表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
脳筋だもん  作者: 妖狐♂
130/169

#129 本復

『大人ってどういうことかなぁ』


『さあ』


『さあって、あなたは大人なんでしょ?』


『あはは~。大人になったって、何が大人なのかは、分からないよ』


『お酒や煙草を飲むようになると大人?』


『う~ん、そうだね。でもそれも違うかな』


『お仕事すると大人? 子どもが生まれたら大人?』


『一面では、そう言えるけど……自分の行動に責任を持つのが大人……とも、違うかなあ』

『う~ん。……でも、君は、そんなことを考えてるより、守天君をどうするか考えた方がいいと思うよ』

『ただでさえ、君はどんどん小さくなってるんだよ? いや、ある意味大きくなってるのかな』

『でも、どの道あと二本で浸食が始まるよ? どうするの?』


『そうやって、話をすぐに誤魔化すのが大人?』


『あはは~。君はぼくのくせに、ぼくを余り困らせないでよ』


『守天君は、いい人だよ。ただ、人間を心底憎んでいて、滅ぼしたがってるだけだよ』


『それの、どこがいい人、なんだい?』


『あはは~。ぼく、また変なこと言ったかなぁ』


『あはは~。変わらないね、君は』


『あはは~』


『あはは~。全然、会話にならないから、もういいや』

『ところで、君は、まだ魔法使いになりたいの?』


『うん。なる。絶対に、なるよ』


『見えざるモノが見えるからって、ソレが使えるって訳じゃないよ?』


『関係ないよ。ぼくは、自分の出したファイヤーボールで、お肉を焼くの。きっと、おいしいよ』


『あはは~。確かにそれは、おいしそうだけど、それって雷電じゃダメ、かなあ。』


『雷電は魔法じゃないもん。あ、もちろん、くしゃみも。あはは~』


『絶対、無理だとしても?』


『うん、なるんだよ? なれなくても絶対、だよ?』


『あはは~、やっぱり変わらないね。君は』

『……』

『さっきの答え、ぼくなりに考えたんだけど……』


『さっきの?』


『うん。さっきの、君の、質問の答え……』

『……夢を、諦めること。それが、大人。……かな』

『あはは~』


 優しくも、乾いた笑い声を、記憶の最後に、雄一は意識を取り戻す。

 両手に伝うぬくもり。

 瞼を閉じていても、感覚で分かる。右手はララ。左手はムーンのものであることが。

 他にも、感じる。胸の前で手を組み祈り続けるプルゥート。回復魔法を掛け続けるティア。

 その一歩後ろの両脇には、紅とアトラスの姿もあった。さらに遠方からも……。


 雄一の本復を願う全ての者たちの、強く暖かな想い。


『みんな、ありがとう』

 

 雄一が、ゆっくりと、瞼を開ける。


「あっ! 雄一君の目が覚めた!」


「雄一様!!」


 ごおん!


