#126 黄金竜
黄金竜。それは、全ての竜族が憧れる究極の竜。
黄金竜を見た者はいない。存在自体、確認されたことがない。故に幻獣。故に伝説。
だが、全ての竜族が、その存在を信じている。そして、その高みに昇ることを夢見ている。
ラガラ率いるリザードマン一族しかり、黒龍アトラスの竜人族しかり。そして竜族の頂点に立つ竜王トウテツしかり。
トウテツは、ムウから黄金竜への重要人物は、神谷雄一だと聞き及んでいた。
そして雄一を喰い、救世主となれと言われていた。
「可愛い娘のお前に、手を上げたくはない。大人しく、その肉を渡しなさい」
「ご冗談を! 雄一様は、肉ではございません」
「いいから、渡しなさい」
「いやですわ」
天空城にて、雄一を奪おうとするトウテツと、雄一を守ろうとするプルゥートの鬼ごっこが続いている。
「雄一様は、私を庇って大怪我をしました。本当の私を見つけてくださいました。お父様との絆を結んでくださいました」
「お願いします、お父様。そんな恩人である雄一様をお食べになるのは、やめてください」
「聞き分けの無い娘だね~。いいかい? これは、ムウ様からのお言葉なんだよ? お父さんが雄一君を食べるのは、神のご意思。宇宙の真理なのだよ?」
「優しそうな言い方をしてもダメです。ムウ様のお言葉でも関係ありませんわ」
「くはは、娘は我儘に育つと聞くが、うちの子も、例に漏れずか。可愛いヤツめ」
プルゥートは竜族最高の移動速度を誇り、別名、駿竜とも呼ばれている。竜王と言えど、そのスピードにはついていけない。
「あはは~っ。こいつう~。まてまて~」
「お父様ったら、娘への愛情表現を、どこか勘違いなされているようね。でも、良かった。あの速さなら逃げきれそうだわ」
猛スピードで駆けるプルゥートは、トウテツを振り切って天空城の出口へと向かう。
「雄一様の出血量が気になるわ。一刻も早く、雄一様の僕たちに治療させなくては……」
バコーン!
「ばあっ!」
床を突き破り、出口を塞ぐように両手を広げるトウテツがプルゥートの眼前に現れた。
プルゥートが出口へ向かうと読んだトウテツは、障害物(建物)を破壊しながら、直線、最短距離で移動し、先回りをしていたのだ。
「とーせんぼっ」
「お父様!?」
「これ以上、お父さんを困らせると、おしりぺんぺんだぞお」
「レディに対するお言葉ではございませんわ」
「失礼、お父様。煉獄砲弾!」
プルゥートは口から、鉄をも蒸発させる溶融炎弾をトウテツ目掛けて放つ。
「ボルゲイノ」
「!?」
トウテツの右手から現れた粘球溶岩は、プルゥートの炎弾を軽々と呑み込んだ。
その溶岩の塊を、トウテツは雄一目掛けて投げつけた。
「この方は、必ず守る! うあああっ!」
バシィ!
