うん、知ってるよ。命茂らすシゲルさん、でしょ?」


「イノチ・シゲラス? ククク・ソレデ・オレヲ・シゲルト・ナヅケタノカ」


「そーだよ。違うの?」


「……」

「フッ・ソウカ……。イヤ・ナラバ・ナニモイウマイ」

「マタナ・ユウイチ」


「うん。またね、シゲルさん」


「……」


 雄一に背を向けたまま、図書室の扉を開け、ディーの尻を蹴飛ばして退出するシゲル。


 一人になった雄一は、散乱した本を元の場所へと片付ける。そして今度は、パンツにしていた雲の塊を机の上に広げ、粘土のように捏ねだした。


 シゲルが、再び大聖堂に戻ることは、永久になかった。

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