 雄一の胸に飛び込もうとした、ララとムーンの頭が、アメリカンクラッカーのように激しくぶつかり、弾んだ。

 二人は同時に、頭にできたこぶを両手で抑えて、震える。

 二人とも、とても楽しそうだ。雄一はそれがとても嬉しい。


「ガルゥ。いったーい。何してくれてんのよっ、ララちゃん!」


「えっ? 私が悪いの? ムーンちゃん」


「そりゃ、そうでしょうよ」

「ララちゃんが、雄一様の右手から、直接、気を送る、とかって言うから、左にいるのよ? ちょっとは遠慮しなさいよ。グルルッ」


「そんなことで? と言うか、ムーンちゃん。あなた、治療能力もないくせに、ベロで治すとか言って、雄一君の、ほっぺや、体を舐めまわしてたよね? あれはどうなの?」


「がおっ! くせにって言うな。唾液には、治療効果があるんだ。そんなことも知らないのか」


「なに、その、おばあちゃんの知恵袋。」

「そんな言い訳せずに、雄一君が心配だけど、舐める他、方法が見つからなかったって、素直に言えばいいのに」


「……」

「雄一様が心配で、でも、舐める他、方法が見つからなかったの。くぅ~ん」


「ムーンちゃん。それ、まんまだよ。まんま、私の言葉を言ってるよ? 少しは、変える気ないの?」


「がうっ。ララちゃんが、先に言っただけだもん。私も、本当は同じこと、考えてたんだもん」

「この勝負、私の勝ちでいい?」


「どうして、そうなるの?」


 二人の喧嘩は、やはり楽しそうだ。まだ青い雄一の頬に、少し赤みが戻る。


「……、諦めるのが大人? ぼくは、そうは思わない」


「えっ? なんて? 雄一君」


「んーん。それより……」


 雄一は、安堵の息を小さくつくと、「よーい、ドン」の台詞を口にする。


「ぼく、おなかがすいた」


 ララとムーン。両者は一斉に、お互いの足を引っ張り合いながら、厨房へと向かう。じゃれ合っている以外に見えない。

 騒々しさは嵐の様に去り、部屋には静寂が訪れる。


『何が、諦めるのが大人、よ。おなかに大穴開けて帰ってきたくせに。何が、ぼくは、そうは思わない、よ。人を、こんなに、心配させといて』

『こんな、小さな歳で、こんな、小さな体のくせに』

『こんなことを、している暇なんて。本当は、ないくせに』

『誰かのために、何度も、何度も、体を張って……。なんなのよ』

『そんなあんたを、私は、私は……』


 ティアが、泣くとも、笑うとも言えない複雑な表情で、雄一を見ている。瞼には涙を溜めている。


「ゆうい……。」


 ごちゃ混ぜで、一杯になった感情が、零れ出るかのように、勝手に口が、雄一の名を呼ぼうとした。しかしそれより先に、プルゥートの巨体が雄一に飛びつき、抱きしめた。


「うわああん。雄一様! 雄一様! 御無事で何よりです!」


「あはは~、良かったね。プルゥートちゃん。助けてくれて、ありがとう」


「こちらこそ、ありがとうございました。でも、いろいろ、ごめんなさい。本当にありがとうございました……」


 プルゥートは、叫ぶように泣きじゃくり、謝罪と感謝の気持ちを言葉で繰り返す。そんなプルゥートを雄一は、優しく抱き返した。

 静寂は再び騒音に支配され、ティアの吐いた小さな溜息などは、一呑みにされてしまった。


「どーん! お待たせしました雄一様~って、あーっ。この鈍竜。雄一様と、熱い抱擁かましてんじゃねー。ガルル」


「誰が鈍竜じゃゴラアッ! って、やだ私ったらはたしない」

「ムーンさん? いや、その、ごめんなさい。私ったら、つい感極まって」


「いや、その、つい、感極まって……じゃない! ガルウッ。まったく油断も隙もないんだから……」

「あれ? ティアは? それに、紅、アトラスも」


「あら、先程まで、皆さんいらしたのに。気が付きませんでしたわ」

「そちらも、ララさんが見えませんが、遅すぎませんか?」


「ああ、ララちゃんなら、ニワトリ頭の料理長、ガロプラと、何やら話しこんでたわ」

「この勝負、私の勝ち。雄一様の食事の世話は、私が独占だわん」

「ふ~っ、ふ~っ、はい! 雄一様? あ~ん」


「あ~ん……ん~、とってもおいしいね。ぽかぽかするよ」


「わおん。た~んと、召し上がれ」


「あの、ムーンさん。私も、食事のお世話がしたいのですが」


「黙れ、鈍竜。しっし」


「誰が鈍竜じゃゴルァ! って、あら、やだわ」


「……あんた、面白いわね」


 ムーンは、プルゥートを横目に、雄一の口にスプーンを運ぶ。

 おかわりに、席を立たなくていいよう、巨大な寸胴鍋を抱え。


 一時間を待たずして、大人、三十人前のかゆが、雄一のお腹に、流れて消えた。

 すると、そのタイミングを見計らったように、ララが部屋へ戻ってきた。


『ふっ、ララちゃんてば、負け犬のくせに、随分と清々しい笑顔をしてるじゃない。でも、遅い。雄一様のお腹は、もう、ぽんぽんよ』

『んん? あの、手に持っている巨大な箱は何だ? そして、この匂いは、以前、何処かで嗅いだことがある……』


 ララは、雄一の目の前に、ポリバケツ並みの箱を、持ち運ぶ。


「雄一く~ん。えへへ、デザートの時間だよ」


「デザート?! ま、まさかララちゃん、謀ったか」


「箱の中身は……じゃーん」


「うわあ~っ。すっご~い。キラキラ光る、三段ケーキだあ!」


「ガロプラさんと一緒に作ったの。快気祝いの、ロイヤル・ピーチボム・ケーキ。だよ?」


 ララは、大廈高楼の如き聳え立つケーキの一角を、小さなフォークで、一口大の大きさにカットする。


「はい。あ~ん」


「あ~ん……ん~、おいし~い。デザートは、別腹って本当だね。いくらでも入っちゃう」


「なにぃ!」


 おかゆの記憶を、遥か彼方へ追い払う愉悦が、雄一を襲う。

 味覚もさることながら、視覚で圧倒する、エキサイティングでサプライズなイベント。

 アドベンチャーをも感じさせる、わくわくエンターティンメント。


 ピーチボムケーキの破壊力は絶大だ。雄一の口いっぱいに爆発炎上する。

 しかし、広がる爆炎は、口の中だけで収まっていなかった。部屋中がピンク一色に支配されてしまった。


「ピ、ピ、ピーチボム……。やられた、またしても、やられてしまった、この、愛の化身に……。これじゃあ、私が負け犬じゃないか。アオ~ン」


 負け犬の遠吠えムーンは、ガックリと膝を落とした。そして深く悔やんだ。


『がううっ悔しい。こんなの反則だ』

『いや、気遣いと愛情を、表現するこの力。さすがはララちゃんだ。私が雄なら、この雌に間違いなく惚れてしまうだろう』

『自分の浅はかさと愚かさに、反吐が出そうだ。臥薪嘗胆。この屈辱を忘れるな! 次に、雄一様の心を掴むのは、この私だ! 次こそは、ララちゃんに勝つ! そして、この、愛の化身に、二度とは負けぬ!』


 全身を強張らせ、ムーンは、打倒ララを強く心に刻み、誓った。


「さあ、ムーンちゃんも、雄一君にケーキを食べさせてあげて」


「わおん?」


「祝福は、一人でも多くの人と分かち合いたいもんね。うふふっ」


「わわわお~ん! いいの? いいの? わーい、さすがララちゃん。大好き~わんわん」


 ララの誘いに、ムーンは、ふりふりと、しっぽを振って飛びついた。つい先程の誓いなど、考えたことすら忘れて。

 小さなフォークを自在に操り、ほくほくのえびす顔で、雄一にケーキを食べさせている。


「あら? ティアちゃんは?」


「ティアなら、とっくにいないわよ。雄一様の治療で、丸二日できなかった仕事にでも、戻ったんじゃない?」


「……そうかしら」


「わんわん。きっとそうだよ」

「ほら、鈍竜。あなたの番よ。分かち合わないとね。祝福は」


「誰が鈍竜じゃゴ……」

「えっ、いいんですか? わあ、ありがとうございます。ムーンさん」


「……あんた、調子いいわね」


『お前もな……』


 ムーンとプルゥートが、雄一の口に、ケーキをせっせと運ぶ。

 ララは、静かにその場を去った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