プルゥートはそれを両羽を犠牲にして防ぎきる。
「親からもらった大事な羽を、傷つけてまで守るとは思わなかった。心が痛むよプルゥート」
「だが、ここで鬼ごっこも終わりだ。その羽では、もう逃げきれまい」
「くうっ」
力なく、雲の地表へと堕ちるプルゥート。
それでも雄一を抱きかかえたまま、戦闘の構えを取る。
「何を身構えておる。これ以上は無駄な抵抗と言うもの。」
「いやです。この命に代えても、諦めません」
そんなプルゥートの前に、悠然と舞い降りるトウテツ。
「ほう。命とは、大きく出たな。恩人とは言え、契約前の少年だぞ」
「契約など……関係あるかっ!」
プルゥートが放つ、鬼気迫る強い視線。その視線を受けたトウテツは、一瞬たじろいだ後、大きく口を開けて笑い出した。
「くはは。雄一は、娘に愛すら教えたか。」
「うっ。私は、そんな……。」
「よかろう。ならば衷心から、雄一を我が息子として迎え、喰らおう!」
「おっ、お父様! あっ、やめろ! クソオヤジ!」
トウテツは力づくで雄一を奪うと、そのまま一飲みにしてしまった。
ゴクリ。
「いやーっ! 雄一様ー!!」
プルゥートの、泣き叫ぶような悲鳴が天空城で響いた。
雄一を一飲みにしたトウテツに、涙を零しながら縋り付く。
「雄一様を返してーっ。お父様ー!!」
「くはは。昔を思い出すなあ。お前はお人形を取り上げると、いつもそうして泣いたもんだ」
「雄一様はお人形なんかじゃないわ」
「くはは、同じさ」
「娘よ、なにも心配はいらん。どんなことでも、時と共に忘れて行くものさ」
「あれ程大切にしていた人形を忘れたように、いずれ、雄一もな……」
「酷い……。あんまりですわ、お父様」
罪悪感の欠片も見せないトウテツの様子に、絶望を感じたプルゥートは、蹲って静かに泣き出した。
「ちっぽけな愛玩を失い、塞ぎ込む娘の姿。うーん、なんとも甘酢っぱいものだな」
「うううっ」
「ふむ、お前には、飛び切り男らしい、メス竜でも探してやろう。ボーイフレンドのような、ボインフレンドをな、くは、くは、くははは、超ウケる……くわっはっはっは、は、は、腹痛い……」
プルゥートは、トウテツを、完全に無視して、泣いている。
セクハラ発言とオヤジギャグをキメて、満足気に高笑いをしているトウテツ。
「はら、いたい。……いたい、ほん、とうに、腹が……。」
しかし、その胸を張って高笑いをしていたトウテツが、突如腹部を抱きかかえ、エビの様に体を折り曲げた。
「お父様?」
プルゥートもトウテツの異変に気付き、声を掛ける。
トウテツは全身から冷や汗を噴き出し、息も絶え絶えの様子で、その場で前のめりに倒れこんだ。
「ぽん、ぽん、ぽん、ぽんぽん、ぽんぽんぽん……ぽぽん!」
「……何かしら。この太鼓のような音は」
「ズンズンチャーン、ズカズカズンチャーン、ズンズンチャーン、ズカズカズンチャーン」
トウテツの腹の中から、鼓のリズムが聞こえたと思うと、今度は小気味いいドラムのリズムが重なる。
そして、それらのリズムをバックに妙なラップ調の歌が聞こえてきだした。
「ヘイYO-O(ヘイYO-O)ヘイYO-YO-YO(ヘイYOYOYO-)」
「ハラNO-ムシYO-へになれYO-」
「オナカノムシYO-でていけYO-」
「YA―、YA―、YA―、HEY! COME ON!」
「ババYO-O(ババYO-O)ババYO-YO-YO(ババYOYOYO-)」
「ハラNO-ムシYO-ババなれYO-」
「オナカノムシYO-でていけYO-」
「HE―Y HE―Y ヘイ、へい、屁い! コーモォン!!」
ノリのいい、軽快な歌が腹から響き渡る間に、トウテツの強靭な竜麟が、ボロボロと剥がれ落ちていく。
「屁になれYO! ババになれYO! お前のかーちゃん、でーべそ!(SORYA・KANKE-NE-!)」
「お父様の竜化が解けていく。ひょっとしてお腹の中の雄一様が?」
トウテツは白目を剥き、泡を吹いて痙攣している。意識はとっくにないようだった。
「ひょっとしたら、私にできることが、まだあるかもしれない」
「待っていて! 雄一様!」
プルゥート胸に希望の焔が宿る。それは、まだほんの小さな灯に過ぎない。しかし、それは、これまでにない強さを彼女に与えるものだった――。
「お父様……ごめんなさい!」
雄一を救うがための、ある種、異常な決断。
プルゥートは、実父トウテツの腹を、引き裂き始めた。